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3章 傷の瞳のシーレ
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王宮の前の広場は王宮の一部だが、庶民にも解放されている。何かあれば人が集められ、夏祭りには王宮の楽人が演奏を披露する場所だ。王宮側と市街側、入り口は二か所。王宮側の門は閉じられている。市街側に門はない。
広場の真ん中にシーレは座っていた。野外で使う折り畳み式の椅子に腰を下ろし、市街側の入り口を睨んでいる。今は、雪は止んでいる。兵士たちに自分の周りだけ雪かきをさせたが、その内また雪は降ってくるだろう。
周りには誰もいない。散々渋い顔をされたが、シーレの剣の腕を知っている近衛の隊長が結局折れた。不意を突かれさえしなければ、非力な少年に後れをとることはないだろう、と。軍の長官は最後まで不服そうな顔をしていたが、広場全てを見渡せる塔に弓兵を置くよう命じたら、それで納得した。
シーレは眼帯をとった。
灰色の空は、時間の感覚を狂わせる。時間が過ぎているのか、それとも時間さえ凍ったのか、わからなくなりそうだ。
シーレは、ただひたすらに待った。
街中から音が消えている。雪の降る音さえ、聴こえるだろう。
どれほど経っただろうか、やがて、市街側から人影が現れた。
エミレだ。
汚れた布で顔の左側を覆っている。女のような顔には酷く不似合いに思えた。他は森の魔女のところで見たのと同じ格好をしている。
「エミレ」
シーレは立ち上がらない。エミレが広場に来るのを待つ。
「兄上、あちこちに掲げられた立札を見ました。お呼びに応じてまいりましたよ」
一つだけになった青い瞳で、挑むようにシーレを睨みつけてくる。
シーレは右目を凝らした。鏡の瞳に映っているのは、自分自身だった。それしか見えない。
何か、もっと『何か』が分かると思ったのに。思っていたよりも、失望が広がり、期待をしていた自分を自覚した。それを押しこめ、エミレを見据える。
「お前も俺を憎んでいるんだな」
フィリオラの泣き笑いが消えないシミのように、シーレの心にこびりついている。
なぜだか、エミレは叩かれたような顔になった。足をとめ、項垂れる。広場に静寂が戻った。そして何か覚悟を決めたように、再びシーレに歩み寄ってくる。
「兄さま、覚えていますか――?」
白い影がシーレの顔の前を横切った。いつから降っていたのか、雪が舞っている。
兄さま、と昔と同じ呼び方に、何かがひっかかった。塔に目をやると弓兵が矢を引いている。つられたように、エミレの視線も塔へ向いた気がしたが、エミレは動かなかった。
「やめろ!!」
風を切る音。
制止の声は間に合わず、エミレの身体に矢が突き刺さる。
「やめろ!」
叫びながら、庇うように射線の間に、身体を入れる。これで追撃はこない。
倒れこんだエミレを慌てて抱き起こす。倒れた衝撃で、顔の左を覆う布がずれていた。シーレは反射的に仰け反ったが、炎は上がらなかった。
「……なんだこれは。エミレ!」
炎の瞳が入っているはずの左目は、瞼が縫い付けられていた。
これでは、炎の瞳は使えない。瞼が開かないのだから。
「どういうことだエミレ!」
なぜだ。
なぜ?
