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「ユーニス、剣はやめなくていい。でも、お前を俺の花嫁にする。それは絶対だ。大体、家を追い出されて行くところもないだろ?」
少しだけ身を離すと、息のかかる距離でリオンと目が合う。
想像していたより、ずっと真剣な顔だった。
本気が伝わってくるから、少しだけ嬉しくなって、どうしたらいいのかわからなくなってしまう。
騎士になりたい夢を諦めたりなんてしないけど、多分、もうそんなにリオンのことを嫌いじゃない。
……素直にそんなこと言ったりしないけど。
「家を追い出されても、行くところくらいあるわよ」
「いいや、ダリウスはお前が戻ると言っても、領内に娘を入れないと言ったぞ」
「そこまで父さまは、この話を押すつもりなのね……」
なんだかんだ言っても娘の意思を尊重してくれる、優しすぎるくらいの父親だったのに。
「もしかして、私の結婚と兄さまのこと、何か……関係ある……?」
息子を失った埋め合わせに、娘を王妃に昇らせようというのか。
「――いや、ちがう、これは取引とかの結果じゃない。俺が、お前を純粋に欲しいと思ったからだ」
慌てて否定するリオンのその顔があまりにも必死なので、おかしくなってユーニスは笑いを零した。
「わたしのどこがそんなに……好きなの?」
言葉にすると恥ずかしいが、気になる。今の今までどうでもよかったのに。気になってしまう。
リオンは一瞬固まってから、睫毛を伏せた。
「……言えん」
「なによそれ」
「お前が俺を受け入れるなら話すが」
「じゃあいいわ。放して」
突き放せば、あっさりとリオンはユーニスを解放した。背を向け、ユーニスはリオンに告げる。
「用が済んだなら帰ってちょうだい。私は、あなたの花嫁になんて、なるつもりないんだから関係ないわ。ちょっと気になったから聞いてみただけよ」
「可愛くお願いされたら、うっかり言うかもしれないぞ」
「結構よ!」
「……わかった。今日のところはここまでにしておく」
リオンが腰を上げる。ほとんど消えかけの角灯の光が、束の間、扉の前で揺れた。逡巡している気配。
「ユーニス、何度でも言うぞ。俺はお前のことが好きだから、お前を危険にさらしたくない。だから、お前が騎士になるのは反対だ」
言って、灯りが扉の向こうへ消えて行く。
一人、寝台の上でユーニスは自分に気づいた。真っ暗になった部屋の中、自分が赤面していることに。
……す、好きって……。
ひょっとして、初めて言われたのではないだろうか。嬉しいと認めるのは悔しい。
騎士になるのは反対だと、重ねて言われ、がっかりもしているしているから。
一つだけ確かなのは、リオンがオルコスの王でよかったと思う、そんな自分の心だ。それだけは、確かだと心から認められる。
●
リオンはユーニスの部屋を後にして、自室へ戻る道すがら、王城の廊下をのらりくらりと歩いていた。
色々と頭を冷やしたい。さもないと、寝間着姿のユーニスが思い出されて眠れそうにない。
儚い灯りに照らされたおろし髪のユーニスは、控えめにいっても魅力的だった。己の自制心を心底褒めてやりたい気分だ。
「……」
王城といえど、衛兵たちは出入口や要所にしかいないので、廊下の途中で立ち止まって窓から月を見上げても見咎められることはない。
常に敵は外からやってくるので、城の中の守りは薄い。ユーニスの周囲だけでも衛兵を増やしたいが、戦えるものは魔物と向き合うのがオルコスの定めだ。
万が一に備え、小さくとってある窓の外には、月が鈍い色を放って浮かんでいる。
「……どこが好きかだと?……言えるか、ばか」
リオンがユーニスを初めて見たのは追悼式典の場でだった。
