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その34
しおりを挟むエティが屋敷に戻って3日ほど過ぎた頃、屋敷のお使いで街に出た。今までは歩いていたが、エティは今回からシロに乗って出る事にした。もちろん人通りの多い場所に入った時は、人々の迷惑にならないように、シロから降りて手綱を引いて道の端を歩いた。
頼まれた物を買い揃えたエティは屋敷にへの道を戻っていた。途中、見覚えのある後ろ姿を見かけ思わず声をかけた。
「ニコラス!久しぶり!元気だった?」
「……知ってる娘に似てるが、どちら様だ?」
「あ、そっか……私よ、エティ」
そうだ、ニコラスとはこの姿では初めましてだ。
彼は終始、本当にエティか?と目を見開きっぱなしだった。屋敷のメンバーでさえやっとこの姿に慣れたところなのだ。
「最近酒場の店に行ってないそうじゃないか。店の奥さんが心配してたぞ」
「わぁ、本当?近いうちに顔を出すわ」
「ところでよぉ、花嫁の件は考えてくれたか?都合が悪くなければやってくれよ。もう周りにはエティとアネットがやるかもって言っちまったし」
ニコラスは白髪の混ざった口髭を触りながら申し訳なさそうに言った。
「ええ!?仕方ないなぁ。私はまぁ、構わないけど……アネットはどうかな……。聞いてみるけど期待はしないでね」
「本当か!?良かった!いつ返事がもらえるんだ?」
「じゃあ……明日の夜、店に行くわ」
この街に来てから、すぐニコラスとは仲良くさせてもらっているのだ。面倒見の良い彼はエティ達を自分の娘のように可愛がってくれる。なんだかんだ理由をつけて結構奢ってくれてもいた。
こんな形ではあるが恩返しになればという思いもあって、エティは花嫁役を引き受けた。アネットはエティと同じがいいといつも言うので、恐らく一緒に受ける羽目になるだろう。
ニコラスと別れ、人がまばらな場所まで来たエティは、シロに乗ろうとしていた。
「ちょっとそこの、あなた」
ゆっくりな口調で落ち着いた大人の女性が後ろから声をかけてきた。
「え?私ですか?な、何か?」
「まあ……近くで見ても綺麗な方ね」
そう言った女性はエティより年齢もかなり上で、背が低く、お金のかかった格好をしていた。
明るいブラウンの髪は丁寧に巻かれていて、動くたびにクルクルとした毛先が揺れた。化粧を強めに施し、真っ赤な唇が印象的で、背筋を伸ばして姿勢も良く堂々とした雰囲気がちょっと強そうな性格を表していた。
当然、知り合いではない。もしかしてシロの尻尾が当たってしまったかと、エティが弱気になっていると女性はにっこり笑った。
「先日も見かけたわ。とても綺麗な方だから思わず声をかけてしまったの」
頬に片手をあてるその姿はとても可愛らしさを演出していた。その手が目に入り、ある物に気づいたエティは驚愕した。
……これは、この見慣れた文字と形状は……。
「どうかなさった?ねぇ、よければこの後一緒にお茶でもどうかしら?あなたとお友達になりたいのだけれど」
「……あ、いえ……仕事の途中なので今は無理です」
「あら、残念だわ。よければ名前を聞かせてもらってもいい?」
「急いでるので、失礼します!!」
エティはシロに飛び乗ると駆けてその場を立ち去った。
『エティ、どうしたの?!』
「シロ、急に走らせてごめんっ。屋敷までこのまま駆けて…っ!」
馬小屋に着いてシロから降りたエティは、力なくその場に座り込んだ。
『エティ?どうしたんだ?』
小屋にいたレオとラズが心配そうに、顔面蒼白のエティに声をかけたが、エティは座って震えたまま返事がてきなかった。
『何があった?』
『わからないわ、女の人と話をして急に……』
レオとシロの会話が耳に入らないほど、エティは意識を別にとられていた。
先ほど話しかけてきた女性、その手には僅かではあるがクリフォードと同じ、蔓状の文字が絡まっていた。
同じ……全く同じものだった……。
という事は、あの女性がフォードに呪いを依頼した人物……!!
たしかにクリフォードより歳上に見えた。やはり話に聞いた “ 娼館の歳上の女性 ” が依頼主で間違いないようだった。
エティは呪いを贈った側にも印が残るとリリアンから聞いていた。それならエティからは見つけやすいとは思っていたが、まさか相手から声をかけられるとは思ってもみなかった。エティは名前を訪ねられたのを思い出してゾッとした。
ローズが「名前と生まれ月日がわかれば、呪いなんて簡単にかけられてしまう」と言っていた。
あの女性が声をかけてきたのはきっと偶然ではない。「先日も見かけたわ」と彼女は言ったが、エティがこの姿で街をウロついたのは、クリフォードと一緒に屋敷に帰る時だけだ。
『エティ!!大丈夫か?!シロ、まだ繋がれてないだろう?誰か人を引っ張ってきてくれないか?』
『そ、そうね!』
床にへばったまま身動きできないエティは、やっとその言葉で我に返った。
「待って!大丈夫だから、少しこのまま休めば立てるから……」
気は遠くなったがこんな事で倒れるわけにはいかない。エティは大きく息を吸い、乱れた呼吸と心を整えた。
「心配かけてごめん。もう平気」
エティは無理に作った貼り付けたような笑顔で立ち上がった。レオとシロはしきりに心配していたが、エティは何も言わずにシロを柵に入れると、買ってきた荷物を持って屋敷の中へ戻った。
すぐ近い場所にあの女性がいる。
エティに声をかけたという事は、まだクリフォードに直接手をかける可能性は低い。先に狙われるのはエティだろう。とはいえ、エティは焦りを感じずにはいられなかった。
まだ自分には何も力がない……!
悔しくてエティの頬を涙がつたった。
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