疑問符がとめどなく湧いてくる。
「兄さま、私を担ごうとした連中の、陰に隠れて、もっとタチの悪いのが……。南方諸国と繋がって、います。これまでの証拠をまとめて、庭に隠してありますから、……王位につ、いたら……使って下さい。兄さまの敵を処分してください」
「は………………?」
突然何を言っているのかこいつは。頭でもおかしくなったのだろうか。
言葉が理解できず、シーレは混乱するばかりだ。
とにかく血を止めなければならない。刺さったままの矢を短く折る。抜く前に、傷口を確認しなければ。外套を脱がせ、上着を切り裂いていく。血を吸った綿入れの上着が冷たい。下着まで切り裂くと、その下に真っ赤に染まったさらしが、目に入った。きつく捲かれたさらしで抑えられているのは――乳房の膨らみ。
「女……だったのか?」
困ったような顔でエミレが微笑んだ。
「ごめんなさい、兄さま。嘘をついて……」
シーレの頭の中が真っ白になった。
「黙れ」
「ごめんなさい」
「うるさい黙ってろ!!!!」
矢が刺さった位置がまずい。血が止まらない。抜けば余計に血が出るだろう。せめてもっと上等な綿入れの上着だったなら、いくらか矢を阻んだかもしれないのに。
「誰か!医者を――」
塔に向かって叫びかけて、シーレは声を詰まらせた。
人を呼んでいいのか。エミレが本当は女だとばれていいものか。今まで王が騙されていたということにならないか? 傷を治すことが出来ても、助けられるか?
そもそも、ここへエミレを呼んだのは、シーレの命令だった――。
ここでエミレを待ち受け、
(…………一体どうするつもりだった?)
何を言うつもりだったのか。シーレは自分がわからなくなった。
シーレの迷いを察したのか、エミレが言った。
「いいんです、兄さま」
エミレはくしゃくしゃに顔を歪め、首にかけた袋から星飾りを二つ取り出すと、シーレがくれてやった方を握りしめた。そしてもう一つ、紐の絡まった星飾りをシーレに押し付けてきた。やはり、シーレが魔女の家の椅子に置いたのに気づいて、持っていったのか。
そして唐突に悟る。
「そうか……。あれはお前か……」
エミレの女かと思った少女は、本人だったのだ。自分が貰ったものだという、あの言葉はまさしくそのまま、額面通りのことだった。
エミレは、悪戯めいた笑みを口元に浮かべた。
しかし、すぐさま表情を改め、
「ギレス様には……申し訳ない事を、しました。女の格好で、人に会っているのを、見つかってしまったのです。どうしたらいいか、わからなくて……」
まだ、シーレには知らされたくなかったから、他にどうしたらいいかわからなかった、という言い訳が瞳の奥に見えた。さらにその奥に、嫉妬や、執着、言葉にされない複雑な思いまでも見たくないのに観えた。
「――あれはよく目の利く男だからな」
エミレの息が目に見えて短く荒くなっていく。
息が白むことにすらシーレは腹が立って仕方ない。
「最初に、嘘を吐いたのは母です。な、ぜかは、聞きませんでした……。私が、嘘に、乗ったのは――姫では……早々に、結婚させられて……しまうでしょう?」
確かに他の妹たちと同じように、そうなっただろう。そもそも妹ならば、幼い頃ああして一緒に遊ぶことはなかっただろう。
エミレはシーレの考えを読んだのか、頷いて
「――それが嫌だったのです」と言った。
シーレは何も言ってやることができない。
ただ何かをしなければという思いが、身体の中で吹き荒れる。溢れる血を拭い、髪に積もる雪を払ってやった。エミレの身体はおそろしく冷たい。血というものは温かいはずではなかったのか。
いや、血は暖かいのだが、すぐに冷えていく。
せめても、雪を遮るために、シーレはエミレの上に覆い被さった。
やはり、鏡の瞳に映るのは自分のことだけだ。真正面から観ればその意味を、嫌でも正確に突きつけられる。
――側に居たかった。
――眼に映らないくらいなら、許されないくらい憎まれたかった。
――だから、フリをした。嫌がる道を選ぶのだと。
――だから、炎の瞳を選んだ。
――兄さま、
「……っ」
エミレの中にはシーレへの思いだけだった。雪のように降り積もり、積もった想いは押しつぶされて硬い氷のようになっていく。けして解けることのない銀湖のように。
「どこにも、行きたくなかった、んです。困らせて……ごめんなさい。でも、最後にちゃんと、役にたちますから……」
(やめてくれ。俺を見るな、エミレ)
「兄さま……私が、雪が、好きなのは……綺麗だからじゃ、ありま、せん……。雪が降れば、冬になれば……兄さまが、会いにいらしてくれるから……です」
涙がエミレの青い瞳から零れることはなかった。零れる間もなく凍りついたから。
力なく、瞼が閉じられていく。
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。シーレの心の中はなぜ?の嵐だ。
大事にしてこなかったからといって、大切に思っていなかったわけじゃない。
なぜ、こんなことに。
もっと別の方法だって、あったじゃないか。もっと別の形で魔女に願えば――そう思っては、すぐさま自分自身が反駁する。
エミレが炎の瞳を手に入れなければ、シーレ自身が相対しようなどとは思わなかった。
いや、魔女の元へ行く前に、もっと何か別の方法があったんじゃないか――?
