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アベル小話1
しおりを挟むローズと楽しいお茶のひと時を過ごしたアベルは、地に足がつかないくらい気分が良くなっていた。城に来るのは久しぶりだから知り合いの顔でも見て行きましょ、と楽しい気分のまま一人で独身騎士寮へ向かった。さっそく知人の騎士を見つけ、ズカズカと部屋に上がり込んだ。線の細い自分とは違って、目の前の知人は筋肉が自慢のガタイの良い男だ。一人部屋でそれなりに広い筈だが住人のせいで狭く感じる。
「さっきまで城内にいたんだろ?噂の姫君達は見てきたか?」
「噂の姫君達?」
「あれ?噂知らないか?一人は少し前にアベルがダンス指導したっていう美人だよ。確かローズだっけ?」
ローズなら今さっき会ってきたばかりだ。舞踏会がきっかけで仲良くなったとはこの筋肉騎士にはまだ教えてない。みんなに自慢したいが、なんだかもったいなくて言えない。
「ローズがどうかしたの?」
「恋人って噂があったけど、実は愛人らしいぜ。なんでもレジナルド様の本命は別にいるんだってよ」
「あ、愛人……!?ローズが!?」
そんな筈ない。さっきこの目で二人を見たが、恋人を超えて長年寄り添った夫婦みたいだった。ローズをあれだけ心配していたレジナルドが他に女を作るなんて考えられない。しかし噂が出回るという事はそれなりに理由がある。
「本命ってどこの誰?」
思わず声が低くなった。筋肉騎士はちょっと怯んでから、口に手を添えて囁くように答えた。そんなコソコソしなくても他に誰もいない。
「薬室にいるライアンって子だよ。歳は同じくらいだけど、聞くところによるとすげえ天才らしいぜ」
「……ライアン?男じゃないの!!」
「ここんとこずっとレジナルド様の寝室に入り浸りらしいぞ。たまに入れ替わりでローズも通ってるってメイドが言ってた。レジナルド様両方いけるんだ。すげーよな」
アベルは怒りでプルプル震えていた。さっきまでのご機嫌な時間が全て台無しだ。アベルは自分が帰る際にローズが「まっすぐ帰ってね」と意味不明な言葉をかけてきたのを思い出した。きっとこの噂を耳に入れて欲しくなかったのだ。
アベルはハッと顔色を変えた。
同じベッドで寝てもレジナルドは手を出してこないとローズは嘆いていた。まさか、性欲対象はすっかりライアンになっているということか……!
「許せないわ……!レジナルド最低よ!そのライアンも気に入らないわ!ローズとレジナルドはもともと恋人って噂だったのに、そこに割り込んだってことでしょう!?」
「でもローズはレジナルド様と別れてカルロスとできてるって話もあっただろ?舞踏会だってカルロスがエスコートしてたし、その間にライアンとくっついたんじゃないか?」
「う……」
ぐうの音も出ない。確かにローズはカルロスにふらふらしてたけど……。
「何だかスッキリしないわ。そのライアンとやらの顔を見てくる!」
「おっ、おい!あくまで噂だからな!余計なこと言って揉めるなよ!」
筋肉騎士が焦ってアデルを鎮めようとしたが無駄に終わり、頭から湯気が出そうなほど血が上った状態でアデルは薬室に向かった。
「ライアンっている!?」
勢い良く扉を開けると、中にいた人達が一斉にこちらを向いた。白い服を着た男は五人いる。どれだ?!
「あの……」
「あんたがライアン?」
「ちっ、違います。ライアンは用事があるとかで今いません。でも午後からは来るって……あ」
「あ?」
目の前の若くてひょろっとした男がアベルの背後を凝視した。
アベルはその視線を追うように振り返った。
扉から背の低い少年が入って来たところだ。城に近い街の人はこの薬室を利用する。アベルは患者かと思い、さっき話していたひょろ男に視線を戻した。
「あの、その……」
アベルの態度がよっぽど怖いのか、ひょろ男は手を震わせながらアベルの後方を指差した。人差し指を向けられた少年は、アベルの近くに来るとキョトンとした顔で見上げた。
「え?あれ?何でここに……?」
「まさか、あんたがライアン?」
アベルがすごむと少年の顔がさあっと青くなった。こいつだ。
「こ、声が……違う。どうして怒って……。まさか噂を聞いちゃったの?」
冷静さを欠いているから声はずっと低いままだ。ライアンはザリザリと後ずさると壁にへばりつき震えだした。
こんな弱々しい子供みたいな男がローズの恋敵!?レジナルドはこんな奴のどこが気に入ったの!?
「ちょっとおねーさんあんたと話がしたいんだけど」
「は、話?」
ライアンはチラリと他の薬室の男を伺った。男達はみんな揃って首を横に振っている。中には「逃げろ」とコソッと言ってる奴がいるが出口に近いのはアベルの方だ。
「……穏便に済みます?」
「あんた次第ね」
ニッコリ笑ってやったのに、ライアンは目をウルウル潤ませて小動物のように小さくなった。
「提案ですけど、十日後にしません?」
「いいえ、今すぐよ。みなさんお騒がせしました。ライアンをちょっと借りていきますね」
アベルは座り込んでいたライアンをヒョイと脇に抱えると早足で薬室を去った。
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うわー
色々勘違いか積み重なってるんだとは思いますが最低男ですね
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mainoirさん
コメントありがとうございます!
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今後もよろしくお願いします( ^ω^ )♪