私とあなたの相乗効果

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慣れない場所ですぐに寝付けないかと思ったけど、驚くほどすんなり眠りにつけた。
私って案外神経が図太いんだろうか?

早朝、身支度を済ませてキッチンへ行くと既にみんな起きているらしく、家の中の明かりがあちこち点いていた。

そっか、ケーキ屋さんってパン屋さんと一緒で朝が早いって聞いたことある。

「おはよう!まだ5時よ?もっと寝てていいのに」

ダイニングテーブルで優雅にコーヒーを飲んでいたパジャマ姿の和恵さんが、朝からあり得ないくらいのテンションで挨拶してきた。

「おはようございます。私目覚まし無しでも自然とこの時間に目が醒めるので平気ですよ。皆さん何時頃に朝食とりますか?」
「そんな慌てて色々しなくてもいいわよ。コーヒー飲む?」
「ありがとうございます。じゃあ、頂きます」

コーヒーや紅茶など、お店でお客様に出しているのと同じ物をいつも飲ませて貰ってちょっと得した気分だ。この店はケーキも美味しいけどこういった飲み物も美味しい。それはどうやら和恵さんのこだわりらしい。

その後、私が朝食の準備をしている間に和恵さんが洗濯機を回して、それを干すのは私が担当した。
7時を回った頃みんな揃って朝食をとって、その片付けが済むと開店準備までの間、私はする事がなくなってしまった。
そこで私は思いついたように厨房へ向かった。

「ほのか?どうした?」

こっそり覗いていたところを裕君にあっさり見つかってしまった。

「邪魔しないようにするから、少し見ててもいい?」
「別にいいけど……賄《まかな》いの品定めか?」

店長もどうぞどうぞと手招きしてくれた。裕君は私をからかいながら厨房の隅の空いたスペースに丸イスを置いた。どうやらそこに座って見ててもいいようだ。

「違うもん……今からケーキの仕上げとかだよね?ケーキを作る工程で一番の見せ場のような気がして、見てみたくって」
「見せ場か、なるほどな。じゃあそこは特等席だな」

裕君は自慢気に笑ってから作業に戻った。
うん、その真剣な眼差しでケーキに向かう裕君含めてひとつの見せ場だね。

2人の作るケーキは色とりどりのフルーツが乗ったタルトや、粉糖でお化粧されていくチョコレートケーキなど、いつもショーケースに並ぶ姿にどんどん形が変わっていく。その中に先日裕君が作ったクッキーシュークリームの姿もあった。今日から他のケーキと一緒にショーケースに並ぶんだと思うと自然と笑みがこぼれた。


住み込みバイト生活は私の性に合っているのか、それともここの家族が気を配ってくれているのかはわからないが、驚くほどすんなり慣れた。任された家事は主に食事の準備、後片付けとお風呂場の掃除、洗濯物を干すくらいで、家の中の掃除なんかは和恵さんがリハビリも兼ねて動ける範囲でやっていた。因みにゴミ出しは裕君の担当らしい。


夜11時過ぎ、もうそろそろ寝ようと布団に入った所にメールの着信が鳴って、スマホを見たら送り主は裕君だった。深夜まで厨房で作業をしている事が多いようだけどいつもその合間を縫って必ずおやすみメールをくれている。
同じ屋根の下にいながらメールのやり取りをするのも何だか笑っちゃうけど、いざそれが届くと嬉しかったりする。


「……ん?え?」

そのメールはいつもの内容とは違っていた。
私は布団から出ると部屋の扉をそっと開けた。そこには作業着ではなく私服姿の裕君が立っていた。
最近わかったけど作業着の時は店頭に並べる商品を作って、私服にエプロンの場合は試作品作りの姿みたい。
今の姿から仕事は終わってはいるようだった。

「ノックすればいいのに」
「いや、寝てたら悪いし」

裕君は軽く笑うと「入っていい?」と首を傾げた。そんなかわいい仕草をしても全く可愛く見えない。思わずプッと吹き出してしまった。そんな雰囲気で僅かにあった警戒心は解け、私はあっさり彼を招き入れた。

