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7.朝焼けの屋上と大切な友達
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ふと目を覚ました。部屋の中はまだ暗くて、日が昇るまでは時間がありそうだった。眠気に負けて再び目を閉じようとして――隣に、ハルナがいないことに気付いた。
「ハルナ……!?」
わたしは、慌てて飛び起きた。もしかしたらトイレにいるだけかも、と思ったけれどバスルームは無人だった。一体どこにいるのか。部屋の電気をつけて視線を彷徨わせる。
机の上に、メモ用紙が置かれていた。慌てて手に取り、目を走らせる。
『ユキちゃんへ ごめんね ありがとう さよなら』
走り書きで、そう、書かれていた。
なにそれ意味わかんない! ハルナ、どこにいるの!?
とっさにハンガーにかけていたコートを掴んで、浴衣のまま靴だけ履いて部屋を出た。エレベーターに向かおうとして――部屋の近くにある非常階段が目に入った。
もしかして。
コートを羽織って扉を開ける。冷たい風が頬を撫でて、髪を靡かせた。夜明け前の空はまだ薄暗い。一歩、階段を上る。そのまま、駆け出した。
息を切らせながら、必死に階段を駆け上がった。いま何階にいるのか、まったくわからない。けれど確実に、地上からは遠ざかっていた。ハルナはいるのだろうか。不安に思いながらもただ足を動かす。どうか、間に合ってほしい。
最上階が目に入ってきて――屋上に、風に靡く黒髪が見えた。間違いない、ハルナだった。疲れて言うことを聞かなくなってきた足をひたすら上げる。階段を上りきって、わたしは、必死になって声を上げた。
「ハルナ……!」
屋上の端に立っていたハルナが、ゆっくりとこちらを振り向いた。風に煽られている彼女は、ほんの少し足を踏み出せば、その瞬間地上へ向かって落ちてしまいそうだった。
「ユキちゃん、来てくれたんだ」
柔らかく、彼女は微笑んだ。
あの日、放課後のベランダで見せてくれた優しい微笑みと同じようでどこか違う。
「ハルナ、なにしてるの、なんでそんなとこにいるの……!?」
話しかけながら、ゆっくりと彼女に近付いていく。
どうしたら、何を話せば彼女を止められる? あの日の彼女は、わたしに何と言ってくれたっけ?
必死に頭を働かせながら、口を動かす。
「ほ、ほら、自殺のデメリット……! ハルナが、教えてくれたんじゃん……!」
わたしに、死んじゃだめだよって、言ったくせに。なんで、あなたはひとりで、そんなところに立っているの?
「そんなこと、言ったね。でも、もういいかなぁって。ユキちゃんにもこれ以上、迷惑かけたくないし」
ハルナは、困ったように笑ったままだ。
「だから、私、死ぬね。ほんとはね、ずっと前から死にたかったの」
彼女のふんわりとした笑みは好きだけど、貼りつけた笑顔はあんまり好きじゃなかった。どうして、いつも、無理して笑っているの? そう訊きたかったけど、一度も言えなかった。
息を切らしながら、口を開く。喉が痛い。寒くて、なぜだか視界が滲んできて、それでもわたしは、声を張り上げた。こんな大声、一度も出したことないってくらい。
「迷惑でもいいよ! わたしは、ハルナがいてくれなきゃやだよ、絶対やだ、死んじゃやだよっ」
子どもみたいに喚きながら、必死にハルナの顔を見た。
一緒に死んでもいいよ、なんて言ったこともあるけど。そんなの嘘だった。
わたしは、死にたくない。ハルナにも、死んでほしくない。
目を丸くしている彼女に、手を伸ばした。
抱き締めるようにしながら、ハルナの腕を引く。彼女の身体はあっさりと力が抜けて、わたしの方へ倒れ込んできた。背中を強くぶつけて痛かったけれど、痛いのなんてどうでもよかった。
「死ぬなんて言わないでよ! わたしに死ぬなって言ったじゃん! だったら一緒に生きてよ!」
泣きながら、縋りつくようにハルナを抱き締めた。
「ハルナと、一緒に生きたいよぉ……」
みっともなく涙を流しながら、本当に言いたかったことをようやく伝えられた。
わたしは、ハルナと一緒に、生きたいんだと。
声にして、やっと、自分でもわかった。
「ユキちゃん……苦しいよ……」
「ご、ごめんっ」
苦しげな声に、慌てて腕の力を緩める。ハルナは両手をついて、ゆっくりと身体を起こした。そのうち、ぽたぽたと顔に何かが落ちてきた。冷たい、雫。
視線を上げると、ハルナの頬にも同じものが流れていた。
目も鼻も真っ赤にして。
ハルナが泣いているところを、初めて見た。
ごめんねと、ハルナは呟いた。
「許さない。もう、絶対しないでね。わたしも、しないから」
「うん。ごめん、ごめんね……ごめんなさい……」
ハルナは、泣きながら、わたしの胸に顔を埋めてきた。彼女の髪をそっと撫でる。浴衣が涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れてしまいそうだと思ったけど、べつにどうでもよかった。
空が白み始めてきた。
暗かった空が、少しずつ、少しずつ、明るく照らされていく。
滲んだ視界に映る朝焼けが、いままで見たどんな景色よりもきれいだと思った。
「ハルナは死神なんかじゃないよ。なんの力も持ってないただの女の子で……わたしの、大切な友達」
腕の中にあるぬくもりを感じながら、静かな声で、わたしは囁いた。
「ハルナ……!?」
わたしは、慌てて飛び起きた。もしかしたらトイレにいるだけかも、と思ったけれどバスルームは無人だった。一体どこにいるのか。部屋の電気をつけて視線を彷徨わせる。
机の上に、メモ用紙が置かれていた。慌てて手に取り、目を走らせる。
『ユキちゃんへ ごめんね ありがとう さよなら』
走り書きで、そう、書かれていた。
なにそれ意味わかんない! ハルナ、どこにいるの!?
