クッカサーリ騒動記

結城鹿島

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4女王、手紙を書く

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「まことに申し訳ありませんでした、陛下」

その日の夕食も昨日と同じ顔触れだったが、サクルを始めクイ・ヴェントの男達は一様に申し訳なさそうに身を縮めている。一階の女、子供たちも葬式かというような重い空気だった。

「こってり絞ったみたいね」
「はい、子供たちには厳しく言い聞かせます」

とりあえず、手紙の所在は明らかだし、伯父なら勝手に中を見たりしないだろうと思うのでティルダとしては、落ち着いたのだが

「本当に言葉もありません。お許し下さいとは言えません」

サクルはひたすら頭を下げている。
勿論、簡単に許すわけにもいかないので、どうしたものか。ティルダは悩んでいた。

「つきましては、罰として本人の望む仕事をさせることに致しました」

サクルがの発言にティルダは目を丸くした。

「本人の望む仕事って――それは……厳しいお仕置きね」
「はい」

周囲の議員たちから説明をもとめる視線を向けられているが、ティルダは微笑みで誤魔化した。
(これで今年も同じ相手に手紙を出さなきゃいけなくなったわね……)

「それならこちらからは言う事はもうないわ。充分に重い罰だもの」

バルシューンが手紙を届ける先のことを思えば、可哀そうになってくるほどだ。

             ●

ラズワルディアの宰相アルドゥス・ガリバルディは、つまらなさそうに書類を眺めている己が主をちらりと見やった。
ラズワルディア王であるカルロは、金混じりの明るい褐色の髪と灰色がかった青い瞳に彩られた造作の良い顔、それに上々の体格の持ち主だ。見栄えの良さは主の美点であると思っているが、そんな彼は心底どうでもよさげに書類を放り投げていた。
しかし、そもそもそれらは尚書部が急ぎではなく、重要度も低いと選り分けたものなのだ。どうしても決裁してもらわなければならないものではない。だから、なんだったら目を通さなくても構わないものだ。
そんなにつまらなさそうに処理するなら、やらなくたっていい、とはアルドゥスは言わなかった。やる気があるのは結構なことだ。
そんな風に、執務をとることもある私室の一つで、盃を交わしつつのやる気のない書類仕事に付き合っている時だった。
知らせが来たのは。

「ほう、そうか。通せ」

従者に誰かの来訪を告げられ、カルロは目を輝かせた。
いくつになっても子供のような顔をするな、とアルドゥスは思った。

「どなたですか?」
「まあ、待ってろよ」

やがて衛兵に連れられてきたのは幼い子供だった。七歳かそこらだろう。あまり裕福ではない、働くことが日常になっている――クイ・ヴェントの子供だと見当をつけた。

「古き盟約に従っての開門に感謝を。花の都の王からラズワルディア王への言葉を預かって参りました」

少年が怯えながら口上を述べた。
カルロの視線を受け、代わりにアルドゥスが少年から手紙を受け取る。
怪しい所はないか一瞥して、カルロへ手紙を渡す。

「確かに受け取った」

カルロは指の一つに嵌めていた指輪を抜くと、少年に差し出した。

「礼に持っていけ」

少年は指輪を前に瞬きを繰り返している。指輪は暴漢の目つぶしに良さそうな大きな宝石があしらわれているものだ。勿論、本体は純度の高い金。少年は恐る恐る口を開いた。

「……わ、我らは鳥。人からの礼は必要としていない」
「そういうなって。他のものでもいいぞ。何か欲しい物はないか? 例えば土地とか。家族とゆっくり暮らしたいんじゃないか? ん?」

得物を探す鷹のような瞳でカルロが言った。
カルロには実際になんでも与えることが出来る。
ラズワルディア王として、西方大陸の多くを治めている豪傑だ。
国を持たないクイ・ヴェントにはさぞかし甘く響くだろう。アルドゥスは少年の答えを想像して止めた。すぐに分かるのだから、待てばいいのだ。
少年は顔を青くして冷や汗をかいている。必死に言葉を探しているようだった。やがて、

「いらない。帰るとこならあるし。それにここ堅苦しいからやだよ」

予め覚えさせられていたのとは違う、おそらく彼の本音を口にした。
ふっと、カルロが肩を震わせた。
ああ、楽しくて仕方ないのだな、とアルドゥスには理解できた。
だが、少年には死刑宣告にでも聞えたのか色を失った顔で身を竦めている。無礼を咎められるのでは、と恐怖しているだろうに目を背けないのは胆力があると評価できる。

