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4女王、手紙を書く
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「陛下、陛下、おい、聞いてんのかよ」
何度か肩を叩かれて、呼ばれていたことにティルダは気がついた。
議会を終えた午後、溜まっていた書類の処理に集中していたのだ。
「ヨニ、なにか言った?」
「窓の外」
ヨニがちょいちょいと窓を指さす。
なにごとかと首を捻ってみても、窓の外には特になにもない、憎たらしいほどの青空が広がっているだけだ。
二階にある執務室からは空の他には、せいぜい庭の樹しか見えない。
「なあに……?」
「例の鳥が鳴いてるだろうが」
要領を得ないティルダに呆れたのか、渋い顔のヨニに耳をぎゅむっと引っ張られた。
「ちょっと、何を――? ああ!」
はっきりした意識で捉えてみれば、外から聞えてくる鳥の声は、クッカサーリには本来生息していない種類の鳥のものだ。その意味することは――
「どんだけ鳴かすつもりだよ、さっきから呼んでたんだぜ」
「もう、ヨニったら早く言ってよ」
ティルダは慌てて立ち上がる。
「何度も呼んでたっつうの」
呆れ声を置き去りにするように、ティルダは走り出した。
どうせヨニは黙っていても後ろをついてくる。
衛兵の驚く顔を横目に階段を駆け下りていく。
歌うような鳥の鳴き声は、途切れることなく王宮の裏手の庭から聴こえてきている。庭へ出て裏手に回ると、そこには王宮にはそぐわない旅装の青年がいた。鳥の鳴き声を発していたのはその青年だ。口元に組んだ両手を寄せ、見事な鳥の鳴き声を作っている。
青年はティルダの姿を見とめて、そこで鳴きまねを止めた。
「遅くなってごめんなさい。ちょっと面倒な書類に悩んでいたものだから」
荒い息のままティルダが言うと、青年は形のよい眉を下げ、人懐こい笑みを浮かべた。
そしてティルダの前に跪く。
「いえ、お気になさらずに。我らクイ・ヴェント、盟約の元、今年も花の都に羽休めにまいりました。どうか、王の翼の庇護を我らにお与えください」
「滞在を許可します」
ティルダが言うと、青年は深く頭を垂れた。
「陛下のご厚情に心から感謝致します」
彼の名はサクル。国を持たない流浪の民、クイ・ヴェントの若頭領だ。
クイ・ヴェントらしく日焼けした肌と深い黒の瞳を持つ野性的な外見だが、表情は温厚そのもの。日頃の苦労は全く窺わせない。
彼らクイ・ヴェントは、土地という意味での国を持たない。
元は東方大陸の小国に暮らしていたが、聖神教徒であることで迫害され、海を渡りクッカサーリへ助けを求めにくる最中、国自体がなくなり帰ることが出来なくなってしまったという歴史を持つ。国へ帰ることの出来なくなったクイ・ヴェントたちは、根を下ろすことを選ばず、流浪し続けることを選んだ。
年に一度、助けを求める必要はとっくに無くなっても、彼らはクッカサーリを目指してやってくる。そして僅かな間、滞在してまた放浪の旅に戻っていく。まるで渡り鳥のように。
「先触れご苦労様な、サクル。みんなはどの辺まで来てる?」
ヨニが尋ねると
「そうですね、あと四日程度というところでしょうか。足の弱い老人もいるので、もう少しかかるかもしれません」
いたずらめいた笑いでサクルは答えた。
クイ・ヴェントは流浪の民であるということともう一つ、よく知られていることがある。彼らはとにかく走るのだ。人の形で生まれた鳥と呼ばれることもある程、彼らは走る。しかも長距離を一気に駆け抜ける。迫害を受け、流浪してきた歴史のせいなのか、元々頑健な一族だからなのかは分からない。
クッカサーリまで四日かかる位置がどこなのか――気になるがティルダはそれを尋ねるのを我慢した。
(前に聞いた時は教えてはもらえなかったのよねえ)
「ともかく残りの旅程も気をつけて頂戴ね」
「はい。では、私はこれで一旦、失礼致します」
腰を折り、一礼してサクルは裏庭の方へ木立の中へ姿を消した。
王宮はクッカサーリの西の端にあって、その先は急な崖になっている。
