私の髪が消えた日

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私の髪が消えた日

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第1章: 部長としての重圧

夏の終わりを告げるセミの鳴き声が、校庭を包み込んでいた。8月の空はまだ青く澄み、遠くに浮かぶ白い雲はゆっくりと流れている。校舎の裏にあるバスケットボールコートでは、部員たちが汗だくになりながら練習に励んでいた。その光景を少し離れた場所から見守る私は、息を整えつつも胸の中で重い何かを感じていた。

「もう少しで水分補給の時間だ、みんな最後まで頑張ろう!」

私は声を張り上げて部員たちを鼓舞した。部長として、みんなを引っ張る役目があるのは分かっていたし、全力を尽くすつもりだった。でも、どこかでその責任が重くのしかかってくる感覚が消えなかった。

午後の強い日差しがコートを照らし、汗が背中を流れる。息苦しさと疲労が全員の動きに現れ始めていた。ボールを持つ手が重く感じられ、誰もが一瞬の休息を求めていた。練習が激しさを増すにつれ、私は自分の体力も限界に近づいていることを感じていた。

「部長、今日ちょっとみんなバテてるみたいですね…」後輩のマリが私の隣にやってきて、小声で囁いた。

私は軽く頷き、少しでもみんなのペースを保とうと心を配ったが、それでもどうすることもできない疲労が広がっていた。練習の最後に向けて、声を出し続けることで何とか士気を保とうとしたが、顧問の田中先生は黙ったまま、厳しい目で私たちを見ていた。

その日の練習が終わり、夕方の少し涼しくなった風が吹き始めたころ、先生が突然私たちを全員集めた。

「全員、こっちに来い。」

田中先生の声は低く、けれど鋭く響き渡った。私たちは一列に並び、疲れた体を引きずるように集まった。先生の表情は普段以上に険しく、その目には怒りが込められているように見えた。

「今日の練習、全然ダメだ。集中力が足りない。こんな状態じゃ、試合に勝てるはずがないだろう。」

私は先生の言葉に肩をすぼめ、黙って聞いていた。確かに今日はみんなの動きが鈍かったが、酷暑の中での連日の練習も影響していたはずだ。それでも、部長としての責任を痛感し、心の中で言い訳することは許されないと感じていた。

「部長、聞いているか?」

突然、先生の視線が私に向けられた。全員の視線が一斉に私に集まり、胸が締めつけられるような感覚に襲われた。喉が渇き、何を言えばいいのかわからなくなる。

「お前がチームを引っ張るんだ。部長としての自覚が足りない。お前がちゃんとしないと、みんなもついてこないんだぞ。」

私は無意識に頷いた。言葉を発する余裕もなく、ただ先生の言葉を受け止めるしかなかった。部長としての重圧が、これまで以上に重く感じられた。

「明日から気を引き締めてもらうために、部長、お前は頭を丸めろ。」

その瞬間、時間が止まったような気がした。周囲の音がすべて消え去り、私の頭の中で先生の言葉が何度も反響した。

「坊主に…ですか?」

自分でも信じられない言葉が口をついて出た。私は女子生徒だ。髪は私にとって、とても大切なものだ。それを、なぜ?

「お前が自らの覚悟を見せない限り、チーム全員が同じことになる。責任を取れ。それが部長の役目だ。」

先生の声は冷たく、そして断固としていた。彼が本気だということが伝わってきた。私は必死に言葉を探そうとしたが、何も思いつかなかった。みんなの視線が私に刺さる。周りの部員たちは何も言わず、ただ不安そうな顔で私を見つめていた。

このままでは、みんなが罰を受けることになる…。その考えが頭を支配し、気づけば私は小さく頷いていた。

「わかりました…。やります。」

そう言った瞬間、私は自分の中で何かが崩れ落ちるのを感じた。私の決断に、誰も声を出すことはなかった。ただ、沈黙だけがそこにあった。

その後、みんなは解散し、宿泊先へ戻った。私はひとり、部室でじっと立ち尽くしていた。窓の外には夕焼けが広がり、赤い光が体育館の床を染めている。静かに涙が頬を伝う。髪を失うことがこんなにも怖いと感じる自分に驚きながらも、それ以上に、これから何が起きるのかが恐ろしかった。

