ゆとりある生活を異世界で

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北の地にて

囚われた者達と捕われた者達

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ワイナール皇国暦286年、8の月




「あーその…ロウとやら、少し聞きたい」

「ん?なに?バルトロメイさん」

「うむ、先程の戦いの事なのだがな
君は動き出す前に軽く床を蹴ったな?
何故だ?何の意味があったのだ?」

「ふ~ん?さすがと言うべきか闘いに関しては良く観てるんだね?
まぁいいや。あの状況、前衛盾職の家柄だったら理解出来るんじゃない?
あの床を蹴る行為、あれは貴方の魔力盾みたいなもんさ
貴方は敵に魔力盾を警戒させてからの突進するか、踏み止まるかするでしょ?
俺は相手に、すばしっこそうと思われた
その意識をより高めただけだよ?床を少し蹴ることによってね」

「ふむ?」

「いまいちピンとこない感じ?
ん~、あの相手は俺に向けて真っ直ぐ剣を向けてきたよね?刺突で、5本ともだね
でも床を蹴った事によって、相手に〈俺が素早く動きだすかも?〉って、より強く意識させたんだよ
そうするとどうなる?真っ直ぐにチカラを込めた刺突が緩むでしょ?
剣を握る手のチカラが緩むんだ、いわゆる剣尖がブレることになる
チカラが緩んでブレブレの剣なんて、剣の腹を叩けば剣尖を他の方向に向けさせるなんて簡単さ
まぁ、その為には剣尖を見極める眼が必要なんだけど
あの場合は前から5本の剣尖が俺だけを目掛けてきてたんだから、戦闘慣れしてれば難しくはないんじゃない?」

「ふ~む……」

「御納得?戦いに眼は大事だよ?
眼って言うか、広い観察眼なのかな?

さて…探索探索っとぉ……
あゝここだここだ……凄く負の感情が渦巻いてる…
そして…臭い!

しかし、まさかの地下2階かよ…気配が探れなかったら地下1階の倉庫区画で諦めてたなぁ
意外と理に叶ってんのは商館だからか?
犯罪者じゃないから処罰するまでは健康に保つ必要がない
だから陽の光は要らないから窓は要らない
人生諦めさせるには薄暗い地下室に多人数押し込めば滅入った精神状態が伝播する
商品なんかが上階にあるから多人数の排泄物なんかが落ちてきて商品を汚す心配も要らない…か……
まったく…よくもまぁ悪知恵を働かせるもんだね
しかも、この臭いじゃ排泄物の処理なんかせずに放置だな」
ロウが振り返り
「バルトロメイさん?状況は薄々理解出来てきてると思うけどさ
この扉を開けたら、なぜ俺がこんな事をしてるのかが完全に理解出来るよ
そして、自分の視る目の無さのせいでどれだけの亜人種が不幸になっているか
そして、あの亜人種も含めた人種平等を基本法とした五英雄にどれだけ程遠いのか刮目しなよ
貴方は皇国の権力者側の人間として現状を見る義務があるんだからね」

「…………うむ」

「じゃあ開けるよ?
クソが…バカどもが防音の魔方陣だけは設置してやがる」
言うなりロウが頑丈な鉄扉てっぴの中心を掴むように指を突き入れ力任せに引くと鉄扉は轟音をたてて引き剥がされる
そして、申し訳程度の魔導灯の灯りに照らされ光る大量の目が一斉にロウ達を見る
その目には様々な感情が浮かんでいるが、共通するのは怨嗟の色で濁っているところか…
その視線に晒されてバルトロメイとウリシュクの2人がたじろぐ

「…こんな負の感情が籠もった目をみたのは久しぶりだな……
ざっと見、50人ぐらいか…
とりあえずは、もっと明るくしなきゃな
俺たちは大丈夫だけど…囚われの亜人種達にも少しは感情を出してもらわなきゃならないし」
ロウが魔導灯に魔力を飛ばすと煌々と輝きだし、室内全体を明るく照らすと室内の惨状が誰の目にも露わになった

「「「これは……むごい……」」」
バルトロメイと2人のウリシュクが絶句する
それもそうだ、室内に詰め込まれている老若男女の様々な亜人種が50人ぐらい
全員が横になるスペースも無く座り込んでいた
そして全員が全員、糞尿まみれでドロドロになっていた

