上 下
28 / 139
クソザコナメクジくん、異世界に行く

閑話 檜山健次の回想

しおりを挟む
 死なせるつもりは無かった。

 檜山健次が橿原ダンジョンの第3層で柊和也に宝箱を開けるように指示したのは、罠の可能性を考慮したからだ。一般的に宝箱がミミックである可能性は第10層以降であり、罠を考慮に入れるのも第5層からとされている。

 だがそれは一般的な宝箱の話であり、妖精の小径に出現する宝箱については、その希少さから報告は少ない。

 檜山健次はそれほど自分の幸運を過信していない。

 ステータスが可視化された時に自分が一般的な平均値より劣っていることを知った。空欄の技能に自分は選ばれた人間では無いと知った。自分は持たざる者だと言う認識があった。

 であればこそ、手に入れなければならなかった。だから高校に入学してすぐに回復魔法の技能を持つ相田蒼太を仲間に引き入れた。相田の技能を餌に久瀬弘樹も仲間に入れた。檜山健次にとってレベルを上げてステータスを引き上げることは急務だった。

 だから檜山健次は妖精の小径に宝箱があったところで、それが当たりだとは素直に信じなかった。自分の下にそんな簡単に幸運が転がり込んでは来ないと檜山健次は知っていた。

 だから柊和也に開けさせた。

 罠が仕掛けられている可能性を考慮したからだ。

 檜山健次にとって柊和也は必要な奴隷だ。単なるストレスの発散先というわけではない。自分たちがよりレベルを上げてその恩恵を受けるための踏み台だった。必要な駒であった。傷ついてもいいが、無くなっては困る。

 だからミミックというのは檜山健次にとっても完全に予想外だった。

 宝箱が柊和也に食らいついたとき、もしかしたら一番驚いていたのは檜山健次だったかも知れない。進退について一瞬悩んだのも本当だ。

 2対1であれば、第3層のモンスターを相手に檜山健次たちは手こずるものの勝てる。妖精の小径の先にあった小部屋は通路よりも広く、3人で戦うことが十分にできる。危険はあるが勝算もあった。

 戦うか?

 そう頭に過ったのは本当だ。柊和也が背負ったままのリュックサックに入った魔石が惜しいということもあった。戦うことの危険と、その両方を天秤に掛けて、檜山健次は迷った。柊和也という奴隷を失うことは惜しかった。

 本当に死なせるつもりは無かったのだ。

 しかしそれも柊和也がミミックに丸呑みにされるまでの話であった。人が1人、簡単に宝箱に飲み込まれた。次は自分の番かも知れない。そんな思いが檜山健次の後ろ髪を引いた。

「やべぇ、弘樹、蒼太、逃げるぞ!」

 気が付けばそう叫んでいた。

「魔石は!?」

 久瀬弘樹がそう言ったが、檜山健次の心はすでに戦う意思を失っていた。

「構ってる場合か! あいつが食われてる間にここを出るぞ!」

 檜山健次たちは這這の体で妖精の小径から逃げ出した。記憶を頼りにポータルに戻ろうとした。困ったことにマップは柊和也と共にミミックに食われてしまった。檜山健次たちは言葉通り手探りでポータルを目指さなければならなかった。

「今のうちに口裏を合わせておこうぜ」

 そう提案したのは久瀬弘樹だった。必要なことだと檜山健次は思った。柊和也が行方不明ということになれば、必ず事情を聞かれる。3人で証言がばらけないように話を合わせておく必要があった。

「全部あいつにおっ被せちまおう」

「妖精の小径を見つけたのもあいつ、入ろうと提案したのもあいつ、宝箱を開けたのもあいつってことか」

「それから俺たちはあいつを助けようと戦ったが、敵わなかった。ミミックに勝てないのは不自然じゃない。撤退は当然の判断だ」

「それっぽく服とか破っとくか?」

「わざとらしくなってもマズいからそれはダメだ。破れたところを検証とかされたらたまったもんじゃない」

 檜山健次たちはしばらく迷うことになったが、やがて他の探索者と出会い、頼み込んでポータルまで案内してもらうことにした。何食わぬ顔でダンジョンを退場し、バスで大和八木駅前まで戻ってそこで3人は別れた。

 翌日を怯えながら過ごした。ダンジョン内に日本の法は及ばない。探索者は自己責任だ。だから例え自分の行いが知られたところで罰せられることはない。だが追及の手が伸びてくることは分かっていたし、それがやってくるまでは恐ろしく思えた。

 月曜日になり、学校でまだ誰にも追及の手が及んでいないことを確認した。HRで柊和也がダンジョンに入場したまま行方不明であることが告げられた。休み時間に相談して、名乗り出ることに決まった。黙っていてもダンジョン管理局は自分たちに辿り着くと分かっていたからだ。

 檜山健次たちの自白を受けて学校側はすぐにダンジョン管理局に連絡を取り、彼らは学校で調書を取られることになった。別々の部屋で同時に調書を取られたが、口裏は合わせてあるので大丈夫なはずだった。

 そうだ。大丈夫だ。

 柊和也が化けて出てこない限りは。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

腐った伯爵家を捨てて 戦姫の副団長はじめます~溢れる魔力とホムンクルス貸しますか? 高いですよ?~

薄味メロン
ファンタジー
領地には魔物が溢れ、没落を待つばかり。 【伯爵家に逆らった罪で、共に滅びろ】 そんな未来を回避するために、悪役だった男が奮闘する物語。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう
ファンタジー
なろう様でも投稿しています。 真夏の昼下がり歩道を歩いていた「加賀」と「八木」、気が付くと二人、見知らぬ空間にいた。 そこに居たのは神を名乗る一組の男女。 そこで告げられたのは現実世界での死であった。普通であればそのまま消える運命の二人だが、もう一度人生をやり直す事を報酬に、異世界へと行きそこで自らの持つ技術広めることに。 「転生先に危険な生き物はいないからー」そう聞かせれていたが……転生し森の中を歩いていると巨大な猪と即エンカウント!? 助けてくれたのは通りすがりの宿の主人。 二人はそのまま流れで宿の主人のお世話になる事に……これは宿屋「兎の宿」を中心に人々の日常を描いた物語。になる予定です。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

処理中です...