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第二章
第64話:魔力酔い
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昼ごはんを食べたアーニャとジルは、月光草の採取へ向かうために、再び足を動かした。
静かに歩き進めた甲斐もあって、魔物に出会う回数は少なく、予定よりもジェムの消費を抑えることに成功。日が暮れる頃には、月光草を採取する山の麓に到着……したまではよかったものの、アーニャが足を止めると同時に、力が抜けるようにジルがバランスを崩す。それに気づいたアーニャがジルの体を支えた。
「ごめんなさい。さっきから気持ち悪くって」
「早く言いなさいよ。大丈夫だと思って、普通に歩いてたじゃないの。まあいいわ、今日はここで休む予定だったから、先に横になっていなさい」
「うん……」
ジルを横に寝かせた後、アーニャはマジックポーチから手の平サイズの小さな石を四つ取り出し、自分たちを囲うように置いた。その石にアーニャが一つずつ魔力を流し入れていくと、共鳴するように輝き始める。
「アーニャお姉ちゃん、それは?」
「高ランクの魔石をうまく加工すると、結界を作れるようになるの。長くても半日しか持たないし、コスパは最悪なんだけどね。安全に夜を過ごせるっていう意味では、便利なアイテムになるわ」
Bランク以上の魔石を四つも使用しなければならない結界石は、最低費用が四百万円であり、効果はたったの半日だけ。安全に夜をやり過ごせるとはいえ、使われるケースは稀になる。普通はパーティメンバーと交互に見張りをして、魔物を警戒するから。
「アーニャお姉ちゃんは何でも知ってて、すごいよね。僕なんか、歩いてただけでこうなっちゃったのに」
「別にすごくはないわ、経験の差よ。それに、あんたが気持ち悪くなったのは、先導していた私の不注意でもあるわ。魔力酔いが起こることを忘れていたのよ」
月光草という特殊な薬草が育つこの山は、土地全体が特殊な強い魔力を帯びている。ジルのように魔力やマナに敏感な人間が近づくと、必要以上に身体に干渉してしまい、体調不良を起こすケースが多い。
当然、アーニャはそのことを考え、早朝に出発していた。一晩ここで過ごして体を慣れさせ、翌日に採取をしようと思っていたのだが……、いつも以上に魔物を警戒していたこともあり、それどころではなかった。
「お酒も飲んでないのに、酔っぱらっちゃうの?」
「まあ、そんなとこよ。マナや魔力に敏感な人はね、身体に影響を受けやすいの。この土地の魔力に体が馴染めば、すぐに落ち着いてくるわ。だから、今日はゆっくり寝てなさい」
「うん。アーニャお姉ちゃんは大丈夫なんだね」
「私も魔力酔いしやすい方だけど、体が慣れてたみたいで違和感がないのよね。だから、まだ大丈夫だと思って油断してたの。嫌な思いをさせて悪かったわね」
弱々しく首を横に振るジルを見て、アーニャは胸をキュッと締め付けられた。
嫌な顔一つせずに同行の許可をくれたエリスと、弱体化したことを知っても行動を共にしてくれるジル。二人の信頼を裏切っているような気がして、自分の不甲斐なさを痛感する。
昨日は徹夜して安全対策を強化し、できる限りの準備はしてきたつもりだった。でも、声も出せないくらい気持ち悪そうなジルを見れば、言い訳にもならないと感じてしまう。
「たまに、魔力酔いでめちゃくちゃ気持ち悪くなる人がいるわ。何かやってあげられるわけでもないけど、本当に大丈夫なの?」
自分がそういう人だと、アーニャは言わない。魔力酔いのツラさを知っていたのに、ジルの顔色すら確認せずに歩いていたのだから。
素直に、ごめん、と謝れない自分が情けない。
「呪いで寝込んでたときより、全然楽だよ。あのときは、呼吸も苦しかったもん」
心配そうにジルの顔色を覗き込むアーニャに、ジルは優しく微笑む。
ジルは不謹慎だと思いつつも、アーニャが心配してくれて嬉しい。大切に思ってくれているんだなと、悲しそうな表情から伝わってくる。
