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第一章
第46話:二つの魔力1
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散らかったアーニャの作業部屋に連れてこられたジルは、強盗でも入ったかのような光景に目を疑った。電気をつけずに月明かりだけで照らされているため、一歩でも足を踏み込めば、何かを踏んでしまうそうで怖い。
「どうしたの。手前の椅子に腰を掛けて、ちょっと待っててちょうだい。月光草の準備をするわ」
入室に躊躇してドアの前で立ち尽くすジルの気持ちが、アーニャには伝わらない。本当に人見知りをする子だわ、と呆れたアーニャは、部屋が散らかって入りにくいなどと、まったく考えていなかった。
――アーニャお姉ちゃん、ちょっとは片付けようね。床に落ちている紙を踏んでいいのかわからないよ。
恐る恐る入室するジルは、大事な物を壊さないようにつま先立ちで歩き進め、アーニャの指示通りに椅子へ座る。
そこへ、錬金術の作業台の下から大きめの黒い箱をアーニャが持ち運んできて、ジルの手前の机に置いた。アーニャが箱を開けると、白いサニーレタスのような植物が入っていて、月明かりに照らされた机の上に次々と並べられていく。
――うわぁ、机に置くとホタルみたいに光ってて、きれい……。
月明かりと共鳴するように淡く白い光りを放つ植物に、ジルの目は奪われた。
普通の植物ではないことは一目瞭然であり、アーニャが厳重に管理する意味がわかる。机に置かれた植物とルーナの治療薬に含まれる魔力が酷似しているだけでなく、植物が月明かりに反応して、空気中に魔力を僅かに放出していた。
「さっき、白い魔力が二つあるって言ってたわよね。この中で白い魔力が綺麗なものを右側に、濁ってるものを左側に分けてほしいの。できる?」
「うん、それくらいなら」
真剣な顔でアーニャが見守るなか、言われた通りにジルは仕分けしていく。
一枚ずつ丁寧に触り、ふんわりと葉に張りのある月光草を中心にして、良い物へ分類。逆にしんなりとしているものは、悪い方へ分けていった。
――鮮度のいいものを残したり、軸が固すぎるものや傷がついたものを取り除いたりする作業って、レタスの仕分けをしてるみたいだなぁ。野菜の目利きは自信があるから、これくらいなら大丈夫そう。
多少迷うことはあるものの、ジルは魔力と月光草の状態を見ながら分けていくと、アーニャは一つの月光草を指で差した。机の上に置かれている月光草の中でも、一際大きいものになる。
「ねえ、これもダメなの? 魔力が大きいように思えるけど」
「栄養が偏ってるのかもしれないけど、魔力のバランスが良くないの。片方の魔力が大きすぎて、もう一つの魔力が無くなってる感じかなぁ」
「そう……。魔力が大きくて立派な月光草を取ってくるだけでは、ダメだったみたいね」
「植物によって変わるとは思うけど、果物も大きいものがおいしいとは限らないでしょ? これも多分、そんな感じじゃないかなーって」
「なるほどね。言われてみれば、確かにそういうケースもあるわね。小さい方が魔力密度が高くて、安定しやすいのかしら。本当に二種類の魔力が存在するなら、大きすぎると魔力をコントロールができずに、大気へ放出される可能性も……」
難しいことをアーニャがブツブツと言い始めたため、ジルは仕分け作業に専念。時折、アーニャのため息が聞こえるのは、魔力が高いと思って採取したものを悪い方へ分類したからだろう。
でも、この素材でルーナの治療薬を作るのであれば、妥協なんてできない。心を鬼にしたジルは、容赦なく仕分けしていった。
「こんな感じかな」
「そう、助かったわ。このまま待っててちょうだい」
冷静にジルと言葉を交わしたものの、アーニャは心の中で肩を落としていた。思っている以上に素材がダメだと、ジルに分けられてしまったのだ。
(品質の良い素材がこれだけしか残らないのなら、早めに採取へ行かないとダメね。予定は狂ったけど、この子がジェム作りを終わらせてくれているし、いつでも採取へ向かえるわ。もう、頭が上がりそうにないわね)
魔力が濁っていると分類されたものを残して、状態の良い月光草をすべて箱の中へ戻した。
