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お忍びでおでかけ⑤
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「……ん、はぁ……っ」
ようやく水音が止み、リーシャは安堵したように息を吐き出した。
あれほど苦しかったのに、すっかり身体が軽くなってすっきりしていた。だが、カイルに抱えられていることを意識して急に顔が熱くなる。
「あ、あのあの、もう降ろしてください……っ」
下着を慌てて上げ、後ろにいるカイルに懇願する。湿った下着を穿き直してしまったので不快感があったが、どうすることもできなかった。
カイルは僅かに移動し乾いた地面にリーシャの身体を降ろしてくれたが、地に足をつけた途端ふらついてしまった。すぐに彼の腕に支えられる。
「ご無理をしてはいけません。馬車までお連れしても構いませんか?」
「は、はい……」
頷くしかなく、ドレスの裾を直して再び彼に横抱きに抱えられた。カイルが踵を返したとき、地面に広がる大きな水溜まりが視界に入り、リーシャは火照った顔を深く俯けた。
***
馬車に戻ると、御者の男は怪訝そうな表情を浮かべて二人を待っていた。
(どうしよう……音が聞こえていたかも……)
リーシャは内心で焦る。御者の彼とはあまり関わったことがないが、それゆえに口が軽い人かもしれない。
リーシャ王女が馬車の中で我慢できず道端で用を足していた、などと密かにでも噂されたらいたたまれない。
「お待たせしてすみません。どうかこのことはご内密に」
「あ、ああ……」
カイルが彼の手にそっと何かを握らせると、御者の男は目を丸くしてからしっかりと頷いた。
馬車に乗せられ、リーシャは再び座席にそっと寝かされた。いまだに身体にはだるさが残っている。
「……あの、わたし、どうして馬車に……?」
戸惑いながらカイルに視線を向ける。記憶がはっきりとしていない。
カイルは少しだけ躊躇う素振りを見せてから、ことのあらましを説明してくれた。
「私の不手際で姫様を危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありません。いかなる処分も甘んじてお受けします。護衛を解任――」
「それはだめです!」
彼の言葉を遮り、リーシャは思わず身体を起こした。頭がくらっとするのも構わず首を振る。
「わたしの我儘を聞いただけなのに、あなたが処分を受ける必要なんてありません……!」
そもそも彼女が悪い人に攫われかけたのは、カイルの傍から離れてしまったからだ。おしっこが我慢できないから人のいないところで済ませようなどとしてしまった、はしたない理由のせいで。もっと余裕を持ってお手洗いに向かうか、恥ずかしくてもカイルに告げて人目のないところに連れていってもらうかしていれば、こんなことにはならなかった。
「それに、あなた以外の護衛なんて嫌です。カイルじゃないと、絶対に嫌」
幼い頃から傍にいてくれた彼以外の人間が自分の護衛になることなど考えられない。
一緒に城下へ出かけたことも、用を足す手伝いをしてもらうなどという恥ずかしいことをしたのに嫌悪感はないのも、昔から信頼しているカイルが相手だからできたことだ。他の騎士にはこのように頼ることはできない。
「今日、一緒にお出かけできて、すごく楽しかったんです。カイルがいてくれたからです。罰なら、わたしも一緒に受けます。だから――これからも、傍にいてくださいね?」
リーシャが必死になって言葉を紡ぐと、カイルは一瞬目を瞠ってから、その表情を微かに和らげた。
「……有難い、お言葉です。どうか許されるのならば、これからもお傍でお守りさせていただきたく存じます」
騎士の声に、リーシャは静かに頷く。
城に帰ってから城下での出来事を報告したら、きっとカイルもリーシャも少なからずお叱
りを受けることになるだろう。けれど、カイルが護衛を外されることはないようになんとか頼み込むつもりでいた。
そう考えてから、リーシャははたと気付いた。彼は一体、どのように上官に報告をするつもりなのだろうかと。
「……あ、あの、カイル。お願いが、あります」
「なんでしょうか?」
「あの、えっとですね。わたしが……お、お手洗いを、我慢できなくて、一人になったこととか、その、外で、しちゃったこととか、言わないでくださいね。そこは上手く誤魔化してくださいね?」
「……はい。承知しました」
「絶対、絶対にですよ」
神妙な顔で頷くカイルに、リーシャは真っ赤になって何度も念を押す。
