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その42
しおりを挟む時間なんてあっという間に過ぎる。エティはそう実感した。準備や打ち合わせなどもあり、“ 花嫁 ”の衣装の採寸から春祭りの前日まで、一瞬で日数間飛び越えて来てしまったような気がした。翌日の大きなイベントに、エティは気持ちを少しでも落ち着かせるため馬小屋に来ていた。やはり彼らは自分をとても癒してくれると、エティはレオやシロ、ラズを撫でて可愛がった。
「明日の朝はフォードがやってくれるって言ったから、またお願いしちゃったわ。時間に余裕があれば顔だけでも見に来るわね」
『朝早いんでしょう?無理しなくていいわよ』
『そうだよ。でもエティの “ 花嫁 ” 姿見たかったな』
「いい事教えてあげる!あのね、ドレスはその人に合わせて作った物だから貰えるんだって。だから屋敷にいる皆んなに見せるためにアネットとドレス姿のまま帰ってくるわ」
ちゃんとここにも見せに来るわね、と話していると小屋の外から低い声が届いた。
「エティそこにいるか?」
「フォード?」
「お前……知らない人が見たら馬に食われそうになってるように見えるぞ」
小屋に入ってきたクリフォードは呆れた顔でその光景を見つめた。エティはレオとシロの柵の中に入って藁の上に座っていた。エティの前には並んでレオとシロがいる。栗毛の大きなレオと、白く美しさのあるシロ。エティはこの二頭が寄り添っているのを見るのが嬉しくてたまらなかった。
「柵を作り直してくれてありがとう。クリフォードも気が効くのね」
「俺じゃなくてエティが言い出したんだ。酔ってたから覚えてないか」
「そうなの?うわぁ、あの夜の事は何一つ思い出せない……」
クリフォードはプッと吹き出すとエティの手を取った。
「少しその辺を歩かないか?」
エティは一瞬だけ怒った顔を見せ、すぐに笑って頷いた。クリフォードは指を絡ませ手を繋ぐと、月が照らして視界が効く庭に向かった。
「その服、初めて会った時に着てたわ」
「そうなのか?よく覚えてるな」
「身長差があったから、あの時服ばっかり見てた」
懐かしい、とエティが笑うとつられたようにクリフォードも微笑んだ。
「エティ、もうそろそろ屋敷の皆んなに俺たちの事知られてもいいだろう?俺はこれ以上コソコソしたくない」
クリフォードは約束をちゃんと守ってくれた。クリフォードからエティの部屋に来ることはなかったし、皆んなの前でベタベタしたりなど、公私混同は一切なかった。結果、エティが通い妻のように夜にこっそりクリフォードの寝室に行っていた。
エティはそれが別に嫌ではなかったが、クリフォードは本当は自分がエティを部屋まで迎えに行きたいと何度か不満を訴えていた。
エティはちょっと照れながらクリフォードに向かって頷いた。クリフォードはエティの細い腰を引き寄せると嬉しいとばかりに唇を啄ばんだ。エティはクリフォードの頭に手を添えると自分の顔をくすぐる金色の髪を指で掬って耳にかけた。
「髪は伸ばしてるの?」
「いや、短いと寝癖がつくから。髪にこだわりはない」
「……そう」
「はぁ、明日が憂鬱だ。お前が変な男に連れ攫われないか心配だ」
クリフォードは盛大なため息をつきながらエティを抱き締めた。エティは変な心配しすぎよ、とクリフォードの頭をポンポンと撫でた。
「エティ……お前は……」
「ん?何?」
「……いや、何でもない。明日頑張れよ」
エティの肩に顔を埋めていたためクリフォードの表情はわからなかったが、息を飲んだ様子から何かを言いたそうだったのはエティにもわかった。それが何なのかはエティは感じ取る事は出来なかったが声の硬さからあまりいい内容ではなさそうに思えた。
クリフォードの態度が気にはなったが、エティは翌日の事で頭がいっぱいだった。
迎えた翌日、エティとアネットは準備の為、早朝からドレスを仕立てた店に来ていた。もう一人の “ 花嫁 ” 役の女性も一緒に広い部屋に通された。
それぞれあつらえた白の “ 花嫁 ” のドレスは個々の魅力を最大限に引き出していた。肩と背中は多く露出され、上半身で隠れているのは胸から下の胴回りの頼りない面積だけだった。腰から下はふわりとレースたっぷりの長い丈で、動くたびに優雅に揺れる。仮縫いの段階で一度身につけたが、慣れない装いはやはりソワソワしてしまう。
「やっぱりあんたのだけ胸の部分にレースか何か足せばよかったね」
「やめてください。逆に胸が無いのを強調して恥ずかしいです」
エティだけならわからないだろうが、あとの二人と同じドレスでそこだけ違うと、間違い探しの如く目がいっていまう。女店主は「三人の綺麗な顔が引き立つように飾りの少ないシンプルなものにしたよ」と満足そうに笑った。
ドレスの着付けが終わると次は化粧と髪だ。若い娘は肌が綺麗だからと目元と唇に色を少しのせただけですぐに終わった。髪はエティの髪色は全部上げてしまうと勿体無いからと、ハーフアップにされ白い小さな花が飾られた。下ろされた毛先は緩やかなウェーブを描き、滑らかな白い背中を出し惜しみするように隠した。
