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第3章 親友の苦悩
乙女の選択
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翔子は迷っていた。昨日から悩んだり迷ったりと色々大変ではあるが、とりあえず今は迷っていた。
今日は夢で悪魔と出会った翌朝だ。信じられないながらも、朝一番に例の裏庭に来てみると、なんと紅い華と蒼い華が咲いていた。
あまり気を配って見てはいなかったが、こんな場所に昨日までこんな華は咲いていなかったように思う……
咲いているのは紅い華が1本と蒼い華が2本だ。悪魔の言うとおりだった。
蒼い華が2本あるという事は、まだ蒼い華の先約というのが来ていないのだろう。
翔子が悪魔と約束をしたのはもちろん蒼い華だが、悪魔は紅い華を持って行ってもいいようなことを暗に言っていた。
翔子自身は田上が自分に蒼い華の蜜を飲ませようとしていることを知らない。
つまり翔子は、紅い華の蜜を田上に飲ませれば田上と自分は相思相愛になれると信じていた。
しかし根が真面目な翔子は悪魔の言いなりになり、つくられた偽りの愛を田上と育むのに抵抗を感じていた……しかし、だからと言って蒼い華で無理やり自分の恋心を押さえつけるのにも妙な罪悪感をもっている。
10分程そうして考えあぐねていただろうか?無意味な時間を過ごしていると授業のベルが鳴り出した。翔子は結局、その場では決心がつかず出直すことにした。
一方、昨夜の夢のことを思い出しながら田上が大学の校内を移動していると、異様な程に暗い顔をした室町を発見した。
「どうしたんだ!?室町。元気無いね。昨日のコンパのあと何かあったの?」
田上が明るい調子で声をかけると、室町はビクッと肩を震わせ、おずおずと田上の方を振り向いた。
「よお、田上。おはよう。別に俺は元気だよ」
「そう?俺の気のせいだった?」
室町は早々に話を切り上げてこの場を立ち去ろうかとも考えたが、それはそれで怪しいのでいつも通り振舞うことにした。
「そっちこそどう?昨日のコンパでなんか収穫あった?」
室町は無理に明るく田上に質問を投げてみる。
「うん?ああ、一番右に座っていたショートの子とメアドは交換したよ。そっちは?」
「こっちは収穫ゼロ。行かなきゃ良かったよ」
室町がお茶らけてそう言うと、田上は楽しそうに笑った。
普段通りにお喋りをしているように見える田上も実のところ会話は上の空で、昨日の悪魔のことを考えていた。
普段の室町であれば親友のそうした態度の違いを見抜いていただろうが、田上の目をまともに見ることも出来ない今の室町に田上の変化を見抜くことは出来なかった。
「俺ちょっとテニスサークルの部屋によってから教室に行くもんで……」
田上は室町との会話の途中、平静を装ってそう言った。室町は室町でテニスサークルという言葉に過剰に反応したが、何事も無かったかのように了解の旨を田上に伝え、先に教室に行くことにした。
田上は裏庭に向かう途中、何度と無く翔子のことを考えていた。
初めて会ったのは翔子が田上の所属するテニスサークルに入ってきた時だ。
テニス初心者という翔子にテニスの基礎と楽しさを一生懸命教えようと田上は頑張った。
田上はテニスが好きだった。ほとんどのスポーツをこよなく愛す田上だったが、ことのほかテニスは大好きで、根が単純な田上は自分の好きなものを他の人にも好きになって欲しいと純粋に願った。
もちろん翔子に対して変な気持ちは無かったのだが……
高校生の時から「象が踏んでも気付かない」と馬鹿にされる程いろんなことに鈍感な田上は最初、翔子の気持ちに全く気付かなかった。
ある日いきなりサークルの仲間から「田上、お前、石原とはどうなってんの?」と聞かれたが、象が踏んでも気付かない男は質問の意味が全く理解出来なかった。
しかしやがて翔子の周りの友達が気にする。田上の周りの仲間も心配する。
さすがに象が踏んでも気付かない男も翔子の気持ちに気付かずにはいられなかった。
田上は真剣に悩んだ。どうすればいいんだろうと。
実は田上は自分のことを普通とは少し違うんではないだろうかと思っている。
自分は人を愛する事が出来ないんでは無いだろうかと真剣に悩んでいた。理由は無い。
ただなんとなくである。
実は室町も知らないことであるが、田上は高校生の時に一度だけ女の子と付き合ったことがある。
