同じ夜空を見ている

梅松

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あの日見た空

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 同じ夜空を見ている。
 あの日見たオリオン座、一際光る星を見て君は僕にこう言った。
「ねぇ、知ってる?」
「なにを?」
「オリオンの右肩の星」
 そもそも、右肩とはなんだ?
 何も知らない僕の顔を見た君は、がっかりしたように、そんなもんでしょ。みたいな顔をした。
「オリオンの右肩、ペテルギウス」
「ペテルギウス?」
 質問してばかりだ。
 彼女の父は天文学者、この街の丘の上にある天文台、そこの館長もしている。ドーム型の屋根が開いているときは観測している合図。そんな日は決まって天気が良く、地上からでも綺麗な星が見えていた。
 だから詳しいのは当たり前。それは違う。おじさんの英才教育を受けたわけでも才能でもない。彼女は好きという気持ちだけで知識を増やしていったのだ。
「ペテルギウスはね、近いうちに死んでしまう可能性があるの。もしかしたらもう死んでるかもしれない」
 星が死ぬ。衝撃的なフレーズにも非現実な気がして実感がわかなかった。
「そんな馬鹿なことあるの?だってさ、ほら、どの星も綺麗に輝いてるよ」
 僕が指差す先にある星たちは今も光り続けている。彼女が僕を馬鹿にしているのだと思い、少しムキになっていた。
「うん。でもね、今見えている星の光は、もう死んでしまった星の光かもしれないの」
「どういうこと?」
 彼女は空を見上げた。
「地球からあの星まで何光年も離れているの。光年っていうのはね、光の速さでかかる年数なの。一光年だと光の速さで一年かかるってこと。もし、死んでしまう爆発があったとしたら、その爆発の光が地球から見えるまでに一年かかる。星によっては何千光年、何万光年、何億光年・・・それくらい離れた星があるの。ちなみにペテルギウスは約六百光年離れてる」
「じゃあ・・・この瞬間に爆発したらその光が届くまでに・・・六百年」
「そういうこと」
 天文学的数字。そうか、こういう時にこの言葉を使うのか。いや、違うのか?
 漠然とした数字と不鮮明な理論に僕の脳内は古いパソコンのようにフリーズしてしまう。彼女はそんな僕を見て、知ってか知らずか『ふふふ』と、笑った。
「もしかしたらペテルギウスはもう死んでしまっているかもしれない。そして、その光が地球にはまだ届いてないだけかもしれない。不思議だと思わない?死んだのに私たちにはまだ生きてるように見えるなんて」
「たしかに・・・」
「私たちが死ねば、その日のうち死を告げられ、すぐに灰にされてしまう。でも、星たちは・・・」
 悲しげな顔をしたように見えた彼女に僕はなんて声をかければいいのかわからなかった。それでも無意識にかけた言葉はそれからの運命を変えてしまうほどの言葉だった。
「だったら僕は、君とあの星の最後を見たい」
「えっ・・・」
 この時の僕は安易だったのかもしれない。明日かもしれなければ何年、何十年先のことかもしれない。捉え方によっては一生一緒と言ってるように聞こえたかもしれない。
そんな僕に彼女は、はにかむような笑顔で頷いた。

 あれから十年弱、僕は大人になり、夢を語る暇もなく、現実を否定的に語るようになっていった。そんな僕とは違い、夢を追い、天文学者になった君とでは見ている世界が違いすぎた。
 死んでいるかもしれないと言われていたペテルギウスへの不安は取り越し苦労だったようだ。あれから進歩した仮説と技術によって、それはまだ先のことだと小さなニュースとして扱われていた。
 生きているならそんなものか・・・僕にとってはその程度だった。
 夢のような現実の君が眩しすぎた僕は、次第に君から離れていった。辛かったんだ。輝く君を見ているのが。
 それでも同じ街に住んでいれば会うこともある。僕は君から逃げるように過ごしていた。
 
 僕は近々この街を離れることにした。この街を名残惜しむように夜の街を歩いた。酒が入った僕には夜の風が気持ちよく、空の上に浮かぶ月が綺麗に見えていた。
 ふと、目に映るのはオリオン座。あの日の君を思い出す。
 オリオン座から視線を落とすと丘の上の天文台が見える。ドーム型の天井が開いていた。きっと君はそこからあの星を見ているだろう。見方は違えどあの日のように・・・

 同じ夜空を見ている。






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