とっさにハンガーにかけていたコートを掴んで、浴衣のまま靴だけ履いて部屋を出た。エレベーターに向かおうとして――部屋の近くにある非常階段が目に入った。
もしかして。
コートを羽織って扉を開ける。冷たい風が頬を撫でて、髪を靡かせた。夜明け前の空はまだ薄暗い。一歩、階段を上る。そのまま、駆け出した。
息を切らせながら、必死に階段を駆け上がった。いま何階にいるのか、まったくわからない。けれど確実に、地上からは遠ざかっていた。ハルナはいるのだろうか。不安に思いながらもただ足を動かす。どうか、間に合ってほしい。
最上階が目に入ってきて――屋上に、風に靡く黒髪が見えた。間違いない、ハルナだった。疲れて言うことを聞かなくなってきた足をひたすら上げる。階段を上りきって、わたしは、必死になって声を上げた。
「ハルナ……!」
屋上の端に立っていたハルナが、ゆっくりとこちらを振り向いた。風に煽られている彼女は、ほんの少し足を踏み出せば、その瞬間地上へ向かって落ちてしまいそうだった。
「ユキちゃん、来てくれたんだ」
柔らかく、彼女は微笑んだ。
あの日、放課後のベランダで見せてくれた優しい微笑みと同じようでどこか違う。
「ハルナ、なにしてるの、なんでそんなとこにいるの……!?」
話しかけながら、ゆっくりと彼女に近付いていく。
どうしたら、何を話せば彼女を止められる? あの日の彼女は、わたしに何と言ってくれたっけ?
必死に頭を働かせながら、口を動かす。
「ほ、ほら、自殺のデメリット……! ハルナが、教えてくれたんじゃん……!」
わたしに、死んじゃだめだよって、言ったくせに。なんで、あなたはひとりで、そんなところに立っているの?
「そんなこと、言ったね。でも、もういいかなぁって。ユキちゃんにもこれ以上、迷惑かけたくないし」
ハルナは、困ったように笑ったままだ。
「だから、私、死ぬね。ほんとはね、ずっと前から死にたかったの」
彼女のふんわりとした笑みは好きだけど、貼りつけた笑顔はあんまり好きじゃなかった。どうして、いつも、無理して笑っているの? そう訊きたかったけど、一度も言えなかった。
息を切らしながら、口を開く。喉が痛い。寒くて、なぜだか視界が滲んできて、それでもわたしは、声を張り上げた。こんな大声、一度も出したことないってくらい。
「迷惑でもいいよ! わたしは、ハルナがいてくれなきゃやだよ、絶対やだ、死んじゃやだよっ」
子どもみたいに喚きながら、必死にハルナの顔を見た。
一緒に死んでもいいよ、なんて言ったこともあるけど。そんなの嘘だった。
わたしは、死にたくない。ハルナにも、死んでほしくない。
目を丸くしている彼女に、手を伸ばした。
抱き締めるようにしながら、ハルナの腕を引く。彼女の身体はあっさりと力が抜けて、わたしの方へ倒れ込んできた。背中を強くぶつけて痛かったけれど、痛いのなんてどうでもよかった。
「死ぬなんて言わないでよ! わたしに死ぬなって言ったじゃん! だったら一緒に生きてよ!」
泣きながら、縋りつくようにハルナを抱き締めた。
「ハルナと、一緒に生きたいよぉ……」
みっともなく涙を流しながら、本当に言いたかったことをようやく伝えられた。
わたしは、ハルナと一緒に、生きたいんだと。
声にして、やっと、自分でもわかった。
「ユキちゃん……苦しいよ……」
「ご、ごめんっ」
苦しげな声に、慌てて腕の力を緩める。ハルナは両手をついて、ゆっくりと身体を起こした。そのうち、ぽたぽたと顔に何かが落ちてきた。冷たい、雫。
視線を上げると、ハルナの頬にも同じものが流れていた。
目も鼻も真っ赤にして。
ハルナが泣いているところを、初めて見た。
ごめんねと、ハルナは呟いた。
「許さない。もう、絶対しないでね。わたしも、しないから」
「うん。ごめん、ごめんね……ごめんなさい……」
ハルナは、泣きながら、わたしの胸に顔を埋めてきた。彼女の髪をそっと撫でる。浴衣が涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れてしまいそうだと思ったけど、べつにどうでもよかった。
空が白み始めてきた。
暗かった空が、少しずつ、少しずつ、明るく照らされていく。
滲んだ視界に映る朝焼けが、いままで見たどんな景色よりもきれいだと思った。
「ハルナは死神なんかじゃないよ。なんの力も持ってないただの女の子で……わたしの、大切な友達」
腕の中にあるぬくもりを感じながら、静かな声で、わたしは囁いた。
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