タイムトラベル同好会

小松広和

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第1章 タイムトラベル同好会というクラブ

第5話 絞り出された知恵

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 ここまできたら引き下がるわけには行かない。俺は更に胡桃に手を近づけて言った。
「いいから貸してくれ。あの定期がないと作戦二を実行できないじゃないか」
「とにかくこの定期券みたいなものは渡さないからね」
なんてことだ。こんなことなら昨日の内に受け取っておけば良かった。昨日なら簡単に受け取れたような気がする。

「いいから貸せよ」
俺は強めの口調で言ってみた。
「嫌よ!」
胡桃も頑固だ。
「なんでだ?」
「だから言ってるでしょ。危ない目にあったらどうするつもり?」
「もしかして俺のことを心配してるのか?」
「ち、違うわよ!」
胡桃は誰もが驚くような大きな声で叫んだ。周りの人が一斉にこちらを見る。

「お前の方が恥ずかしいだろ!」
「とにかくここを離れるわよ」
胡桃は俺の手を引っ張って駅から離れた方向に走り出した。
 俺たちが避難した場所は雑居ビル群から離れた場所で住宅なんかもちらほら見られる。もう少し行けば水田があるのを考えると、ここは街ではなく町なのかもしれない。

 しかし、よくこんなところまで俺を引っ張ってこれたものだ。よほど恥ずかしかったのだろう。ていうか凄い体力と腕力だ。物理的な喧嘩は避けた方が賢明のようだ。
「ここまで来たら大丈夫ね」
「ここまでって遠くへ来すぎだろう」
「いいから、もう未来人のことは忘れなさい」
「何言ってるんだ。こんなチャンス二度とないぞ」
「だから未来人なんていないって言ってるでしょう」

 胡桃は一向に考えを変えない。ここは落ち着いて未来人の存在をわかりやすく説明したいところだが、俺のボキャブラリーのなさを考えると不可能だろう。
「未来人が存在しないんだったら好きにさせてくれ」
「恥ずかしい真似は止めて!」
「お前に関係ないだろ?」
「そりゃそうだけど・・・・」
胡桃の声が小さくなる。

「ほら、あなた制服のままだし・・・・」
「じゃあ、私服でやればいいんだな?」
「それも駄目!」
「なぜだ!」
「だから危ない目に遭うかもしれないって言ってるでしょ」
「遭わねえよ!」
「きっと遭うわ。さあ、もう帰りましょう」
胡桃は振り返ると、元来た道を歩き始めた。

「おい、待てよ」
「いいから帰るわよ」
「定期券貸せよ」
「駄目」
胡桃はベーと舌を出して言った。

 その夜、俺はない知恵を絞り出していた。
 さて、これは困った。何とか胡桃から例の定期券を奪わないといけないのだが。まさか力ずくで取り上げるわけにもいくまい。確実に取り上げる自信もいない。鞄からそっと盗み出す? 女の子の鞄をあさるなど俺にはできない。完全なる犯罪だ。何かいい作戦はないものか?

 次の朝、俺は胡桃の家に向かった。向かったと言っても隣なのだが。
「お~い、胡桃。学校へ行こうぜ」
「あら、真歴君。朝、誘いに来るなんて久しぶりね。胡桃もきっと喜ぶわ」
小学校低学年の頃はこうやって朝誘いに来たものだ。

「胡桃起きてます?」
「今日もいつものように寝坊してたけど、もう飛び出してくる頃じゃないかしら」
すると大慌てで胡桃が飛び出してきた。
「ちょっとお母さん何言ってるのよ!!!」
「また真歴君と学校へ行けるなんて素敵じゃない」
「だいたい、何で真歴が誘いに来るのよ」
「小さい頃は一緒に学校へ行ってただろ」
「それは小学校低学年の話でしょ」
俺はニヤリとした。胡桃の反応が予想通りだからだ。

「早く行こうぜ」
「行ってらっしゃい」
「ちょっとお母さんは黙ってて」
胡桃は母親を後ろ向きにして家の中へ押し込むと会話を続けた。
「そんなことをしたら噂になっちゃうじゃない」
よし、予想通りだ。

「別にいいじゃん」
ここは押せ押せだ。一気に攻めるぞ。
「噂になってもいいの?」
「え? それは・・・・」
噂になるとちょっと困る気がする。俺の今まで築き上げてきた硬派のイメージが根底から崩れてしまうではないか。そこまでは考えてなかったぞ。

「本当に噂になってもいいわけ?」
ちょっと待て。胡桃が滅茶苦茶嫌がって俺に定期券を差し出すっていう作戦なのだが、なぜ嫌がらない?
「それだけの覚悟ができてるなら一緒に学校へ行くわ」
何だと!!! この展開は想定になかったぞ。これはどういうことなんだ。俺と学校へ行くのを嫌がるんじゃなかったのか? 毎日の誘いに困って定期券を差し出すはずじゃなかったのか?

 まさか俺の作戦を見破っているとか。成績学年一位のこいつならあり得る。
「交差点のところで美紀達と待ち合わせしてるわ。質問攻めに合うかもしれないけど、ちゃんと説明してよね」
やはりだ。完全に俺の作戦を見破ってる。やはり頭脳勝負では胡桃には勝てないのだろうか?

「ご、ごめん。今日、日直だったの忘れてた。やっぱり先に行くわ」
そう言い残すと俺は走り出した。
「ちょっと待ちなさいよ!」
後ろから胡桃の声が聞こえる。
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