女だと知ったら、それきり。
エミレ自身にはなんの力もない。
(この眼に映らないくらいなら憎まれたかった……だと?)
シーレがエミレを見てこなかったことは、シーレ自身が知っている。
けれど。
「……なぜだ……」
「教えてあげようじゃあないかね」
魔女の声が、どこからともなく響いてくる。視界の隅に影が揺らめいている。
「その娘がどうしようもなくお前を愛していたからさ」
(やめろ)
「お前が嫁をとる前に、傷を残したかったんだよ。決して自分を忘れないように――」
やめろ、貴様がエミレに炎の瞳を渡さなければ。
「――殺されたかったんだ、お前に」
「黙れ死にたがり!!!」
影の魔女は逃げ出すように霧散した。
兵士たちの靴音が近づいてくる。黒々とした魔女の姿は遠目にもよく見えるから、シーレを守るためだろう。
しかしどうだっていい、もう。
「…………目を開けろ。おい。……間抜けな顔で笑うな」
エミレを揺するが返事がない。
何も考えずにシーレはエミレの目をこじ開けた。右目は簡単に開いた。あとは左目だ。なんだ、こんな糸で止めやがって。邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ。ナイフで切ってしまえ。
かじかむ手で糸を切っていく。ああ、これでいい。目が開く。
だから、はやく、起きろ。エミレ。
そして、広場の真ん中で炎が上がった。
季節は緩やかに進み、一つの名前が忘れられた。
広場の真ん中にシーレは座っていた。野外で使う折り畳み式の椅子に腰を下ろし、市街側の入り口を睨んでいる。今は、雪は止んでいる。兵士たちに自分の周りだけ雪かきをさせたが、その内また雪は降ってくるだろう。
周りには誰もいない。散々渋い顔をされたが、シーレの剣の腕を知っている近衛の隊長が結局折れた。不意を突かれさえしなければ、非力な少年に後れをとることはないだろう、と。軍の長官は最後まで不服そうな顔をしていたが、広場全てを見渡せる塔に弓兵を置くよう命じたら、それで納得した。
シーレは眼帯をとった。
灰色の空は、時間の感覚を狂わせる。時間が過ぎているのか、それとも時間さえ凍ったのか、わからなくなりそうだ。
シーレは、ただひたすらに待った。
街中から音が消えている。雪の降る音さえ、聴こえるだろう。
どれほど経っただろうか、やがて、市街側から人影が現れた。
エミレだ。
汚れた布で顔の左側を覆っている。女のような顔には酷く不似合いに思えた。他は森の魔女のところで見たのと同じ格好をしている。
「エミレ」
シーレは立ち上がらない。エミレが広場に来るのを待つ。
「兄上、あちこちに掲げられた立札を見ました。お呼びに応じてまいりましたよ」
一つだけになった青い瞳で、挑むようにシーレを睨みつけてくる。
シーレは右目を凝らした。鏡の瞳に映っているのは、自分自身だった。それしか見えない。
何か、もっと『何か』が分かると思ったのに。思っていたよりも、失望が広がり、期待をしていた自分を自覚した。それを押しこめ、エミレを見据える。
「お前も俺を憎んでいるんだな」
フィリオラの泣き笑いが消えないシミのように、シーレの心にこびりついている。
なぜだか、エミレは叩かれたような顔になった。足をとめ、項垂れる。広場に静寂が戻った。そして何か覚悟を決めたように、再びシーレに歩み寄ってくる。
「兄さま、覚えていますか――?」
白い影がシーレの顔の前を横切った。いつから降っていたのか、雪が舞っている。
兄さま、と昔と同じ呼び方に、何かがひっかかった。塔に目をやると弓兵が矢を引いている。つられたように、エミレの視線も塔へ向いた気がしたが、エミレは動かなかった。
「やめろ!!」
風を切る音。
制止の声は間に合わず、エミレの身体に矢が突き刺さる。
「やめろ!」
叫びながら、庇うように射線の間に、身体を入れる。これで追撃はこない。
倒れこんだエミレを慌てて抱き起こす。倒れた衝撃で、顔の左を覆う布がずれていた。シーレは反射的に仰け反ったが、炎は上がらなかった。
「……なんだこれは。エミレ!」
炎の瞳が入っているはずの左目は、瞼が縫い付けられていた。
これでは、炎の瞳は使えない。瞼が開かないのだから。
「どういうことだエミレ!」
なぜだ。
なぜ?