領主の嫡男を含めた騎士団ひとつが壊滅するような、大規模な『揺らぎ』の出現は近年では珍しく、民をことさら慰撫する必要があった。なにせ、『接点』に近い辺境の民は、日頃から魔物の外に悩まされている。だから王の名代として、皇太子のリオンがグラディオーラ伯領とベルトラム伯領の境の街に向かったのだ。
あの時、ベルトラム伯は、酷く挙動不審だった。今なら納得できる。騎士の数を誤魔化していた守銭奴だと知られているのか、冷や汗をかいていたのだろう。平時から十分に騎士団の戦力を備えることは、確かに金はかかる。領主として、惜しみたくなる気持ちも理解は出来る。けれど、失ったもののことを思えば許容するわけにはいかない。
あの時の自分が事情を知っていたら、ベルトラム伯を殴っていたに違いない。
……何も知らなかった間抜けが言えた話じゃないか……。
リオンはベルトラム伯の態度に不快感を覚えたものの、粛々と仕事をこなした。
グラディオーラ伯領から来た者たちは、はじめはリオンに敵対心を向け、それから失望したようだった。
七年前のリオンは、そんなグラディオーラ伯領の者たちにも憤りを覚えた。まるで八つ当たりされているように思えたし、自分だったら、こんな損害を出さなかったのに、と。そうした内心の反発を隠し、領民たちも参列する式典で、リオンはユーニスを見つけたのだ。
誰もが下を向き暗い顔で泣いている中、それを叱るようにたった一人、上を向いている少女がいた。その力強い瞳からリオンは目が離せなかった。王都では珍しい濃紺の髪と、揃いのように青い瞳はまるで燃えているようだった。
俺はあんな風に送られたい。リオンはそう思った。
死んでめそめそ泣かれるなんて、御免だ。
「あれは……自分自身に怒っていたんだな……」
名代としての仕事をこなすのに精いっぱいで、その場で名前を聞けなかったが、ずっと少女の姿はリオンの心に焼き付いていた。後に、グラディオーラ伯の一人娘だとわかったが、父が病で王位を継ぐのが予定より早くなったため、忙しくて何も行動に移せなかった。急いで騎士叙勲を受けねばならず、やることは山積みだったのだ。
人をやって、無事でいることと、結婚はしていないことを定期的に確かめてきた。
時期は満ち、グラディオーラ伯の了承を得て、喜んで迎えに行ってみれば――
「まさか、自分で仇をとってやるなんて思ってたとはな……」
●
「あの人、どういうつもりなのかしら」
日当たりのいい部屋の真ん中で、ユーニスは首を傾げていた。
昨日までの部屋から移動するように言われ、案内された先がここ。窓には鉄格子なんて無いし、鍵も内鍵だけ。しかも、一部屋だけでなく、この一角をユーニスの好きにしていいという。王城の中でも王族が暮らす区画らしいので、既成事実を積み重ねようという算段なのだろうか。部屋の一つには、ユーニスの使っていた稽古用の剣や弓など一式が置かれていた。それだけでなく、庭にはこれで矢場でもつくれと言わんばかりの資材までもが用意してある。
最初の部屋に比べれば格段にいい待遇なのだが、一体どういうことなのだろう。
「出て行くのはまかりならんということらしいですが、それ以外は自由に、ということだそうで。中庭で剣の稽古もしていいそうですよ」
部屋を見回っている途中に、荷物を抱えたディーンがやってきて言った。
「あ、ひょっとして、ディーンも一緒なの?」
「ええ、お嬢様の側仕えですからね。部屋には余裕があると伺っております」
「そうね。……え? ちょっと待って、さっきなんて言った?」
「中庭で稽古をしていいそうですよ」
「だ、だれが言ったのそれ?」
「王、ですが」
「芝生荒れちゃうわよ? 綺麗な庭なのに」
「いいんじゃないですか」
昨日の夜は、「騎士になるのは反対だ」なんて言ってたくせに何を考えているのだろう。
「……なんなのあの人」
「余り深く考えることもないと思いますよ、お嬢様」
「そ、そうね。いいかげん体が鈍ってしかたないと思ってたし、素振りでもするわ!」