だが、クイ・ヴェントたちは国境審査所を通らず、その崖からやってくる。本来であれば、警備の面からは歓迎されることではない。
が、ラズワルディアの中に存在するクッカサーリとしては、物流の入り口でもある入国審査所を封じられたとしても外へ通じる入り口があるという、もしもの備えなのだった。しかも、裏手の入り口は頑健なクイ・ヴェントか山羊くらいにしか使えないので、他の不審者がやってくる心配はない。
「四日かかるっていうと、どの辺なのかしらねえ?」
「さあ、どうかな。ベリージャでも驚かないけどな、俺は」
ヨニがあっけらかんと言う。まさかという思いと、ありうるという思いをティルダは半分ずつ抱いた。
ベリージャはラズワルディアの東の端の山を越え、さらにその先、半島にある三国の一番端の国だ。ラズワルディアは南北に長い国だが、それでも普通はベリー者まで馬車でひと月以上かかる。
「まあ教えてはもらえないから、想像するしかないけど」
クイ・ヴェントは現在、脚の速さを生かして荷や手紙を運ぶことを生業としているので、実際の速度は機密なのだ。
「ま、なにはともあれ、急いで準備しなくっちゃね」
「嬉しそうだな、陛下」
ティルダはこほんと咳を一つしてから居住まいを正し、ヨニに厳しい顔を向けた。
「彼らはクッカサーリを魂の故郷とする同胞よ。向かえるにあたって準備に力が入るのは当然じゃないの」
「かしこまった顔しても駄目だかんな。素直になれよ」
にやにや顔のヨニは無視して、ティルダは宮廷執事の元へと向かう。
そりゃあ愉しいに決まっている。内心では諸手を上げて大喜びだ。滅多にクッカサーリから出られないティルダには、大陸中のあちこちを旅するクイ・ヴェントたちの話はなにより楽しい。
その日、クッカサーリ中にクイ・ヴェントの来訪が知らされた。密やかに、だが華やいだ空気を伴って。
●
「おーおー、賑やかだなー」
翌日、王宮の大広間。
朝からあちこち走りまわされていたヨニが、戻ってきたら大勢の人間が動き回っていた。椅子や棚など家具を運び出したり、絨毯を運びこんだり、つまりは模様替えだ。
「それはこちらでなく、あちらへお願いします」
指揮をとっているのはエルンスト・ライモ、クッカサーリ十六人の議員の一人で、商業組合では高位の位置にいる商人だ。
「あれ、商業組合長じゃなくてエルンストさんなのか」
「組合長は今朝、帳面を何十も見比べながら満面の笑みで丁稚を怒鳴りつけていましたが、どこかへ飛び出して行って、姿が見えません。まあ、仕事はしている筈なので、もうどうでもいいです……」
「喜びながら怒鳴るってなんだよ……」
ヨニはつい聞き返してしまった。
「こっちが聞きたいです……」
「まあ商業組合長がおかしくなるのも無理はないだろうけど」
普段から多くの食料を輸入に頼っているクッカサーリでは、クイ・ヴェントの持ってくる大陸中の天候に関する情報は、垂涎の的だ。
「それにしてもエルンストさん、今からそんなに疲れてて平気かよ?」
クイ・ヴェントが訪れるのは聖フォルガナの祝日の頃と決まっているので、備えはしてあるが、大人数の食糧などを確保するべく商業組合の人間は誰も彼も忙しい筈だ。
というより、クッカサーリの人間で忙しくないのは赤ん坊だけだ。
千人以上が一度にやってくるとなると、クッカサーリの宿で全員を受け入れることは到底出来ない。だから王宮や教会の施設、商業組合や職人組合を解放するのだが、それでも足りない分は個人宅で、クイ・ヴェントを受け入れるのだ。
まさに、国をあげての一大行事、お祭り騒ぎだ。
そう、お祭りときたら、女王が率先して喜ぶのも当然で。
「もっと、明るい色の方がよいのでなくて?」
ヨニとエルンストの視線の先には、どの絨毯を選ぶかで悩むティルダがいた。
「あれ、絶対、自分がごろごろするのが楽しみなんだろうなー。陛下は」
「クイ・ヴェントの皆さんが滞在する間は、生活様式も合せますからね」
クイ・ヴェントはもともと床に座る生活だったので、王宮でも絨毯を引いて椅子でなく床に座って過ごしてもらう。椅子を用意していたら数が間にあわないという現実的な問題もあるが。
