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1女王、議会をボイコットされる
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予想通り、絵を運ぶ一団の後に、庭園でさらに三人の議員を見つけることができた。なんと三人は花を摘んでいた。すぐ傍に、王宮の庭を一手に仕切る庭師の姿もある。彼は目の前で花泥棒を見逃すような男ではない。ということは、彼も共犯なのだろう。
物陰から様子を伺う限り、誰もかれもいつも通りの呑気な面構えをしている。
「私の花を切っている罪で全員捕まえてやろうかしら……」
ぼんやりとティルダが愚痴れば、
「陛下駄々漏れだぞ」
ヨニに後ろからぼやかれた。
「……別に漏れたところで問題ないわよ。王宮の花は王の物なのは本当なんだから」
実際、不審者だったら衛兵を呼んで身柄を確保しているところだ。
向こうに認識されるほど近づくと、やはり
「お、見つかりましたか。案外盲点で最後かと思ったんですがねぇ」
「早かったのう」
「さっすが陛下です」
三者三様のフレンドリーな反応が返ってきた。
これまでがそうだったので、ある程度の予想はしていたが、腑に落ちない。
(一体なんなの……)
もはや毒気を抜かれたティルダは、すぐに踵を返す。
「……はあ」
どうせこれで議員を見つけろという条件は満たしているのだろう、また何をしていたかを聞いて腹を立てる前に、早く次に向かいたい。
「それじゃ、みなさん、また明日」
三人はヨニの挨拶にも軽やかな声を返している。それを背で聞きながら、ティルダはいよいよ混乱した。誰も彼も、王に反旗を翻す議員の声とは到底思えない。少なくとも、今のところは。
――じゃあ、なぜ議会をボイコットしたのだろう。
「いったいなんだっていうの……」
「聞けばいいじゃなん」
追いついてきたヨニが気軽に言う。
「キーラは明日まで内緒だって言ってたじゃない。答える気があるとは思えないわ」
何故だか、みな楽しそうだったので聞きにくかった。とか、そんな理由は言いたくない。相手が何を考えているか、分からないことを晒すのがティルダは嫌なのだ。たった十六人の議員すら御することが出来ないなんて――みっともない。
(私は国王なのに……)
「議会がつまらないってことかしらね……」
しかし、つまるつまらないの問題ではない。やらなければいけないことで、逃げる訳にはいかないことだ。仮に、議員が嫌になったのなら辞めればいいだけの話だ。議員は世襲制ではないし、みな本職を持っている。
やっぱり馬鹿にされているのだろうか。
さして広くもない王宮の部屋を隅から見回りつつ、ティルダは考える。
なぜ議員全員に議会をさぼられたのか。
自分が頼りない女王だから?
それとも十七歳と若すぎるから?
悔しいが、どちらもな気がする。
その後、王宮内でさらに三人の議員も見つけた。つまり、大半の議員は王宮に来ていたことになる。
それでいてスルーされたとなると単純に忘れられていたより、よっぽど酷い。ティルダは今日、何度目かわからない溜息を吐いた。果てどなく気分が落ち込んでいくが、まだ五人残っている。
「あとは外だな。行きますかね」
ヨニに答える気力は既にない。ティルダは黙って頷いた。頼もしい侍従は細かな指示をせずとも、外へ出かける支度をしてくれるだろう。
●
「なんで馬が一頭なのかしら」
ヨニが連れて来たのは一頭だけだった。
「なに言ってんだ。そんな死にそうな顔で手綱を握ったら落ちるぞ」
ほら、と伸ばされた腕をティルダは一瞬躊躇して、結局素直に掴んだ。気疲れしきっているので、正直なところ助かる。決して口には出さないが。
横座りでヨニの前に乗り、あとは全て任せることにした。
クッカサーリの面積は、馬があれば一日で巡ることができる程度しかない。徒歩でもそう困ることはないし、乗合馬車もあるので、個人で馬を持っている者は少ない。養う負担も考えれば、所有者は己ずと限られる。
残りの五人を探すにあたって、馬を所有しているかどうかは考えた方がいい。馬で逃げられたりしたら追うのが面倒だ。まずは、馬を持っていなさそうな所から潰したい。
「ヨニ、まずは聖神教会へ行って」
「はいよ」