アネットのハニーブロンドはアップにされ、艶めかしいうなじがより一層アネットの大人っぽさを演出した。
この姿のアネットを見たらハンクさんも気が気じゃないだろうと、エティはハンクを不憫に思った。
「頭につけるお花はどれにしますか?アネットさんの髪色ならどの花でも合いますよ」
着付けの女性に言われ、アネットはうーんと悩むと意見を求めるようにエティを見た。
「ピンクか青が良くない?」
エティが提案するとアネットはピンク、青、と再び二色で迷いだした。アネットは意外に優柔不断で悩んだ挙句最後は人に決めてもらう事が多い。しっかりしているようで可愛い面もあるアネットに似合うピンク色の花をエティは勧めた。
店を出る直前、二の腕までの長い白手袋を嵌めて準備を全て整えると三人は用意された屋根のない馬車に乗り込んだ。 “ 花嫁 ” 見たさにすでに店の外には人だかりが出来、その美しさに歓声が上がった。準備の進み具合を気にして足を運んでいたニコラスも「さすが俺が声をかけただけある」と胸を張っていた。
いやいや、頑張ったのはお店の方達だから、とつっこんで軽く挨拶を済ますと馬車が出発した。
「思ったよりゆっくり進むのね。酔わないか心配だわ」
アネットが胸に手を当て重く息を吐いた。隣に座るエティは「絶対大丈夫だから」とアネットの肩に手を置いた。そうなったら治す気満々だ。向かいに座っている女性も「緊張する」と可愛く手を頬に当てていた。
今年の “ 花嫁 ” は特別美しいと、事前に情報が出回っていたせいもあり参道には多くの人が立って馬車を待っていた。
定期的に止まり、馬車から降りて待っていた子供達にお菓子を配る。それを繰り返しながら街を一周する。
エティは所々に立っている騎士服の男性を見かけると、それがクリフォードではないのを知っているのに思わず見てしまっていた。
「ご主人様は今日どこに立つの?」
エティの様子に気づいたアネットが不意に訊ねてきた。前ほど怒ってはないが、面白くもないという表情だ。
「今日は街じゃなくて王宮にいるの。お留守番だって」
「そう。エティのその姿見られないなんて残念な人。どうせ、もっといいドレスで式を挙げようとか言われたんでしょう」
エティはアネットの拗ねた横顔に思わず聞き返した。
「式?」
「ご主人様と結婚しないの?」
「えっと、彼からはそう言った言葉はもらってないんだけど……」
「言葉がないとわからないの?屋敷に女は呼ばなくなったし、私に諦めないと言ったご主人様のあの顔を見た?どう見ても本気でしょう?エティだって好きなんでしょう?」
アネットは強い眼差しをエティに向けた。
エティを好きだと可愛がる顔とは一変、まるで姉から叱咤されているようなアネットの口調に、エティは気持ちが引き締まった。
「……ええ。死ぬほど好きよ」
「馬鹿ね、死んでどうするの」
「ふふ、そうね」
「す、素敵ですぅ~!!」
その声でエティとアネットはまだ馬車の中だというのに、二人の世界に浸っていたのに気づいた。目の前の女性が「そんなセリフ言ってみたい」と目を輝かせながらエティとアネットを見ていた。
もう一人いたの忘れてた。恥ずかしい……。
エティは真っ赤な顔を誤魔化すように外を向いた。
“ 花嫁 ” の馬車はトラブルもなく無事に街を回り終え元の店に到着した。途中休憩も挟んでゆっくり回ったのもあり、店に戻ったのは夕刻時だった。
花祭りのメインである “ 花嫁 ” の役割はもう終わった。花祭りはその後、街の中央部の広場で集まった人々でお酒を交わす。過去の “ 花嫁 ” はドレス姿のまま参加していたようだが、エティとアネットはお酒が飲めないのもあって辞退した。
ニコラスが用意してくれた小さな馬車に乗り、エティとアネットは早々と帰路についた。
「屋敷の近くを “ 花嫁 ” の馬車が通った時に道沿いに屋敷の皆んながいたわよ?この姿を見てるだろうから、このまま帰らなくても良くないかしら?」
「確かにいたけど全員じゃなかったでしょ?ハンクさんはいなかったわよ。ハンクさんに見せたくないの?」
アネットはハンクの事を恋愛対象として一度も考えた事がないのだろう。キョトンとした顔で首をかしげた。
「クリフォードとハンクさんだったらどっちがいい?」
「ご主人様は嫌だわ」
「じゃあ、料理長のジェレミーさんとハンクさんだったら?」
「ジェレミーさんは私の両親より歳上だわ」
「ニコラスとハンクさんだとしたら?」
「ハンクさんだけど……」
「じゃあドレスを見せたい相手はハンクさんで決定」
ちょっと強引に話を持って行き過ぎたかも、とエティは思ったがアネットは「なるほど」と妙に納得していた。
話をしているうちに馬車は屋敷の門の前に到着した。エティはアネットにこのまま少し待ってて欲しいと伝え、先に一人馬車から降りた。
「さて、私のメインイベントはここからだわ」
エティの緊張したその声は、誰にも拾われる事なく花の香りが漂う穏やかな春風の中に消えた。
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