疑問符がとめどなく湧いてくる。
「兄さま、私を担ごうとした連中の、陰に隠れて、もっとタチの悪いのが……。南方諸国と繋がって、います。これまでの証拠をまとめて、庭に隠してありますから、……王位につ、いたら……使って下さい。兄さまの敵を処分してください」
「は………………?」
突然何を言っているのかこいつは。頭でもおかしくなったのだろうか。
言葉が理解できず、シーレは混乱するばかりだ。
とにかく血を止めなければならない。刺さったままの矢を短く折る。抜く前に、傷口を確認しなければ。外套を脱がせ、上着を切り裂いていく。血を吸った綿入れの上着が冷たい。下着まで切り裂くと、その下に真っ赤に染まったさらしが、目に入った。きつく捲かれたさらしで抑えられているのは――乳房の膨らみ。
「女……だったのか?」
困ったような顔でエミレが微笑んだ。
「ごめんなさい、兄さま。嘘をついて……」
シーレの頭の中が真っ白になった。
「黙れ」
「ごめんなさい」
「うるさい黙ってろ!!!!」
矢が刺さった位置がまずい。血が止まらない。抜けば余計に血が出るだろう。せめてもっと上等な綿入れの上着だったなら、いくらか矢を阻んだかもしれないのに。
「誰か!医者を――」
塔に向かって叫びかけて、シーレは声を詰まらせた。
人を呼んでいいのか。エミレが本当は女だとばれていいものか。今まで王が騙されていたということにならないか? 傷を治すことが出来ても、助けられるか?
そもそも、ここへエミレを呼んだのは、シーレの命令だった――。
ここでエミレを待ち受け、
(…………一体どうするつもりだった?)