聖神教会では天と同一視される聖神を信奉している。中でもクッカサーリにあるのは聖神教会の総本山。
大国ラズワルディアの中にあって、何度となく併呑の危機を乗り越え、クッカサーリが独立を保ち続けていられているのは聖神教会の権威のおかげだった。
この西方大陸では、ほとんどの国が国教として聖神を祀っているのだ。なにせ、
大陸一の大国ラズワルディアでさえ、戴冠式で王に冠を乗せるのは聖神教会の総司教の仕事だ。
聖神教会を抱えていること、それがクッカサーリ最大の力だった。
それほどに重要な教会だから、総司教はその座に就くと同時にクッカサーリの議員も兼ねることになっている。それは建国以来からの伝統だ。
(総主教のバレンティン・アグリコラ……。議会をさぼるような人じゃないんだけれど)
●
国土のほぼ中央、聖神教会にはすぐに辿り着いた。
さすがに冬の時期は人が少ないものの、教会への参詣客が途切れることはない。一生に一度は巡礼をと、クッカサーリの聖神教会には各国から人がやって来る。
参詣ついでにと、旅人たちが観光で落とす金額は馬鹿にならない。
信者たちを横目に、ティルダとヨニは聖職者たちが暮らす区域へと向かった。門番に名を告げれば、
「どうぞ猊下がお待ちです」
総主教にはあっさりと面会することができた。
「ようこそいらっしゃいました、陛下」
バレンティンは五十歳を過ぎたが背筋はぴんと伸び、立場に相応しい威厳と若々しさを備えている。
議員として日頃から接していなければ、ティルダとて気おくれしていたかもしれない。
元々、クッカサーリは迫害されていた聖神教徒たちが興した国だ。古くから、王家と教会の仲は悪くない。手を取り合ってやってきた。
――でも、見限られたのかもしれない。
ひょっとしたら今回の件はバレンティンが首謀者なのかもしれないと、ティルダは思っていた。
ここに来て、覚悟が決まる。もう何を言われても驚くまい。
「見つけた、ってことでいいのかしら」
「はい。――陛下、あと何人残っています?」
「残り四人よ」
「そうですか……では、お茶に致しませんか?」
と、どこか楽しそうな声音でバレンティンは言った。
「おっと陛下、大丈夫か?」
ティルダは悲鳴をあげる表情筋を駆使して真顔を作り、椅子に腰を下ろした。いや、へたり込んだというのが正解かもしれない。とっさにヨニが椅子を尻の下に移動させてくれなかったら、みっともなく倒れ込んでいただろう。
一気に体の力が抜けた。
「……私の開く議会に出たくない、って訳じゃないのね?」
聖神教では相手に飲食物を勧めるということは、赦しに繋がるとされている。それに、バレンティンの顔は孫の来訪を喜ぶ祖父のそれだ。そういえば、通されたこの部屋は彼の私室だ。今さら気づいたことにティルダは自嘲した。
なにも見えていなかったらしい。
議員の議会ボイコットがもし、教会勢力と繋がっての反抗だったら――と内心ずっと怖かった。もしそうなら、確実に王位を追われるのだと思った。
が、それは杞憂だった――ようだ。
「陛下、冷めちゃうぜ」
ヨニの声で我に返る。
いつの間にか、テーブルの上で茶が柔らかな湯気を立てている。バレンティンが手ずから淹れたようだが、気づかなかった。ひょっとしたら、かなりの時間放心していたのかもしれない。
よい花の香りがする。茶といっても、輸入される紅茶ではなくクッカサーリのハーブを使ったものだ。味は輸入品には落ちるが、
「おいしいわ……」
ティルダは心底そう思った。
バレンティンが柔らかく目を細める。
「ゆっくり召し上がっていって下さい、陛下」
「あ、そうだ、せっかくだから、お昼にさせてもらいましょうよ」
ヨニが言った。そういえば、議員探しを優先してまだ昼食のパンに手をつけていない。
「昼餉がまだでしたか、ヨニ殿もどうぞ、座って下さい」
「すみません猊下、お言葉に甘えます」
ヨニと並んで昼食をとる。交わされる言葉は多くない。どこかで鳴く小鳥のかけあいが聞えるほどだ。
「残り四人とのことですが、あとはどなたが残っているのです?」
ゆっくりパンを飲み下してからティルダは答えた。
「アレクシスとマルッティとエルンスト、それからライモね」
「そうですか」
バレンティンの反応は実にあっさりしたものだ。
静かな食事を終え、教会を後にするティルダとヨニの二人をバレンティンは見送りに立った。
