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第二章

第75話:ゴーンおじちゃん

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 ルーナにお使いを頼まれたジルは、一人で冒険者ギルドへ向かった。

 錬金術ギルドの隣に建設されているため、迷うことはない。気合の入ったジルは、堂々と胸を張って歩いていく。絶対にルーナお姉ちゃんに褒めてもらい、カッコイイところを見せるんだ、そう強く思いながら。

 無事に冒険者ギルドに到着して、扉を開けて中へ入ってみると、ジルの心の余裕は消えてしまう。外観は何度も見たことがあるけれど、中を見るのは初めてだったのだ。

 いくつも丸い机が置いてあり、装備を整えた冒険者たちが座っている。依頼掲示板にはパーティで群がり、あーでもないこーでもないと、受ける依頼を精査。そして、依頼を出す幅広い層の住人たちが何人か立ち尽くしていた。

 朝のピークが終わった後で、人が少ないことだけは助かっただろう。体格の小さい子供のジルであれば、揉みくちゃにされて大泣きをしていたかもしれない。

 ただ、初めてのお使いでどうしたらいいのかわからないジルは、挙動不審になってキョロキョロと周囲を見回す。そのジルの姿を見た冒険者たちは、キリッと表情を引き締めた。

 エリスさんの弟がいるぞ。
 今日はアーニャさんと一緒じゃないみたいだ。
 誰かを探してるみたいよ。

 ほとんどの人がジルを気にして、チラチラと確認している。

 この街の守り神と呼ばれている、エリス。その弟と知られるジルに、失礼があってはならない。もし何かあったら、エリスさんが落ち込んでしまう。それだけでなく、破壊神アーニャが攻め入ってくる可能性があるのだ。

 何か問題が起こるようだったら、全力で助け出す! それが、この街の冒険者である俺たちの使命だ! などと思い、目が血走っていた。

 無駄にピリピリとした空気を冒険者たちが作るなか、ゆっくりと歩き始めたジルは、一人で椅子に腰を掛けるおじさんに近づいていく。

 身長は二メートルでガッチリとした体格を持ち、短い銀髪にイカツイ顔をした男性。巨大な斧を机に立て掛けて異様な雰囲気を放つ姿に、この街の冒険者も避けていた。そんな男性に、ジルは近づいていくのだ。

 ――あのおじちゃん、アーニャお姉ちゃんと雰囲気が似てる。それなら、絶対に良い人だよね。

 などと、なんとなーくの雰囲気だけで判断したジルに、周りの冒険者たちがより一層緊張した。そんな怖いやつに、なぜ近づくのかと。破壊神アーニャに恐れることがないジルは、ただの怖い者好きなのかと!

「ねえねえ、おじちゃん。魔封狼の革を買うところ知らない?」

 ヤバいぞ、下手したら殺される! そう思った街の冒険者たちが武器に手をかけ、ガタッと椅子を揺らして戦闘態勢を取った。何が起きてもジルを守りきるために。

 声をかけられたイカツイ男性は、ジルを睨みつけるように見下ろした。

「おじちゃん、知ってる。そこに貴様を案内してやろう」

 何だこいつは! 実は善人だったのか!? 冒険者ギルドに変な空気が流れ始めた。とりあえず、いったん様子を見ようと武器を離し、冒険者たちは聞き耳を立てる。

「ありがとう、おじちゃん」

「違う、おじちゃんの名前は、ゴーンだ。貴様の名前になど興味はないが、手を繋いで連れて行ってやろう。迷子になるといけないからな」

 二メートルという大きな体格を持つゴーンが立ち上がると、子供のジルと大きすぎる身長差が生まれる。それをカバーするために、ゴーンはわざわざ膝を曲げて中腰になり、ジルと手を繋いだ。さらに、子供の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩いてあげている。

 それを見た冒険者たちは、「見た目の割に良い人なんじゃないか」「ギルド内で迷子にはなることはないだろう」などと、混乱が続く。

「うん、ゴーンおじちゃんは優しいね」

「勘違いするな。ゴーンおじちゃんは子供が好きなだけで、貴様が特別ではない。昨日は、迷子の男の子が道端で転んでいるところを見つけ、タカイタカイして慰めた後、オレンジジュースを買ってあげた。泣き止んだ後に、家まで送り届けてやったぞ。わかったか、ゴーンおじちゃんは無差別で子供が好きなんだ」

