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第二章

第86話:一つの疑惑が浮上する

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 物々しい雰囲気に街が包まれた、三日後の朝。出歩く人はおらず、店や市場が開かれていないこともあり、街全体が静まり返っていた。

 朝から一人も視界に映らない外の景色を、ルーナは神妙な面持ちで眺めている。

(なんだろう、今日は変な気がする。この街に二年もいるのに、こんなにも静かなのは初めて……)

 石化した足の影響でベッドから起き上がれないルーナは、限られた情報しか入ってこない。特に最近は、エリスにポーチ作りがバレないように話題を気を付けていることもあって、平凡な会話をしてばかり。外の情報を多くくれるエリスから、有益な情報を遮断してしまっていた。

 ソワソワと落ち着かないまま過ごしていると、不意に、家の中で物音が聞こえてくる。ゆっくり近づいてくる足音に意識を向けていると、部屋の扉が開かれた。

「ルーナちゃん、ただいま。今日のお昼は何が食べたい?」

 何食わぬ顔でやって来たエリスは、いつもより帰りが早い。そして、いつもの光景が見当たらなかった。

「ジルくんはどうしたんですか? 今日も一緒に錬金術ギルドへ行きましたよね?」

 ルーナお姉ちゃ~ん、と言いながら飛び込んでくる、ジルがいないのだ。異様に静かな街並みに、平凡な日常に訪れた小さな変化を感じ、ルーナは異変を察する。

 街が何かの脅威にさらされている、と。

「止めはしたんだけど、アーニャさんについていくって、ジルが言うことを聞かなくて。たまにあるんだよね、妙に我が儘になること」

 そう言いながら、ルーナに近づいたエリスは近くの椅子に腰を下ろす。

「何かあったんですか? 今朝から街が静かですよ」

「あぁー……、やっぱり気づくよね。街の近辺に魔草ラフレシアと魔封狼が住み着いたみたいで、特定環境破壊第二級に認定されちゃってね、冒険者に一斉招集がかかったの。変な心配を与えないようにって、アーニャさんに止められてたから、言わなかったんだよね」

 おかしい、そう感じたルーナは、キリッと表情が引き締まる。

(特定環境破壊第二級って、姉さんなら一人ですぐに終わらせることができるわ。多分、私でも一人でできるもの)

 とんでもないほどの規格外姉妹のなかでは、世間一般で危険視される基準が通用しない。そして、本当に一人で終わらせた実績がアーニャにはあった。

 四年前、最近暇なのよねー、と愚痴をこぼしていたアーニャは、ラフレシアと魔封狼が大規模繁殖した際に、嬉々とした表情で駆け付けたのだ。

 大地が毒で腐食し、冒険者たちが魔封狼に苦戦するなか、現場にいたギルドマスターに進言。全員を一時撤退させた後、ルーナと二人で向かい、一瞬で地形を変えた。

 一回やってみたかったのよ、地層落とし、などと意味わからないことを言い、フンッ! と大地に手を差し込むと、ゴゴゴッと地層を剥がした。何が書いてあるのかわからないと思うが、文字通り、アーニャは地層の塊を採取し始めたのだ。

 大地ごと引き剥がされるというアーニャの恐ろしい攻撃に、地中深く根を張っていたラフレシアは大混乱。次々に地層ごと採取され、ポイポイッと空中へ投げられた。

 これには、魔封狼も大混乱である。いきなり地面が揺れて地層が剥がされ、大きな落とし穴に叩きつけられたと思えば、頭上から地層の塊が落ちてくるのだ。絶対に逃げ場がないほど深い落とし穴に埋もれた魔封狼は、次々に地層に押し潰され、地面の中に埋もれていった。

 特定環境破壊第二級など関係ない、歩く環境破壊生物、それが破壊神アーニャなのである。

 なお、この件に関しては、冒険者ギルドにとても褒められた。偶然にも、地層を引き剥がしたことで毒地化した部分が埋もれたし、ミネラルが豊富な土壌に生まれ変わったから。現在、そこにはおいしい野菜が実る村ができたという噂である。

 そんな良い思い出(?)があり、簡単に終わらせることができる環境破壊第二級というイベントに、街が一丸となって協力していることがおかしい。ちょいちょいっとアーニャが出向いて、終わらせればいいだけなのだ。

「姉さんはどうしてるんですか? 急遽、ジルくんと一緒に月光草の採取に向かう必要があったとか?」

「アーニャさんは西門を防衛することになったの。ギルドマスターと話し合いをしてる時に、妙に嫌がってたみたいだったから、現場に行かないことになったんだよね」

「大地を破壊できると喜んでいた、の間違いじゃなくて?」

 二人のイメージするアーニャの温度差が、酷い。

「うん。ギリギリって歯を食いしばってたから、良い思い出がないんじゃないかなーと思ってたんだけど……、違った?」

 真剣な顔で向き合うルーナの表情が気になり、次第にエリスは不安になり始めていた。何かマズいことを言っちゃってるのかな、と。

「姉さんって、待つことが嫌いなんですよね。待ち合わせをしても、一分でも時間が遅れると怒るんですよ。それは相手が魔物でも同じで、情報の場所に魔物がいないと、巣穴を探して討伐に行きます。来るかもわからない魔物を待ち続けるなんて、絶対にあり得ませんよ」

 ルーナが知っているアーニャと、今まで自分が見てきたアーニャの姿が一致せず、エリスは違和感を覚える。そして、その違和感は今までにも何度かあった。

「もしかして、アーニャさんって魔除けのポプリを付けることはない?」

「見たことないですね。姉さんは魔除けのポプリを魔物並みに嫌っているので、冒険者ギルドから魔族の疑いがかかったくらいです」

「さすがに戦闘でジェムを使うことはあるよね?」

「一度も使ったことはありません。姉さんは魔力が湖のような規模でありますから、まず魔力切れを起こさないので」

「結界石を使うことは?」

「夜の方が魔物が強くて喜ぶような人ですよ。一人で歩き進めて、魔物を蹴散らすと思います」

 ジーッと目を見つめ合う二人は、互いに何を言っているのか理解できなかった。アーニャの話をしているはずなのに、別人のような印象を持ってしまう。

 しかし、二人ともアーニャとは付き合いが長く、気を許し合う仲である。一度疑い始めると、おかしいと思うことが次々と頭に思い浮かぶ。

 そして、互いに一つの結論を導き出し、同時に呟いた。

「姉さん、弱くなってる?」

「アーニャさん、戦えない?」

 奇しくも、西門をアーニャが一人で防衛しているなか、ずっと隠し続けてきたことが気づかれてしまうのだった。
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