「ふう…見えたらよく分かるでしょう?
これが北辺境領に棲まう亜人種の現状だよ
たぶん、今も何処かの集落で徴税官と兵による亜人種狩りが進行中だよ
徴税官が言い掛かりを付けて兵が捕縛する狩り huntがね
貴方の隣りのアラハムとエライムも俺が通りかからなかったら同じようになっていた
これがワイナール皇国で許される行為だと思う?」
ロウが試すような視線でバルトロメイを見上げる


「ぐうぅ……こんな…事は……許されない……」
バルトロメイが振り絞るように呟き、顔を真っ赤にしている
そして…
「申し訳なかったぁっ‼︎」
室内に1歩踏み込み汚れた床にひざまずき、床に頭を打ち付けた

『おお⁉︎お見事な土下座謝罪だ
額から血が出るぐらいの謝罪かぁ、これは評価を上方修正しなきゃな』

「この状況は!元とは言え北辺境伯であるバルトロメイ・ガードナーの不徳と致すところだ‼︎
知らなかったとの言い訳はせぬっ!
先ずは言葉でしか詫びる他無いが、必ず償う事を約束する‼︎
なんでも言ってくれ!」

「バルトロメイさん?償いの話しは後でもいいよ
まずは全員解放しよう、そして地上に出ようか」

「む…しかし…」

「いいから、さぁ立って
こんな場所で、まだ全然解決してないのに償いの話をされてもさ
意味が無いとは思わない?
まぁ即座に謝罪したのは認めるよ、俺たちには貴方の誠意が見えたからね
亜人種達にはこれからだけどさ

それで?囚われてたヒト達に聞くんだけど、俺たちは貴方達の全員を解放しにきたんだ。
立って歩くことは出来る?
長く閉じ込められてたりして足腰弱くなってるヒトが多いかな?」

「「「「「……」」」」」
全員が無言でロウを見つめるも
「解放してくれるのはありがたいんだが全員動けない」
奥の方から声が上がった

「??全員?全員が弱ってるの?それともやまいでも患ってる?」

大多数の亜人種達が頭を振り
「違う。それは確かに病の者も居るが、全員が地下に入れられた時に肩と足に刃を入れられた」

「は?…それは全員が?子供も?」

「そうだ、全員だ。だから全員が片腕と片足が動かぬ」

「………ほんっと用意周到なバカどもが…魔世、魔法薬を…」
ジワリと魔力が滲み出し、険しい顔で言ったロウの声が少し震えていた

『はい、主人様あるじさま。しかし、大丈夫ですか?』

「ん?俺が?うん、大丈夫だよ
いま怒りに任せて動くには早過ぎるからね
いま動いちゃ上のバカどもと同類になっちゃうよ」

『いつもの主人様で安心しました。では、とりあえず赤魔法薬を普通の半分ぐらいの瓶で出します』

「うん。腕と足の腱が2本だろうからね?
それに腱を切られてから、かなりの時間が経ってるかもしれないし
赤魔法薬を半分量づつ飲んでもらうのが丁度良いぐらいかな?」

『はい、足りない分は直ぐに出します。ですが、飲ませる前にワラシ先輩の水で全員を洗った方が良いと思います。身綺麗にすると気分も良くなりますから、負の感情も少しは和らぐのではないでしょうか
主人様の感情も』

「あゝなるほど。確かにそうだね?
それに、俺の心配までしてくれてありがとう

ねぇ?今から全員の傷を治して動けるようにしようと思うんだけど、その前に全員を洗うね?
それで少しは気分を晴らしてくれる?」

「「「「「洗う??そ、それは…?」」」」」
ロウから滲み出ている怒りの魔力に怯えながらも素直に疑問を顔に浮かべる亜人種達
室内が明るくなり、ほんの少しだけは気分が晴れてきているのだろう