「比較対象が重すぎるわ。全然参考にならないじゃないの。まあ、大丈夫ならいいわ。あんたは動けそうにないし、今から私がオムライスを作ろうと思うんだけど、一緒に食べるなら作ってあげるわよ?」
「アーニャお姉ちゃんのオムライスは食べたいけど、今は食べられないかなぁ」
「そう。何かあったら、今度は黙ってないでちゃんと言うのよ。わかったわね?」
「はーい」
朝から歩き続ければ、お腹が空くのも当然のこと。結界石の中であれば、香りや音を出しても周りに気づかれることはないため、普通に過ごせる利点は大きかった。
ジルのことを気にしながらも、マジックポーチから料理セットを一式取り出したアーニャは、野外で調理を始める。
手慣れた動きとは言えないものの、アーニャが手間取る様子はない。月光草の採取に来るときや、夜食で食べるオムライスは自分で作っている。なんとなーくであれば、料理ができるのだ。……おいしいとは限らないが。
必死になってアーニャが料理をした結果、一応、皿の上にはオムライスが出来上がる。
黄色いはずの卵が黒く染まり、上からケチャップをかけても誤魔化しきれない、無惨なオムライス。ジルが食べると言わないでよかったと思うくらいには、見た目がよろしくなかった。
黒焦げオムライスを見せたくないアーニャは、ジルに背を向けて食べ始める。
(なんか、おいしくないわね。こんなに料理が下手だったかしら)
ベチャベチャと水分の多いチキンライスに、焦げた卵の苦味が合わさるだけでなく、ケチャップの量が多くて、味が濃い。中和するために飲む水が一番おいしいと感じるのは、さすがに切なかった。
大好きなオムライスがおいしくなくて、哀愁が漂うアーニャの後ろ姿を見たジルは、嬉しそうに笑い始める。
「アーニャお姉ちゃんは料理ができないんだね。ルーナお姉ちゃんが教えてくれた通りだぁ」
作るところをちゃっかり見てるんじゃないわよ、隠した意味がないわ、と、ちょっぴりアーニャは拗ねる。
「毎日ルーナと仲良く話してると思ったら、何の話をしてるのよ。私は器用な方だけど、完璧な人間じゃないの。できないことなんて山ほどあるわ」
「でも、料理と錬金術は似てるよね?」
「面倒な作業が多くて、作ってる最中にイライラするところは似てるわね。火にかけて放っておくと、黒く焦げるところも似てるわ」
「火力が強いだけだよ。アーニャお姉ちゃんなら、上手に作れるようになると思うよ」
「却下ね。私は食べる専門でいいの。料理はあんたに任せるわよ」
「そっかぁ。ごめんね、今日は作れなくて」
「責めるために言ったんじゃないわ。それより、本当に大丈夫なの? 月光草の採取にはルーナの命もかかってるんだし、痩せ我慢はしなくてもいいのよ。何かあれば、遠慮なく言いなさい」
子供なのにまったく我が儘を言わないジルに、アーニャの心配は加速していた。
(昼ごはんを食べたあたりから、不自然なくらい静かだったわね。俯いて歩いていたし、手を繋ぐ力も弱かった気がする。普通では考えられないけど、随分前から魔力酔いの傾向があったんじゃないかしら)
それでも、嫌な顔を一つせずに歩いてきたなんて……と、感慨深い思いになるアーニャは、ジルの恋心に気づかない! アーニャを恋愛対象と意識したジルは、ピクニックデートをしている気分だったのだ。
恋愛経験が乏しいジルは、幸せすぎて力が抜け落ち、アーニャと目線を合わせられなくなるほど恥ずかしかっただけ。力強く握り締めてくれる手を意識して頭がパンクしていたし、魔物を守ってくれる姿はかっこよかった。しかも、何度大丈夫だと言っても、アーニャは心配してくれる!
年上のお姉さんに優しくされ続けたジルは、もう、恋愛のブレーキが壊れてしまう……。
「えっと、じゃあ、一つだけお願いしてもいい?」
「やっぱり我慢してたんじゃないの。ここまで私に気を遣わせるなんて、あんたくらいしかいないわよ、まったく。それで、どうしたのよ。喉が乾いたの? お腹が空いた? ああ、わかったわ。背中に毛布を引いてほしいのね。仕方ないわね、私の毛布を貸してあげ……」
「傍に、いってもいい?」
「……はぇ?」
アーニャは混乱する!