意外に流されるタイプでもある田上は女の子の強引さに耐え切れず、言われるがままにその子と付き合ったのだ……
その間は何かと不自由な気持ちになり、田上にとってはつらいだけであった。
結局3ヶ月で別れてしまったのだ……断る時がまた大変であった。田上は優しい性格なので、女の子になかなか別れ話を切り出せない。
さらには別れ話をされたら相手がどれだけ傷つくだろう?どれだけ悲しむだろうと、田上の方がつらくせつない気持ちになってしまった。
しかし、このまま好きでも無いのに付き合う方が相手に失礼だ!と馬鹿正直に考えた田上は全身全霊の力を振り絞って相手に別れを告げた。
薄々とそうなることを感づいていた相手は、田上が拍子抜けするほど簡単に引き下がった。
しかし田上にとっては一世一代の行為であったので、疲れて丸一日寝込んでしまった覚えがある。
田上にとっては苦い過去だ。
なかなか心の底から人を好きになれない田上は、映画やドラマで起こる様な大恋愛に多大な憧れを持つようになる。
室町に言わせれば、現実にはなかなか無いからこそドラマになり、映画になり、みんなが憧れる。しかし、実際にあんな泣くわ喚くわの大恋愛が身のまわりで起こるとそれはそれで大変だ。身近な現実に目を向けようぜ!と言うことになる。
室町と別れて数分も歩くと田上は目的の場所に着いた。
裏庭に着くと確かにあった!1本の紅い華と2本の蒼い華である。
田上も夢の話を信じない訳にはいかず、これが石原の為にもなると思い、お目当ての華を1本引き抜きカバンにしまうと、そそくさと室町の待つ教室へと向かった。
時も進み、日も傾いてきた頃……石原翔子はまだ迷っていた。なかなか決心のつかない人である……こうやって苦しんでいるだけでもかなり悪魔の術中にはまっていると言えるだろう。
しかしやっとの思いで心を決めた。そして再び例の花壇にやってきた翔子は少し目を疑った。
「なぜ?」
朝と比べて、華が1本減っているのである。朝は確かに3本あったのに……
訝しがる翔子だったが、例の「先約」が一本持って帰ったのだろうと思い直した。
ひとつため息をつくと、翔子はよく考えた末に決心した色の花を持って帰った。
翔子が持って帰った花はどちらの色の花か?
翔子は悪魔の誘いに乗ってしまったのだろうか?
翌日、来るであろう室町の目の前には、紅い華が残っているのだろうか?それとも蒼い華が残っているのだろうか?
今日は夢で悪魔と出会った翌朝だ。信じられないながらも、朝一番に例の裏庭に来てみると、なんと紅い華と蒼い華が咲いていた。
あまり気を配って見てはいなかったが、こんな場所に昨日までこんな華は咲いていなかったように思う……
咲いているのは紅い華が1本と蒼い華が2本だ。悪魔の言うとおりだった。
蒼い華が2本あるという事は、まだ蒼い華の先約というのが来ていないのだろう。
翔子が悪魔と約束をしたのはもちろん蒼い華だが、悪魔は紅い華を持って行ってもいいようなことを暗に言っていた。
翔子自身は田上が自分に蒼い華の蜜を飲ませようとしていることを知らない。
つまり翔子は、紅い華の蜜を田上に飲ませれば田上と自分は相思相愛になれると信じていた。
しかし根が真面目な翔子は悪魔の言いなりになり、つくられた偽りの愛を田上と育むのに抵抗を感じていた……しかし、だからと言って蒼い華で無理やり自分の恋心を押さえつけるのにも妙な罪悪感をもっている。
10分程そうして考えあぐねていただろうか?無意味な時間を過ごしていると授業のベルが鳴り出した。翔子は結局、その場では決心がつかず出直すことにした。
一方、昨夜の夢のことを思い出しながら田上が大学の校内を移動していると、異様な程に暗い顔をした室町を発見した。
「どうしたんだ!?室町。元気無いね。昨日のコンパのあと何かあったの?」
田上が明るい調子で声をかけると、室町はビクッと肩を震わせ、おずおずと田上の方を振り向いた。
「よお、田上。おはよう。別に俺は元気だよ」
「そう?俺の気のせいだった?」
室町は早々に話を切り上げてこの場を立ち去ろうかとも考えたが、それはそれで怪しいのでいつも通り振舞うことにした。
「そっちこそどう?昨日のコンパでなんか収穫あった?」
室町は無理に明るく田上に質問を投げてみる。
「うん?ああ、一番右に座っていたショートの子とメアドは交換したよ。そっちは?」
「こっちは収穫ゼロ。行かなきゃ良かったよ」