「昔っから、陛下は靴を脱いで絨毯に座るのが好きでしたよ」
幼いティルダが絨毯でごろごろしているのを想像してヨニが笑っていたら、エルンストを丁稚の少年が呼びに来た。
「ヨニ殿、呼ばれたのでいかないとですが、連絡はマメに送りますので、そちらもマメに下さい。お願いしますよ、本当に」
「わかった、わかったよ」
なんだか哀愁を感じる背中を見送ると、
「ねえヨニ! ちょっと来て頂戴」
ヨニはティルダに大声で呼ばれた。
「どーした陛下」
「この絨毯の隣はこれとそれ、どっちがいいかしら?」
王宮の広間の床を一枚で賄える大きさの絨毯などないので、当然いくつも絨毯を引かねばならないのだが、色合いで悩んでいたらしい。
「どっちでもいいんじゃねーかな」
素直に応えたら、ものすごく残念な顔をされた。
「よくないわよ、もっと美的感覚を養いなさい」
「毎年のことなんだから、いっそどの順番で置くか記録つければいいんじゃねえか?」
「何言ってるの。新しく貰った物もあるのよ? なんのために頂き物は絨毯にしてもらえるように遠まわしに自己主張していると思っているの?」
「そんなアピールしてんのかよ、陛下」
「やあね、絨毯だけじゃないわよ。基本的に使える物を頂けるように、さりげなく誘導しているわよ」
贈り物を持ってくる大陸中の王侯貴族に、クッカサーリ王の評価点は実用的かどうかにあると教えてやりたいものだ。
「で、どっちなの?」
ヨニがはて、どうしたものかと思っていたら助け舟が来た。
「陛下、皿を届けに上がりましたよ。確認お願いできますかね」
職人組合のネストリ・ホルソが汗をかきかきやって来たのだ。
「あ、俺が行く。陛下は忙しいみたいだから」
「そう? じゃあ頼んだわねヨニ」
正直どっちでも良かったので解放されて、ヨニはほっとした。
「フラーをこっちに呼んだら行くよ、おっさん。先に行っててくれ」
ひゅーっと高い口笛を吹くと、外からフラーの答える声がした。しばらく待てば、やって来る。衛兵たちもなんやかんやと動き回っているので、フラーにもしっかち働いてもらわないとだ。
「……心配症なんだから」
小声でティルダが零したが、ヨニは無視した。
何度か肩を叩かれて、呼ばれていたことにティルダは気がついた。
議会を終えた午後、溜まっていた書類の処理に集中していたのだ。
「ヨニ、なにか言った?」
「窓の外」
ヨニがちょいちょいと窓を指さす。
なにごとかと首を捻ってみても、窓の外には特になにもない、憎たらしいほどの青空が広がっているだけだ。
二階にある執務室からは空の他には、せいぜい庭の樹しか見えない。
「なあに……?」
「例の鳥が鳴いてるだろうが」
要領を得ないティルダに呆れたのか、渋い顔のヨニに耳をぎゅむっと引っ張られた。
「ちょっと、何を――? ああ!」
はっきりした意識で捉えてみれば、外から聞えてくる鳥の声は、クッカサーリには本来生息していない種類の鳥のものだ。その意味することは――
「どんだけ鳴かすつもりだよ、さっきから呼んでたんだぜ」
「もう、ヨニったら早く言ってよ」
ティルダは慌てて立ち上がる。
「何度も呼んでたっつうの」
呆れ声を置き去りにするように、ティルダは走り出した。
どうせヨニは黙っていても後ろをついてくる。
衛兵の驚く顔を横目に階段を駆け下りていく。
歌うような鳥の鳴き声は、途切れることなく王宮の裏手の庭から聴こえてきている。庭へ出て裏手に回ると、そこには王宮にはそぐわない旅装の青年がいた。鳥の鳴き声を発していたのはその青年だ。口元に組んだ両手を寄せ、見事な鳥の鳴き声を作っている。
青年はティルダの姿を見とめて、そこで鳴きまねを止めた。
「遅くなってごめんなさい。ちょっと面倒な書類に悩んでいたものだから」
荒い息のままティルダが言うと、青年は形のよい眉を下げ、人懐こい笑みを浮かべた。
そしてティルダの前に跪く。
「いえ、お気になさらずに。我らクイ・ヴェント、盟約の元、今年も花の都に羽休めにまいりました。どうか、王の翼の庇護を我らにお与えください」
「滞在を許可します」
ティルダが言うと、青年は深く頭を垂れた。