酷い魔力酔いをした経験があるにもかかわらず、まったくジルの心が読めない。周囲が暗いこともあり、ジルが頬を桜色に染めていることにも、アーニャは気づかなかった!
「だ、だって、周りが暗くて怖いんだもん。アーニャお姉ちゃんが近くにいてくれないと、寂しくって」
恋愛のアクセルをベッターーーッ! と踏み込むジルは、過去一番といっても過言ではないくらい積極的になり、アーニャに甘える!
「……はぇ?」
しかし、アーニャはぜっっっんぜん気づかない! ジル以上に恋愛経験の乏しいアーニャは、鈍感すぎるのだ!
「やっぱり、ダメ?」
「べ、別にそれくらいならいいわよ。ちょっと待っていなさい。片付けだけしたら、そっちに行ってあげるわ」
動揺するアーニャは、ひゃあ!? と小さな小石でつまづき、ガシャンガシャンと鍋やらフライパンを落とし、てんやわんやで後片付けを済ませる。そして、一応、歯を磨く。
これは、やましい気持ちや変な思いはなく、ただのエチケットである。近くにいてほしいと頼んだら、急に口がケチャップ臭い女性が現れるのは可哀想だと、気遣いのできる女、アーニャは思ったのだ。
(わかったわ、エリスが恋しくなってしまったのね。夜は心の弱い部分が出やすくなるもの。魔力酔いをさせた私にも責任はあるし、今だけ私はエリスになるわ)
予想だにしていないジルのお願いに、アーニャは冷静になることができなかった。私はエリス、私はエリス、と謎の呪文を心で呟き、ジルの手を握ってあげる。
「アーニャお姉ちゃんの手、あったかいね」
何とも言えない気持ちに襲われたアーニャは、戦闘もしていないのにちょっぴり鼓動が早くなり、なかなか寝付けなくなるのだった。
静かに歩き進めた甲斐もあって、魔物に出会う回数は少なく、予定よりもジェムの消費を抑えることに成功。日が暮れる頃には、月光草を採取する山の麓に到着……したまではよかったものの、アーニャが足を止めると同時に、力が抜けるようにジルがバランスを崩す。それに気づいたアーニャがジルの体を支えた。
「ごめんなさい。さっきから気持ち悪くって」
「早く言いなさいよ。大丈夫だと思って、普通に歩いてたじゃないの。まあいいわ、今日はここで休む予定だったから、先に横になっていなさい」
「うん……」
ジルを横に寝かせた後、アーニャはマジックポーチから手の平サイズの小さな石を四つ取り出し、自分たちを囲うように置いた。その石にアーニャが一つずつ魔力を流し入れていくと、共鳴するように輝き始める。
「アーニャお姉ちゃん、それは?」
「高ランクの魔石をうまく加工すると、結界を作れるようになるの。長くても半日しか持たないし、コスパは最悪なんだけどね。安全に夜を過ごせるっていう意味では、便利なアイテムになるわ」
Bランク以上の魔石を四つも使用しなければならない結界石は、最低費用が四百万円であり、効果はたったの半日だけ。安全に夜をやり過ごせるとはいえ、使われるケースは稀になる。普通はパーティメンバーと交互に見張りをして、魔物を警戒するから。
「アーニャお姉ちゃんは何でも知ってて、すごいよね。僕なんか、歩いてただけでこうなっちゃったのに」
「別にすごくはないわ、経験の差よ。それに、あんたが気持ち悪くなったのは、先導していた私の不注意でもあるわ。魔力酔いが起こることを忘れていたのよ」
月光草という特殊な薬草が育つこの山は、土地全体が特殊な強い魔力を帯びている。ジルのように魔力やマナに敏感な人間が近づくと、必要以上に身体に干渉してしまい、体調不良を起こすケースが多い。
当然、アーニャはそのことを考え、早朝に出発していた。一晩ここで過ごして体を慣れさせ、翌日に採取をしようと思っていたのだが……、いつも以上に魔物を警戒していたこともあり、それどころではなかった。