少しだけ、考えを改めてくれたんじゃないか、なんて思ってしまうのは、向こうの思う壺すぎるだろうか。だめだ、ついリオンを好意的に考えてしまいそうになる。
ユーニスは木剣を持ち、中庭へ出た。剣を振れば気分もしゃっきりするはず。
優雅な花に囲まれて申し訳ない気を覚えつつも、木剣を正面に構える。そして勢いよく振り下ろす。
やっぱり稽古は毎日しないと、すぐに剣筋がぶれてしまう。
素振りを続けていると、ディーンがやってきた。剣を持っていないから稽古に付き合ってくれるわけではないようだ。
「――昨夜、何かありましたか? お嬢様」
「!?」
ふいに問われ、ユーニスは慌ててディーンの顔を見た。何故か真顔で見返され、思わず剣を取り落とす。
「ないない。別に何も無いわ」
両手を振ってユーニスはムキになって否定してしまった。リオンの腕の中で泣いたこと、抱きしめられた感触が蘇って、思わず焦ってしまう。
ディーンにとっても昨夜のリオンの言葉は救いになるだろうに、ユーニスは言えなかった。話すならば全部説明するしかないだろうから。
……な、なんだか居心地が悪いわ。
「そうですか」
ふう、と息を吐いてディーンは用意されていた資材の見分へ向かった。稽古場としてどう設えるか、思案しはじめたのだろう。
それ以上追及されなかったので、ユーニスはほっと胸を撫で下ろした。大したことがあったわけじゃないのに、何故か気恥ずかしい。
そうこうしていると、騎士団総長のアドルファスがやってきた。
「やあ、ソードリリー姫。ご不便はありませんかな」
耳慣れない呼び方にユーニスは小首を傾げる。
……百合の剣?
「なんです? それ」
「いえね、リオンとの試合ですっかりお嬢さんのことが有名になりましてな。しかし、まだお嬢さんのことは内々だけの話なんで、ま、愛称ってやつですな。グラディオーラの紋章は百合の花でしょう?」
「内々の話なのに、あんなに見物人が居たんですか……?」
「はっはっは!まあ暗黙の了解ってやつですな」
案の定、昨日の試合の事が広まっていて、ユーニスはげんなりした。投げやりな気分が無くなった今だから、余計に肩が重い。
そんなユーニスをアドルファスは面白そうに見ている。
「まあ、そう気にせんで下さい。それで、なにか不便なことはありませんか? 急なことなんで、警備の穴がないか確認に来たんですが、ついでに、何か要望があれば伺っていきますんで」
「はあ……」
生返事をしつつ、ふとユーニスは思いついて、
「あの、不便は何もないのですけど、もし良かったら……どなたかに稽古をつけて貰えませんか……?」
ダメ元で言ってみた。
リオンだって、剣は止めなくていいと言っていた。せっかく王都の騎士と知り合いになれたのだ。こうなったらとことん図太くなってやろう。
ディーンがなにか言いたそうな顔をしているが、もう一度ユーニスは懇願した。
「ずっと同じ相手と稽古していると慣れてしまっていけないからと、以前は、出稽古に行って色んな騎士と立ち会ってもらっていたんです」
「ああ、そうらしいですな。熱心で結構。ふむ。……じゃあ、俺を掴まえられたら、ってことでどうです?」
言うなり、アドルファスが逃げ出した。
「え?」
離れた距離からアドルファスが叫ぶ。
「追いかけっこですよ。おっと、そこの従者の力を借りるのはなしですよ。そいつは王に呼ばれているんで。範囲はこの離れの全体で、時間は日暮れまでにしましょうか」
「ええっ?」
わはははと云いながら、アドルファスは室内へ姿を消した。
「ディーン……。ひょっとして婉曲に断られているのかしら?」
「いえ、本気なんだと思いますよ。あの方はああいう方らしいので。いい訓練になるでしょう。自分は呼ばれているらしいので行ってきます」
「あ、いってらっしゃい……」
あっさりと突き放されて怯むが、これも訓練と思えば悪くない。身体が鈍っていたところだ。