「では陛下、明日お会いしましょう」
もう、ティルダはバレンティンを疑ってはいない。
「――ええ」
それでも結局、なぜ議会を欠席したのかは聞けなかった。
物陰から様子を伺う限り、誰もかれもいつも通りの呑気な面構えをしている。
「私の花を切っている罪で全員捕まえてやろうかしら……」
ぼんやりとティルダが愚痴れば、
「陛下駄々漏れだぞ」
ヨニに後ろからぼやかれた。
「……別に漏れたところで問題ないわよ。王宮の花は王の物なのは本当なんだから」
実際、不審者だったら衛兵を呼んで身柄を確保しているところだ。
向こうに認識されるほど近づくと、やはり
「お、見つかりましたか。案外盲点で最後かと思ったんですがねぇ」
「早かったのう」
「さっすが陛下です」
三者三様のフレンドリーな反応が返ってきた。
これまでがそうだったので、ある程度の予想はしていたが、腑に落ちない。
(一体なんなの……)
もはや毒気を抜かれたティルダは、すぐに踵を返す。
「……はあ」
どうせこれで議員を見つけろという条件は満たしているのだろう、また何をしていたかを聞いて腹を立てる前に、早く次に向かいたい。
「それじゃ、みなさん、また明日」
三人はヨニの挨拶にも軽やかな声を返している。それを背で聞きながら、ティルダはいよいよ混乱した。誰も彼も、王に反旗を翻す議員の声とは到底思えない。少なくとも、今のところは。
――じゃあ、なぜ議会をボイコットしたのだろう。
「いったいなんだっていうの……」
「聞けばいいじゃなん」
追いついてきたヨニが気軽に言う。
「キーラは明日まで内緒だって言ってたじゃない。答える気があるとは思えないわ」
何故だか、みな楽しそうだったので聞きにくかった。とか、そんな理由は言いたくない。相手が何を考えているか、分からないことを晒すのがティルダは嫌なのだ。たった十六人の議員すら御することが出来ないなんて――みっともない。
(私は国王なのに……)
「議会がつまらないってことかしらね……」
しかし、つまるつまらないの問題ではない。やらなければいけないことで、逃げる訳にはいかないことだ。仮に、議員が嫌になったのなら辞めればいいだけの話だ。議員は世襲制ではないし、みな本職を持っている。
やっぱり馬鹿にされているのだろうか。
さして広くもない王宮の部屋を隅から見回りつつ、ティルダは考える。
なぜ議員全員に議会をさぼられたのか。
自分が頼りない女王だから?
それとも十七歳と若すぎるから?
悔しいが、どちらもな気がする。
その後、王宮内でさらに三人の議員も見つけた。つまり、大半の議員は王宮に来ていたことになる。
それでいてスルーされたとなると単純に忘れられていたより、よっぽど酷い。ティルダは今日、何度目かわからない溜息を吐いた。果てどなく気分が落ち込んでいくが、まだ五人残っている。
「あとは外だな。行きますかね」
ヨニに答える気力は既にない。ティルダは黙って頷いた。頼もしい侍従は細かな指示をせずとも、外へ出かける支度をしてくれるだろう。
●
「なんで馬が一頭なのかしら」
ヨニが連れて来たのは一頭だけだった。
「なに言ってんだ。そんな死にそうな顔で手綱を握ったら落ちるぞ」
ほら、と伸ばされた腕をティルダは一瞬躊躇して、結局素直に掴んだ。気疲れしきっているので、正直なところ助かる。決して口には出さないが。
横座りでヨニの前に乗り、あとは全て任せることにした。
クッカサーリの面積は、馬があれば一日で巡ることができる程度しかない。徒歩でもそう困ることはないし、乗合馬車もあるので、個人で馬を持っている者は少ない。養う負担も考えれば、所有者は己ずと限られる。
残りの五人を探すにあたって、馬を所有しているかどうかは考えた方がいい。馬で逃げられたりしたら追うのが面倒だ。まずは、馬を持っていなさそうな所から潰したい。
「ヨニ、まずは聖神教会へ行って」
「はいよ」
聖神教会では天と同一視される聖神を信奉している。中でもクッカサーリにあるのは聖神教会の総本山。
大国ラズワルディアの中にあって、何度となく併呑の危機を乗り越え、クッカサーリが独立を保ち続けていられているのは聖神教会の権威のおかげだった。
この西方大陸では、ほとんどの国が国教として聖神を祀っているのだ。なにせ、