「陛下のご厚情に心から感謝致します」
彼の名はサクル。国を持たない流浪の民、クイ・ヴェントの若頭領だ。
クイ・ヴェントらしく日焼けした肌と深い黒の瞳を持つ野性的な外見だが、表情は温厚そのもの。日頃の苦労は全く窺わせない。
彼らクイ・ヴェントは、土地という意味での国を持たない。
元は東方大陸の小国に暮らしていたが、聖神教徒であることで迫害され、海を渡りクッカサーリへ助けを求めにくる最中、国自体がなくなり帰ることが出来なくなってしまったという歴史を持つ。国へ帰ることの出来なくなったクイ・ヴェントたちは、根を下ろすことを選ばず、流浪し続けることを選んだ。
年に一度、助けを求める必要はとっくに無くなっても、彼らはクッカサーリを目指してやってくる。そして僅かな間、滞在してまた放浪の旅に戻っていく。まるで渡り鳥のように。
「先触れご苦労様な、サクル。みんなはどの辺まで来てる?」
ヨニが尋ねると
「そうですね、あと四日程度というところでしょうか。足の弱い老人もいるので、もう少しかかるかもしれません」
いたずらめいた笑いでサクルは答えた。
クイ・ヴェントは流浪の民であるということともう一つ、よく知られていることがある。彼らはとにかく走るのだ。人の形で生まれた鳥と呼ばれることもある程、彼らは走る。しかも長距離を一気に駆け抜ける。迫害を受け、流浪してきた歴史のせいなのか、元々頑健な一族だからなのかは分からない。
クッカサーリまで四日かかる位置がどこなのか――気になるがティルダはそれを尋ねるのを我慢した。
(前に聞いた時は教えてはもらえなかったのよねえ)
「ともかく残りの旅程も気をつけて頂戴ね」
「はい。では、私はこれで一旦、失礼致します」
腰を折り、一礼してサクルは裏庭の方へ木立の中へ姿を消した。
王宮はクッカサーリの西の端にあって、その先は急な崖になっている。
だが、クイ・ヴェントたちは国境審査所を通らず、その崖からやってくる。本来であれば、警備の面からは歓迎されることではない。
が、ラズワルディアの中に存在するクッカサーリとしては、物流の入り口でもある入国審査所を封じられたとしても外へ通じる入り口があるという、もしもの備えなのだった。しかも、裏手の入り口は頑健なクイ・ヴェントか山羊くらいにしか使えないので、他の不審者がやってくる心配はない。
「四日かかるっていうと、どの辺なのかしらねえ?」
「さあ、どうかな。ベリージャでも驚かないけどな、俺は」
ヨニがあっけらかんと言う。まさかという思いと、ありうるという思いをティルダは半分ずつ抱いた。
ベリージャはラズワルディアの東の端の山を越え、さらにその先、半島にある三国の一番端の国だ。ラズワルディアは南北に長い国だが、それでも普通はベリー者まで馬車でひと月以上かかる。
「まあ教えてはもらえないから、想像するしかないけど」
クイ・ヴェントは現在、脚の速さを生かして荷や手紙を運ぶことを生業としているので、実際の速度は機密なのだ。
「ま、なにはともあれ、急いで準備しなくっちゃね」
「嬉しそうだな、陛下」
ティルダはこほんと咳を一つしてから居住まいを正し、ヨニに厳しい顔を向けた。
「彼らはクッカサーリを魂の故郷とする同胞よ。向かえるにあたって準備に力が入るのは当然じゃないの」
「かしこまった顔しても駄目だかんな。素直になれよ」
にやにや顔のヨニは無視して、ティルダは宮廷執事の元へと向かう。
そりゃあ愉しいに決まっている。内心では諸手を上げて大喜びだ。滅多にクッカサーリから出られないティルダには、大陸中のあちこちを旅するクイ・ヴェントたちの話はなにより楽しい。
その日、クッカサーリ中にクイ・ヴェントの来訪が知らされた。密やかに、だが華やいだ空気を伴って。
●
「おーおー、賑やかだなー」
翌日、王宮の大広間。
朝からあちこち走りまわされていたヨニが、戻ってきたら大勢の人間が動き回っていた。椅子や棚など家具を運び出したり、絨毯を運びこんだり、つまりは模様替えだ。
「それはこちらでなく、あちらへお願いします」
指揮をとっているのはエルンスト・ライモ、クッカサーリ十六人の議員の一人で、商業組合では高位の位置にいる商人だ。