「持久力勝負ならやれるかもしれないものね」
体を動かしている方が余計なことを考えなくてもいい。
ユーニスはとにかく走りだすことにした。
少しだけ身を離すと、息のかかる距離でリオンと目が合う。
想像していたより、ずっと真剣な顔だった。
本気が伝わってくるから、少しだけ嬉しくなって、どうしたらいいのかわからなくなってしまう。
騎士になりたい夢を諦めたりなんてしないけど、多分、もうそんなにリオンのことを嫌いじゃない。
……素直にそんなこと言ったりしないけど。
「家を追い出されても、行くところくらいあるわよ」
「いいや、ダリウスはお前が戻ると言っても、領内に娘を入れないと言ったぞ」
「そこまで父さまは、この話を押すつもりなのね……」
なんだかんだ言っても娘の意思を尊重してくれる、優しすぎるくらいの父親だったのに。
「もしかして、私の結婚と兄さまのこと、何か……関係ある……?」
息子を失った埋め合わせに、娘を王妃に昇らせようというのか。
「――いや、ちがう、これは取引とかの結果じゃない。俺が、お前を純粋に欲しいと思ったからだ」
慌てて否定するリオンのその顔があまりにも必死なので、おかしくなってユーニスは笑いを零した。
「わたしのどこがそんなに……好きなの?」
言葉にすると恥ずかしいが、気になる。今の今までどうでもよかったのに。気になってしまう。
リオンは一瞬固まってから、睫毛を伏せた。
「……言えん」
「なによそれ」
「お前が俺を受け入れるなら話すが」
「じゃあいいわ。放して」
突き放せば、あっさりとリオンはユーニスを解放した。背を向け、ユーニスはリオンに告げる。
「用が済んだなら帰ってちょうだい。私は、あなたの花嫁になんて、なるつもりないんだから関係ないわ。ちょっと気になったから聞いてみただけよ」
「可愛くお願いされたら、うっかり言うかもしれないぞ」
「結構よ!」
「……わかった。今日のところはここまでにしておく」
リオンが腰を上げる。ほとんど消えかけの角灯の光が、束の間、扉の前で揺れた。逡巡している気配。
「ユーニス、何度でも言うぞ。俺はお前のことが好きだから、お前を危険にさらしたくない。だから、お前が騎士になるのは反対だ」
言って、灯りが扉の向こうへ消えて行く。
一人、寝台の上でユーニスは自分に気づいた。真っ暗になった部屋の中、自分が赤面していることに。
……す、好きって……。
ひょっとして、初めて言われたのではないだろうか。嬉しいと認めるのは悔しい。
騎士になるのは反対だと、重ねて言われ、がっかりもしているしているから。
一つだけ確かなのは、リオンがオルコスの王でよかったと思う、そんな自分の心だ。それだけは、確かだと心から認められる。
●
リオンはユーニスの部屋を後にして、自室へ戻る道すがら、王城の廊下をのらりくらりと歩いていた。
色々と頭を冷やしたい。さもないと、寝間着姿のユーニスが思い出されて眠れそうにない。
儚い灯りに照らされたおろし髪のユーニスは、控えめにいっても魅力的だった。己の自制心を心底褒めてやりたい気分だ。
「……」
王城といえど、衛兵たちは出入口や要所にしかいないので、廊下の途中で立ち止まって窓から月を見上げても見咎められることはない。
常に敵は外からやってくるので、城の中の守りは薄い。ユーニスの周囲だけでも衛兵を増やしたいが、戦えるものは魔物と向き合うのがオルコスの定めだ。
万が一に備え、小さくとってある窓の外には、月が鈍い色を放って浮かんでいる。
「……どこが好きかだと?……言えるか、ばか」
リオンがユーニスを初めて見たのは追悼式典の場でだった。
領主の嫡男を含めた騎士団ひとつが壊滅するような、大規模な『揺らぎ』の出現は近年では珍しく、民をことさら慰撫する必要があった。なにせ、『接点』に近い辺境の民は、日頃から魔物の外に悩まされている。だから王の名代として、皇太子のリオンがグラディオーラ伯領とベルトラム伯領の境の街に向かったのだ。