室町がお茶らけてそう言うと、田上は楽しそうに笑った。
普段通りにお喋りをしているように見える田上も実のところ会話は上の空で、昨日の悪魔のことを考えていた。
普段の室町であれば親友のそうした態度の違いを見抜いていただろうが、田上の目をまともに見ることも出来ない今の室町に田上の変化を見抜くことは出来なかった。
「俺ちょっとテニスサークルの部屋によってから教室に行くもんで……」
田上は室町との会話の途中、平静を装ってそう言った。室町は室町でテニスサークルという言葉に過剰に反応したが、何事も無かったかのように了解の旨を田上に伝え、先に教室に行くことにした。
田上は裏庭に向かう途中、何度と無く翔子のことを考えていた。
初めて会ったのは翔子が田上の所属するテニスサークルに入ってきた時だ。
テニス初心者という翔子にテニスの基礎と楽しさを一生懸命教えようと田上は頑張った。
田上はテニスが好きだった。ほとんどのスポーツをこよなく愛す田上だったが、ことのほかテニスは大好きで、根が単純な田上は自分の好きなものを他の人にも好きになって欲しいと純粋に願った。
もちろん翔子に対して変な気持ちは無かったのだが……
高校生の時から「象が踏んでも気付かない」と馬鹿にされる程いろんなことに鈍感な田上は最初、翔子の気持ちに全く気付かなかった。
ある日いきなりサークルの仲間から「田上、お前、石原とはどうなってんの?」と聞かれたが、象が踏んでも気付かない男は質問の意味が全く理解出来なかった。
しかしやがて翔子の周りの友達が気にする。田上の周りの仲間も心配する。
さすがに象が踏んでも気付かない男も翔子の気持ちに気付かずにはいられなかった。
田上は真剣に悩んだ。どうすればいいんだろうと。
実は田上は自分のことを普通とは少し違うんではないだろうかと思っている。
自分は人を愛する事が出来ないんでは無いだろうかと真剣に悩んでいた。理由は無い。
ただなんとなくである。
実は室町も知らないことであるが、田上は高校生の時に一度だけ女の子と付き合ったことがある。
意外に流されるタイプでもある田上は女の子の強引さに耐え切れず、言われるがままにその子と付き合ったのだ……
その間は何かと不自由な気持ちになり、田上にとってはつらいだけであった。
結局3ヶ月で別れてしまったのだ……断る時がまた大変であった。田上は優しい性格なので、女の子になかなか別れ話を切り出せない。
さらには別れ話をされたら相手がどれだけ傷つくだろう?どれだけ悲しむだろうと、田上の方がつらくせつない気持ちになってしまった。
しかし、このまま好きでも無いのに付き合う方が相手に失礼だ!と馬鹿正直に考えた田上は全身全霊の力を振り絞って相手に別れを告げた。
薄々とそうなることを感づいていた相手は、田上が拍子抜けするほど簡単に引き下がった。
しかし田上にとっては一世一代の行為であったので、疲れて丸一日寝込んでしまった覚えがある。
田上にとっては苦い過去だ。
なかなか心の底から人を好きになれない田上は、映画やドラマで起こる様な大恋愛に多大な憧れを持つようになる。
室町に言わせれば、現実にはなかなか無いからこそドラマになり、映画になり、みんなが憧れる。しかし、実際にあんな泣くわ喚くわの大恋愛が身のまわりで起こるとそれはそれで大変だ。身近な現実に目を向けようぜ!と言うことになる。
室町と別れて数分も歩くと田上は目的の場所に着いた。
裏庭に着くと確かにあった!1本の紅い華と2本の蒼い華である。
田上も夢の話を信じない訳にはいかず、これが石原の為にもなると思い、お目当ての華を1本引き抜きカバンにしまうと、そそくさと室町の待つ教室へと向かった。
時も進み、日も傾いてきた頃……石原翔子はまだ迷っていた。なかなか決心のつかない人である……こうやって苦しんでいるだけでもかなり悪魔の術中にはまっていると言えるだろう。
しかしやっとの思いで心を決めた。そして再び例の花壇にやってきた翔子は少し目を疑った。
「なぜ?」
朝と比べて、華が1本減っているのである。朝は確かに3本あったのに……
訝しがる翔子だったが、例の「先約」が一本持って帰ったのだろうと思い直した。
ひとつため息をつくと、翔子はよく考えた末に決心した色の花を持って帰った。
翔子が持って帰った花はどちらの色の花か?
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