部長としての責任とは何なのか。私にはそれが、あまりにも大きすぎるものに思えた。

第2章: 突然の命令

翌朝、蝉の鳴き声が響く中、私は重い足取りで練習場へ向かっていた。8月の太陽は朝からすでに容赦なく照りつけ、コートの上には熱が立ち込めている。練習用のバッグを肩に掛けながら、昨夜の出来事が頭から離れなかった。

「坊主にしろ」と言われたあの瞬間から、私はずっとその言葉に囚われていた。髪は、私にとって大切な存在だった。幼い頃から大切に伸ばしてきた髪は、自分を表現する一部であり、アイデンティティの象徴でもあった。それが、あんな簡単に「切れ」と命じられるなんて…。私はまだその現実を受け入れることができずにいた。

「本当にこれでいいの?」心の中で何度も自問自答するが、答えは出なかった。私が拒めば、他の部員全員が罰を受けるという状況が、どうしようもなく私の選択肢を狭めていた。彼女たちに迷惑をかけたくないという思いが、何よりも強かった。

学校に着くと、すでに部員たちがコートに集まっていた。皆、いつもと変わらない表情で私を迎えたが、どこかよそよそしさが漂っているのを感じた。彼女たちも、昨夜の顧問の命令を聞いていたはずだ。私がどうなるのか、きっと不安に思っているに違いない。

「おはようございます、部長」

後輩のマリが私に声をかけてきた。彼女の瞳はいつもより少し心配そうだったが、それでも微笑んでみせた。その微笑みが、逆に私の心に痛みを感じさせた。彼女は何も知らないふりをしている。それが余計に、私の中の葛藤を強めていた。

「おはよう…」私は短く返事をし、視線をそらすようにして荷物を置いた。みんなの視線が自分に向けられているのを感じていたが、顔を上げることができなかった。

練習が始まると、いつもと同じように走り込みやパス練習が進んでいった。だが、私の心はここにあらずだった。体は動いていても、心はどこか遠くに置き去りにされているような感覚。顧問の田中先生は今日も厳しく、私たちの動きを監視していた。彼の目が一瞬でも私に向けられるたび、私は胸が締めつけられるような思いを感じた。

昼過ぎ、休憩時間になり、私はひとりコートの片隅に座り込んだ。手に持った水筒から冷たい水を飲むが、喉の渇きが癒されることはなかった。心の中で何かが壊れそうで、それを必死に抑え込もうとしていた。

ふと、視線を感じて顔を上げると、田中先生がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。私の心臓が早鐘のように打ち始める。ついに、約束の時が来たのだと悟った。

「部長、来い。」

体育館の隅で、私は一人、じっと立ち尽くしていた。窓から差し込む夕日が床に影を落とし、その中で私は心の中の葛藤と戦っていた。顧問の田中先生が無言でバリカンを手に取り、私の方へ歩み寄ってくる。これから何が起きるのかは、もう分かっていた。

「部長、覚悟はできているか?」

先生の声は冷たく、そして決然としていた。私は答えず、ただ静かに頷いた。髪を切られるという事実が、頭を支配していた。この髪は、私がずっと大切にしてきたもの。自分らしさの象徴だった。それを、いとも簡単に奪われるのだ。

「これも、チームのため…」そう心の中で自分に言い聞かせる。チームが良くなるため、みんなが一致団結するため、私は自ら髪を差し出す覚悟を決めたのだ。でも、その決意が揺らぐ瞬間があったのも事実だった。

私は椅子に座り、目をつむった。バリカンの機械音が体育館の静けさを切り裂くように響いていた。その音がだんだんと近づいてくるにつれ、心臓の鼓動が早くなっていくのがわかった。冷たい金属の刃が頭皮に触れる瞬間が、迫っている。

「大丈夫だ。耐えられる…」自分に言い聞かせながらも、手のひらは汗で湿っていた。

田中先生が無言でバリカンを手に取り、私の後頭部に当てた。瞬間、冷たい感触が頭皮を刺激し、髪がバリカンの刃に刈り取られていく音がはっきりと耳に届く。チリチリという不規則な音が、私の心に直接響いた。

最初の刈り取りで、髪の束が一気に床に落ちる。その重さを感じることはなかったが、髪が失われていく感覚は容赦なく私に押し寄せてきた。バリカンが頭皮をなぞるたびに、次々と髪が切り取られ、背中に触れていたはずの長い髪が一瞬でなくなっていく。