あの時、ベルトラム伯は、酷く挙動不審だった。今なら納得できる。騎士の数を誤魔化していた守銭奴だと知られているのか、冷や汗をかいていたのだろう。平時から十分に騎士団の戦力を備えることは、確かに金はかかる。領主として、惜しみたくなる気持ちも理解は出来る。けれど、失ったもののことを思えば許容するわけにはいかない。
あの時の自分が事情を知っていたら、ベルトラム伯を殴っていたに違いない。
……何も知らなかった間抜けが言えた話じゃないか……。
リオンはベルトラム伯の態度に不快感を覚えたものの、粛々と仕事をこなした。
グラディオーラ伯領から来た者たちは、はじめはリオンに敵対心を向け、それから失望したようだった。
七年前のリオンは、そんなグラディオーラ伯領の者たちにも憤りを覚えた。まるで八つ当たりされているように思えたし、自分だったら、こんな損害を出さなかったのに、と。そうした内心の反発を隠し、領民たちも参列する式典で、リオンはユーニスを見つけたのだ。
誰もが下を向き暗い顔で泣いている中、それを叱るようにたった一人、上を向いている少女がいた。その力強い瞳からリオンは目が離せなかった。王都では珍しい濃紺の髪と、揃いのように青い瞳はまるで燃えているようだった。
俺はあんな風に送られたい。リオンはそう思った。
死んでめそめそ泣かれるなんて、御免だ。
「あれは……自分自身に怒っていたんだな……」
名代としての仕事をこなすのに精いっぱいで、その場で名前を聞けなかったが、ずっと少女の姿はリオンの心に焼き付いていた。後に、グラディオーラ伯の一人娘だとわかったが、父が病で王位を継ぐのが予定より早くなったため、忙しくて何も行動に移せなかった。急いで騎士叙勲を受けねばならず、やることは山積みだったのだ。
人をやって、無事でいることと、結婚はしていないことを定期的に確かめてきた。
時期は満ち、グラディオーラ伯の了承を得て、喜んで迎えに行ってみれば――
「まさか、自分で仇をとってやるなんて思ってたとはな……」
●
「あの人、どういうつもりなのかしら」
日当たりのいい部屋の真ん中で、ユーニスは首を傾げていた。
昨日までの部屋から移動するように言われ、案内された先がここ。窓には鉄格子なんて無いし、鍵も内鍵だけ。しかも、一部屋だけでなく、この一角をユーニスの好きにしていいという。王城の中でも王族が暮らす区画らしいので、既成事実を積み重ねようという算段なのだろうか。部屋の一つには、ユーニスの使っていた稽古用の剣や弓など一式が置かれていた。それだけでなく、庭にはこれで矢場でもつくれと言わんばかりの資材までもが用意してある。
最初の部屋に比べれば格段にいい待遇なのだが、一体どういうことなのだろう。
「出て行くのはまかりならんということらしいですが、それ以外は自由に、ということだそうで。中庭で剣の稽古もしていいそうですよ」
部屋を見回っている途中に、荷物を抱えたディーンがやってきて言った。
「あ、ひょっとして、ディーンも一緒なの?」
「ええ、お嬢様の側仕えですからね。部屋には余裕があると伺っております」
「そうね。……え? ちょっと待って、さっきなんて言った?」
「中庭で稽古をしていいそうですよ」
「だ、だれが言ったのそれ?」
「王、ですが」
「芝生荒れちゃうわよ? 綺麗な庭なのに」
「いいんじゃないですか」
昨日の夜は、「騎士になるのは反対だ」なんて言ってたくせに何を考えているのだろう。
「……なんなのあの人」
「余り深く考えることもないと思いますよ、お嬢様」
「そ、そうね。いいかげん体が鈍ってしかたないと思ってたし、素振りでもするわ!」
少しだけ、考えを改めてくれたんじゃないか、なんて思ってしまうのは、向こうの思う壺すぎるだろうか。だめだ、ついリオンを好意的に考えてしまいそうになる。