大陸一の大国ラズワルディアでさえ、戴冠式で王に冠を乗せるのは聖神教会の総司教の仕事だ。
聖神教会を抱えていること、それがクッカサーリ最大の力だった。
それほどに重要な教会だから、総司教はその座に就くと同時にクッカサーリの議員も兼ねることになっている。それは建国以来からの伝統だ。
(総主教のバレンティン・アグリコラ……。議会をさぼるような人じゃないんだけれど)
●
国土のほぼ中央、聖神教会にはすぐに辿り着いた。
さすがに冬の時期は人が少ないものの、教会への参詣客が途切れることはない。一生に一度は巡礼をと、クッカサーリの聖神教会には各国から人がやって来る。
参詣ついでにと、旅人たちが観光で落とす金額は馬鹿にならない。
信者たちを横目に、ティルダとヨニは聖職者たちが暮らす区域へと向かった。門番に名を告げれば、
「どうぞ猊下がお待ちです」
総主教にはあっさりと面会することができた。
「ようこそいらっしゃいました、陛下」
バレンティンは五十歳を過ぎたが背筋はぴんと伸び、立場に相応しい威厳と若々しさを備えている。
議員として日頃から接していなければ、ティルダとて気おくれしていたかもしれない。
元々、クッカサーリは迫害されていた聖神教徒たちが興した国だ。古くから、王家と教会の仲は悪くない。手を取り合ってやってきた。
――でも、見限られたのかもしれない。
ひょっとしたら今回の件はバレンティンが首謀者なのかもしれないと、ティルダは思っていた。
ここに来て、覚悟が決まる。もう何を言われても驚くまい。
「見つけた、ってことでいいのかしら」
「はい。――陛下、あと何人残っています?」
「残り四人よ」
「そうですか……では、お茶に致しませんか?」
と、どこか楽しそうな声音でバレンティンは言った。
「おっと陛下、大丈夫か?」
ティルダは悲鳴をあげる表情筋を駆使して真顔を作り、椅子に腰を下ろした。いや、へたり込んだというのが正解かもしれない。とっさにヨニが椅子を尻の下に移動させてくれなかったら、みっともなく倒れ込んでいただろう。
一気に体の力が抜けた。
「……私の開く議会に出たくない、って訳じゃないのね?」
聖神教では相手に飲食物を勧めるということは、赦しに繋がるとされている。それに、バレンティンの顔は孫の来訪を喜ぶ祖父のそれだ。そういえば、通されたこの部屋は彼の私室だ。今さら気づいたことにティルダは自嘲した。
なにも見えていなかったらしい。
議員の議会ボイコットがもし、教会勢力と繋がっての反抗だったら――と内心ずっと怖かった。もしそうなら、確実に王位を追われるのだと思った。
が、それは杞憂だった――ようだ。
「陛下、冷めちゃうぜ」
ヨニの声で我に返る。
いつの間にか、テーブルの上で茶が柔らかな湯気を立てている。バレンティンが手ずから淹れたようだが、気づかなかった。ひょっとしたら、かなりの時間放心していたのかもしれない。
よい花の香りがする。茶といっても、輸入される紅茶ではなくクッカサーリのハーブを使ったものだ。味は輸入品には落ちるが、
「おいしいわ……」
ティルダは心底そう思った。
バレンティンが柔らかく目を細める。
「ゆっくり召し上がっていって下さい、陛下」
「あ、そうだ、せっかくだから、お昼にさせてもらいましょうよ」
ヨニが言った。そういえば、議員探しを優先してまだ昼食のパンに手をつけていない。
「昼餉がまだでしたか、ヨニ殿もどうぞ、座って下さい」
「すみません猊下、お言葉に甘えます」
ヨニと並んで昼食をとる。交わされる言葉は多くない。どこかで鳴く小鳥のかけあいが聞えるほどだ。
「残り四人とのことですが、あとはどなたが残っているのです?」
ゆっくりパンを飲み下してからティルダは答えた。
「アレクシスとマルッティとエルンスト、それからライモね」
「そうですか」
バレンティンの反応は実にあっさりしたものだ。
静かな食事を終え、教会を後にするティルダとヨニの二人をバレンティンは見送りに立った。
「では陛下、明日お会いしましょう」
もう、ティルダはバレンティンを疑ってはいない。
「――ええ」
それでも結局、なぜ議会を欠席したのかは聞けなかった。
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