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45 ヒロイン不在
しおりを挟む移転魔法で追いついて止める?
ああ、それじゃあダメ!ライアンでもローズでも急に現れたら不自然すぎて、なんだか辻褄が合わない。でも何とかして二人を止めないと……!
ライアンは救急用具の袋を掴むと街の中に駆け出した。
「……いた!!」
ライアンはローズの家から少し離れた宿に着くと、裏庭に繋いである馬を見つけた。五頭ほどいる馬の中で、とても手入れされていて毛艶の良い茶色の雄の馬。
「君はサイラス王子の部下の馬でしょう?まだこの街を彷徨いていたのは知ってたのよ。悪いけど私を乗せて行って!」
ライアンは、
『馬を借りました。必ずお返します。薬師ライアン』
と馬鹿正直に名前まで入れた手紙を、馬がいた場所に残した。そしてひらりと馬に跨ると首をひと撫でし、胴を蹴った。
サイラスのいる隣の国とはほぼ平地で繋がっており、道も綺麗に整備されている。国境は見渡しのよい草原を通るが、森や林などの日の光を遮断するような箇所はない。
ライアンは馬を休ませずに走らせたが、先方にレジナルドとカルロスの姿を確認できなかった。おそらく彼等も休まずに進んでいるのだろう。
日は既に高く、出発して半日が過ぎようとしていた。早ければ二人は、サイラス王子のいる城に着いている頃だ。馬ごと移転魔法で追いつこうとしたが、道中見通しがよい場所が多く、移動する瞬間を見つかってしまう可能性かあった。ライアンは仕方なくひたすら馬を走らせた。
やがて高台にそびえる大きな城が近づいて、ライアンは緊張で手が震えてきた。ローズが居留守をしたせいで、レジナルドとカルロスが勘違いをしてこんな所まで来てしまった。何としても穏便に事を収め、二人には無事に国に帰ってもらわないと困る。
城の門に着くとライアンは馬から降りて中の様子を伺うように視線を巡らせた。門の両端に立っている強面の大男な門番が高い位置からジロリと睨んだ。
「何か用事が?」
「はい。レジナルド様が来ているはずなんですが、中にいますか?」
大男の眉がピクリと片方上がった。ライアンに一歩近づくと地響きしそうな低い声で凄んだ。
「おまえは?」
「レジナルド様のところの薬師のライアンと申します。ここに来る途中ではぐれてしまったんですけど、レジナルド様が中にいるなら入れてもらえます……?」
踏み潰されるかと思うくらい相手が大きく見える。背が高いだけでなく肩幅や胸板が大きい男性。さすが城の入り口を護っている番人だ。ただ立っているたけで沸き立つ迫力は、人懐っこい猫がいたとしても寄って来なさそうだ。
どこにでもいるような影の薄い小柄なライアンではなく、こういった男の部分が全面に出たような大男の姿に変身しておけば、男性から誘われずに済んだのに……とライアンが考えている間に他の門番が確認を取り、ライアンは何とか城の中へ立ち入りが許可された。
客間に案内され、レジナルドとカルロスの姿を見た途端ライアンは二人のもとへ駆け寄った。レジナルドはソファーに腰掛け、カルロスはその傍らでいつものように姿勢よく立っている。まだサイラス王子の姿はない。
「よかった!お二人ともご無事で!!」
「ライアン。おまえどうしてついてきたりしたんだ」
「すみません。どうしても心配で……」
レジナルドに呆れた顔を向けられ、ライアンはシュンと小さくなった。気を取り直し、上手く嘘でもついて二人を帰らせようと口を開きかけたその時、その男はとうとう来てしまった。扉から入って来るなり不敵に笑みを浮かべた。
「約束はなかったはずだが、どうかなさったんですか?」
サイラス王子は挨拶の握手を済ませるとレジナルドの向かい側に腰を下ろして脚を組んだ。レジナルドはソファーに浅く座ると、膝に肘をつき軽く手を組んだ。
「突然の訪問で申し訳ないです。お時間を作っていただき感謝致します」
レジナルドは感じよく挨拶すると早速本題に入った。ライアンはカルロスの横でハラハラと状況を見守ることになってしまった。
「人を捜しているんですが、こちらにいるのではないかと思いまして。彼女は最近人気者で、あちこちからお誘いを受けてどこか出かけたままのようです」
「女性か?レジナルド殿が自ら捜すとはどなたですか?」
「サイラス王子もよくご存知のはずです。積極的に求婚されていたでしょう?」
「ローズ姫のことでしたか。どうして姫を?」
「……姫?」
レジナルドは聞き間違いかと軽く首を傾げた。その後ろでライアンは恥ずかしさで顔を赤く染め、ワナワナと震えていた。
「彼女は私の知ってる女性の中で一番美しい。だから私にとってたった一人の姫だ」
ローズの顔を思い浮かべたのか、サイラス王子は空中を眺めながらうっとりした表情で語った。
ベッドで睦言として直接女性に囁くならまだしも、男性の客人に恥ずかしげもなく胸の内を披露したサイラス王子を、レジナルドとカルロスはほんの少しだけ尊敬した。
舞踏会で迫られた記憶がよみがえり、ライアン姿のローズは肌が粟立ち、腕をさすった。ライアンの心の中は何気に忙しかった。
「……姫、ね…。で、その姫はこちらに遊びに来ていたりします?もし滞在しているようなら、私が国に帰るついでに連れて帰ろうと思いまして」
レジナルドの言葉にサイラスは不快を見せた。僅かに眉を寄せ、意味深に無言になった。
ローズは確実にいないのだから、一言『いない』と言えばそれで終わるのに、どうしてそこで黙るんだ、とライアンは苛立った。
「……どうしてレジナルド殿が姫をそんなに気にするんですか?あなたにはうちのイザベルがいるでしょう?」
「その話はお断りしたはずです」
「えっ」
ライアンは思わず声を漏らしていた。みんなの視線が一瞬ライアンに集まったが、口を覆うように手をあて、謝るように頭を下げると会話は再開された。
「イザベルは乗り気だったのに、何がいけなかった?」
「今日はその話をしに来たわけではありません。ですが、最初の質問と答えは同じなのでそれでご理解下さい。私は昔から妻にするのはこの人だと決めていた女性がいます。だから所在が掴めなければ捜し出し、安心できる場所まで連れて行きたいんです」
「なるほど。安心できるというのは、君がか?それとも姫にとってか?」
「両方です」
ソファーの背にべったりを身体を預け、射抜くようにレジナルドを見ていたサイラス王子は急にふっと笑った。
「残念だか、見当違いだよ。姫はここにはいない」
「悪いですが、舞踏会でのあなたの態度を考えると信じることができません」
「連れてこようと考えていたのは認める。しかしこちらも、ある日を境に姫を見失ってしまってね。手が出せなくなった始末だよ。だが、私もまだ諦めたわけじゃないから注意することだな」
警告ともとれる発言にレジナルドは拳を強く握り締めた。
サイラス王子に『いない』と言われてしまい、城の中を捜しまわるわけにもいかず、レジナルドとカルロスは納得できないまま城を去ることになった。
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