お姫さまのお花摘み

志月さら

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初めての公務①

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「孤児院の慰問……ですか?」

 リーシャは緊張を滲ませた面持ちで、滅多に会えない父、国王と対面していた。急な呼び出しを受けて訪れた執務室で告げられたのは仕事の話だった。

「ああ。アンジェリカとオフェリアも何度か行ったことがある。そろそろお前にも任せられるだろうと思ってな。頼まれてくれるか?」
「は、はい……!」

 父から頼み事などされるのは初めてのことだった。反射的に頷いてから、ふと顔を曇らせる。

「ええと、具体的になにをすればよいのですか?」

 こんな質問をしたら呆れられるだろうかと不安になったが、彼はふむ、と顎に手を当て考える素振りを見せた。

「アンジェリカは劇団の招致を、オフェリアは……確か詩の朗読をしていたな。まあ好きにして構わない。帰城後、報告書を提出するように」

 姉たちがそれぞれ行ったことを教えられ、リーシャは内心で狼狽えた。自分は劇団との伝手もなければ、詩作の才能もない。それでも、何かできることを考えてやらなければいけない。

「……はい。わかりました」

 王都郊外に位置する王立孤児院の視察と慰問。
 それが、リーシャに初めて与えられた公務だった。

***

「ようこそお越しくださいました、リーシャ様」

 孤児院を訪れたリーシャをにこやかに出迎えてくれたのは、髪に白いものが混じり始めている院長の女性だった。
 十三年前に大きな戦争が終わったこの国には、戦災孤児や、貧しさゆえに親に捨てられた子どもが大勢いる。傍らに控えている騎士カイルも、その一人だ。
 彼も孤児院で何年か過ごしたのち、現在の養父に引き取られたと聞いている。

「子どもたちみんな、お姫様に会えると、今日を心待ちにしておりました。まずはご挨拶を」

 院長に案内され食堂に入ると、数十人の子どもたちが集まっていた。
 視線が一気にリーシャに向けられる。ざわついていた子どもたちは、院長が手を叩くとすぐに静かになった。

「はい、皆さんお静かに。こちらにあらせられるお方が、第四王女のリーシャ・アイナティア様です」

 リーシャは両手でスカートをつまみ、笑顔でお辞儀をした。

「ごきげんよう。リーシャ・アイナティアと申します。今日は一日、皆さんと一緒に過ごさせていただきます。よろしくお願いしますね」

 挨拶を噛まずに言えたことに内心ほっとする。
 子どもたちの視線が集まって緊張はしているが、貴族ばかりが集まる城の夜会に出席するときよりは気持ちが落ち着いていた。

「姫さま、お城の生活ってどんな感じですか?」
「お菓子たくさん食べられますか?」
「ごはんはごーかなんですか?」
「お城ってどのくらい広いんですか?」
「え、ええと……」

 子どもたちが我先にと手を挙げて質問をしてくる。返答に困っていると、院長が助け船を出してくれた。

「皆さん! 姫様を困らせてはいけません。まずは施設の中を見ていただきますので、皆さんのお相手をしていただくのはそのあとです」

 それから、院長の案内で孤児院の中を見て回った。
 狭い事務室、机が並べられた学習室、二段ベッドが詰め込まれた寝室、玩具や本が置いてあるあまり広くない広間。百人近い子どもたちが生活する場としては随分と手狭に思えた。
 しかし廊下の窓から見える庭は広く、子どもたちが楽しそうに走り回っている。

「なにか困っていることや、不足しているものはありませんか?」

 それぞれの場所で作業をしている職員に訊ねてみると、要望は多々あった。

「服を汚したり破いてしまう子が多いので、一人当たりの支給枚数をもう少し増やしていただけると。繕ってばかりだと、少しかわいそうなので」
「やっぱり食べ盛りの子が多いですからね、食費の予算をもう少し増やしていただけると有難いです」
「二階が雨漏りするようになってしまって。応急処置はしたのですが、きちんと修理できたらいいなと。今年はもう修繕費が少なくて」
「俺たちの給金ももう少し増えないですかね。あとはやっぱり、人を増やしてもらえると助かります」

 リーシャには権限がないので「検討していただくようお願いしてみます」としか返答できないことが少し心苦しい。
 子どもたちの数と比べると職員の数は少なかった。必要最低限の人数しか配置されていないらしい。
 いくら王立の施設とはいえ、孤児院にばかり多くの予算を回すわけにはいかないのだろう。劣悪な環境というわけではないが、余裕はなさそうだった。

「カイルがいた孤児院はどのようなところだったのですか?」

 廊下を歩きながら、静かに付き従っている騎士に訊ねてみる。

「私がいた孤児院はあまり良い場所ではありませんでしたね。食べ物は少なく、着るものもボロボロでした。ベッドも足りていなかったのですが、それでも屋根のある場所で寝られるだけマシだと思っていました。ここは随分恵まれていると思います」
「そう、だったのですか……」

 カイルはなんでもないことのように話したが、リーシャにとっては衝撃の内容だった。
 リーシャは生まれてからこのかた、衣食住に不自由をしたことがない。庶民にとってそれは当たり前のことではないと理解してはいるものの、いままで実感はできていなかった。

「そろそろ昼食の時間になります。食堂へどうぞ」

 院長に言われ、再び食堂へと足を向ける。
 この国で生きる人々のことをもっと知りたいと、リーシャは心から思った。
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