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「綾音ちゃん? どうした?」
「あ、あの……っ、先輩、私……っ」
綾音が追いつくのを待ってくれた柚樹の顔を見上げて、唇を開く。
足元は落ち着かなくて、じっとしていられずにもじもじしてしまう。
どうしよう。どうしよう。この先の言葉を口にしないといけない。ちゃんと、行きたいところを言わないといけない。でもどうしてもその言葉を口にすることができない。トイレに行きたいと告げるということは、つまり、もうおしっこが我慢できないと彼に伝えるのとおんなじことで。
そう意識してしまうと喉が凍りついてしまったかのように言葉が出てこなかった。
だって、好きな人の前で「おしっこしたい」なんて言える女の子はいない。
「……っ」
言葉が続かなくて、思わず俯いてしまう。どうしよう、泣きそう。
「綾音ちゃん? ……もしかして、トイレ?」
小声で訊ねられて、瞬時に顔が熱くなった。声を発することができず、ただぎこちなく頷く。
「ええと……あっちだね、行こうか」
柚樹に促されて、一番近くのトイレに足を向ける。
気付いてもらえてよかったけれど、それ以上に恥ずかしい。それほどまでに我慢しているのがわかりやすかったのだろうか。自分の言葉でトイレに行きたいと言えないことに呆れられていないだろうか。せめて、これ以上に恥ずかしい思いをすることは避けないと。せっかく気付いてくれたのに、間に合わなければ元も子もない。
トイレには着いたけれど、女子トイレの前には順番待ちの人が何人もいた。やはりここも混雑しているみたいだ。思わず柚樹の顔を窺う。
「待ってるから、行っておいで。時間かかっても気にしなくていいから」
「……はい」
小さく頷いて、綾音はトイレ待ちの最後尾に加わった。
女子トイレの外にまではみ出して伸びている列。一体どのくらい並んでいて、あと何分待てば中に入れるのか想像もつかない。綾音は片手でバッグの肩紐を、もう片方の手でワンピースの裾をぎゅうっと握り、身体を小さく揺すりながら自分の番が回ってくるのを待った。通行人や、何より柚樹の目があるため大きな動きをするわけにはいかない。
女子トイレの中にはわりと早く入ることができたが、前にはまだ何人も並んでいる。まだかな。早く入りたい。早く、おしっこしたい。
もじもじと膝を擦り合わせながら、一人、また一人と列が進むたびにそっと足を前に動かした。
「……っ」
ふいに、ぞくぞくとした寒気が走り、綾音は思わずワンピースの裾を握っていた手を前に持ってきてしまった。ぎゅ、と押さえる。少しだけ波が遠のいたが、一度手で押さえてしまうともうだめだった。離すことができない。それほどまでに切羽詰まっているのだと改めて自覚する。でも、トイレにはまだ入れない。
(早く、早くして……漏れちゃう……)
全ての扉が閉まっている個室を恨みがましく見つめる。綾音の前に並んでいる女性はあと三人。
スマホを触っていたり、鏡を気にしたりしながら順番を待っている。
そんなに行きたいわけじゃないのかな、とつい思ってしまうが、それだったらこんなに混んでいるトイレにわざわざ並びはしないだろう。
異性の目から逃れた空間でも、大半の女性は平然と待っていられるのかもしれない。幼い子どものように、前を押さえておしっこを我慢しているのは綾音ひとりだけだ。
「あ、あの……っ、先輩、私……っ」
綾音が追いつくのを待ってくれた柚樹の顔を見上げて、唇を開く。
足元は落ち着かなくて、じっとしていられずにもじもじしてしまう。
どうしよう。どうしよう。この先の言葉を口にしないといけない。ちゃんと、行きたいところを言わないといけない。でもどうしてもその言葉を口にすることができない。トイレに行きたいと告げるということは、つまり、もうおしっこが我慢できないと彼に伝えるのとおんなじことで。
そう意識してしまうと喉が凍りついてしまったかのように言葉が出てこなかった。
だって、好きな人の前で「おしっこしたい」なんて言える女の子はいない。
「……っ」
言葉が続かなくて、思わず俯いてしまう。どうしよう、泣きそう。
「綾音ちゃん? ……もしかして、トイレ?」
小声で訊ねられて、瞬時に顔が熱くなった。声を発することができず、ただぎこちなく頷く。
「ええと……あっちだね、行こうか」
柚樹に促されて、一番近くのトイレに足を向ける。
気付いてもらえてよかったけれど、それ以上に恥ずかしい。それほどまでに我慢しているのがわかりやすかったのだろうか。自分の言葉でトイレに行きたいと言えないことに呆れられていないだろうか。せめて、これ以上に恥ずかしい思いをすることは避けないと。せっかく気付いてくれたのに、間に合わなければ元も子もない。
トイレには着いたけれど、女子トイレの前には順番待ちの人が何人もいた。やはりここも混雑しているみたいだ。思わず柚樹の顔を窺う。
「待ってるから、行っておいで。時間かかっても気にしなくていいから」
「……はい」
小さく頷いて、綾音はトイレ待ちの最後尾に加わった。
女子トイレの外にまではみ出して伸びている列。一体どのくらい並んでいて、あと何分待てば中に入れるのか想像もつかない。綾音は片手でバッグの肩紐を、もう片方の手でワンピースの裾をぎゅうっと握り、身体を小さく揺すりながら自分の番が回ってくるのを待った。通行人や、何より柚樹の目があるため大きな動きをするわけにはいかない。
女子トイレの中にはわりと早く入ることができたが、前にはまだ何人も並んでいる。まだかな。早く入りたい。早く、おしっこしたい。
もじもじと膝を擦り合わせながら、一人、また一人と列が進むたびにそっと足を前に動かした。
「……っ」
ふいに、ぞくぞくとした寒気が走り、綾音は思わずワンピースの裾を握っていた手を前に持ってきてしまった。ぎゅ、と押さえる。少しだけ波が遠のいたが、一度手で押さえてしまうともうだめだった。離すことができない。それほどまでに切羽詰まっているのだと改めて自覚する。でも、トイレにはまだ入れない。
(早く、早くして……漏れちゃう……)
全ての扉が閉まっている個室を恨みがましく見つめる。綾音の前に並んでいる女性はあと三人。
スマホを触っていたり、鏡を気にしたりしながら順番を待っている。
そんなに行きたいわけじゃないのかな、とつい思ってしまうが、それだったらこんなに混んでいるトイレにわざわざ並びはしないだろう。
異性の目から逃れた空間でも、大半の女性は平然と待っていられるのかもしれない。幼い子どものように、前を押さえておしっこを我慢しているのは綾音ひとりだけだ。
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