「今まで仕事してた?また粉ついてるよ」

額についてた粉が目に入っていつもの様に屈んで貰おうと裕君のTシャツの裾を引っ張った。裕君の頭が下がってきたと思ったら彼の腕は私の腰を抱えてグイッと持ち上げた。

「ふあっ!?」

私を抱えたまま部屋の奥へ行くと裕君は絨毯の上に腰を下ろした。私は裕君の腿を対面で跨ぐ形で座らされ、逃さないというように腰に手を回されている。至近距離で向き合っている事で自然と目が合い、私はすぐに心拍数が上がった。

「それ寝巻き?」

上下黒のスエットを身につけている私の全身を眺めながら裕君はニコッと笑った。いつも家で愛用している着古した家着な上によく考えたら顔もスッピンだった。今更自分の姿に恥ずかしがってもどうしようもないと開き直って「まあね」と答えたが顔はちょっと赤くなっていたと思う。

「ほのかってパーソナルスペースに入れた相手に気を許しすぎだと思う」
「え?よくわかんないけど……そう?」

私はどちらかというと人見知りで、人と仲良くなるためには凄く時間がかかる。裕君やそのご両親は一緒にいる時間が多いし、相手の裏表のない笑顔ですぐに親しくなれた。自分としてはいい関係が築けたと思っていたけど、裕君が何を基準に気を許しすぎだと言っているのかがわからなかった。

もっとわかりやすく具体的に説明して貰いたくて尋ねようとしたら腰を押さえていた片方の手が、ゆっくりと服の上を滑っていき胸の膨らみを捉えた。すぐに手のひらの熱が布地を通して肌に伝わってきて息を呑んだ。胸なんて触られたら心臓がドキドキしてるのがすぐにバレてしまう。

さっきまで緩やかに微笑んでいた裕君の顔は熱い眼差しを強くぶつけてくる男の表情に変わっていた。その表情は確実に私の心を激しく掻き立てているのに何故か目線を外すことができなかった。

「……んッ!」
「下着つけてないの?」

服の上から胸の先を軽く擦られそこからじわりと心地よい痺れが広がった。

「この前の続きしようか」
「え?……あっ!……んん…」

そう言うとすぐに固くなって形を現した先っぽを指で摘むようにして私を翻弄し始めた。まるで誘っているかのように声が出てしまって私は慌てて手の甲で口を押さえた。しかし裕君にその手を掴まれ引き剥がされた。そしてそのままグイッと引き寄せられていつもより乱暴に唇が重なり早急に舌が入り込んできた。

「んん!!んッ!」

ねっとりと絡みつく舌と優しく揉みしだかれる胸とで早くも私の理性が飛ぶ直前になった。そんな状態でもう片方の胸も同時に弄られ始めてしまってもうだめだった。

気持ち、いい……。

そう思ったら一気に身体が緩み裕君に擦り寄るようにもたれかかってしまった。
自分だけに集中してしまっていたが身体が密着した事で裕君の下半身の変化に気づいた。私だけでなく彼も昂ぶっている。もしかしてこのまま最後まで進んじゃうのかもしれない、こんなに気持ちいいならそれでもいいかも。
そんな予想に反して裕君は手を止めると私の身体をふわりと抱き締めた。

「やりすぎた、ごめん」
「……これじゃあお互い生殺しじゃないの?」
「うん、でもまだダメ。ほのかは流されてるだけだから」

それは裕君の判断で私にはどう答えていいかわからなかった。裕君の事はいい人だと思うし、このまま一緒に過ごしていけば確実に好きになるだろう。裕君からの言葉を待っている自分もいるのに彼は中途半端に手を出してくるだけで私をお預け状態にしている。
いっそうのこと私から言ってしまってもいいかもと頭をよぎったが、それは行為の続きを求めるだけに思えて言えなかった。