「あれ、商業組合長じゃなくてエルンストさんなのか」
「組合長は今朝、帳面を何十も見比べながら満面の笑みで丁稚を怒鳴りつけていましたが、どこかへ飛び出して行って、姿が見えません。まあ、仕事はしている筈なので、もうどうでもいいです……」
「喜びながら怒鳴るってなんだよ……」
ヨニはつい聞き返してしまった。
「こっちが聞きたいです……」
「まあ商業組合長がおかしくなるのも無理はないだろうけど」
普段から多くの食料を輸入に頼っているクッカサーリでは、クイ・ヴェントの持ってくる大陸中の天候に関する情報は、垂涎の的だ。
「それにしてもエルンストさん、今からそんなに疲れてて平気かよ?」
クイ・ヴェントが訪れるのは聖フォルガナの祝日の頃と決まっているので、備えはしてあるが、大人数の食糧などを確保するべく商業組合の人間は誰も彼も忙しい筈だ。
というより、クッカサーリの人間で忙しくないのは赤ん坊だけだ。
千人以上が一度にやってくるとなると、クッカサーリの宿で全員を受け入れることは到底出来ない。だから王宮や教会の施設、商業組合や職人組合を解放するのだが、それでも足りない分は個人宅で、クイ・ヴェントを受け入れるのだ。
まさに、国をあげての一大行事、お祭り騒ぎだ。
そう、お祭りときたら、女王が率先して喜ぶのも当然で。
「もっと、明るい色の方がよいのでなくて?」
ヨニとエルンストの視線の先には、どの絨毯を選ぶかで悩むティルダがいた。
「あれ、絶対、自分がごろごろするのが楽しみなんだろうなー。陛下は」
「クイ・ヴェントの皆さんが滞在する間は、生活様式も合せますからね」
クイ・ヴェントはもともと床に座る生活だったので、王宮でも絨毯を引いて椅子でなく床に座って過ごしてもらう。椅子を用意していたら数が間にあわないという現実的な問題もあるが。
「昔っから、陛下は靴を脱いで絨毯に座るのが好きでしたよ」
幼いティルダが絨毯でごろごろしているのを想像してヨニが笑っていたら、エルンストを丁稚の少年が呼びに来た。
「ヨニ殿、呼ばれたのでいかないとですが、連絡はマメに送りますので、そちらもマメに下さい。お願いしますよ、本当に」
「わかった、わかったよ」
なんだか哀愁を感じる背中を見送ると、
「ねえヨニ! ちょっと来て頂戴」
ヨニはティルダに大声で呼ばれた。
「どーした陛下」
「この絨毯の隣はこれとそれ、どっちがいいかしら?」
王宮の広間の床を一枚で賄える大きさの絨毯などないので、当然いくつも絨毯を引かねばならないのだが、色合いで悩んでいたらしい。
「どっちでもいいんじゃねーかな」
素直に応えたら、ものすごく残念な顔をされた。
「よくないわよ、もっと美的感覚を養いなさい」
「毎年のことなんだから、いっそどの順番で置くか記録つければいいんじゃねえか?」
「何言ってるの。新しく貰った物もあるのよ? なんのために頂き物は絨毯にしてもらえるように遠まわしに自己主張していると思っているの?」
「そんなアピールしてんのかよ、陛下」
「やあね、絨毯だけじゃないわよ。基本的に使える物を頂けるように、さりげなく誘導しているわよ」
贈り物を持ってくる大陸中の王侯貴族に、クッカサーリ王の評価点は実用的かどうかにあると教えてやりたいものだ。
「で、どっちなの?」
ヨニがはて、どうしたものかと思っていたら助け舟が来た。
「陛下、皿を届けに上がりましたよ。確認お願いできますかね」
職人組合のネストリ・ホルソが汗をかきかきやって来たのだ。
「あ、俺が行く。陛下は忙しいみたいだから」
「そう? じゃあ頼んだわねヨニ」
正直どっちでも良かったので解放されて、ヨニはほっとした。
「フラーをこっちに呼んだら行くよ、おっさん。先に行っててくれ」
ひゅーっと高い口笛を吹くと、外からフラーの答える声がした。しばらく待てば、やって来る。衛兵たちもなんやかんやと動き回っているので、フラーにもしっかち働いてもらわないとだ。
「……心配症なんだから」
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