田中先生は無駄な動きひとつせず、淡々と作業を続けていた。バリカンが頭の後ろから前へと移動し、耳の横を刈り取る。私の心臓はドクドクと早鐘を打ち、体が硬直しているのが自分でも分かった。だが、声を上げることも、逃げ出すこともできなかった。

「次は前髪だ…」

そう思った瞬間、バリカンが前髪に触れた。視界に入る髪が一気に削り取られていくのを感じた。今まで顔のフレームとなっていた髪が次々と消えていき、鏡に映る自分の顔がはっきりと露わになっていく。冷たい空気が直接頭皮に触れるのを感じ、全身に鳥肌が立った。

刃が額を通り過ぎ、残りの髪が次々と消えていく。もう逃げ場はなかった。バリカンの音が止むまで、私はただじっと耐えた。髪が全てなくなるまでの時間はわずか数分だったが、その時間は私にとっては永遠のように感じられた。

やがて、バリカンが止まり、田中先生が静かに一歩下がった。私はゆっくりと目を開け、鏡に映る自分を見つめた。そこには、髪が一切ない、全く新しい自分の姿があった。

頭皮に触れると、ざらりとした感触が指先に伝わってくる。今まで触れていた髪の感触はもうない。代わりに、直接触れる自分の肌の冷たさがそこにあった。

「終わったんだ…」

バリカンの音が止まり、私は安堵の息をついた。頭皮に触れると、髪はすっかり短くなり、ざらざらとした感触が指に伝わる。もうこれで終わったのだと思い、心の中で一つの区切りをつけようとした。だが、その瞬間、田中先生が再びバリカンを手に取り、何かを調整しているのが視界の端に映った。

「まだ終わっていない。」

田中先生の冷静な声が響く。私は驚いて顔を上げた。先生は無言のまま、バリカンのアタッチメントを外していた。取り外されたアタッチメントが金属音を立てて床に置かれ、私は息を飲んだ。今までついていたガードが外されたバリカンは、さらに短く、肌に近づけることを意味していた。

「もっと短くする必要がある。覚悟を見せるためにな。」

田中先生は再びスイッチを入れた。バリカンの音が再び鳴り響くが、今度はその音がより鋭く、直接的に感じられた。私は心の中で何かが引き裂かれるような感覚を覚えたが、もう逃げられなかった。逃げることができる余地など、最初からなかったのだ。

先生は何も言わず、私の頭に再びバリカンを当てた。今度は、何のガードもない刃が直接頭皮に触れる。冷たく鋭い感触が、これまでとはまったく異なる刺激として伝わってきた。バリカンが頭皮に食い込むように進むたび、髪がさらに短く、より密着した形で刈り取られていく。チリチリとした音が響き、そのたびにわずかな髪が床に落ちていく。

後頭部から前へ、バリカンは再び動き始めた。最初の刈り取りではまだ感じられた僅かな髪の感触も、今や完全に消え去っていく。直接頭皮に触れる刃の感覚は、私を現実に引き戻す。髪がどんどんなくなり、皮膚の冷たさだけが残されていく。

先生は黙々と作業を続け、次々と頭の隅々まで刈り取っていった。耳の周り、額の生え際、すべてがもう一度丁寧に処理され、何も残らないように仕上げていく。私はただその感覚を耐え、今はどこか麻痺したように感じ始めていた。

バリカンが再び前髪に差し掛かる。最後のわずかな髪の感触が完全に消え去り、私の頭皮は完全に裸になった。冷たい空気が直接頭に当たり、肌にダイレクトに伝わってくる感覚が新鮮で、同時に無防備さを感じさせた。

やがて、バリカンの音が再び止まった。今回は本当に終わったのだと、私はゆっくりと目を開けた。鏡の中に映る自分は、さらに変わっていた。短く刈られた髪すらもうなくなり、まるで何もなかったかのように、私の頭はまっさらな状態だった。どこにも髪の影が残らず、ただ光を反射する滑らかな肌だけがそこにあった。

私は静かに頭に触れた。その感触は、これまでのどんなものとも違っていた。肌に触れる指先は、直接自分自身を感じるかのようで、髪という盾がなくなったことで、すべてがむき出しになった感覚が広がった。

「これで本当に終わりだ。」

田中先生の言葉は短く、冷静だったが、私はその言葉の中にある重みを感じていた。すべてを失ったと思っていたが、今ここにいるのは新しい自分。髪を失っただけではない、むしろ今、自分自身の本当の強さを試されているようだった。

