ゆとりある生活を異世界で

北の地にて

様々な亜人種

ワイナール皇国暦286年、8の月



“コンコン”

「誰か！」

「私だ、マッキ殿」

「うむ、ガロ殿か。入られよ」

「ありがとうマッキ殿
失礼します、シュルツ皇子様」

「ん？どうしたんだい？ガロ
君はケセイの屋敷へ呼ばれて行っていたのではなかったかい？」

「はい。呼ばれた理由もあり戻って参りました」

「ん？私も関係する事柄だったのかい？」

「はっ！
シュルツ皇子様への来客で、ケセイ様の御邸にて待機している者達が居りましたのでお報せと皇居内への入場許可を戴きに」

「ふむ？皇居内に入るのに許可が必要と言う事は亜人種なのかな？
身元は大丈夫な者達かな？」

「はい。人間種と亜人種ですが身元は確かです
パウル商会からであります」

「あゝ⁉︎ハンプティの…ん？ハンプティが辺境から戻ってきたのかな？
いや…だったら本人が来るか…
それに、すぐに通すだろう
まさか、ハンプティを亜人種と間違うはずもないだろうし…
定期的に報告はあるから、今更店員を何故送り込んできたのかな？
まぁいい、すぐに入場を許可しよう
一筆書くから持って行きなさい
あ、代表の名と人数を書くよ、聞いてきたかな？」

「はい。え～っと…確か、代表はヴァレットと言う名の人間種
他に、亜人種が2名です」

「ふむ？聞き覚えは無い名だが…まぁいい、ガロが見た限りでは大丈夫だったんだろう？
連れてきてくれるかい？」

「はっ！では、いまいちどケセイ様御邸へ行って参ります」

「うん、頼んだよ」








「さぁて！っとおおぉぉぉぉぉーー‼︎
どっっっせーーーーーい！」
ロウがヴァイパーの背から飛び上がり、両手の平を徴税官や兵に向けて限定的に魔力の圧力をかける

「「「「「な⁉︎なんだ⁉︎」」」」」
「「「魔獣の影から子供⁉︎」」」
「がふっ⁉︎」「うがっ⁉︎」「ぐはっ⁉︎」
「「「「「た…立っていられん⁉︎」」」」」

「な⁉︎」
「なにが⁉︎」
「はっ⁉︎今だ！今の内に子らを樽に入れろ‼︎」
「あっ⁉︎そうだ！子らを河に流せ‼︎」
「急げ！」
「泣くな！我らが子らよ‼︎」
「無事に生きていたら達者に暮らせ！」



「はあっ⁉︎え⁉︎なに⁉︎彼らは何を始めた⁉︎
なんで子供達を樽に詰めて河に流すんだ⁉︎
こんな急流に流したら死ぬぞ⁉︎
なんかの罰ゲームか⁉︎」



「無事に…無事に育ってね！」
「うん！」「生き延びる！」「負けない！」
「うんうん！しっかりね！」
メス達が樽の子らを励まし盛り上がりながら、別れを惜しみつつ樽を押す


「うわっ⁉︎本気か⁉︎やめろ‼︎
ワラシ！笛は後回しにして樽を止めて‼︎」

「うん！」
ワラシが吹こうと構えていた笛を腰帯に差し、ヴァイパーの背で丸く蹲うずくまる
そして
「どっこいしょーー！」
両手で何かを持ち上げるかのように立ち上がると、樽が流れていく前に水の壁がそそり立つ


「なに⁉︎水の壁⁉︎」
「子らの樽が止められた⁉︎」
「なんて事を⁉︎子らを逃がさないつもりか⁉︎」
「なんと慈悲の無い魔獣らだ⁉︎」



「え⁉︎子供詰め樽を急流に流すのが正義なのか⁉︎
ありえないだろ⁉︎
あんな泳ぐのに不向きなスタイルで、どんなアクティビティだよ⁉︎」



「ぐぐ…な、なんて事だ…」
「うっ…ぐっ…あの亜人が河を割ったのか…」
「あ…あやつらは…まさか妖魔の類たぐいなのか…」



「こっちはこっちで俺たちを妖魔認定してるし…
はぁ…まったく意味が解らない…
河を渡っただけで別世界に来たみたいだ
まさか、彼岸じゃないよな？
とりあえずワラシは笛を頼むよ、俺は樽を全部引き揚げる」

