お姫さまのお花摘み

志月さら

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薬草園の片隅で③

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 開け放たれていた扉が閉められ、リーシャひとりきりになる。
 しかし、切羽詰まった尿意に苦しめられながらもすぐに下着を下ろすことはできなかった。
 ぽつんと置かれたバケツをじっと見つめる。
 本当に、こんなところでおしっこをしていいのだろうか。
 ドレスを汚してしまったらどうしよう。もしバケツを倒してしまったらどうしよう。

 あらゆる不安に駆られるが身体は待ってくれない。ぶるっと背筋に震えが走った。強い尿意の波が、早くしろと訴えかけてくる。
 ごくんと唾を飲み込む。意を決して、リーシャはスカートの中に手を差し込んだ。するすると下着を下ろして足から抜く。膝まで下ろすだけではバケツを跨げない。
 脱いだ下着はポケットの中にしまい、ドレスの裾を汚さないように両手でたくし上げる。思いきってバケツを跨ぎしゃがみ込んだ。

「……っ」

 早く出したい、のに。
 緊張しているせいか、我慢しているおしっこはすぐには出てこなかった。お腹は苦しいばかりで、早く楽になりたいのに。
 リーシャは落ち着いて呼吸した。
 フィンは外に出ていて、ここにいるのはリーシャひとりだけ。お手洗いの個室と変わらない。

 ここはおしっこをしていい場所なのだ。そう自分に言い聞かせて、緊張している身体から少しずつ力を抜く。しょろっ、と溢れた雫が一筋、足元に降り注いだ。
 ぱたぱたとバケツの底を水が叩く音がする。それは次第に、ぴちゃぴちゃと水面を叩く音に変わっていった。

 彼女の身体の中に溜め込まれていた小水が弧を描いてバケツの中に次々と落ちていく。誰に見られているわけでもないのにとてつもなく恥ずかしい。早く終わらせてしまいたい。
 意識して力を込めると、溢れる水流が勢いを増した。じょろじょろと激しい音を立てて、バケツの中に飛沫を散らす。
 静かな薬草園の中で、しばらくの間、鋭い水音だけが響いていた。


 ぽたぽたと数滴の雫が落ち、リーシャは用足しを終えた。
 立ち上がってバケツから数歩離れ、下着を穿き直して着衣を整える。
 はあ、と思わず息を吐いていた。
 おそるおそる、バケツの中をそっと覗いてみる。
 たくさん出してしまったと思ったけれど、深いバケツの中に溜まっている量は意外と少なく見えた。

 軽く見ただけではただの水が入っているように見えるが、よく見るとうっすらと色付いているのがわかる。我慢できなくてバケツの中におしっこをしてしまったが、これは一体どうやって処理したらいいのだろう。
 戸惑いながらも、リーシャは扉のほうへ向かった。外に出ると、壁にもたれかかるようにしてフィンが背中を向けていた。おずおずと声をかける。

「フィン……あの、その、終わりました」
「大丈夫かい?」

 顔を赤らめてそっと頷く。身体が軽くなってすっきりしていた。

「あ、あの、フィン。あのバケツはどうやって――」

 訊ねようとすると、ふとこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。思わず顔を上げると、護衛の騎士であるカイルが駆け寄ってきた。

「姫様! こちらにおられましたか。お姿が見えないので心配いたしました」
「カイル……!」
「すまない、カイル殿。私が引き止めてしまったんだ」

 さらっとフィンが言ってのける。
 薬草園の中で何をしていたのか。カイルには知られたくないので助かった。

「ごめんなさい、心配させてしまって」
「いいえ。ご用はもうお済みでしょうか? よろしければ、お部屋までお送りいたします」

 慌てて、はい、と頷くと、フィンがふと声を上げた。

「ああ、そうだ。姫、少しだけ待っていてくれるかい?」
「はい……?」

 言われた通り待っていると、フィンはリーシャの刺繍道具を持ってきてくれた。すっかり存在を忘れていた。

「忘れ物だよ」
「あっ……ありがとうございます」

 礼を言いつつ受け取ると、フィンはふいに顔を寄せてきた。

「バケツの中身はきちんと片付けておくから、心配しなくていいよ」

 耳元で囁かれ、頬が熱くなる。こくこくと頷くと、フィンはにこっと微笑んだ。

「またいつでもおいで」

 ひらひらと手を振るフィンに見送られ、カイルとともに薬草園をあとにする。

「姫様? 随分と顔が赤いようですが、彼になにかされ――」
「なんでもないです! 大丈夫です! それより早くお部屋に戻りましょう……!」

 事情を知らずに訝しむカイルに、あたふたしながら言い繕う。
彼は不思議そうな顔をしながらも、それ以上追及してくることはなかった。
 ドレスを汚すような粗相こそしなかったものの、あのような恥ずかしい行いをしてしまったことは誰にも知られるわけにはいかない。
 そう考えながら、リーシャは足早に城内へ戻るための道を歩いていく。

 数年後、カイルに付き添われて森の中で”お花摘み”を行うことになるとは、少しも想像していなかった。


 END
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