私は鏡の中の自分を見つめ、ゆっくりと深呼吸をした。そして、思った。これからは、この姿で、もっと強くなれると信じて進んでいくのだと。

これが、新しい始まりだ。髪を失っても、自分自身は失っていない。むしろ、これからが本当の自分との向き合い方なのだ。

「これでお前も、覚悟が見えたな。」

田中先生はそう言って私を見たが、私はその言葉を耳に入れなかった。自分の頭を撫でながら、私は心の中で大きな喪失感と向き合っていた。

でも、その時だった。

ふと、鏡の中に映る自分を見た瞬間、思ったよりも大きな変化を感じなかった。確かに髪はなくなったが、そこに映っているのは間違いなく「私」だった。髪があろうがなかろうが、私自身が変わったわけではない。むしろ、この姿は新たな自分のスタートを示しているのかもしれない。

「髪なんて、ただの一部なんだ。私の本当の強さは、ここにある。」

胸に手を当て、私はそう自分に言い聞かせた。外見ではなく、自分の内側にある強さこそが、これからの私を支えるものだと気づき始めた。チームのために髪を切るという選択をしたことで、私は自分の限界を超えた。そこには、確かに新しい希望があった。

体育館を出ると、外はすっかり夜に変わっていた。冷たい風が坊主頭を撫でる。以前ならその感覚に戸惑っただろうが、今はもう違う。風が新しい自分を祝福してくれているように感じた。

「これからだ、私の本当の強さを見せるのは。」

私は夜空を見上げ、深呼吸をした。困難や試練はまだ続くだろう。けれども、私には新しい自分がいる。自分を信じて進んでいく力が、確かに胸の中で燃え始めていた。

「私は、きっともっと強くなれる。」

その時、私は未来に対する確かな希望を抱きながら、静かに歩き出した。

第3章: 運命の朝

翌朝、私は早く目が覚めた。まだ薄暗い空に、ぼんやりとした朝の光が少しずつ広がり始めている。部屋の窓を開けると、ひんやりとした朝の風が私の坊主頭に直接触れた。昨日まで感じていた髪の重さが消え、ただ冷たい風が私の頭皮を撫でる。この感覚が、自分のものだという実感がまだ湧かないまま、私は窓辺に立ち尽くしていた。

「本当に、これでよかったのかな…」

鏡に映る自分を見つめると、やはり心の中にぽっかりと穴が空いたような感覚が広がる。髪を失った私は、これまでの自分とは別の存在になってしまったかのようだった。長い髪は、私の一部だった。友達と一緒に髪型をアレンジして笑い合った日々が、急に遠い昔のことのように感じられる。

それでも、部長としての役割を果たしたという思いも、少しずつ胸に広がっていた。これでチームはまとまるはず。私は、自分の責任を果たした。そう自分に言い聞かせることで、少しでも心を落ち着けようとしていた。

「今日が試合の日だ。頑張らないと…」

静かに自分に言い聞かせながら、私は練習用のユニフォームを着込んだ。鏡に映る坊主頭の自分を見て、決意を新たにする。しかし、それでも不安は消えない。今日、チームメイトたちは私をどう見るだろうか。みんな、私が坊主になった姿をどう思うだろうか。嫌な思いをさせてしまったのではないかという不安が、胸の中で渦巻いていた。

やがて、外からバスケットボールのボールが地面に当たる音が聞こえてきた。早朝の練習に参加する部員たちがコートに集まり始めたのだ。私は深呼吸をし、足を踏み出した。

コートに到着すると、すでに何人かの部員がストレッチを始めていた。彼女たちは私に気づき、次々と視線をこちらに向けた。その視線が頭に集中しているのを感じ、私は少しうつむきがちに歩いた。足が重く、心臓の鼓動が速くなっていく。

すると、後輩のマリが私に駆け寄ってきた。彼女は私の姿を一瞬じっと見つめた後、ふっと笑みを浮かべた。

「部長、似合ってますよ!」

その言葉に、私は驚きと少しの安堵を感じた。マリはまったく気にしていない様子で、むしろ元気づけるように微笑んでくれた。彼女の言葉に、私は少しだけ肩の力が抜けた。

「ありがとう、マリ…」私は小さく笑い返したが、その笑顔はまだぎこちなかった。

周りの部員たちも、私を見ながら少しずつ集まってきた。みんなが何か言うわけではなかったが、その沈黙の中には理解があった。彼女たちは私が髪を失うことで何を背負ったのかを、言葉にせずとも感じ取ってくれていたのだ。

