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その13
しおりを挟む「やあ、エティとアネット。楽しんでいるようだね」
そう言ったリフォードの優しげな視線はエティだけに定められたままだった。どこからどう見てもクリフォードがエティに特別な感情を抱いている目つきだ。それは本人が隠そうとしていないので誰の目にも明らかだった。
何て事をしてくれたんだ、この男……!馬小屋だけでなく行きつけの酒屋にまで現れるなんて!
自分の癒し空間を荒らされた気分になったエティは遠慮なくクリフォードを睨みつけた。その痛い視線すら嬉しそうに受けるクリフォードから、ふんっと顔を逸らすとジト目で自分を見つめるアネットと目が合った。
やばい……。“怒ってる。あれは確実に怒ってる……!
クリフォードの態度のせいで、“ 何もなかった ”とアネットに嘘をついたのがバレてしまった。その場からすぐにでも逃げ出したい衝動を何とか抑え、手元のお酒に口をつけた。クリフォードは機嫌が良さそうに口元を緩めたままカウンター席に着くと店主のオヤジさんと何やら話し始めたようだ。
王宮帰りなのかクリフォードの服装は騎士服で、混雑し始めた店の中、周りからかなり浮いていた。騎士服が引き立てて整った顔はより端正に演出されているが、恐らく騎士服でなくてもその容姿では結局目立っていただろう。クリフォードは店内にいる女性だけでなく男性からも、まるで芸術品を眺めるような視線を集めていた。
「お前さん達に “花嫁 ”に出てもらうならあの綺麗な旦那様にも許可をもらった方がいいのか?何なら今、俺が声かけておくが……」
「「出ないってば!」」
エティとアネットの声が綺麗に重なった。ニコラスは「まぁ、そんな事言わず考えといてくれよ」と、ガハハを大口て笑い飛ばした。
「エティ……。帰ったらたーっぷり話があるから」
「は、はい……」
お酒を飲んでもいないのに据わった目で自分を見てくるアネットに、ここは素直に返事をするしかないとエティは上目遣いで頷いた。後でアレコレ問い詰められるであろうが、できるだけ真実は隠し通したい。適当に答えを用意しておこうと考えを巡らせているとエティの耳に聞き慣れた声が届いた。
「……ちょっと、外に出てくる」
「エティ?」
「すぐに戻るから!」
もう!と不満そうに眉を釣り上げるアネットと酒を飲み進めているニコラスを残して、エティは長い紫銀の髪と長めのスカートを揺らしながら小走りで店を出た。店の扉を出てキョロキョロを辺りを見回すと少し離れた暗闇の中、店の窓から漏れた灯りに照らされる巨体がみえた。
「レオっ!」
『あっ、エティ!ぐえっ!』
エティの姿が見えて喜んだレオは近くの木に繋がれているのを忘れて、エティの元まで駆け寄ろうとした結果、ロープがおもいっきり顔に食い込んだ。
痛いのと自分の情けなさにプライドの高いレオはその大きな巨体をプルプルさせた。
「だっ、大丈夫?」
『……平気だよ。無様な姿を晒してしまった。恥ずかしい』
「レオはいつでも素敵よ」
『……エティ』
会話だけ聞いているとまるで恋人同士のようだが実際は子供のような魔女と馬だ。
エティはレオがロープで怪我をしていないか確認した後「大丈夫そうね、良かった」と、少しでも早く痛みが引くように優しく顔を撫でた。
「突然クリフォードが店に入って来たから驚いたわ。レオも一緒だったのね。もっと早く呼んでくれたら良かったのに。今朝は馬小屋にいたのに午後にはいなかったわよね。いつの間に連れられて行ったの?」
『午前中だよ。今日は騎乗での剣の訓練があったからね。いつもなら朝イチからボクを連れて行くのに、クリフォード様は誰かの事で頭がいっぱいみたいでうっかり忘れてたようだよ。一度王宮へ出向いた後で戻って来たよ』
「へ……へぇ。……剣の訓練って?レオに乗ったままするの?そんなのレオが危ないじゃない」
『ボクは最初から戦闘馬だよ。それにああ見えてクリフォード様は剣の腕は確かだから』
「ふーん」
ああ見えて、ってレオの目にもクリフォードの女性関係の悪さがわかってるんだわ……。でも騎士としては信用して身を預けてるのね。
『エティ、午後の分のキスをくれるかい?』
「ああ、キス?いいわよ」
顔を屈めたレオの頬にエティがキスをした……つもりだったが、お酒で少し熱を持ったエティの唇が触れたのは、いつもの毛並みではなかった。
「ん?何これ」
「俺の手だ」
「クリフォード!!」
呼び捨てで叫んでしまい、エティは慌てて手で口を塞いだ。最近、頭の中やレオの前では呼び捨てにしていたため自然と口から出てしまった。
いつの間に居たのかクリフォードはエティのすぐ後ろに立って、レオとエティの間に手を差し込んでキスを阻止していた。そしてそのまま掌でエティの頬を包むと嬉しそうに言った。
「エティになら呼び捨てにされても構わないが、そうだな……フォードの方がいいな」
「ちょっ……、さりげなく腰を抱き寄せないで貰えます? えっ、やだ、降ろしてっ!」
「お前、本当軽いな。エティ、今夜はこのまま一緒に帰ろう。レオ、エティも乗せていいだろ?」
エティは強引に横抱きにされ、キスを邪魔されて不貞腐《ふてくさ》れているレオの背中にヒョイと乗せられた。レオは普通の馬より身体が大きく背も高い。夜で周りが暗く景色が見えなくても、レオの背の上では目線がかなり高いのが感じられた。逞しいレオの身体はどっしりと構えていてエティが今まで乗ったどの馬よりも乗り心地がよく、想像以上に素晴らしいものだった。
「凄い……。レオってやっぱり大きいのね」
「乗るのにも慣れてるんだな。手綱握るか?」
「 う、うん。レオいい?」
『クリフォード様が許したのならいいよ』
エティが嬉しそうに自分に跨っている事で、レオはすぐに機嫌が直った。自分を好きだ好きだと言ってくれているエティがせっかく喜んで乗っているのだ。だからレオは敢えて指摘をしなかった。あれだけ無視し続け、口もきかなかったクリフォードに支えて貰いながらエティはレオに乗っているんだと。
今は夢にまで見たレオの手綱を握れてエティは大事な事を忘れていた。
レオに揺られて暫くしてから、エティは急にその大事な事を思い出し、青ざめながら後ろから自分を包むように乗っているクリフォードに言った。
「や、ヤバイ……。私戻ります!アネットを置いてきちゃった!」
「大丈夫だ。店主には代金も渡しておいたし、アネット嬢は後でハンクに迎えに来させる」
「だめよ、アネットに怒られる……!レオ止まって!」
あんなに怒っていたのに、クリフォードと一緒に帰ったと知ったら更にアネットは機嫌を損ねるだろう。
エティは焦ってレオから降りようとしたがクリフォードの腕は解かれず、さらにレオに止まらないよう指示したためレオは『ごめん、クリフォード様の命令は絶対だから』と申し訳なさそうに謝った。
なんだかんだでもう屋敷の近くまで来てしまった。エティが諦めたように重い溜息を吐くと、後ろから腰を支えていたクリフォードが機嫌をとるように話しかけてきた。
「エティはよくレオに話しかけているが、本当にレオが好きなんだな。乗り心地はどうだ?」
「……ふわふわする……」
「ふわふわ?」
……どうしたんだろう?さっきからレオの歩く振動がなんだか妙に心地いい。
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