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お忍びでおでかけ②
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小さな砂糖菓子は、口に入れるとすぐにほろほろと溶けてしまう。祭りの露店とはいえ、上質な砂糖を使っているらしい。穏やかな甘みが口の中に広がった。日頃甘いものを口にすることなどほとんどないカイルだが、この味は好ましいなと心の内で思う。
「ん、甘い……」
愛らしい見た目を堪能してから砂糖菓子を口にしたリーシャは、ほっとしたように表情を緩めていた。
「緊張しましたか?」
砂糖菓子の店を離れ、人にぶつからないよう気を付けて歩きながらリーシャに訊ねてみる。彼女は頬を染めて小さく頷いた。
「はい……わたし、変でしたか?」
「いえ、大丈夫でしたよ。田舎から出てきたばかり、ということにしておきましょう」
「はい……。あなたがあのように誰かと話すの、初めて見ました」
驚きました、とリーシャは呟いた。確かに日頃の自分はあまり世間話などをするような性質ではない。
店主に話した内容はとっさに思いついたことだが、あながち嘘でもない。リーシャが自分の意思で城下に来たのは実際今日が初めてだ。エインズワース領は彼女の母の生家がある地であり、カイルもその土地で育った。孤児だった幼い自分をガードナー家当主が養子にして
くれたおかげで、いまこうして王女であるリーシャの隣を歩くことができている。
「きゃっ」
ふいにリーシャがよろめいた。腕を伸ばして瞬時に抱き留める。
「すみませんっ!」
彼女にぶつかったであろう青年は、軽く謝罪しただけですぐさま立ち去ってしまった。
「お怪我はありませんか?」
「ありがとう、大丈夫ですよ。こんなに人がいるのだもの、気を付けないとね」
周囲への注意が足りていなかった己に対して微かな怒りが湧いてくるが、リーシャは淡く微笑み、スカートを軽く払ってから姿勢を正した。
「あっ、次はあのお店を見てみたいです。いいですか?」
「もちろんです」
気持ちを切り替えて、彼女が興味を示した露店へ歩み寄る。食欲をそそるような香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
「いらっしゃい、うちの串焼きは美味いよ!」
串に刺した鶏肉を焼いて売っている店だった。匂いの正体は串焼きにかかっているソースだと気が付く。
「買ってもいいですか?」
こちらを振り向き、親にねだる子どものように訊ねてくるリーシャが可愛らしくて少しだけ可笑しい。財布はカイルが持っているものの、この金子はすべて彼女の望みを叶えるために使うようにと預けられたものだ。自分に否という権利はない。
「すいません、串焼きを二本ください」
「はいよ、熱いから気を付けて」
銅貨と引き換えに串焼きを受け取り、一本をリーシャへ手渡す。歩き出してから、彼女は小さく首を傾げた。
「歩きながら食べるなんて、お行儀が悪くないかしら……」
「こういう場では構わないのですよ。皆そうしています」
そう応えて、カイルは肉に噛み付いた。祭りの飲食物に毒が盛られることなどないと思いたいが、リーシャが望むものと同じものを購入し先に口をつけることに決めていた。
香辛料の効いた濃厚なソースの味が口いっぱいに広がる。肉の焼き加減も絶妙だ。味わいながら咀嚼していると、ふと、幼い頃にも同じ味を口にしたことを思い出した。養父に引き取られてからあまり時間が経たないうちに、王都の祭りに連れてきてもらったことがあったのだ。
生まれて初めて訪れた祭りは何もかもが新鮮で、楽しくて、食べ物が美味しかった。
いままで思い出すことなどなかったというのに、どうして急に記憶が蘇ったのだろう。
――こうして、生まれて初めて祭りに来たリーシャとともに、この味を口にしたからだろうか。
周囲を見渡して食べ歩きをしている人ばかりであることを確かめると、リーシャは躊躇いがちに串焼きに口をつけた。小さく噛み切り、ゆっくりと咀嚼している。無言で食べ進め、肉が残り半分ほどになったところでそっと口を開いた。
「美味しいですねっ」
城で出される食事の方がよっぽど上質で美味だろうが、リーシャは心の底からそう思っているように微笑んだ。
「……リリア様、口元にソースが」
「えっ、どこですか?」
唇の横にソースがついていることに気付き指摘すると、彼女は慌ててハンカチを取り出した。しかし、全く見当違いの場所を拭っている。
「いえ、そちらではなく……お拭きしても構いませんか?」
「は、はい」
「失礼いたします」