それから数日たったある日、和恵さんから思いもよらぬ質問をされた。

「ウチはほのちゃんから見たら落ち着きがない家だと思うけど、疲れてない?大丈夫?」

何故そんな事を急に聞かれたのかが不思議で返事をするまでに少し間が空いてしまった。

「……全く疲れてませんけど、え?私疲れてるように見えるんですか?」
「ああ、違うのよ。私がほのちゃんと一緒によくお茶してるのを裕に文句言われたから、もしかしてほのちゃんが無理して付き合ってくれてるんじゃないかなって思って」

あはは、と和恵さんは大きく笑った。
その明るさにいつもつられて元気が出るんだよね。

「和恵さんと一緒にお茶するの結構好きなんですけど……。えっと逆に聞きたいんですけど、私みたいなのんびり屋が側にいてイライラしたりしません?」
「そんな風に思った事一度もないわよ。たぶんお父さんも裕もないと思うけど。ほのちゃんは自分で気にしてるの?」

黙って頷くと和恵さんはあらあらと笑った。

「そこはほのちゃんの欠点じゃなくていいところなんだからそのままでいいのよ」

『そのままでいい』

この店に来てすぐに裕君が言ってくれた言葉と同じだった。
この人達は私に、なんて嬉しい言葉ばかりくれるんだろう。


***


『来週は2日間続けて店が定休日だからどっちかでデートしない?』

夜に届いた裕君からのメールに一瞬ドキリとした。

この店の定休日は毎週火曜日で、来週は店長さんの都合で水曜もお休みすると前から聞いていた。次の火曜日は以前からご飯に行こうと誘ってくれていた同じ大学の人と約束をしてしまったので、裕君とのデートは水曜日になった。
前にこのデートの口約束した時は『デートくらい』と軽い気持ちでいたのにいざ日程が決まってしまうとそわそわしてしまう。
私の中で、あの時とは気持ちに変化が起こっている証拠かもしれない。


***


そして水曜日。
いつものように朝5時に目が覚めて部屋の外の様子を伺うと、お店は休みなのにもう既に誰かが活動している気配がした。きっと自分と同じように習慣として目が覚めてしまうんだろうな。パジャマ代わりにしているスウェットで家の中をウロウロするのも気がひけるのでとりあえず動きやすい私服に着替えた。

顔を洗おうと洗面所に向かっているとちょうどキッチンから出てきた裕君と廊下でばったり会った。

「おはよ、スッピンだ」
「まだ顔も洗ってないからそんなに見ないでっ」

裕君がいきなり顔を覗き込んできて焦った私は小走りでその場から逃げた。
この前の晩にうっかりスッピンは晒してしまったけど、そんなにオンオフ激しくはない私でもできればスッピンは見られたくない。洗顔が済んだ後、そっとダイニングを覗くと裕君が 一人でコーヒーを飲んでいたので、持っていたタオルで顔の下半分隠してから声をかけた。

「……おはよ」
「さっき言ったじゃん」
「私は言うの忘れたから。今日の……って朝の家事終わらせてからでもいい?」
「いいよ、時間は気にしないからほのかが出れるようになったら教えて」

簡単な部屋着でゆったりとコーヒーを飲む裕君の髪はまだ寝癖がついたままだった。
仕事中なら私が手を伸ばして直してるところだけど今日はお休みだしそのままでいいっか。

「ほのかも飲む?」
「……リクエストしてもいい?」
「何?アイスティー?」

アイスコーヒーも好きだが、どちらかといえば私は紅茶派だった。まだ顔にあてていたタオルとともに大きく頷いたら裕君はやっぱりな、と笑った。
10分もかけずに軽くメイクを済ませダイニングに戻るとリクエストしたアイスティーがちょうど用意されたところだった。

「ありがと、いただきます。お二人は?」
「茂さんは一回起きてきたけど二度寝しに行った。和恵さんは多分まだ寝てる」

自分の両親を名前呼びしてるのが面白くて思わず吹き出して笑った。

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