「お酒も飲んでないのに、酔っぱらっちゃうの?」
「まあ、そんなとこよ。マナや魔力に敏感な人はね、身体に影響を受けやすいの。この土地の魔力に体が馴染めば、すぐに落ち着いてくるわ。だから、今日はゆっくり寝てなさい」
「うん。アーニャお姉ちゃんは大丈夫なんだね」
「私も魔力酔いしやすい方だけど、体が慣れてたみたいで違和感がないのよね。だから、まだ大丈夫だと思って油断してたの。嫌な思いをさせて悪かったわね」
弱々しく首を横に振るジルを見て、アーニャは胸をキュッと締め付けられた。
嫌な顔一つせずに同行の許可をくれたエリスと、弱体化したことを知っても行動を共にしてくれるジル。二人の信頼を裏切っているような気がして、自分の不甲斐なさを痛感する。
昨日は徹夜して安全対策を強化し、できる限りの準備はしてきたつもりだった。でも、声も出せないくらい気持ち悪そうなジルを見れば、言い訳にもならないと感じてしまう。
「たまに、魔力酔いでめちゃくちゃ気持ち悪くなる人がいるわ。何かやってあげられるわけでもないけど、本当に大丈夫なの?」
自分がそういう人だと、アーニャは言わない。魔力酔いのツラさを知っていたのに、ジルの顔色すら確認せずに歩いていたのだから。
素直に、ごめん、と謝れない自分が情けない。
「呪いで寝込んでたときより、全然楽だよ。あのときは、呼吸も苦しかったもん」
心配そうにジルの顔色を覗き込むアーニャに、ジルは優しく微笑む。
ジルは不謹慎だと思いつつも、アーニャが心配してくれて嬉しい。大切に思ってくれているんだなと、悲しそうな表情から伝わってくる。
「比較対象が重すぎるわ。全然参考にならないじゃないの。まあ、大丈夫ならいいわ。あんたは動けそうにないし、今から私がオムライスを作ろうと思うんだけど、一緒に食べるなら作ってあげるわよ?」
「アーニャお姉ちゃんのオムライスは食べたいけど、今は食べられないかなぁ」
「そう。何かあったら、今度は黙ってないでちゃんと言うのよ。わかったわね?」
「はーい」
朝から歩き続ければ、お腹が空くのも当然のこと。結界石の中であれば、香りや音を出しても周りに気づかれることはないため、普通に過ごせる利点は大きかった。
ジルのことを気にしながらも、マジックポーチから料理セットを一式取り出したアーニャは、野外で調理を始める。
手慣れた動きとは言えないものの、アーニャが手間取る様子はない。月光草の採取に来るときや、夜食で食べるオムライスは自分で作っている。なんとなーくであれば、料理ができるのだ。……おいしいとは限らないが。
必死になってアーニャが料理をした結果、一応、皿の上にはオムライスが出来上がる。
黄色いはずの卵が黒く染まり、上からケチャップをかけても誤魔化しきれない、無惨なオムライス。ジルが食べると言わないでよかったと思うくらいには、見た目がよろしくなかった。
黒焦げオムライスを見せたくないアーニャは、ジルに背を向けて食べ始める。
(なんか、おいしくないわね。こんなに料理が下手だったかしら)
ベチャベチャと水分の多いチキンライスに、焦げた卵の苦味が合わさるだけでなく、ケチャップの量が多くて、味が濃い。中和するために飲む水が一番おいしいと感じるのは、さすがに切なかった。
大好きなオムライスがおいしくなくて、哀愁が漂うアーニャの後ろ姿を見たジルは、嬉しそうに笑い始める。
「アーニャお姉ちゃんは料理ができないんだね。ルーナお姉ちゃんが教えてくれた通りだぁ」
作るところをちゃっかり見てるんじゃないわよ、隠した意味がないわ、と、ちょっぴりアーニャは拗ねる。
「毎日ルーナと仲良く話してると思ったら、何の話をしてるのよ。私は器用な方だけど、完璧な人間じゃないの。できないことなんて山ほどあるわ」
「でも、料理と錬金術は似てるよね?」
