上 下
33 / 99
第一章

第33話:ジェム作り3

しおりを挟む
 次の作業に取り掛かるため、二人はいったん机の上を片付けた。そして、ジルの作業スピードに付いていけず、ちょっとだけメンタルが弱ったアーニャが再びリードする。

「魔石から核を取り出したら、中に入っている魔力をマナで追い出す作業よ。元々魔石は魔物の体内にあるから、魔物の魔力を帯びてる今の状態だと使えないの。作業自体は単純だけど、低級ポーションのような弱いマナを集める程度じゃ、話にならないわ。こういう風にマナ濃度を高めて、追い出していくのよ」

 空気中のマナを収束しながら圧縮していき、マナ濃度を高めたアーニャは、ゆっくりと魔石に押し当てて、核に含まれた魔力を追い出していく。

「あんたはマナをそれなりに認識してるんだし、だいたい何をやってるかわかるでしょ?」

 細かい説明や難しい説明が理解できないジルには、見せた方が早い。錬金術師になる前に二人でマナの話をしていたこともあって、これくらいならジルにも理解できると、アーニャは思っていた。

 しかし、実際にはアーニャよりもジルはマナを認識していることも影響して、すでにこの工程を経験している。

 ――錬金術師の試験の時にこれをやって、大変だったなぁ。低級ポーションがなかなかできなかったもん。

 まだ一週間前のことなのだが、ジルは懐かしい気持ちになっている。その後もマナ操作を練習したジルは、どちらかといえば、得意分野だった。

「見えてるから大丈夫だよ」

 アーニャが集めたマナを視認できるほどには、ジルはハッキリと見えている。これくらいなら簡単そうだなーと思いながら。

「よく見ておきなさい。新米錬金術師がつまづくのは、だいたいマナ濃度を高めることができずに諦めるんだから。まだまだ新人のあんたはできなくて普通だし、この行程だけは私がやってもいいわね」

 普通はマナの存在を見えると言わないため、作業をしっかり見ていると解釈したアーニャは、先輩風をビュービューと吹かして見せつける。しかも、感受性豊かな子供ということを考慮し、失敗したときに落ち込まないようにするため、アーニャは優しく声をかけていた。

(まだまだ駆け出しだから、マナ操作は継続してやらせたいわね。時間が惜しいとはいえ、才能ある錬金術師の芽を積むわけにはいかないわ)

 マナ濃度を高める技術を身に付ければ、錬金術で作れる範囲が増え、視野が広がる。十歳という若さでマナを自分と同じくらい認識できると思い込んでいるアーニャは、助手にしては随分と力の入れた英才教育を考えていた。魔法石を覚えさせようとしているのも、大きな理由がある。

 核の中に残った魔力を追い出し、全てをマナに置き換えたアーニャは、それをジルに手渡した。

「その状態をよく覚えておきなさい。作れるようになれば、生涯錬金術師として生きていられるわ」

 Eランクの魔石を使ったとしても、核を綺麗に取り出さなければいけないため、良質なジェムは一つ銀貨三枚、日本円で三千円で取引されている。材料費が五百円であることを考えると、儲けが大きい。さらには、あちこちで魔物が暴れまわっているこの世界では、需要がなくなるどころか、現在も増え続けている。

 一方、新米錬金術師が一番多く作る低級ポーションは、時間をかけて作業する割に、利益が少ない。一本あたり銅貨四枚で四百円の販売になり、材料費はまた別。品質が悪かったり、回復ポーション(小)でなかったりすると、さらに値段は下がる。その結果、早く上達しなければ、生きていけないのだ。

 どういった経緯であったとしても、自分の助手になった以上、しっかりと錬金術師として活躍してほしいと、アーニャは願っている。とはいえ、マナの扱いは難しい。練習はさせるが、アーニャもジェム作りを全て任せようとは思っていない。