道の端で足を止め、自分のハンカチでリーシャの頬をそっと拭う。口元についていたソースは綺麗に拭い取ったが、ぎゅっと目を閉じた彼女の頬は赤く染まっていた。
「もう大丈夫ですよ」
「は、はい……ありがとう、ございます」
リーシャは恥ずかしそうに俯いた。そんな姿も愛らしく思えて、自然と口元が緩んでいた。
「ん、甘い……」
愛らしい見た目を堪能してから砂糖菓子を口にしたリーシャは、ほっとしたように表情を緩めていた。
「緊張しましたか?」
砂糖菓子の店を離れ、人にぶつからないよう気を付けて歩きながらリーシャに訊ねてみる。彼女は頬を染めて小さく頷いた。
「はい……わたし、変でしたか?」
「いえ、大丈夫でしたよ。田舎から出てきたばかり、ということにしておきましょう」
「はい……。あなたがあのように誰かと話すの、初めて見ました」
驚きました、とリーシャは呟いた。確かに日頃の自分はあまり世間話などをするような性質ではない。
店主に話した内容はとっさに思いついたことだが、あながち嘘でもない。リーシャが自分の意思で城下に来たのは実際今日が初めてだ。エインズワース領は彼女の母の生家がある地であり、カイルもその土地で育った。孤児だった幼い自分をガードナー家当主が養子にして
くれたおかげで、いまこうして王女であるリーシャの隣を歩くことができている。
「きゃっ」
ふいにリーシャがよろめいた。腕を伸ばして瞬時に抱き留める。
「すみませんっ!」
彼女にぶつかったであろう青年は、軽く謝罪しただけですぐさま立ち去ってしまった。
「お怪我はありませんか?」
「ありがとう、大丈夫ですよ。こんなに人がいるのだもの、気を付けないとね」
周囲への注意が足りていなかった己に対して微かな怒りが湧いてくるが、リーシャは淡く微笑み、スカートを軽く払ってから姿勢を正した。
「あっ、次はあのお店を見てみたいです。いいですか?」
「もちろんです」
気持ちを切り替えて、彼女が興味を示した露店へ歩み寄る。食欲をそそるような香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
「いらっしゃい、うちの串焼きは美味いよ!」
串に刺した鶏肉を焼いて売っている店だった。匂いの正体は串焼きにかかっているソースだと気が付く。
「買ってもいいですか?」
こちらを振り向き、親にねだる子どものように訊ねてくるリーシャが可愛らしくて少しだけ可笑しい。財布はカイルが持っているものの、この金子はすべて彼女の望みを叶えるために使うようにと預けられたものだ。自分に否という権利はない。
「すいません、串焼きを二本ください」
「はいよ、熱いから気を付けて」
銅貨と引き換えに串焼きを受け取り、一本をリーシャへ手渡す。歩き出してから、彼女は小さく首を傾げた。
「歩きながら食べるなんて、お行儀が悪くないかしら……」
「こういう場では構わないのですよ。皆そうしています」
そう応えて、カイルは肉に噛み付いた。祭りの飲食物に毒が盛られることなどないと思いたいが、リーシャが望むものと同じものを購入し先に口をつけることに決めていた。
香辛料の効いた濃厚なソースの味が口いっぱいに広がる。肉の焼き加減も絶妙だ。味わいながら咀嚼していると、ふと、幼い頃にも同じ味を口にしたことを思い出した。養父に引き取られてからあまり時間が経たないうちに、王都の祭りに連れてきてもらったことがあったのだ。
生まれて初めて訪れた祭りは何もかもが新鮮で、楽しくて、食べ物が美味しかった。
いままで思い出すことなどなかったというのに、どうして急に記憶が蘇ったのだろう。
――こうして、生まれて初めて祭りに来たリーシャとともに、この味を口にしたからだろうか。
周囲を見渡して食べ歩きをしている人ばかりであることを確かめると、リーシャは躊躇いがちに串焼きに口をつけた。小さく噛み切り、ゆっくりと咀嚼している。無言で食べ進め、肉が残り半分ほどになったところでそっと口を開いた。
「美味しいですねっ」
城で出される食事の方がよっぽど上質で美味だろうが、リーシャは心の底からそう思っているように微笑んだ。
「……リリア様、口元にソースが」
「えっ、どこですか?」
唇の横にソースがついていることに気付き指摘すると、彼女は慌ててハンカチを取り出した。しかし、全く見当違いの場所を拭っている。
「いえ、そちらではなく……お拭きしても構いませんか?」
「は、はい」
「失礼いたします」
道の端で足を止め、自分のハンカチでリーシャの頬をそっと拭う。口元についていたソースは綺麗に拭い取ったが、ぎゅっと目を閉じた彼女の頬は赤く染まっていた。
「もう大丈夫ですよ」
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