「申し訳ないけど問答無用でいかせてもらうね?
水嫌いな種族が居るかもしれないけど、その辺は辛抱してくれるとありがたいな

じゃあ早速やろうか。ワラシ、お風呂ぐらいの温かい水で全員を洗ってくれる?
ついでに汚い床もキレイに流して?
面倒だろうけどお願いね」

「うん!わかったー!」
ワラシが返事をするなり亜人種全員の首から下を温かい水で包み込んだ
そして床全体を水で覆うと一気に流し、汚水を部屋の外に固めて置いた

「「「「「えっ⁉︎水⁉︎」」」」」
「「「「「温かい⁉︎」」」」」

「皆んな頭と顔も水に潜り込んでサッパリしてね
顔なんかが汚れたままじゃ気分は晴れないからね?
あと、洗い終わったヒトから水を消して薬を飲んでもらうからね
それで手も足も動くはずだから歩けるようになるよ

あ、水が消えたヒトから順番に薬を渡していってくれる?アラハム、エライム
同じ亜人種…俺たちみたいな人間種じゃないほうが皆んな安心して飲めるんじゃないかな?」

「うむ。なるほどな」
「あゝ我らもロウの為すことを手伝えるのだな?喜んでやらせてもらう」

「うん。お願いね」


アラハムとエライムが水が消えたヒトから順に赤魔法薬を手渡していくも、亜人種達は警戒してか飲もうとしない
「大丈夫だ。心配は要らないから飲んでみなさい
アレは…あの子は人間種の子供に見えるから警戒しているんだろうが
実はな?アレは良い妖魔なのだぞ
おかげで我らの集落も助けてもらったのだ」
「そうだぞ?あの人智を超えた妖魔が出した魔法の薬だ
なんの心配もせずに飲むがいい」

“ふむ…妖魔……良い妖魔か……なるほど…そんな存在はついぞ聞いた事も無かったが、確かに言われてみれば人間種と言われるよりは納得が……”


『ヲイ⁉︎なんてこった⁉︎完全に妖魔認定された⁉︎アラハムとエライムは何てこと言うんだよ⁉︎
そして…聴こえてるっつーんだよバルトロメイ!』

「ワッフフフフ…」(プッ⁉︎ククククク…でも良かったじゃない、人間種じゃないからって安心して飲み始めたよ)

『…まぁ確かに結果オーライかな?しかし釈然としない…
はあ…人間やめたつもりは無かったけど北辺境領じゃ妖魔でいくかなぁ……
ここ数日間で馴染んだ気配も急速に接近中だしな
そういや、アイツらも俺が妖魔だっつってたな…』
「さぁ飲んだヒトから身体を動かしてー、そして立ち上がってみてー?
立ち上がれないヒトは言ってねー
それはやまいを患ってるんだろうから違う薬を出してあげるー!」

殆どの亜人種が立ち上がって喜んでいるが、やはり10人ぐらいは立ち上がれずにいた
ロウ達には判別が難しいが、どうやらそれは年寄り達のようだ

「なるほど、老いで身体が弱くなって病がちになるのは亜人種も同じなんだな?
よし、魔世?紫を通常量でお願いね?」

『はい。主人様』
返事をするなり、紫魔法薬をコロンコロンと出す

「ワラシ?紫の魔法薬をあげてきて?」

「うん!」
ワラシが紫魔法薬を拾いタタッと駆けて渡していく
「はい!飲め!」

「「「「「あ、ありがとうよ?ボウヤ」」」」」

「うん!我はワラシだ‼︎」

「そうかい、ワラシ。可愛らしい妖精の子だね」

「えへへ~♪」



「よし、全員が歩けるようになったみたいだね?
じゃあ上に行こうか?」

「「「「「うん…」」」」」

「不安かな?でも大丈夫だよ
上のヤツラは縛り上げてあるからね?また捕まることはないよ
いや、むしろヤツラを捕まえてるんだけどね?ククッ…」

そしてロウ達が先導してゾロゾロと階上に上がっていった






ウーセタ街道を1台の2頭立て箱馬車が進む
その艶めく漆黒の馬車は飾り気が全く無いかわりに、前後左右の上部には
羽ばたきながら鋭い爪で今にも獲物に襲いかからんとするフクロウが描かれている紋章があった