「うん！」






“コンコン”
「失礼しますシュルツ皇子様！ガロです！」

「入りなさい」
言いつつマッキに扉を開ける様に促す

そして、ガロを先頭に人間種と小柄な亜人種と荷を背負った獣人種が入室してきた

「シュルツ皇子様、こちらの者達です
人間種以外の2人は私も面識がありますので御安心下さい」

「うん、ありがとうガロ
そして？パウル商会の者達だと聞いているが？」

「はっ！パウル商会より参りましたヴァレットと申します
シュルツ皇子様に御目通り叶い感謝に堪えません」
と人間種のヴァレットが代表して挨拶する

「うん。私がシュルツだよ、ヴァレット」

「はっ！実は私が代表として皇居内入場手続きや、今も御挨拶申し上げておりますが
それは人間種であってのことです
パウル商会での立場は後ろの2人よりも下になりますので、これよりは私は控えさせていただきます」
と丁寧に頭を下げて後方に下がると小柄な亜人種が前に出て
「これはこれはシュルツ皇子様、お初に御目にかかります
私わたくしはパウル商会本店にて番頭を務めさせて頂いております、マニハッターと申し上げます
御見知りおき下さいませ
そして、そして、もう1人の獣人は、とある御方と多少の繋がりがある店員のペローで御座います」
「当店番頭から紹介されたペローです
シュルツ皇子様とも親しい御方と多少の繋がりがあるものですから、図々しくも罷り越しました
以後、御見知りおき下さい」

「ほう⁉︎君がパウル商会の番頭だったのか⁉︎
では、ハンプティの留守中は君が代表なのだね？
ふむ…なるほど……ハンプティは私の立場に気を使って今までマニハッターを会わせなかったのか…
ちなみに君の種族は何になるのかね？」
シュルツの目が好奇心に輝く

「はい、はい、私わたくしは元々はパウル家地下に発生した屋敷妖精の亜ゴブリン種で御座います」

「ほう⁉︎屋敷妖精⁉︎妖精か⁉︎そしてゴブリン小鬼種⁉︎
初めて見る種族だよ！そうかぁ～屋敷妖精かぁ～亜ゴブリン種かぁ～
文献で知ってはいたが、ようやく見れたなぁ…」

「コホン…あの、シュルツ皇子様？」
それとなくガロがシュルツを窘たしなめると

「あ⁉︎すまない！また私の悪い癖が出たね」

「いえいえ、いえいえ、私わたくしの様な者の種族がシュルツ皇子様の琴線に少しでも触れたのならば光栄で御座いますよ、はい」

「うん、そう言ってもらえれば助かるよ
それで？今日は何事なのかな？
ん？そういえば、ペローだったかな？
私と親しい御方？そのヒトと多少の繋がりがあると言ったね？
私には親しい者が少ないが…今更ハンプティを親しい御方と言うはずも無し
ましてや名を隠している？」

「はっ！ここで…この場では名をクチには出来ません
私たちは初めて来たので、どこに耳があるのか分かりませんので」
「シュルツ皇子様、この御2人は私を捜し出して紹介してくれたヒト達ですよ
それで御理解ください」

「ん？ガロを捜し出して？確かガロをケセイに引き合わせたのはコロー…
あー、なるほど！理解した‼︎そうか！彼か‼︎
と言う事は、また私が面白がる事が見れるのかな？」

「はい、はい、流石はシュルツ皇子様！御明察恐れ入りますよ」
「はい、実は今回、とある御方が発明した物と従者になる者を連れてきました
どちらを先に確認なさいますか？」

「ほう⁉︎モノとヒトか
では、ヒトはヴァレットかな？」

「はっ！私はシュルツ皇子様の執事候補として参りました
私は元々がパウルの情報部の者で情報の取り纏めなどを得手としておりますれば
これからシュルツ皇子様が為される事のお役に立てるだろうと派遣されました」

「へぇ～？それも彼の考えかな？」

「いえ、それは解りかねます
ただ、頭取が辺境から出した手紙に書いてあった指示ではあります」
「それで、シュルツ皇子様
その手紙には、とある御方が発明した品物をシュルツ皇子様に売ってくるようにとの指示も書いてあったのです」

「私に売ってくるように？
……ククッ…あっはっはっはっは……」

「「「「シュルツ皇子様⁉︎」」」」

「あゝ、いや、すまない
辺境で、その手紙を書いているハンプティの側に誰がいたのか想像がついてね？
あのハンプティが品物も見せずに私に売り付けるなんて有り得ないだろう？」

