タイムトラベル同好会

小松広和

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第1章 タイムトラベル同好会というクラブ

第1話 俺の日常

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 今日もいつも通りの退屈な一日が過ぎ去ろうとしている。夕日が差し込む部室で俺はその退屈に逆らい続けていた。俺は退屈という言葉が嫌いだ。人間の一生なんてたかがしれている。八十歳まで生きたとして二万九千二百二十日。この短い時間で何ができるというのか。俺にとって退屈とは時間の無駄遣いに過ぎない。何か目的を持って生きるならば退屈などという概念はあり得ないのだ。
 だから俺は今日もただ一人タイムマシンを作り続けている。

 ここはとある有名私立高校の一室。タイムトラベル同好会の部室だ。同好会なのに部室とはどういうことかと思うかもしれないが、これには深い理由がある。それはタイムトラベル同好会が同好会からクラブに格上げになったばかりで、まだ名前を変更していないというわけだ。大して深い理由でもないか? まあ俺個人としては『タイムトラベル部』と言うより『タイムトラベル同好会』と言う方が好きなのだが。
 タイムトラベルと名乗るくらいだから、『過去や未来に行っていろいろなことを学んでこよう』というのが目的だろうと思うかもしれないが、世の中そう甘くはない。過去や未来など簡単に行ければ苦労などしない。

「先輩。このタイムマシン五号試作機って、粗大ゴミに出しちゃっていいですか?」
作業を続ける俺の横で一人の男がとんでもない言葉を発した。
「なんてことを言うんだ!」
俺は慌てて作業を止め、その男を睨み付ける。
「だって先輩の作ったタイムマシンで部室がいっぱいになっているんですよ」
この生意気な男は我がタイムトラベル同好会の一年生部員である。可愛い女子部員ならまだしも男子部員で口うるさいのは許せぬ。これは決して俺が女好きというわけではない。自慢ではないが俺は生まれてこの方彼女などというものを一度も作ったことはない。身近な友人からは硬派と言われているくらいだ。

「いいか。ここにある機械は全て我が同好会の活動を示す最も大切な証拠である。それを捨てるなど、もってのほかだ」
「でも、このクラブって、温故知新が目的で『昔の人々の気持ちを考え、新たな未来を創ろう』をコンセプトとして作られたんじゃなかったんですか? それならタイムマシンなんて必要ありませんよ。歴史史料を見るので十分です」
さすが有名私立高校に特待生で入学してきただけのことはある。一年生のくせになかなか手強い。

「それは表向きの理由だ。学校を納得させるためのものなんだよ。我がタイムトラベル同好会の真の目的はタイムマシンを制作して過去へ行くことだ。過去へ行っていろいろな歴史上の人物や史実を見てくる。ロマンに満ちあふれているではないか。分かるだろう?」
「そんなの無理ですよ」
ピクリ。俺のこめかみが動く。

「なぜそう決めつける!」
「だって、国家レベルで作り出せないものを、一高校生が作るなんて考えられませんよ」
ピクッピクッ!!
「しかもたった一人で。だいたい先輩の場合、設計段階で無理がありますからね。もう少し物理の勉強をしてから作った方がいいんじゃないですか?」
ガチャ。
 俺は手元にあった日本刀に手をかけ鞘を抜いた。
「言わせておけば好き放題言いやがって。貴様などこの妖刀村正の錆にしてくれるわ!!」
「ひぇ~」
後輩は両手を上に挙げたまま部室を飛び出していった。

「なに模造刀を振り回してるのよ」
後輩と入れ替わりに入ってきたのは、タムトラベル同好会唯一の女子部員である佐々木胡桃(ささきくるみ)だ。俺と同じ高校三年生である。家が近所ということもあり、生まれた時からの幼馴染みということになっている。俺としてはあまり有り難い話ではない。何しろ母親みたいに口うるさい。

「もし、後輩君が同好会辞めちゃったらどうするつもり?」
「それは困る‥‥」
タイムトラベル同好会の部員はわずか五人。うち二人は幽霊部員化しつつある。このままでは部活動として成り立たなくなってしまう。というか学校の規定でお取り潰しになる可能性が強いのだ。ただでさえ幽霊部員化した二人の事実をを隠すのに必死な状況だというのに。

「まったく、真歴(まさつぐ)ったら考えなしなんだから。同好会潰れちゃってもいいわけ?」
「いいわけないだろ」
俺はやや下向きに答えた。俺が作った同好会だ。潰れてうれしいわけがなかろう。そんなことわざわざ口に出して言わなくてもいいではないか。

 胡桃は何事もなかったかのように机に向かうと文章を書き始めた。俺はまた作業を再開したが、あまりに熱心に文章を書いているので少し気になって聞いてみることにする。
「何を書いてるんだ?」
「今月のレポートに決まってるでしょ」
そうだった。タイムマシンを作るのに一生懸命になりすぎてすっかり忘れていたが、タイムトラベル同好会は毎月『歴史的人物の考え』と題した文章を発表することになっているのだ。今月のテーマは確か清少納言だったっけ。

「それとも部長である真歴が書いてくれるわけ?」
「いやそれは‥‥」
どうやら墓穴を掘ってしまったようだ。胡桃は頭脳明晰成績優秀であるため、このようなレポートなどは一時間もあれば簡単に仕上げてしまう。俺が書くとそうはいかない。文才がないというか、何というか。とにかく時間がかかってしまうのだ。

「変な機械作ってないでこっち手伝ってよ」
胡桃は現在制作中のタイムマシン七号試作機を見ながら言った。
 全く変な機械とはどういう意味だ。もし成功すれば歴史的大発明になるマシンだぞ。
「お前ひとりで書いた方が早いだろう」
「そんなこと・・・・ないわよ」
胡桃の声がやや小さくなる。

「とにかく、真歴の頭脳レベルで考えたタイムマシンなんて成功するわけないんだから、そんな部費の無駄遣いするくらいなら手伝てって言ってるのよ」
「それはどういう意味だ」
「じゃあ、どんな理論で作っているの? 言ってみなさいよ」
「いいかよく聞け。これは高速回転型のタイムマシンだ」
「は?」
「社会の時間で習ったから知ってるとは思うが、日本からアメリカへ行くときは日付変更線を通過するため日にちを一日戻さなくてはいけない。そこでこのタイムマシン七号機を南極点に設置し、日本からアメリカの方へ高速回転させれば過去へ行けるというわけだ 」
俺は自慢げに七号機を叩いた。

「バカ」
冷たい胡桃の一言が俺の心臓をえぐる。
「なぜだ!」
胡桃はため息を一つつくと何も答えない。これがまた余計に腹が立つ。
「完璧な理論じゃないか」
「・・・・」
「おい、何とか言えよ」
「そんなもの何回転しても同じよ」
「そんなわけあるか」

「いい? 時間というのは地球一周を二十四時間に分けてるだけなのよ。分かる?」
「???」
学年成績一位に言われると俺の完璧な理論も自信がなくなってくるから不思議だ。
「しかし、このマシンは」
「もうすぐ下校時刻ね」
「俺の話を聞け!」
これが俺の日常だ。俺を理解する者はいないが俺は今日も一人で戦い続けている。
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