「次代様、前方橋上にて通行制限しているみたいなのですが如何なされますか?」
馭者をしていた獅子の獣人が声を上げる

「あら?もう関所なの?ダムド男爵領を抜けるのは、もう暫く掛かると私は思っていたのですが…
橋上と言うことはポンテみたいな関ですか?」

「いえ…それが、まだ遠目でしか見えませんが
大きな関のような物は無いですから、代官辺りの私関しぜきなのではないかと考えられます」

「私関ですか…まぁ正式な関所ではないのならば問題無いでしょうから、手早く通ってしまいましょう
正式な関所であれば無駄に刻がかかりますからね
格下の男爵とは言え、爵位持ちは迂闊な対応が出来ませんから」

「そうですね次代様。頻雑な手続きなどは面倒で仕方がありません」
「しかし次代様?前方の私関、どうにも揉めているようにも見えますよ?」
「確かに、橋の手前でヒト止めしていて通れない者で人集ヒトだかりしているな」

「面倒ですね…誰かが行って様子を窺ってみてきてくれますか?
まだ半分の行程も来ていないのですから無駄な刻はさけません」

「は。では俺がひとっ走り行ってまいります」
豹の獣人が馬車から降りて駆け出した

「もう…イヤになりますわね…
ケイワズ伯爵領はすんなりと通れたのに…
ダムド領は手続きが面倒なことばかりで刻が掛かり過ぎます
亜人種蔑視が甚だしく腹立たしいですが他領ですから暴れる訳にもまいりませんし…」

「「お察し致します次代様」」






「ココは?何なのだ?この商館?が奴隷小屋なのか?
なぜ門が破壊されている?あの門衛達は死んでいるのか?
さっき見せられた街門の衛兵詰所…燃え尽きてはいたが…
あの衛兵詰所もココも同じ者がやったのか?」
ヒョロっとした背が高い若者が背後に控える兵に尋ねる

「「「「「はっ!」」」」」
「そうなのではないか…とは思います」



「ふ~ん?お前たちが縛り上げた街政長は俺ならどうとでも出来ると言っていたが…本当かな?
お前たちは、言っていたその子供を俺が抑えられると思うか?」

「「「「「……」」」」」
「はっ!それは…その……」
「お…私たちは何があろうとバヴェル辺境伯様をお護りいたします!」
「はい!敵わぬまでもバヴェル様だけは!」

「…そんなに強い子供なのか……」
兵達の悲壮感漂う顔を見てバヴェルが察する
「父の…父上の魔力盾ぐらいあれば大丈夫なのか?
その子供を倒せるか?」

「「「「「……」」」」」
「バルトロメイ様の魔力盾が中位龍に通用するのであれば或いは可能性があるか、と…」

「なにっ⁉︎それほどなのか⁉︎」

「あっ⁉︎出てきた‼︎」






「ねえ皆んな?コイツらが不快なのは承知の上で頼むんだけど、捕まえてる全員を前庭に引き摺り出すのを手伝ってくれる?
俺が片っ端から投げ出しても構わないんだけど、少し考えがあってさ
下手打って殺したくないんだよ。まだ、ね」

「「「「「ふむ?」」」」」
「小さな妖魔には何か考えがあるのだな?
正直…腹立たしい気分は消えないが、助け出してくれた妖魔の願いならば聞こう」

「ありがとう…でも、妖魔と言われるよりは名前のロウって言ってくれたほうがありがたいんだけどな」
ロウが苦笑する

「なるほど、ヌシの名はロウなのだな?」
「ではロウ、転がっている人間種を全部か?前庭に?」

「うん、そうだね
ここに捕らえてるのは武を奮ってきた者ばかりなんだ
オバチャン以外はね?
普通の人間種の店員…戦いが本職じゃない人間種は上階に居て戦々恐々としているはずだから、窓なんかから見下ろせる前庭がちょうど良いんだよね」

「ロウよ?悪巧みか?」

「ククッ…その言い方は人聞きが悪いなぁアラハム
まぁ確かに悪巧みではあるんだけどね
やっぱさ?報いは受けてもらわないとね?
亜人種の皆んなが苦労してる事柄だし、これからは北辺境領の人間種が苦労していくだろうしね
それに、皇国に住まう者としては正しい行ないをしてるって公言する為にもさ」

「「「「「??」」」」」

「まぁ、簡単に言えば《この恨みを晴らさでおくべきか》かな」



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