「今日の試合、絶対に勝ちましょう!」私はチーム全員に向かって声を張り上げた。

「はい!」全員が力強く返事をしてくれた。

その瞬間、私の中に少しずつ確信が芽生え始めた。髪を失ったことがすべてではない。私はここにいる。チームのために、私自身のために、何かを捨てても守りたかったものがある。それが部員たちとの信頼関係であり、私たちが目指している目標だ。

練習が始まると、いつも通りにボールを回し始めた。コートに響くボールの音、足音、そしてチームメイトたちの声。それらがひとつになり、私たちを支えている。私の坊主頭は、次第に気にならなくなっていった。何よりも、私たちはチームとして強く一つにまとまっていた。それが実感できたからだ。

その日の練習は、いつも以上に集中していた。私たち全員が一体感を持ち、目指すべき勝利のために動いていた。私は髪を失ったが、チーム全体の力を引き上げるために必要なことをしたのだという自信が、次第に湧いてきた。

夕方、試合会場に向かうバスの中、私は窓の外をぼんやりと眺めていた。遠くに沈みかけた夕日が空を赤く染め、その美しさが一瞬、私の心を軽くしてくれた。頭を撫でる風がまた冷たく感じられたが、それは決して悪い感触ではなかった。

「私はもう、髪を気にしなくてもいいんだ。」

それは、私が新たな自分を受け入れるための第一歩だった。恐怖と不安に囚われていた私が、少しずつ前に進み始めていたのだ。新しい私として、チームを率いる覚悟ができた気がした。

「やるしかない…」

そう心の中で呟きながら、私は静かに拳を握りしめた。試合が始まる前の緊張感が体中を走り抜け、胸の中で鼓動が高鳴っていく。この勝負に勝つために、私はすべてを捧げる覚悟だった。

そして、その覚悟は、仲間たちと共に、きっと勝利へと繋がっていく。

第4章: 新たな自分

試合の日がやってきた。バスが会場に着くと、私たちはコートに足を踏み入れた。広々とした体育館の中には、すでに他校の選手たちがウォームアップを始めていた。観客席には生徒たちや保護者が集まり、ざわざわとした空気が漂っている。その中で私は、静かな決意を胸に抱いていた。

コートに立った瞬間、頭皮に触れる冷たい空気が再び私を現実に引き戻した。坊主になった自分の姿を、周りはどう見るのだろう?今までとは違う自分が、どんな反応を引き起こすのか、それを想像すると胸がざわついた。

「部長、大丈夫ですか?」後輩のマリがそっと私に声をかけてきた。彼女の顔には心配そうな表情が浮かんでいたが、同時にその瞳には強い信頼も感じられた。

「大丈夫。今日は絶対に勝つからね。」私はできるだけ笑顔を見せ、マリに答えた。心の中ではまだ不安が完全には消えていなかったが、それでも、私が今ここにいる理由はただひとつ、チームを勝利に導くためだった。

ウォーミングアップが始まり、私はボールを手に取った。手に馴染むバスケットボールの感触が、これまでと変わらないことに少し安心した。私はいつもと同じようにドリブルを始め、パスを繋げていく。自分の動きに集中することで、少しずつ不安が薄れていくのを感じた。

「今日は負けられない試合だ。自分を信じて、仲間を信じてやろう。」そう心の中で何度も繰り返しながら、私は体を動かし続けた。

やがて試合が始まる時間が近づき、私たちは円陣を組んだ。全員が集まり、肩を組んで気合いを入れる。コートの外にいる観客たちの視線を感じながらも、今はチーム全体の一体感に集中していた。

「今日は絶対に勝つ!みんな、私を信じてついてきて。髪を切ったことはもう関係ない。私たちは私たちの力で勝つんだ。」

私は力強く声を出し、全員に訴えた。言葉が自然に出てきたのは、髪を失ったことで何かが変わったのだろう。髪に囚われず、今ここにいる自分を誇りに思うことができた瞬間だった。

「はい!部長!」全員が声を揃えて返事をした。その力強い声が、私の胸に響いた。

試合が始まった。相手チームは強豪校で、最初から激しい攻防が続いた。序盤は相手のプレッシャーに押され、私たちはリードを許してしまった。点差が開いていく中、私は焦りを感じたが、絶対に諦めるわけにはいかないと自分に言い聞かせた。