いつも置いてある作業台の下へ持っていき、代わりに作業台の引き出しから、大きめのビーカーと薬品の入った瓶を持って、ジルの元へ戻ってくる。
「とりあえず、先に注意してほしいことだけ伝えておくわ。今後、私以外の人が周りにいる時、魔力の色を言わないほしいの」
「うん。アーニャお姉ちゃんがそう言うなら、言わない」
「いい子ね。ちょっと前にあんたが魔力の相談をしてきたとき、もっと素直に言葉を受け取るべきだったわ。濃縮したマナをモヤモヤと言っているんじゃなくって、普通のマナをモヤモヤと言っていたんだって」
ジルのことを一人の格上の錬金術師として見たとき、アーニャが疑問に思っていた不自然な出来事が全て繋がっていた。
錬金術師の試験前にマナの相談をされたこと、最初に品質の高いHP回復ポーション(小)を作り上げたこと、マナ操作を完璧にこなし、ジェム作りを失敗しないこと。
自分よりも優れたマナの認識能力を持っていると仮定すれば、月光草の魔力を目で認識したことも受け入れることができる。いくら優秀な錬金術師であったとしても、そんなことが可能なのか、アーニャにもわからない。
しかし、目の前で月光草を仕分けした姿は、予想以上に計算されていた。
魔力だけを見るのではなく、月光草の状態や鮮度を確認。一枚ずつ丁寧に触って目利きするのは、上級錬金術師並みにシビアだった。
特にアーニャが注視したのは、月光草についた傷になる。錬金術の素材は大きな傷がつくと、そこから魔力が漏れ出る可能性が高いため、取り除くことが多い。魔力が漏れ出ない程度の細かい傷がついた月光草は残していたのだが、ジルにすべて除外されていた。
細かな傷でもう一つの魔力が無くなったのかもしれないし、二つの魔力を維持する繊細な素材に、小さな傷は禁物だったのかもしれない。
ただ、それは本当に月光草が魔力を二種類も持っていた時の話になる。ジルが嘘を付いているとは思えないけど、ルーナの命がかかっている以上、証明しなければ前へ進めない。
そして、証明する方法は手元にある。
特殊な溶液に素材を溶かし、魔力色を判断する実験をアーニャはやろうとしていた。二年前に月光草の魔力を白色だと判断した実験であり、ジルの言葉がなかったら、もう一度することはなかっただろう。
「どうしたの。手前の椅子に腰を掛けて、ちょっと待っててちょうだい。月光草の準備をするわ」
入室に躊躇してドアの前で立ち尽くすジルの気持ちが、アーニャには伝わらない。本当に人見知りをする子だわ、と呆れたアーニャは、部屋が散らかって入りにくいなどと、まったく考えていなかった。
――アーニャお姉ちゃん、ちょっとは片付けようね。床に落ちている紙を踏んでいいのかわからないよ。
恐る恐る入室するジルは、大事な物を壊さないようにつま先立ちで歩き進め、アーニャの指示通りに椅子へ座る。
そこへ、錬金術の作業台の下から大きめの黒い箱をアーニャが持ち運んできて、ジルの手前の机に置いた。アーニャが箱を開けると、白いサニーレタスのような植物が入っていて、月明かりに照らされた机の上に次々と並べられていく。
――うわぁ、机に置くとホタルみたいに光ってて、きれい……。
月明かりと共鳴するように淡く白い光りを放つ植物に、ジルの目は奪われた。
普通の植物ではないことは一目瞭然であり、アーニャが厳重に管理する意味がわかる。机に置かれた植物とルーナの治療薬に含まれる魔力が酷似しているだけでなく、植物が月明かりに反応して、空気中に魔力を僅かに放出していた。
「さっき、白い魔力が二つあるって言ってたわよね。この中で白い魔力が綺麗なものを右側に、濁ってるものを左側に分けてほしいの。できる?」
「うん、それくらいなら」
真剣な顔でアーニャが見守るなか、言われた通りにジルは仕分けしていく。
一枚ずつ丁寧に触り、ふんわりと葉に張りのある月光草を中心にして、良い物へ分類。逆にしんなりとしているものは、悪い方へ分けていった。
――鮮度のいいものを残したり、軸が固すぎるものや傷がついたものを取り除いたりする作業って、レタスの仕分けをしてるみたいだなぁ。野菜の目利きは自信があるから、これくらいなら大丈夫そう。