「「「あゝ、確かに…」」」

「それに、絶対に私が面白がって買うだろう事が前提にあるよね？
皇子という立場の私に、そんな考えが普通の商人に出来ると思うかな？」

「「「無理です…」」」

「ふふふ…だろう？
ところで、その発明品はいつ創ったものなのかな？」

「あ、それは最近です
少し前にシュルツ皇子様が東街区に下向された翌日か翌翌日ぐらいです
東壁外にある当店専属の鍛治工房にて創られました
そして光栄な事に、その場に番頭さんと私も立ち合わせてもらいました」
「はい、はい、左様で御座います」

「なに⁉︎あの時に彼はミャーコンにいたのか⁉︎
……なるほど…納得がいったよ……やはり、あの件は彼の実家が起こしたにしては……
そうかぁ……彼が近くに居たのかぁ……会いたかったな………」

“コンコン”
「失礼しますシュルツ皇子様」

「ん？おや？バスチャじゃないか？君も来ていたのかい？」

「はい。念の為に扉の外に控えておりました」

「そうか、ケセイの邸に待機していたんだったね？」

「はい。そして、とある御方の話が出たので居ても立っても居られなくなり
入室した無礼を御許しください」
バスチャがピシリと頭を下げた

「うんうん、構わないよ
でも、君も彼と面識があったのかい？」

「はい。その発明品を創られた翌日に、かの屋敷の執事長とメイド長が御結婚なさいまして
そこで初めて、かの御方の御尊顔を排しまして御座います」

「え⁉︎あのハン…あの2人が結婚したのか⁉︎」

「はい。その時に…ふふっ…あの御方は神職代わりにシュルツ皇子様を拐おうと提案したそうに御座いますよ」

「「「「なんと⁉︎」」」」

「ククッ…あっはっはっはっは…彼らしいね？
拐ってくれても良かったんだけどなぁ…クックック……」

「ふふっ…私もシュルツ皇子様は面白がったでしょうと申し上げました」

「おや？バスチャのクチがそんなに軽くなったのか⁉︎
君も彼が気に入ったのかい？」

「それはもう！私が若ければ何もかも捨てて無理にでも従者にして頂いただろうと、あの御方の御父上様にも申し上げたぐらいで御座います」

「ふ～む、そこまでバスチャを魅き込んだか…
うん、それでこそだね
よし、その彼が発明した品物を見せてくれるかい？」

「「「はい」」」

ペローが背負っていた荷を下ろして箱を開けると神使の飴鍋を取り出した
そして簡単に組み上げる
「これは菓子を作る鍋で、名称を神使の飴鍋と言います
その名の通りに《神使の飴》を作る為の鍋です」

「ほう⁉︎神使の飴！
どこがどう神使なのか興味が尽きないねぇ」

「はっ！今から作ってみますので御賞味ください」

「うん、頼むよ
あ⁉︎ガロ？菓子だから君の家族もこちらへ呼んでくれるかい？」

「よろしいのですか？」

「構わないさ？君たち家族を紹介してくれた彼の発明品だ
ただし、パウルの店員たちの立場もあるから彼の名を言わないようにしてくれないかな？」

「はっ！では、お言葉に甘えて、そのように言い含めて連れて参ります」

「うん」







「「「「「zzzzz…」」」」」

「さあ、とりあえず向こうは静かになった
しばらくは起きないだろうから放置しておこう

ところでさぁ、凄く僕らが悪者感があるみたいなんだけど
あなたたちって蹄のある亜人種は泳ぎが得意じゃないでしょ？
それなのに何で子供たちを樽詰めして河に流すのさ？
普通に死んじゃうんじゃないの？
それを止めたからって睨まれるのは凄く不本意なんだけどな？」
ロウが語る先では子供たちを守る様に囲むウリシュクの大人たちがロウ達を警戒して睨み付けてくる

「そうやって我らが種族は巣立ちをするからだ！」
「他種族に解るものか！」
「それに死んでも河に還るのだ！それは本望だ‼︎」

「いや、そんな理不尽な風習を子供たちに課しても…
現に子供たちは泣いてたじゃない
それは無理強いって言うんだよ？
それに、そんな巣立ちは大人がするもんであって、幼い子供にはさせた事が無いんじゃないの？」

「「「「「………」」」」」

「図星じゃんか…
とりあえず、無理に巣立ちなんかしなくてもいいように皆んなで考えてみない？
ウリシュク？だっけ？その次世代を無理に絶やす必要なんて無いんだからさ」