「落ち着いて。今、私たちが練習してきたことを思い出そう。ここで焦ってはいけない。」

私は自分を鼓舞し、冷静さを取り戻すよう努めた。そして、少しずつチームの動きが改善され始めた。パスが正確に通り、ディフェンスも締まり、私たちは徐々に点差を縮めていった。

試合の中盤、私はふと相手選手たちが私の頭をちらちらと見ていることに気づいた。坊主頭の私が、彼女たちにとって珍しい存在に映っているのだろうか?それとも、何か特別な意味を持っているのかもしれない。だけど、私はそれを気にすることをやめた。

「私がどう見えるかなんて関係ない。大事なのは、私がこのコートで何をするかだ。」

そう心に決めた瞬間、私はそれまでの不安が霧のように消え去るのを感じた。髪がなくなったことで、私は今、自分自身に集中できる。外見ではなく、内面の強さが大事なのだ。私がやるべきことはただひとつ、チームを勝たせるために全力を尽くすことだった。

後半戦に入ると、私たちのペースが加速し始めた。チーム全員が一つの目標に向かって動いているのを感じ、私自身のプレーもどんどん冴えていった。コートの中で、私は自由だった。髪がなくなったことで軽くなったような気さえした。周りの選手たちも、私が坊主であることを気にする様子はなく、ただひたすらにゲームに集中していた。

残り時間が少なくなり、私たちは同点に追いついた。会場中が緊張感に包まれる中、私たちはさらに攻撃を強めた。ボールが私の手に渡り、チームメイトの視線が一斉に私に集中する。

「私に託してくれている…」

その思いが私の心を奮い立たせた。私はボールを持ってコートを駆け上がり、ゴール前に到達した。相手ディフェンダーが目の前に立ちはだかるが、私は恐れずに突き進んだ。彼女たちが私の動きについてこられない瞬間を見極め、シュートを放った。

ボールが弧を描き、ゴールに吸い込まれる音がした。歓声が一斉に沸き上がり、私たちは逆転したのだ。仲間たちが私のもとに駆け寄り、全員で抱き合った。私はその瞬間、これまで感じたことのない喜びと達成感に包まれた。

「やった…!本当に、私たちがやったんだ!」

全身が震えるほどの興奮が私を突き動かし、涙が止めどなく溢れた。坊主になった私が、チームを勝利に導けたのだ。その瞬間、髪がなくても、私は私であり続けられるという確信が胸に広がった。

試合が終わり、私たちは勝利を収めた。観客たちの拍手に包まれながら、私は頭を撫でた。冷たい風が坊主頭を通り抜ける感覚は、もう恐ろしくなかった。むしろ、その風が心地よく、私の新しいスタートを祝福してくれているかのようだった。

「これが私だ。髪なんて関係ない。私は、このチームの部長であり続ける。」

心の中でそう呟きながら、私は笑顔でコートを後にした。新たな自分として、私の道はこれからも続いていくのだ。

第5章: すべてを背負う勇気

試合が終わり、私たちは見事に勝利を収めた。体育館を出た後、みんなでバスに乗り込み、帰り道に向かっていた。窓の外には、夕暮れの淡い光が広がり、赤く染まった空が静かに私たちを見守っているようだった。仲間たちの間には達成感が漂い、誰もが笑顔を見せていた。

「本当に、勝ったんだね…」私は静かに呟いた。坊主になったことを一瞬でも悔やんだことがあったけれど、この勝利を味わう瞬間には、それがすべて報われたように感じた。仲間たちの信頼を背負い、私は自分の役割を果たした。それが何よりも誇らしかった。

しかし、その静かな余韻を破るように、後輩のマリが突然口を開いた。

「部長、私も坊主にします!」

その言葉がバスの中に響いた瞬間、私は驚いて彼女の方を見た。彼女の目はまっすぐに私を見つめていた。その瞳の中には、揺るぎない決意が見て取れた。

「な、何言ってるの?坊主なんてする必要ないよ。私が髪を切ったのは、チームのためだった。君たちはそんなことしなくていいんだから。」

私は慌てて止めようとしたが、マリは静かに首を横に振った。

「部長が一人で責任を背負って坊主になったこと、私たちみんな分かってます。だから、私も自分の決意を示したいんです。部長だけじゃなく、チーム全員が同じ気持ちで一丸となっていたんだって証明したいんです。」

