上 下
60 / 99
第二章

第60話:アーニャの隠し事1

しおりを挟む
 翌日の早朝。街の西門にいる兵士がビシッと敬礼するなか、アーニャとジルはエリスに見送られていた。

「じゃあ、月光草の採取に行ってくるわ。三日くらいは留守にすると思うけど、ルーナをお願いね」

「はい。しばらくは私も休みをもらいましたし、この機会にルーナちゃんと一緒に羽を伸ばします。私としては、ジルが我が儘を言わないか心配ですけど」

 街も一人で歩けないジルが、家族以外の人間と二人で旅に出るのだ。魔物の危険よりも、寂しくてジルが泣いてしまわないか、エリスは心配していた。

 昨日はアーニャと買い物に行っていたし、午前中は一緒に錬金術をするほど、打ち解けている。しかし、いつでもエリスに会えるという環境では大丈夫だった、というだけ。

 外で大泣きでもしたら、魔物を引き寄せることになるかもしれない。破壊神と呼ばれるアーニャがいるとはいえ、迷惑をかけることには違いない。

「大丈夫だもん。アーニャお姉ちゃんの言うこと、ちゃんと聞くもん」

「いつも返事はいいのよね。本当にアーニャさんの言うことは、ちゃんと聞かないとダメだよ? しばらくは私に会えないんだからね」

「うん、大丈夫。アーニャお姉ちゃんと一緒なら、全然寂しくないもん」

 心配そうに見送るエリスを安心させるためか、ジルはアーニャの手をつかんで、嬉しそうに微笑んでいた。

「本当に大丈夫かなー。今まで家族で遠出をしたこともないのに……」

「気にしても仕方ないわ。エリスの弟の力が必要なんだもの。何かあったら、まあ……なんとかするわよ」

 ちょっぴり頼りない言葉を送るアーニャである。

 子供好きのルーナを見てきた自分なら、なんとかなる気が……しない。全然しないわ。問題を起こすのは簡単なのに。けど、ジルと喧嘩をしたことは一度もない。だから、多分大丈夫。うん、きっと……。自信はない。と、実はアーニャも不安だった。

「ねえねえ、早く行こうよー。昼ごはんは、サンドウィッチだからね」

 本人は呑気なものである。朝早く起きて作った昼食を、アーニャと一緒に食べることで頭がいっぱいだった。

 ちなみに、ジルの荷物はアーニャのマジックポーチにすべて入っているため、手ぶらである。

「わかったわよ。それより、出発前にこれを付けなさい」

 そう言ってアーニャが取り出したのは、小さなお守りのようなもの。この世界の旅には必需品とも呼ばれる、魔除けのポプリである。魔物の嫌いな香りを出して戦闘を回避するアイテムで、昨晩のうちにアーニャが作っておいたものだ。

 受け取ったジルが腰に付けると、アーニャも同じようにマジックポーチに魔除けのポプリをぶら下げる。その光景を見たエリスは、違和感を覚えた。

(あれ? 護衛依頼でもないのに、魔除けのポプリを使うんだ。ジルのことを思って使うにしても、用意周到すぎないかな。アーニャさんほど強ければ、必要ないと思うんだけど)

 魔除けのポプリが落ちないように強く結ぶ姿は、魔物と遭遇しないことを祈る商人に似ている。仮に魔物が大繁殖したとしても、アーニャなら一人で沈静化させてもおかしくはない。それなのに、ジルがつけた魔除けのポプリの心配をするほど、アーニャは熱心だった。

(私に気を遣ってくれてるのかな。まあ、アーニャさんがやることなら間違いないから、気にしなくてもいっか)

 冒険者として優秀なアーニャに、エリスは意見をしようとは思わない。不思議だなーと疑問に思うだけで、決して口にはしなかった。

「じゃあ、行ってくるわ」

「えっ、あっ、はい。いってらっしゃい。ジルも気を付けてね」

「はーい! いってきまぁーす!」

 仲良く手を繋いで歩き始める二人が見えなくなるまで、エリスは見送った。しばらく弟と会えない寂しさに、もどかしい気持ちを覚えながら。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

転生したら大好きな乙女ゲームの世界だったけど私は妹ポジでしたので、元気に小姑ムーブを繰り広げます!

つなかん
ファンタジー
なんちゃってヴィクトリア王朝を舞台にした乙女ゲーム、『ネバーランドの花束』の世界に転生!? しかし、そのポジションはヒロインではなく少ししか出番のない元婚約者の妹! これはNTRどころの騒ぎではないんだが! 第一章で殺されるはずの推しを救済してしまったことで、原作の乙女ゲーム展開はまったくなくなってしまい――。    *** 黒髪で、魔法を使うことができる唯一の家系、ブラッドリー家。その能力を公共事業に生かし、莫大な富と権力を持っていた。一方、遺伝によってのみ継承する魔力を独占するため、下の兄弟たちは成長速度に制限を加えられる負の側面もあった。陰謀渦巻くパラレル展開へ。

へぇ。美的感覚が違うんですか。なら私は結婚しなくてすみそうですね。え?求婚ですか?ご遠慮します

如月花恋
ファンタジー
この世界では女性はつり目などのキツい印象の方がいいらしい 全くもって分からない 転生した私にはその美的感覚が分からないよ

新婚初夜に浮気ですか、王太子殿下。これは報復しかありませんね。新妻の聖女は、王国を頂戴することにしました。

星ふくろう
ファンタジー
 紅の美しい髪とエメラルドの瞳を持つ、太陽神アギトの聖女シェイラ。  彼女は、太陽神を信仰するクルード王国の王太子殿下と結婚式を迎えて幸せの絶頂だった。  新婚旅行に出る前夜に初夜を迎えるのが王国のしきたり。  大勢の前で、新婦は処女であることを証明しなければならない。  まあ、そんな恥ずかしいことも愛する夫の為なら我慢できた。  しかし!!!!  その最愛の男性、リクト王太子殿下はかつてからの二股相手、アルム公爵令嬢エリカと‥‥‥  あろうことか、新婚初夜の数時間前に夫婦の寝室で、ことに及んでいた。  それを親戚の叔父でもある、大司教猊下から聞かされたシェイラは嫉妬の炎を燃やすが、静かに決意する。  この王国を貰おう。  これはそんな波乱を描いた、たくましい聖女様のお話。  小説家になろうでも掲載しております。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。

黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。 実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。 父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。 まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。 そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。 しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。 いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。 騙されていたって構わない。 もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。 タニヤは商人の元へ転職することを決意する。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

処理中です...