祭りでの楽しかった思い出が羞恥心に塗り潰されていくのを感じながら、二人を乗せた馬車は城へ向けての帰路を進んでいった。
END
ようやく水音が止み、リーシャは安堵したように息を吐き出した。
あれほど苦しかったのに、すっかり身体が軽くなってすっきりしていた。だが、カイルに抱えられていることを意識して急に顔が熱くなる。
「あ、あのあの、もう降ろしてください……っ」
下着を慌てて上げ、後ろにいるカイルに懇願する。湿った下着を穿き直してしまったので不快感があったが、どうすることもできなかった。
カイルは僅かに移動し乾いた地面にリーシャの身体を降ろしてくれたが、地に足をつけた途端ふらついてしまった。すぐに彼の腕に支えられる。
「ご無理をしてはいけません。馬車までお連れしても構いませんか?」
「は、はい……」
頷くしかなく、ドレスの裾を直して再び彼に横抱きに抱えられた。カイルが踵を返したとき、地面に広がる大きな水溜まりが視界に入り、リーシャは火照った顔を深く俯けた。
***
馬車に戻ると、御者の男は怪訝そうな表情を浮かべて二人を待っていた。
(どうしよう……音が聞こえていたかも……)
リーシャは内心で焦る。御者の彼とはあまり関わったことがないが、それゆえに口が軽い人かもしれない。
リーシャ王女が馬車の中で我慢できず道端で用を足していた、などと密かにでも噂されたらいたたまれない。
「お待たせしてすみません。どうかこのことはご内密に」
「あ、ああ……」
カイルが彼の手にそっと何かを握らせると、御者の男は目を丸くしてからしっかりと頷いた。
馬車に乗せられ、リーシャは再び座席にそっと寝かされた。いまだに身体にはだるさが残っている。
「……あの、わたし、どうして馬車に……?」
戸惑いながらカイルに視線を向ける。記憶がはっきりとしていない。
カイルは少しだけ躊躇う素振りを見せてから、ことのあらましを説明してくれた。
「私の不手際で姫様を危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありません。いかなる処分も甘んじてお受けします。護衛を解任――」
「それはだめです!」
彼の言葉を遮り、リーシャは思わず身体を起こした。頭がくらっとするのも構わず首を振る。
「わたしの我儘を聞いただけなのに、あなたが処分を受ける必要なんてありません……!」
そもそも彼女が悪い人に攫われかけたのは、カイルの傍から離れてしまったからだ。おしっこが我慢できないから人のいないところで済ませようなどとしてしまった、はしたない理由のせいで。もっと余裕を持ってお手洗いに向かうか、恥ずかしくてもカイルに告げて人目のないところに連れていってもらうかしていれば、こんなことにはならなかった。
「それに、あなた以外の護衛なんて嫌です。カイルじゃないと、絶対に嫌」
幼い頃から傍にいてくれた彼以外の人間が自分の護衛になることなど考えられない。
一緒に城下へ出かけたことも、用を足す手伝いをしてもらうなどという恥ずかしいことをしたのに嫌悪感はないのも、昔から信頼しているカイルが相手だからできたことだ。他の騎士にはこのように頼ることはできない。
「今日、一緒にお出かけできて、すごく楽しかったんです。カイルがいてくれたからです。罰なら、わたしも一緒に受けます。だから――これからも、傍にいてくださいね?」
リーシャが必死になって言葉を紡ぐと、カイルは一瞬目を瞠ってから、その表情を微かに和らげた。
「……有難い、お言葉です。どうか許されるのならば、これからもお傍でお守りさせていただきたく存じます」
騎士の声に、リーシャは静かに頷く。
城に帰ってから城下での出来事を報告したら、きっとカイルもリーシャも少なからずお叱
りを受けることになるだろう。けれど、カイルが護衛を外されることはないようになんとか頼み込むつもりでいた。
そう考えてから、リーシャははたと気付いた。彼は一体、どのように上官に報告をするつもりなのだろうかと。
「……あ、あの、カイル。お願いが、あります」
「なんでしょうか?」
「あの、えっとですね。わたしが……お、お手洗いを、我慢できなくて、一人になったこととか、その、外で、しちゃったこととか、言わないでくださいね。そこは上手く誤魔化してくださいね?」
「……はい。承知しました」
「絶対、絶対にですよ」
神妙な顔で頷くカイルに、リーシャは真っ赤になって何度も念を押す。
祭りでの楽しかった思い出が羞恥心に塗り潰されていくのを感じながら、二人を乗せた馬車は城へ向けての帰路を進んでいった。
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