クッカサーリ騒動記

結城鹿島

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閑話、昔のはなし

守られた約束

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「陛下、本当なのですか! ラズワルディアの暗殺者を拾ったというのは!」

政務の邪魔にならないように、夕食をとっている筈の時間を狙って、王宮を訪問したアレクシスは眉を顰めた。なんと王は、パンを口に放り込みながら何かの書類に判をついていた。
ドアを開けたままの姿勢で苦虫を噛み潰す。

「食卓で仕事をしないで下さいと、お願いしたのを忘れたんですか」
「いや、ほら、これだけどうしても」

国王ラウリとは血の繋がった兄弟だ。顔もよく似ていると、幼い頃からそう言われて育ってきた。
だが、弟のラウリは王位についてから、ずっとくたびれた顔をしている。今も、目元の隈を見つけて、アレクシスは怒鳴るのを止めた。

「――自分の身体を労わって下さい」

ラウリは大人しく、うんうんと頷いた。それから肩を竦めて、アレクシスに着席を促す。

「怒る時までそんな丁寧口調じゃなくったっていいのに」
「けじめはけじめです」

アレクシスは大きな溜息を吐きながら、ラウリの向かいに腰を下ろす。どうして、いくら小言をいっても真面目に受け取ってもらえないのだろう。半眼で睨むと、流石にラウリは居住まいを正した。

「ええと、なんだっけ……ああ、ヨニのことか。やっぱり内々に広めて欲しい話は猊下に頼んで正解だったなあ」
確かに、この話は聖神教会の総主教に聞かされた。そして、総主教に言われたのでもなければ信じはしなかっただろう。
「なぜ、そんなまどろっこしい方法をとるんですか」
「そりゃあ、直接怒られるのは嫌だから」

ぬけぬけと言われ、アレクシスは眉間を抑えた。

「……反対されるような事だという認識があって良かったです。でも、それならそもそもラズワルディアの暗殺者なんて拾わないで下さい」
「拾ったっていうと語弊があるんじゃないかな。ティルダの侍従に採用したんだよ。名前はヨニって付けたんだ。21番だと呼びにくいでしょう?」
「なにを考えてるんですか。慈善事業なら教会に案内すべきなのでは?」

ラウリはちょっと天井を見上げ考えてから、苦笑を浮かべた。

「いや、可哀そうってのもなくはないんだけど、ずっとティルダの傍にいてくれるだろうなあって思いついちゃって。――彼をラズワルディアに戻れなくしてしまえば」

申し訳なさそうに言うラウリに対し、アレクシスは少しだけほっとした。

「ただ同情したって訳じゃないんですね」

ラズワルディアから寝返って、クッカサーリのために働くというなら、確かに悪くはない。便利に使ってやれと思う。
そして、寝返ったならば、実際にもうその子供は一生この国を出られないだろう。ラズワルディアは思っている以上に強大で陰険で執念深い。麓のクレーグラには国境を守る兵士だけでなく、汚い仕事をする連中にも見張られている。

「有能そうな子供ですか?」
「いやあ、割と呑気な感じだよ。もう慣れた感じでティルダの面倒見てるし。子守りが上手で良かった」
「将来性を買ったって訳ではないんですか?」
「どうなるかはその時になってみないとなあ……」
「……陛下、ティルダが女の子だってこと、忘れてはないですよね」
「そうだねえ」