「――そうか、丁重に外まで送ってやれ」

カルロはもう、少年には興味を失ったようで、手を振って衛兵を促した。



少年の姿がドアの向こうに消えた途端、カルロは手紙の封を切った。
あっという間に手紙を読み終え、祭りの朝の子供のような瞳で顎を撫でている。これはカルロが悪だくみをする時の癖だ。

「何か楽しいことでも書かれておりましたか?」

恐らく不審が浮かんでいるだろう顔でアルドゥスは訊ねた。

「見てもいいぞ」
「それでは失礼します」

先ほども確認したが、手紙の送り主はクッカサーリの現国王、ティルダ・エイラ・リステェリだ。
中身は――

「なんです? これ」

白紙だった。
裏返してみても何も書いてない。何か仕掛けがあるのかと振ってみても、何も変化はない。完全にまっしろの白紙だ。
カルロがひっひっひと笑い声を上げ、傍らの盃に手を伸ばした。

「それはな、その昔のクッカサーリ王が送ってきた手紙が発端の年中行事、だな。昔々な、我が家の先祖がクッカサーリと揉めて、詰問状を送った訳だ。お前、二心があるんじゃねえだろうな、楯突くようなら容赦しないぞ、ってな。それに対する弁明がそれだ」

白紙の弁明状、それは何も隠すことはない。そして、弁明するようなこと自体ないという、クッカサーリ王の矜持。

「さすが、我が主の先祖は頼もしいですね」
「柄が悪いって言えよ」
「いえ、わたくしそんな恐れ多いことは」

白紙の手紙を返し、ついでにアルドゥスはいくつか疑問について尋ねることにした。

「なぜにクイ・ヴェントに王の親書を託すのかという事と、わたくしの知らないところでクッカサーリの女王を恫喝しているのか、という二点についてはお答え頂けますでしょうか?」
「年に一度の特別直行便ってやつだ。その昔、我が家の先祖がクッカサーリと揉めて、向こうの使者を斬ったせいで、こっちの使者も門前払いにされてな。一触即発までいったのを教会が間を取り持って、関係のない第三者に手紙を届けさせるってことになったんだよ。ってわけで、クッカサーリ王の手紙を持ったクイ・ヴェントには直接会うことになってる」
「今すぐ止めて欲しい風習ですね」

どこかの侍従と違って、ラズワルディアの宰相は伝統にも厳しかった。

「たしか面倒な符丁があったし、きっちり身体検査はしてる。そう目くじら立てるなよ」

カルロは苦笑して、アルドゥスの盃に酒を注ぎ足した。改める気はないらしい。
これまで知らなかった苛立ちは完璧に噛み殺し、さらにアルドゥスは尋ねた。

「それで、もう一方の御答の方は?」
「ああ。女王を脅してるのかって? 年中行事だって言っただろうが。儀礼というか、時候の挨拶だ挨拶。まあ、時候の挨拶に毎回、求婚の申し込みを添えてあるけどな。つまり――今回も振られたわけだな」

あっけらかんと言われ、アルドゥスはギョッとした。
ラズワルディアにとっては悪い話ではない。ただ互いの国力差を思うと、可哀そうなことに、相手にとっては恫喝でしかないだろう。かつての王と大して変わりが無い。

「そうですか……。あちらも大変ですねえ。さぞかし返事に苦慮したでしょうに。あからさまな臣従をとるわけにはいかないとはいえ、無下にもできないでしょうから」
「ま、振られたのは残念だが、今年もこれが来たから坊主どもも大人しいってことだ」
「聖神教会と王家は建前上は別なのでは?」
「仲がいいんだよ、あそこは。行き場のない王族は大体坊主になってきたんだぞ」