多少迷うことはあるものの、ジルは魔力と月光草の状態を見ながら分けていくと、アーニャは一つの月光草を指で差した。机の上に置かれている月光草の中でも、一際大きいものになる。
「ねえ、これもダメなの? 魔力が大きいように思えるけど」
「栄養が偏ってるのかもしれないけど、魔力のバランスが良くないの。片方の魔力が大きすぎて、もう一つの魔力が無くなってる感じかなぁ」
「そう……。魔力が大きくて立派な月光草を取ってくるだけでは、ダメだったみたいね」
「植物によって変わるとは思うけど、果物も大きいものがおいしいとは限らないでしょ? これも多分、そんな感じじゃないかなーって」
「なるほどね。言われてみれば、確かにそういうケースもあるわね。小さい方が魔力密度が高くて、安定しやすいのかしら。本当に二種類の魔力が存在するなら、大きすぎると魔力をコントロールができずに、大気へ放出される可能性も……」
難しいことをアーニャがブツブツと言い始めたため、ジルは仕分け作業に専念。時折、アーニャのため息が聞こえるのは、魔力が高いと思って採取したものを悪い方へ分類したからだろう。
でも、この素材でルーナの治療薬を作るのであれば、妥協なんてできない。心を鬼にしたジルは、容赦なく仕分けしていった。
「こんな感じかな」
「そう、助かったわ。このまま待っててちょうだい」
冷静にジルと言葉を交わしたものの、アーニャは心の中で肩を落としていた。思っている以上に素材がダメだと、ジルに分けられてしまったのだ。
(品質の良い素材がこれだけしか残らないのなら、早めに採取へ行かないとダメね。予定は狂ったけど、この子がジェム作りを終わらせてくれているし、いつでも採取へ向かえるわ。もう、頭が上がりそうにないわね)
魔力が濁っていると分類されたものを残して、状態の良い月光草をすべて箱の中へ戻した。
いつも置いてある作業台の下へ持っていき、代わりに作業台の引き出しから、大きめのビーカーと薬品の入った瓶を持って、ジルの元へ戻ってくる。
「とりあえず、先に注意してほしいことだけ伝えておくわ。今後、私以外の人が周りにいる時、魔力の色を言わないほしいの」
「うん。アーニャお姉ちゃんがそう言うなら、言わない」
「いい子ね。ちょっと前にあんたが魔力の相談をしてきたとき、もっと素直に言葉を受け取るべきだったわ。濃縮したマナをモヤモヤと言っているんじゃなくって、普通のマナをモヤモヤと言っていたんだって」
ジルのことを一人の格上の錬金術師として見たとき、アーニャが疑問に思っていた不自然な出来事が全て繋がっていた。
錬金術師の試験前にマナの相談をされたこと、最初に品質の高いHP回復ポーション(小)を作り上げたこと、マナ操作を完璧にこなし、ジェム作りを失敗しないこと。
自分よりも優れたマナの認識能力を持っていると仮定すれば、月光草の魔力を目で認識したことも受け入れることができる。いくら優秀な錬金術師であったとしても、そんなことが可能なのか、アーニャにもわからない。
しかし、目の前で月光草を仕分けした姿は、予想以上に計算されていた。
魔力だけを見るのではなく、月光草の状態や鮮度を確認。一枚ずつ丁寧に触って目利きするのは、上級錬金術師並みにシビアだった。
特にアーニャが注視したのは、月光草についた傷になる。錬金術の素材は大きな傷がつくと、そこから魔力が漏れ出る可能性が高いため、取り除くことが多い。魔力が漏れ出ない程度の細かい傷がついた月光草は残していたのだが、ジルにすべて除外されていた。
細かな傷でもう一つの魔力が無くなったのかもしれないし、二つの魔力を維持する繊細な素材に、小さな傷は禁物だったのかもしれない。
ただ、それは本当に月光草が魔力を二種類も持っていた時の話になる。ジルが嘘を付いているとは思えないけど、ルーナの命がかかっている以上、証明しなければ前へ進めない。
そして、証明する方法は手元にある。
特殊な溶液に素材を溶かし、魔力色を判断する実験をアーニャはやろうとしていた。二年前に月光草の魔力を白色だと判断した実験であり、ジルの言葉がなかったら、もう一度することはなかっただろう。
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