「面倒な作業が多くて、作ってる最中にイライラするところは似てるわね。火にかけて放っておくと、黒く焦げるところも似てるわ」
「火力が強いだけだよ。アーニャお姉ちゃんなら、上手に作れるようになると思うよ」
「却下ね。私は食べる専門でいいの。料理はあんたに任せるわよ」
「そっかぁ。ごめんね、今日は作れなくて」
「責めるために言ったんじゃないわ。それより、本当に大丈夫なの? 月光草の採取にはルーナの命もかかってるんだし、痩せ我慢はしなくてもいいのよ。何かあれば、遠慮なく言いなさい」
子供なのにまったく我が儘を言わないジルに、アーニャの心配は加速していた。
(昼ごはんを食べたあたりから、不自然なくらい静かだったわね。俯いて歩いていたし、手を繋ぐ力も弱かった気がする。普通では考えられないけど、随分前から魔力酔いの傾向があったんじゃないかしら)
それでも、嫌な顔を一つせずに歩いてきたなんて……と、感慨深い思いになるアーニャは、ジルの恋心に気づかない! アーニャを恋愛対象と意識したジルは、ピクニックデートをしている気分だったのだ。
恋愛経験が乏しいジルは、幸せすぎて力が抜け落ち、アーニャと目線を合わせられなくなるほど恥ずかしかっただけ。力強く握り締めてくれる手を意識して頭がパンクしていたし、魔物を守ってくれる姿はかっこよかった。しかも、何度大丈夫だと言っても、アーニャは心配してくれる!
年上のお姉さんに優しくされ続けたジルは、もう、恋愛のブレーキが壊れてしまう……。
「えっと、じゃあ、一つだけお願いしてもいい?」
「やっぱり我慢してたんじゃないの。ここまで私に気を遣わせるなんて、あんたくらいしかいないわよ、まったく。それで、どうしたのよ。喉が乾いたの? お腹が空いた? ああ、わかったわ。背中に毛布を引いてほしいのね。仕方ないわね、私の毛布を貸してあげ……」
「傍に、いってもいい?」
「……はぇ?」
アーニャは混乱する!
酷い魔力酔いをした経験があるにもかかわらず、まったくジルの心が読めない。周囲が暗いこともあり、ジルが頬を桜色に染めていることにも、アーニャは気づかなかった!
「だ、だって、周りが暗くて怖いんだもん。アーニャお姉ちゃんが近くにいてくれないと、寂しくって」
恋愛のアクセルをベッターーーッ! と踏み込むジルは、過去一番といっても過言ではないくらい積極的になり、アーニャに甘える!
「……はぇ?」
しかし、アーニャはぜっっっんぜん気づかない! ジル以上に恋愛経験の乏しいアーニャは、鈍感すぎるのだ!
「やっぱり、ダメ?」
「べ、別にそれくらいならいいわよ。ちょっと待っていなさい。片付けだけしたら、そっちに行ってあげるわ」
動揺するアーニャは、ひゃあ!? と小さな小石でつまづき、ガシャンガシャンと鍋やらフライパンを落とし、てんやわんやで後片付けを済ませる。そして、一応、歯を磨く。
これは、やましい気持ちや変な思いはなく、ただのエチケットである。近くにいてほしいと頼んだら、急に口がケチャップ臭い女性が現れるのは可哀想だと、気遣いのできる女、アーニャは思ったのだ。
(わかったわ、エリスが恋しくなってしまったのね。夜は心の弱い部分が出やすくなるもの。魔力酔いをさせた私にも責任はあるし、今だけ私はエリスになるわ)
予想だにしていないジルのお願いに、アーニャは冷静になることができなかった。私はエリス、私はエリス、と謎の呪文を心で呟き、ジルの手を握ってあげる。
「アーニャお姉ちゃんの手、あったかいね」
何とも言えない気持ちに襲われたアーニャは、戦闘もしていないのにちょっぴり鼓動が早くなり、なかなか寝付けなくなるのだった。
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