何故だかラウリは目を逸らした。

「そして、次の王になるのはあの子なんですからね? わかってますよね? 陛下」
「まあ、ティルダはやるって言うだろうからね」

クッカサーリの王位継承は男女は勿論、長子とも限らない。――自分たちのように。
決して公にすることはない王位継承者の条件は、王家の直系であることともう一つ、王になりたい人間であること、だったりする。迫害され、逃げてきた聖神教徒たちが興したこの国の最初の王の定めた暗黙の決まり。
王位についたら国外に出ることはできない。それは他の国なら大した問題でもないし、当たり前のことだろう。
だが、ラズワルディアの州の一つよりも小さいクッカサーリでは意味が違う。逃げることができないのだ。なのに、肩に伸し掛かる責任は大きい。
――自ら牢屋に入ろうという物好きでなければ務まらないわ。
最初の女王が、そんな言葉を残したと伝えられている。
現にアレクシスは逃げ出してしまった。
物心ついた時、兄弟一緒に父王に呼びだされた。そして、王になりたいか訊ねられた。年上のアレクシスから答えを促され、そして――一瞬、言葉に詰まってしまった。その隙に横のラウリが「じゃあ僕がやる」と宣言した。それで決定する父も父だが、覆そうともしなかった自分も救いようがない。責任を負わなくて済むのだと、安心してしまったのだ。
丁度、跡継ぎのいなかった親戚の家に収まって、アレクシスは王家から解放された。
その代わりに、弟を全力で支えると決めた。弟の娘のティルダも。

「ティルダに害があるようなら、排除しますからね」
「そんなに心配することないんじゃないかな。ティルダも日記に『ヨニがきてうれしい』って書いてたし」
「ティルダは自分の侍従になった相手が元暗殺者だって判ってるんですか?」

酷なようだが、今の内に知らせておけば、無駄に近づきすぎることもないだろう。

「一応話はしたけど、どうかな、まだ理解しきれてないんじゃないかな。大きくなってからまた話すけどね。でも『ヨニはあんさつのれんしゅうをしてたらしいです』って書いてあったから本人も説明してるみたい。あ、ちなみにヨニはまだ子供だから、忍び込んで情報を探ったりする方が多かったみたいだけど」

暗殺者の昔のことなどどうでもいい。これからいかにクッカサーリのために働くかだ。ただ、一つ気になったことをアレクシスは指摘した。

「陛下、娘とはいえ日記を盗み見するのはどうなんですか」

自分も機会があったらやるだろうタイプなことは棚に上げる。

「そこは親の特権ってことで許してもらうから」
「では自分は伯父の特権を主張します」

二人で顔を見合わせて苦笑する。

「まったく、しょうがない……」

面倒ごとは自分が全部抱えればいい。そう、アレクシスは決意した。
昔からラウリは怪我をした小動物を拾ってくるようなところがあった。王位についてからはもっと酷くなった。なんでも背負いこんで、ぼろぼろになっても「大丈夫、大した量じゃない」と、更に仕事を探しにいってしまうのだ。
(いざとなったら、自分が矢面に立とう……)

「陛下、早めにその子供に会わせて下さい」

どんな奴なのか見定めなければ。

「ああ、もう王宮のみんなには紹介してあるし、議員のみんなに紹介する時に一緒でいいかな」

一瞬アレクシスは自分の耳を疑った。

「いやいやいや、陛下、何を言ってるんですか。ひょっとしてそのヨニとやらの素性をまったく隠さないつもりなんですか。受け入れられると思ってるんですか」
「猊下は受け入れたよ」
「そりゃあ聖神教の総主教なんだから赦すでしょうね?」
「生産組合長も改心したならいいってさ」

アレクシスは両手で頭を抱えた。
(我が故郷ながらおかしい……)
こんなに緩くていいのだろうか。いやよくない。よくない筈だ……。
(……いや、そうでもないか)
クッカサーリの男たちの多くは、若い内には外で傭兵として働く。外での過去は持ち込まないのが不文律だが、戦場で人を手にかけた者だっている。命じられて戦うことを生業にしていた男たちは、子供の元暗殺者に思うところがあるのかもしれない。
複雑な思いでラウリを見ると、呑気な笑みを浮かべている。

「子供を誑かしちゃったし、とりあえず約束は守らないと」

なんのことかわからないが、ラウリが呟いた。
(――ああ)
アレクシスは確信する。
きっと、そのヨニとかいう子供を好きになれないだろうことを。

                 ●

時は経ち、当然のように姪の傍らに影のようにいるようになったヨニのことをアレクシスは嫌いだし、死ぬまできっと嫌いだろうと思っている。
でもティルダの面倒はよく見ているし、案外役に立つことも多いので、悪くない拾い物だったとも思っている。
そんなこと絶対に表には現さないけれど。

――まるで、傍にいるのが当然の『家族です』って顔をしているのが悔しいから。

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