ユーニスは木剣を持ち、中庭へ出た。剣を振れば気分もしゃっきりするはず。
優雅な花に囲まれて申し訳ない気を覚えつつも、木剣を正面に構える。そして勢いよく振り下ろす。
やっぱり稽古は毎日しないと、すぐに剣筋がぶれてしまう。
素振りを続けていると、ディーンがやってきた。剣を持っていないから稽古に付き合ってくれるわけではないようだ。
「――昨夜、何かありましたか? お嬢様」
「!?」
ふいに問われ、ユーニスは慌ててディーンの顔を見た。何故か真顔で見返され、思わず剣を取り落とす。
「ないない。別に何も無いわ」
両手を振ってユーニスはムキになって否定してしまった。リオンの腕の中で泣いたこと、抱きしめられた感触が蘇って、思わず焦ってしまう。
ディーンにとっても昨夜のリオンの言葉は救いになるだろうに、ユーニスは言えなかった。話すならば全部説明するしかないだろうから。
……な、なんだか居心地が悪いわ。
「そうですか」
ふう、と息を吐いてディーンは用意されていた資材の見分へ向かった。稽古場としてどう設えるか、思案しはじめたのだろう。
それ以上追及されなかったので、ユーニスはほっと胸を撫で下ろした。大したことがあったわけじゃないのに、何故か気恥ずかしい。
そうこうしていると、騎士団総長のアドルファスがやってきた。
「やあ、ソードリリー姫。ご不便はありませんかな」
耳慣れない呼び方にユーニスは小首を傾げる。
……百合の剣?
「なんです? それ」
「いえね、リオンとの試合ですっかりお嬢さんのことが有名になりましてな。しかし、まだお嬢さんのことは内々だけの話なんで、ま、愛称ってやつですな。グラディオーラの紋章は百合の花でしょう?」
「内々の話なのに、あんなに見物人が居たんですか……?」
「はっはっは!まあ暗黙の了解ってやつですな」
案の定、昨日の試合の事が広まっていて、ユーニスはげんなりした。投げやりな気分が無くなった今だから、余計に肩が重い。
そんなユーニスをアドルファスは面白そうに見ている。
「まあ、そう気にせんで下さい。それで、なにか不便なことはありませんか? 急なことなんで、警備の穴がないか確認に来たんですが、ついでに、何か要望があれば伺っていきますんで」
「はあ……」
生返事をしつつ、ふとユーニスは思いついて、
「あの、不便は何もないのですけど、もし良かったら……どなたかに稽古をつけて貰えませんか……?」
ダメ元で言ってみた。
リオンだって、剣は止めなくていいと言っていた。せっかく王都の騎士と知り合いになれたのだ。こうなったらとことん図太くなってやろう。
ディーンがなにか言いたそうな顔をしているが、もう一度ユーニスは懇願した。
「ずっと同じ相手と稽古していると慣れてしまっていけないからと、以前は、出稽古に行って色んな騎士と立ち会ってもらっていたんです」
「ああ、そうらしいですな。熱心で結構。ふむ。……じゃあ、俺を掴まえられたら、ってことでどうです?」
言うなり、アドルファスが逃げ出した。
「え?」
離れた距離からアドルファスが叫ぶ。
「追いかけっこですよ。おっと、そこの従者の力を借りるのはなしですよ。そいつは王に呼ばれているんで。範囲はこの離れの全体で、時間は日暮れまでにしましょうか」
「ええっ?」
わはははと云いながら、アドルファスは室内へ姿を消した。
「ディーン……。ひょっとして婉曲に断られているのかしら?」
「いえ、本気なんだと思いますよ。あの方はああいう方らしいので。いい訓練になるでしょう。自分は呼ばれているらしいので行ってきます」
「あ、いってらっしゃい……」
あっさりと突き放されて怯むが、これも訓練と思えば悪くない。身体が鈍っていたところだ。
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