カルロが忌々しげに吐き捨てる。

「ああ、そうでございましたね……」

政略結婚の種にしてくれても一向に構わないのに、クッカサーリの王族は滅多に他所の王族と縁組みしない。嫁ぐにしても、全てを捨ててくるのであまり旨味がない。

「ところで、王が再婚するよりも、王子のどなたかの方がまだ脈があるのでは?」

クッカサーリの女王はまだ十七歳、大してカルロは今年四十になる。政略結婚なのだからなくはない年の差ではるとはいえ、嫌がられて当然だろう。

「お前、俺がフラれるのは年が問題だからだと思うか? こんなにいい男なのに? 共同統治は悪くないと思うんだがなあ」

カルロはぬけぬけと言い放った。傲岸不遜が衣を着ているような男だ。なのに、その余裕が魅力的でもあった。敵対関係にある人間にとってはどうだか分からないけれど。
「そうですね、年は勿論として、それだけが問題な訳じゃないでしょう。例えば性格ですとか他に問題はあります」

「おい。アル、小声で言ったって聞こえてるぞ、この野郎」
「いい性格だと褒めているのですよ。そんな求婚が出来るなんて。大陸の覇権を握る我がラズワルディアと、民の精神的支柱である聖神教会を有するクッカサーリを夫婦で共同統治というのは、旨すぎるでしょう。――我々にとってだけ」
「そうか? 自治はそれなりに認めるつもりだし、ちゃんと養ってやるつもりなんだがなぁ」
「食糧事情につけこむのは当然としても、始めは手順を踏んでみませんか。王子はたくさんおられる訳ですし」

カルロは若くして結婚したため、姫も王子も多い。

「そうだな。オルランドでどうだ? 俺に似て顔はいいし」

カルロがにやりと笑んだ。
オルランドは十五歳、王の四男という丁度いい人材だ。

「ええ、性格は似ておりませんし、いいと思います。試してみましょう。番犬がいるようですから難しいかもしれませんが……」

             ●

「っくし」
「あらヨニ、風邪じゃないでしょうね」
「いや、なんか鼻が痒いだけ」

クイ・ヴェントの去ったクッカサーリ。様々な後始末――主に書類仕事を並んでこなしていたところ。作業の手を止めて、ティルダはヨニを険しい眼差しを作って睨んだ。

「今日は早く休みなさい。風邪なんか引いたら……寝付くまで耳元で子守歌唄うわよ?」

以前やられた仕返しに、ふざけてからかっただけだったのだが、

「――それはありがたいな」

耳元で囁かれ、反射的に頬が赤く染まった。それを見られないように、未処理の書類をヨニの顔目がけて投げつける。

「いって。なにすんだよ」
「っ! ふざけてないで、さっさと手を動かしなさい!」
「へいへい」



クッカサーリは今日も平和だった。
――今日のところは。

             ●

数日遡って、ティルダの手紙をアレクシスが手に入れたその日。
トーバルス家の家令は 主の喜びとも怒りともつかない顔に疑問を抱いたが、大抵のことは理由が決まっているので、詮索をすぐに止めた。勿論、クッカサーリ女王であり、アレクシスの姪、ティルダのせいに決まっている。
家令が収支の記録のついでに付けている日記から一例を抜き出すと、『今日は旦那様の機嫌が悪かった。陛下が風邪を召されたからだろう』というような具合だ。

家令に――というより、家の使用人全員に――叔父馬鹿と思われているとは露知らず、アレクシスは人払いをした部屋の中で、不審な動きをしていた。机の上には様々な道具と、封蝋を壊さずに開封されたティルダの書いたヨニ宛ての手紙がある。後で元通りにしておけばいいだろう、と勝手に姪の手紙を盗み見る程度にはアレクシスは酷い伯父馬鹿だった。本人に知られたら嫌われること間違いなしだが、躊躇の無さは清々しいほどだ。
手紙を一通り読んで、アレクシスは盛大に顔を顰めた。
正直びりびりに破ってしまいたい。
しかし、本人が燃やすつもりらしいので、どうにか我慢する。

全体としてはさほどに恥ずかしい内容ではない。日頃の感謝と労わり、それからちょっとした愚痴などが丁寧な筆跡で書かれている。
問題は、おそらく付け足しで書いたであろう最後の部分だ。
ヨニが「もっと甘えてもいい」という夢を見た、そう云うなら「ずっと側にいてもらえると助かる、侍従として、だけど」と、そんな感じの事が書かれている。
今すぐ燃やしたい。と、アレクシスは思った。
多分、それは夢じゃないだろうし、そして、あの若造はこんなこと言われなくたって、当然の顔をして可愛い姪の側にずっといるつもりなのだと分かっているから。


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