 核を綺麗に取り出すことができるジルには、そっちを重点的にやってもらう予定だ。

 簡単に言えば、面倒くさい作業をやらせる代わりに、ちゃんと錬金術を教えますよ、というスタイル。子供とはいえ、アーニャをジルをしっかりと助手扱いをしていた。むしろ、弟子に近いかもしれないが。

「ねえねえ、アーニャお姉ちゃん。ポーションを作る時は、薬草の魔力とマナを合わせるような感じだよね? これは、元の魔力を追い出しちゃってもいいの?」

 予想外の質問に、アーニャの眉がピクッと動く。

「あんた、本当にマナの認識能力が高いわね。普通はそんなことを新人が聞いてこないわよ」

 そう、普通はそんなことを気づかない。低級ポーションを作るときに、マナを注入して物質変換するものだと、最初は思っている。だが、だんだんマナの扱いに慣れてくると、マナと魔力を融合させることで変質するのではないかと、考え始めるのだ。そして、それは錬金術を二年ほど続けた者が理解すること。

 アーニャが驚くのも無理はなく、首を傾げて疑問を抱くジルの方がおかしい。

「最初に魔法石は二種類あるって言ったわね。属性魔法を閉じ込めたジェムは、魔力を追い出してマナに変えるだけでいいわ。クリスタルになると、核の魔物の魔力とマナを融合させて、召喚魔法が作れるようになるの。できるようになったら、クリスタルを作ればいいわ。今はジェムを作るわよ、やってみなさい」

 材料が同じでも、マナの扱い方が異なるだけで、性能に大きな差が生まれる。Eランクの魔石だったとしたも、アーニャすらクリスタル化に成功したことはない。それだけ難度の高いアイテムであり、市場に出回らない珍しいアイテムになる。そのため、高価な値段になりやすく、一部の貴族や王族だけで取引されるケースが多い。

 ただ、目の前の小さな錬金術師はいつか作り上げてしまうと、アーニャは確信していた。

 料理が作れる錬金術師など、今まで聞いたことがない。二つの職業の知識を併せ持つだけでなく、正確で速い作業は、手先が器用な証拠。善くも悪くも純粋な心を持つジルに、期待せざるを得なかった。

 この子ができなければ、誰もできないと思えてしまうほど、ジルの錬金術のセンスは高い。それはもう、さっき一度見せただけのマナ濃度の収束から圧縮までを見事に操り、意図も簡単に魔力を追い出……。

「アーニャお姉ちゃん、できたよ」

「なんでできてんのよ!」

 さすがに突っ込まずにはいられない! センスがあるとかないとか、そういう問題ではなくなっている!

 作っちゃダメなときもあるの! 空気を読みなさい! そう叱ってやりたいアーニャだが……、そうもいかない。

「ぐぬぬぬっ。良い出来じゃない……」

 人生で初めてこんなにもわかりやすいうめき声、ぐぬぬぬっ、を発したアーニャ。対してジルは、褒められちゃった、えへへへ、と笑顔を見せていた。

 アーニャはそんなジルのニコニコとした笑顔など、一切求めていなかった。

 僕にはできないよー、しょんぼり、と落ち込んだところに優しく手を差し伸べ、錬金術は失敗を続けても諦めない者が成功をつかむの、などと、青春ドラマみたいな展開を求めていたのだ。

 それもそのはず。冒険者で魔法を使いこなし、魔力にもマナにも精通している天才肌のアーニャでさえ、マナを収束して圧縮するまで、一か月も時間がかかっている。Eランクの魔石でジェムを作ろうとして、何度も壊して発狂しながらやっていた。

 センスがあるなどという一言で片づけられない、アーニャはそんな思いで満ち溢れている。ギリギリギリッと歯を噛み締めて悔しがるアーニャは、なかなか見られるものではないだろう。もはや、どちらが本当の子供かわからないが。

 そこへジルが、屈託のない笑顔をアーニャに向ける。

「アーニャお姉ちゃんのおかげだね」

「……そうね」

 納得いかない、という思いを押し殺して、アーニャはジルに頷くのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

処理中です...