 間違いない! ただの良いやつじゃねえか! 冒険者ギルド内に、はぁ~、と安堵のため息がこだました。

「えーっ! カッコイイ! でも、僕は一人でお使いに来たから、家までついてきちゃダメだよ? お使いは一人でやらないと、褒めてもらえないの」

「お使いができる貴様、偉い」

「まだ途中だよ。ちゃんと買って帰らないとダメだからね」

 和やかな雰囲気でジルとゴーンがカウンターにやってくると、受付の女性は顔が引きつった。この二人の相手をするのが、なぜ私なんだろうか、と。

「おい、女。この子がお使いに来たぞ。偉いよな。まずは褒めろ、話はそれからだ」

 全部聞こえてましたよ、と思いつつも、受付女性はぎこちない笑顔を作ってジルの方を向く。

「そ、そうなんだ、偉いね~」

「ありがとう。それでね、魔封狼の革が欲しいの。お姉さんが売ってくれるの?」

 当然売ってやるよな、というゴーンの視線が痛い。なぜなら、魔封狼の革は貴重な素材で在庫がないのだから。

「ご、ごめんね。いま冒険者ギルドに魔封狼の革はないの。この辺りにあまりいない魔物だし、次はいつ入荷するかもわからないんだー」

「えーっ! どうしよう、エリスお姉ちゃんにポーチを作ってプレゼントしようと思ったのに……」

 しょぼーんとするジルを見て、ゴーンはすぐに動き出す。持っていたバッグに勢いよく手を突っ込み、一枚の立派な毛皮を取り出した。

「おい、女。買い取り素材があるのを忘れていた。これを買い取れ」

「ええっ! ちょ、な、なんで持ってるんですか? これ、魔封狼の革ですよね?」

 自然な形でお使いを成功させるために、最初から黙ってたな! こいつ、どこまで良いやつなんだよ、と、冒険者たちは心の中で突っ込んだ。

「本当? ゴーンおじちゃん、魔封狼の革を持ってたの?」

「偶然だな。まさか魔封狼の革がバッグに入っていたとは。おい、女。早く買い取って売りさばくがいい。ただし、バッグの奥底に眠っていたものだ。値段が落ちてしまうのも無理はないよな」

 値引き交渉もすんのかい! と、机をバンッ! と叩く冒険者まで現れた。心の中で突っ込み続けるには限界がある!

「……はい、勉強させていただきます。えーっと、お金はいくら持ってるのかな?」

 そして、ここまで注目を浴びたこともあり、受付女性も断ることができなかった。

「うーんとね、これをルーナお姉ちゃんから預かってきたの」

 ルーナのギルドカードと購入代理申請書をポケットから取り出して渡すと、受付女性は驚愕の表情を浮かべる。

「る、の、冒険者カードと直筆の代理書!?」

 ガタガタッとあちこちで冒険者たちが立ち上がった。ゴーンの子供贔屓びいきの行動など、もはやどうでもいい。それ以上の事件が、目の前で起こってしまったのだ。

「ルーナちゃんは昏睡状態じゃなかったのか」

「魔物の呪いで精神が病んだと聞いているわ」

「壮絶な苦しみに耐え切れず、王都の地下に隔離されていると聞いたぞ」

 二年に渡る長き間、一切顔を見せなくなったルーナのことに多くの憶測が飛んでいた。治療薬を作るためにアーニャが錬金術師になった影響もあり、相当悪い状態なのではないかと、根も葉もない噂まで飛び交っている始末。

 それなのに、ルーナの冒険者カードを持ってきただけでなく、直筆の代理書までジルは持ち込んだのだ。呪いに苦しみながらも、ルーナが元気に過ごしている証拠になる。

「ちゃんと買える? ルーナお姉ちゃんもね、多分って言ってたから、もしかしたら使えないのかなーって」

「そ、そんなことないよ。ちょっと待ってね。す、すぐに準備をするから」

 とんでもない朗報が入ったギルド内は、一気に忙しくなり始める。魔封狼の革を瞬時に査定し、代理書に書かれたルーナの文字を別の職員が三人係りで細かくチェック。

 ギルドカードの裏に書かれたルーナのサインと照らし合わせても、文字を震わせて書いた形跡がない。それはつまり……。

「自分に必要なものを購入するため、わざわざこの子を使いに出したのよ」

「回復傾向にあるってことですよね! 冒険者活動を再開する準備なのかもしれません」

「ご無事だったんですね……。【女神】ルーナ様!」

 ツンツンした態度で喧嘩を買い続けた【破壊神】アーニャとは違い、愛想よく振る舞う子供好きのルーナは【女神】と称賛されていた。

 姉妹で一緒に冒険者活動をしていたこともあり、アーニャと比較された影響が大きいのだろう。アーニャの起こす問題行動をフォローし、憤怒する姉をなだめる姿は、慈愛に満ち溢れている。厳しい魔物の討伐依頼を積極的に受け、街の平和維持に貢献するルーナは、地上に舞い降りた女神なのだ。

 ギルドの職員たちが涙を浮かべて喜ぶほど、ルーナは愛されている。アーニャの名前を聞けば、違う意味で涙を流す者も多いが。

「ちゃんとお使いができそうでよかったー」

 そんなことがわからないジルには、全く関係がなかった。そして、もう一人だけ気にしていない人物がいる。

「頑張ったな、貴様。帰りは寄り道せずに帰らないとダメだぞ。家に帰るまでがお使いだからな」

 子供大好き、ゴーンである。

「うん、大丈夫。ゴーンおじちゃんが買い取りに出してくれたおかげだね。ありがとう!」

「気にするな。偶然バッグに入っていただけで、いらない素材だった。貴様のために出したわけじゃない。それより、最後にこれを見ろ。ジャーンッ! 魔封狼の革がもう一枚あるぞ。これはお使いを頑張る貴様に、ご褒美としてくれてやろう」

 甘やかしすぎだろー! と突っ込む者は、もういない。ルーナが無事に生きていることが証明されたいま、ひたすら子供に甘いオッサン、ゴーンのことなど他愛のないことである。

「えーっ! ゴーンおじちゃん、すっごいいい人だー! ありがとう、大事にするね」

「エリスお姉ちゃんとやらのポーチと、オソロっちで貴様のポーチも作るといい」

「じゃあ、ルーナお姉ちゃんにお願いしてみる!」

「ちゃんと名前を書くんだぞ。じゃあな、貴様がいい子にしていたら、また会うかもしれない。ゴーンおじちゃんは、頑張る子供の味方だからな」

「うん、絶対いい子にするね。ばいばーい!」

「ばいばい」

 一足先にギルドを後にするゴーンのおかげで、ジルは魔封狼のお使いを無事に成功するのだった。
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