「「「「「………」」」」」

「返事がないのは肯定として受け取るけど、そもそもの発端はなんなの？
やっぱり税を納めていなかったのが原因？」

「税などと…」

「え？」

「ここが北の辺境と呼ばれる前から住む我らが何故税を納める！」
「そうだ！それに我らは交易もしておらぬ！」
「他種族と交流する事も少ない我らが誰に支配されていると言うのか！」
「我らは我らの掟で平穏に暮らしているだけだ！」
「それに数百年前にきたバスター殿も納得しておられたと聞いている！」
「文字を持たぬ我らには約束は絶対なはずだ！」

「ふ～ん…じゃあ、ガードナー辺境伯が方針変更しちゃったのかなぁ？
まぁ、封建な世界なんて権力者の都合で方針なんて変わるもんなんだろうけど
始祖の約束って意外に重いもんだと思うんだけどな？
クチ約束だから？何も残ってはいないから？
ふ～、役人ってそんなもんだよな…
ん？そういえば、この徴税官たちと兵って初めて来たの？
前もって言ってきてたの？」

「初めてきた…」
「いきなり税を納めろと言ってな…」
「我らも訳がわからぬ」
「税が納められぬならば犯罪奴隷にするなど…」

「変だな？いきなりで、それは無いよな？
前もっての通告も無しに兵を差し向けての徴税？
んで、税を納めなかったら犯罪奴隷で活き餌？
どう考えても活き餌がメインで税はついでじゃないか？
本当に辺境伯の徴税官たちなのか？
どこかの領主の私兵って事はないよな？
それなりの装備だから野盗って線は無さそうだけど…
ん～、徴税官たちの記憶操作する前に聞き出してみなきゃいけないなぁ
北方は穏やかな気風ってキャリー叔母さんは言ってたけど、なかなかキナ臭いな…」






「うわっ⁉︎なんだこれは⁉︎」

「如何でしょうか？シュルツ皇子様」

「いかがなんてモノでは無いよ！
また、彼は凄いモノを…いや、凄い菓子を創り出したものだね⁉︎
まさに神使の飴の名に違たがわないよ‼︎」

「はい、はい、私わたくしどもも初めてクチにした時は感動に打ち震えまして御座います」
「はい、あの時は驚きました」
「私も結婚式の折に味わいましたが…感動いたしました」

「そうだろうね？
しかし、これほどの菓子を砂糖だけで…
それに、この神使の飴鍋…簡単な魔道具でしかない
それも魔法は加熱のみ…
彼の知恵…発想か？届かないな…どこまで手を伸ばしても届く気がしない…
そんな彼と私は同じ場所に並び立とうとしているのか…
高いなぁ……頂いただきが見えやしないね…」

「あの…シュルツ皇子様？」

「ん？ふふふ…そんな心配そうな顔をしないでくれないか？ガロ
だからと言って、今更降りる真似はしないさ
その為のガロ家族とマッキ、それに今日から仕えてくれるヴァレットなんだからね？
あ、そうだ？神使の飴を食べた事が無い者たちは食べなさい
と、その前に作らなくてはならないね？
私が作ろう、マニハッター作り方を教えてくれないかな？」

「はい！はい！御教えさせていただきますですよ！」
「そんな⁉︎シュルツ皇子様が手ずからなど⁉︎
キリムかキアンに作らせますよ⁉︎」
「はい！私どもで作り方を習わせて頂きますシュルツ皇子様‼︎」
「はい！頑張って覚えます！」
「彼が発明した物ですから、僕も覚えてみせます！」

「いや、君たち獣人は魔力操作が苦手だろう？
だから最初の神使の飴もペローでは無くマニハッターが作ったんじゃないのかい？」

「面目御座いません」
「いや、だからと言われましても…」

「それにね？これは私の推理だけどね
たぶん彼は、私が作って振る舞う為に神使の飴鍋を売り付けるのだと思うよ？
食べれば…舐めれば、かな？理解出来ると思うが、これはクチの中で儚く溶けるけどヒトを幸せにする味わいなんだよ
そんな菓子を私が手ずから作り振る舞う、振る舞われた側はどう感じるかな？
振る舞った相手と友好的な感じになれるとは思わないかな？」

「御見事な推理ですシュルツ皇子様
手紙自体は、とある御方から店外持ち出しが禁止されており、御見せする事が叶いませんが
同じような事が書いてあり、味方を増やすのに役立ててもらうようにと締め括られておりました」

「お⁉︎それは嬉しいね？ペロー
いや、推理が当たった事が、だけどね？
ふふっ…やっと、彼と同じ地平でモノを見れた気がするよ
さぁ、マニハッター作ろうか
砂糖は沢山持ってきてくれたんだろう？」

「はい、はい、畏まりました！」

そんな光景を、少し離れて普段は生真面目な顔をしたバスチャがニコニコしながら見守っていた