何を言うつもりだったのか。シーレは自分がわからなくなった。
シーレの迷いを察したのか、エミレが言った。
「いいんです、兄さま」
エミレはくしゃくしゃに顔を歪め、首にかけた袋から星飾りを二つ取り出すと、シーレがくれてやった方を握りしめた。そしてもう一つ、紐の絡まった星飾りをシーレに押し付けてきた。やはり、シーレが魔女の家の椅子に置いたのに気づいて、持っていったのか。
そして唐突に悟る。
「そうか……。あれはお前か……」
エミレの女かと思った少女は、本人だったのだ。自分が貰ったものだという、あの言葉はまさしくそのまま、額面通りのことだった。
エミレは、悪戯めいた笑みを口元に浮かべた。
しかし、すぐさま表情を改め、
「ギレス様には……申し訳ない事を、しました。女の格好で、人に会っているのを、見つかってしまったのです。どうしたらいいか、わからなくて……」
まだ、シーレには知らされたくなかったから、他にどうしたらいいかわからなかった、という言い訳が瞳の奥に見えた。さらにその奥に、嫉妬や、執着、言葉にされない複雑な思いまでも見たくないのに観えた。
「――あれはよく目の利く男だからな」
エミレの息が目に見えて短く荒くなっていく。
息が白むことにすらシーレは腹が立って仕方ない。
「最初に、嘘を吐いたのは母です。な、ぜかは、聞きませんでした……。私が、嘘に、乗ったのは――姫では……早々に、結婚させられて……しまうでしょう?」
確かに他の妹たちと同じように、そうなっただろう。そもそも妹ならば、幼い頃ああして一緒に遊ぶことはなかっただろう。
エミレはシーレの考えを読んだのか、頷いて
「――それが嫌だったのです」と言った。
シーレは何も言ってやることができない。
ただ何かをしなければという思いが、身体の中で吹き荒れる。溢れる血を拭い、髪に積もる雪を払ってやった。エミレの身体はおそろしく冷たい。血というものは温かいはずではなかったのか。
いや、血は暖かいのだが、すぐに冷えていく。
せめても、雪を遮るために、シーレはエミレの上に覆い被さった。
やはり、鏡の瞳に映るのは自分のことだけだ。真正面から観ればその意味を、嫌でも正確に突きつけられる。
――側に居たかった。
――眼に映らないくらいなら、許されないくらい憎まれたかった。
――だから、フリをした。嫌がる道を選ぶのだと。
――だから、炎の瞳を選んだ。
――兄さま、
「……っ」
エミレの中にはシーレへの思いだけだった。雪のように降り積もり、積もった想いは押しつぶされて硬い氷のようになっていく。けして解けることのない銀湖のように。
「どこにも、行きたくなかった、んです。困らせて……ごめんなさい。でも、最後にちゃんと、役にたちますから……」
(やめてくれ。俺を見るな、エミレ)
「兄さま……私が、雪が、好きなのは……綺麗だからじゃ、ありま、せん……。雪が降れば、冬になれば……兄さまが、会いにいらしてくれるから……です」
涙がエミレの青い瞳から零れることはなかった。零れる間もなく凍りついたから。
力なく、瞼が閉じられていく。
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。シーレの心の中はなぜ?の嵐だ。
大事にしてこなかったからといって、大切に思っていなかったわけじゃない。
なぜ、こんなことに。
もっと別の方法だって、あったじゃないか。もっと別の形で魔女に願えば――そう思っては、すぐさま自分自身が反駁する。
エミレが炎の瞳を手に入れなければ、シーレ自身が相対しようなどとは思わなかった。
いや、魔女の元へ行く前に、もっと何か別の方法があったんじゃないか――?
女だと知ったら、それきり。
エミレ自身にはなんの力もない。
(この眼に映らないくらいなら憎まれたかった……だと?)
シーレがエミレを見てこなかったことは、シーレ自身が知っている。
けれど。
「……なぜだ……」
「教えてあげようじゃあないかね」
魔女の声が、どこからともなく響いてくる。視界の隅に影が揺らめいている。
「その娘がどうしようもなくお前を愛していたからさ」
(やめろ)
「お前が嫁をとる前に、傷を残したかったんだよ。決して自分を忘れないように――」
やめろ、貴様がエミレに炎の瞳を渡さなければ。
「――殺されたかったんだ、お前に」
「黙れ死にたがり!!!」
影の魔女は逃げ出すように霧散した。
兵士たちの靴音が近づいてくる。黒々とした魔女の姿は遠目にもよく見えるから、シーレを守るためだろう。
しかしどうだっていい、もう。
「…………目を開けろ。おい。……間抜けな顔で笑うな」
エミレを揺するが返事がない。
何も考えずにシーレはエミレの目をこじ開けた。右目は簡単に開いた。あとは左目だ。なんだ、こんな糸で止めやがって。邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ。ナイフで切ってしまえ。
かじかむ手で糸を切っていく。ああ、これでいい。目が開く。
だから、はやく、起きろ。エミレ。
そして、広場の真ん中で炎が上がった。
季節は緩やかに進み、一つの名前が忘れられた。
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