上 下
44 / 69

45 ヒロイン不在

しおりを挟む



移転魔法で追いついて止める?
ああ、それじゃあダメ!ライアンでもローズでも急に現れたら不自然すぎて、なんだか辻褄が合わない。でも何とかして二人を止めないと……!

ライアンは救急用具の袋を掴むと街の中に駆け出した。


「……いた!!」


ライアンはローズの家から少し離れた宿に着くと、裏庭に繋いである馬を見つけた。五頭ほどいる馬の中で、とても手入れされていて毛艶の良い茶色の雄の馬。


「君はサイラス王子の部下の馬でしょう?まだこの街を彷徨うろついていたのは知ってたのよ。悪いけど私を乗せて行って!」


ライアンは、

『馬を借りました。必ずお返します。薬師ライアン』

と馬鹿正直に名前まで入れた手紙を、馬がいた場所に残した。そしてひらりと馬に跨ると首をひと撫でし、胴を蹴った。



サイラスのいる隣の国とはほぼ平地で繋がっており、道も綺麗に整備されている。国境は見渡しのよい草原を通るが、森や林などの日の光を遮断するような箇所はない。
ライアンは馬を休ませずに走らせたが、先方にレジナルドとカルロスの姿を確認できなかった。おそらく彼等も休まずに進んでいるのだろう。

日は既に高く、出発して半日が過ぎようとしていた。早ければ二人は、サイラス王子のいる城に着いている頃だ。馬ごと移転魔法で追いつこうとしたが、道中見通しがよい場所が多く、移動する瞬間を見つかってしまう可能性かあった。ライアンは仕方なくひたすら馬を走らせた。


やがて高台にそびえる大きな城が近づいて、ライアンは緊張で手が震えてきた。ローズが居留守をしたせいで、レジナルドとカルロスが勘違いをしてこんな所まで来てしまった。何としても穏便に事を収め、二人には無事に国に帰ってもらわないと困る。


城の門に着くとライアンは馬から降りて中の様子を伺うように視線を巡らせた。門の両端に立っている強面の大男な門番が高い位置からジロリと睨んだ。


「何か用事が?」

「はい。レジナルド様が来ているはずなんですが、中にいますか?」


大男の眉がピクリと片方上がった。ライアンに一歩近づくと地響きしそうな低い声で凄んだ。


「おまえは?」

「レジナルド様のところの薬師のライアンと申します。ここに来る途中ではぐれてしまったんですけど、レジナルド様が中にいるなら入れてもらえます……?」


踏み潰されるかと思うくらい相手が大きく見える。背が高いだけでなく肩幅や胸板が大きい男性。さすが城の入り口を護っている番人だ。ただ立っているたけで沸き立つ迫力は、人懐っこい猫がいたとしても寄って来なさそうだ。

どこにでもいるような影の薄い小柄なライアンではなく、こういった男の部分が全面に出たような大男の姿に変身しておけば、男性から誘われずに済んだのに……とライアンが考えている間に他の門番が確認を取り、ライアンは何とか城の中へ立ち入りが許可された。


客間に案内され、レジナルドとカルロスの姿を見た途端ライアンは二人のもとへ駆け寄った。レジナルドはソファーに腰掛け、カルロスはその傍らでいつものように姿勢よく立っている。まだサイラス王子の姿はない。


「よかった!お二人ともご無事で!!」

「ライアン。おまえどうしてついてきたりしたんだ」

「すみません。どうしても心配で……」


レジナルドに呆れた顔を向けられ、ライアンはシュンと小さくなった。気を取り直し、上手く嘘でもついて二人を帰らせようと口を開きかけたその時、その男はとうとう来てしまった。扉から入って来るなり不敵に笑みを浮かべた。