彼女の言葉に、私は何も言い返すことができなかった。胸の奥が熱くなるのを感じた。まさか、こんな風に思ってくれているなんて…。

すると、その静かな決意が波紋のように広がっていった。

「私も坊主にする!」と、次に声を上げたのは同じ学年のミカだった。彼女も真剣な表情で私を見ている。

「部長だけにそんな重い思いをさせたくない。私たちも同じチームなんだから、同じことをして当然でしょ?」

ミカが言ったその瞬間、他の部員たちも次々に声を上げ始めた。

「私も!」

「私だって!」

次々と「私も坊主になる」と言い出す部員たち。私は驚きとともに、どうしてこんなことになったのか理解できないままでいた。彼女たちは皆、自分たちの意志で坊主になることを選んでいた。誰かに強制されたわけでもなく、自分自身の覚悟で。

「みんな、そんな…!坊主になるなんて、簡単なことじゃないんだよ!」私は半ばパニックになりながら彼女たちに言った。

でも、彼女たちは微笑んで、私の言葉を否定するように首を振った。

「部長が一人で頑張ってるのを見て、私たちも何かできることがあるはずだって思ったんです。私たちもチームの一員だから、一緒にその覚悟を背負いたいんです。」

その言葉に、私は何も言えなかった。これ以上彼女たちを止めることができる理由が見つからなかった。彼女たちは、本当に心から私と同じ決意を持ってくれているのだと気づいた。

翌日、私たちは田中先生の前に全員で集まった。体育館の一角に、静かな緊張感が漂っていた。私たちの坊主になる決意を告げると、田中先生はしばらく無言で私たちを見つめていた。

「お前たち…本気か?」

先生の声は、驚きと少しの感動が混じっていた。私たちは全員、力強く頷いた。

「はい、私たち全員が覚悟を決めました。部長一人に負わせるのではなく、チーム全員で責任を共有します。髪を切ることで、私たち全員が強くなると信じています。」

私は代表してそう答えた。胸の奥にあった不安が、今は完全に消えていた。全員が私を支えてくれているという確信が、私に力を与えてくれた。

「分かった。お前たちがそこまで覚悟しているなら、私はそれを尊重する。」

先生は静かにそう言い、バリカンを手に取った。次々と部員たちが一列に並び、髪を切られる準備をしていた。その光景は、静かでありながら、何か神聖な儀式のようだった。

最初に髪を切られたのはマリだった。彼女は無言で椅子に座り、バリカンの音が響き始める。髪が次々と床に落ちていくのを見ながら、彼女は微動だにせず、その目には決意が宿っていた。長い髪がなくなるたびに、彼女の顔が一層強く見えるようになった。

「どう?変かな?」マリが微笑んで私に問いかけた。

「全然。むしろ、すごく似合ってる。」私は本心からそう答えた。彼女の坊主頭は、強さと美しさを象徴していた。

次にミカが椅子に座った。彼女も同じように髪を切られ、坊主頭になった。その姿を見た他の部員たちも次々と順番に髪を切られていった。みんな笑顔で、何の後悔もない様子だった。

髪が床に散らばっていく光景は、まるでチームとしての絆がさらに強く結ばれていく過程を象徴しているようだった。髪を失うことで、私たちは一つになり、これまで以上に強くなっていくのだと感じた。

全員が坊主頭になった後、私たちは鏡の前に立った。誰もが新しい自分を見つめながら、同時にチームの絆を強く感じていた。

「私たち、これで本当に強くなれるね。」マリが微笑みながら言った。

「うん、私たちがどんな姿でも、チームとして一つになっていれば最強だよ。」私はその言葉に頷いた。

坊主になったことで、私たちは髪型という外見に囚われず、内面の強さと仲間への信頼を深く感じることができた。髪を切ったのは、単なる象徴ではなく、私たちが本当にひとつになった証だったのだ。

これからも、私たちは一つのチームとして共に戦っていく。そして、その強さは、髪を切ること以上に、私たちが共に築き上げた絆によって支えられている。

「私たち、この坊主頭で全国まで行こう!」私は胸を張ってそう宣言した。

「もちろん!」全員が力強く応えてくれた。

新たな自分、新たなチームとして、私たちはこれからも前に進み続けるのだ。
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