「約束はなかったはずだが、どうかなさったんですか?」


サイラス王子は挨拶の握手を済ませるとレジナルドの向かい側に腰を下ろして脚を組んだ。レジナルドはソファーに浅く座ると、膝に肘をつき軽く手を組んだ。


「突然の訪問で申し訳ないです。お時間を作っていただき感謝致します」


レジナルドは感じよく挨拶すると早速本題に入った。ライアンはカルロスの横でハラハラと状況を見守ることになってしまった。


「人を捜しているんですが、こちらにいるのではないかと思いまして。彼女は最近人気者で、あちこちからお誘いを受けてどこか出かけたままのようです」

「女性か?レジナルド殿が自ら捜すとはどなたですか?」

「サイラス王子もよくご存知のはずです。積極的に求婚されていたでしょう?」

「ローズ姫のことでしたか。どうして姫を?」

「……姫?」


レジナルドは聞き間違いかと軽く首を傾げた。その後ろでライアンは恥ずかしさで顔を赤く染め、ワナワナと震えていた。


「彼女は私の知ってる女性の中で一番美しい。だから私にとってたった一人の姫だ」


ローズの顔を思い浮かべたのか、サイラス王子は空中を眺めながらうっとりした表情で語った。
ベッドで睦言として直接女性に囁くならまだしも、男性の客人に恥ずかしげもなく胸の内を披露したサイラス王子を、レジナルドとカルロスはほんの少しだけ尊敬した。

舞踏会で迫られた記憶がよみがえり、ライアン姿のローズは肌が粟立ち、腕をさすった。ライアンの心の中は何気に忙しかった。

「……姫、ね…。で、その姫はこちらに遊びに来ていたりします?もし滞在しているようなら、私が国に帰るついでに連れて帰ろうと思いまして」


レジナルドの言葉にサイラスは不快を見せた。僅かに眉を寄せ、意味深に無言になった。

ローズは確実にいないのだから、一言『いない』と言えばそれで終わるのに、どうしてそこで黙るんだ、とライアンは苛立った。


「……どうしてレジナルド殿が姫をそんなに気にするんですか?あなたにはうちのイザベルがいるでしょう?」

「その話はお断りしたはずです」

「えっ」


ライアンは思わず声を漏らしていた。みんなの視線が一瞬ライアンに集まったが、口を覆うように手をあて、謝るように頭を下げると会話は再開された。


「イザベルは乗り気だったのに、何がいけなかった?」

「今日はその話をしに来たわけではありません。ですが、最初の質問と答えは同じなのでそれでご理解下さい。私は昔から妻にするのはこの人だと決めていた女性がいます。だから所在が掴めなければ捜し出し、安心できる場所まで連れて行きたいんです」


「なるほど。安心できるというのは、君がか?それとも姫にとってか?」

「両方です」


ソファーの背にべったりを身体を預け、射抜くようにレジナルドを見ていたサイラス王子は急にふっと笑った。


「残念だか、見当違いだよ。姫はここにはいない」

「悪いですが、舞踏会でのあなたの態度を考えると信じることができません」

「連れてこようと考えていたのは認める。しかしこちらも、ある日を境に姫を見失ってしまってね。手が出せなくなった始末だよ。だが、私もまだ諦めたわけじゃないから注意することだな」


警告ともとれる発言にレジナルドは拳を強く握り締めた。
サイラス王子に『いない』と言われてしまい、城の中を捜しまわるわけにもいかず、レジナルドとカルロスは納得できないまま城を去ることになった。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

大好きな幼馴染と結婚した夜

clayclay
恋愛
架空の国、アーケディア国でのお話。幼馴染との初めての夜。 前作の両親から生まれたエイミーと、その幼馴染のお話です。

婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?

うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。 濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!

公爵夫人は国王陛下の愛妾を目指す

友鳥ことり
恋愛
カルサティ侯爵令嬢ベルティーユ・ガスタルディは、ラルジュ王国の若き国王アントワーヌ五世の王妃候補として有力視されていた。 ところが、アントワーヌ五世はロザージュ王国の王女と政略結婚することになる。 王妃になる道を閉ざされたベルは、王の愛妾を目指すことを決意を固めた。 ラルジュ王国では王の愛妾は既婚者であることが暗黙の了解となっているため、兄の親友であるダンビエール公爵オリヴィエール・デュフィの求婚に応え、公爵夫人になって王宮に上がる計画を立てる。 一方、以前からベルに執心していたオリヴィエールは半年の婚約期間を経て無事結婚すると、将来愛妾になるための稽古だと言いくるめて夫婦の親密さを深めようとして――。 国王の愛妾を目指すために公爵と結婚した令嬢と、彼女を溺愛する公爵の微妙にちぐはぐな新婚生活の物語。

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~

二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。 彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。 そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。 幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。 そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?

処理中です...