【完結】ちびっこ錬金術師は愛される

あろえ

文字の大きさ
上 下
28 / 99
第一章

第28話:錬金術ギルドの試験、最終日3

しおりを挟む
 ポーションを作成した現実をなかなか受け入れることができず、ジルとエリスが互いに見つめ合うなか、偶然通りかかった一人の女性がエリスの背後にやってきた。

「部屋の前でなに固まってんのよ」

 アーニャである。妙にそわそわした、アーニャなのである!

 今日は朝から落ち着きがなく、用もないのにギルド内をフラフラと歩いてばかりで、厳重な王城を思わせるような警備員化していた、アーニャ。何気ない顔でエリスに声をかけたものの、内心は心臓がバクバク。私が相談に乗ってあげたんだから、絶対に合格しなさいよね! と、それはもう、ジルのことが心配で心配で……、ずっとウロウロしていたのだ。

 その結果、錬金術ギルドの一部では、破壊神が見回っているという大事件に戦々恐々としているのだが、本人はまったく気づいていない。

 持ってきた昼ごはんを机に置いたエリスは、急いでアーニャの方を振り向く。その姿はまさに、自慢できる相手が来た! と言わんばかりの嬉々とした表情で、アーニャの肩をガッとつかみ、部屋の中に引きずり込む。そして、作った本人よりハイテンションで、ジルが持つポーション瓶を何度も指で差した。

「見てください、アーニャさん! ジルが……ポーションを作ってしまったんですよ!」

「ああ、そう。よかったわね」

 すました顔を見せているものの、三人の中で誰よりもアーニャはホッとしている。

(良かったじゃないの! あんた、ちゃんと頑張ったのね。まあ、私が相談に乗ってあげたんだから、当然のことよ。ふっふーん♪)

 おいしいオムライスが出てきたくらい上機嫌なのだが、アーニャは絶対にそれを表に出さない。私は全然興味がないけど、ふーん、よかったわね、程度の雰囲気を全開にして、平然を装っている。

「うん。アーニャお姉ちゃんのおかげだね」

 そして、当然のようにジルは、そんなアーニャを受け入れた。

 軽く祝ってくれたその一言は、アーニャなりに精一杯褒めてくれたものだと、ジルはわかっている。不器用な料理人であった前世の父親が、同じような人だったから。

 ただ、そんなことを一切知らないエリスは、静かにキレていた。声がワントーンどころかツートーンも低くなり、唇は横に一直線。闇へ引きずり込むような厳しい眼差しで、アーニャを見つめている。

 黒い噂が後を絶たないアーニャが、背筋をゾクッとしてしまうほどに。

「アーニャさん。もっと他に言うことがあるのではないでしょうか」

 そして、エリスは敬語でキレるタイプ!!

 怒らせたら絶対にダメな人部門、堂々の第一位を築き上げる、静かに敬語でキレる人。怒り任せに暴力を振るう場合であれば、アーニャは余裕で返り討ちにするため、まったく怖がらない。しかし、ツンデレでコミュ障体質のアーニャは、静かに切れるエリスの対処法がわからず、困り果ててしまう。

 ぶん殴って解決できたら、めちゃくちゃ楽なのにー! と、嘆きたくなる。いや、エリス相手には殴らないが。

 何より、アーニャはエリスと同じくらいの気持ちで祝ってあげたいのだ。しかし、羞恥心がその邪魔をしてしまう。恥ずかしさのあまり、素直におめでとうと声をかけることが……できない!

「お、おめでとう……とかかしら?」

 精一杯の祝福の言葉が、コレッ!

「そんなの当たり前ですよね? 他にも心の奥底から言葉が沸き出てくると思いますが。子供なのにポーションを作って天才だね、とか、一週間も作業部屋にこもって結果を残すなんて天才だね、とか、料理もできて錬金術もできるなんて天才だね、とか」

 ジルに錬金術は無理だと思い、奇跡でも起こらないかなー、などと思っていた姉と同一人物とは思えない! ピアノを始めたばかりの子供が簡単な曲を演奏できるようになったとき、うちの子は天才だわ、と思ってしまう母親の心境と同じ!

「確かに天才ね」

 オムライス作りの、という言葉を付け足さないアーニャは、偉い!

「やっぱりアーニャさんもそう思いますか!」

 同調してくれたことに感銘を受けたエリスは、アーニャの手を両手でギュッと握り締める。さっきまでキレていたエリスはどこへ行ってしまったのだろうか。これまた同一人物とは思えないほど目がキラキラと輝き、喜びに満ち溢れている。

「当然じゃない、簡単にできるものじゃないわ。やっぱりセンスがあると思うのよね」

 一度オムライスのことを考え始めると、アーニャはトロトロとした半熟卵で頭がいっぱいになる。偶然にも、昨日は超トロトロオムライス、卵マシマシを食べたばかり。

「私も同じことを思ってましたけど、アーニャさんから見ても、センスを感じますか?」

「なに言ってんのよ。センスしか感じないわ。将来が楽しみなほどに、ね」

 さらに昨日、新しいタイプのオムライスを作ってもらう約束をしたアーニャは、将来が楽しみで仕方ない! これからも料理を作り続け、何種類ものオムライスを開発してくれるのではないかと。

 想像だけで口内が潤い、ゴクリッとアーニャの喉が鳴ったことを、エリスは……気づかない。

「そこまでアーニャさんが認めてくださるなんて。きっとアーニャさんを通じて、神様がジルにエリクサーを届けてくださったんだと思います。本当に、ありがとうございます……!」

 錬金術の神様とアーニャに感謝しながら、エリスは涙をポロポロとこぼし始めた。その姿を見たアーニャは……、全てを悟ったかのように、心が晴れ渡るような表情を浮かべている。

(確かに、料理の神様が導いてくれたのかもしれないわ。ルーナと私にご褒美をくれたのよ。おいしいオムライスを食べて、もう少し頑張りなさいって)

 料理の神様に感謝したアーニャは、素晴らしいオムライスを作るジルの姉であるエリスを、優しく抱き寄せた。

「泣かなくていいじゃない。あんたの弟は元気になったんだし、いつだって会えるんだから」

 半熟卵のトロトロオムライスには、いつだって会える。確かにそれは、泣くほどのことではない。

「アーニャさんのおかげです。本当はもうダメなんじゃないかって、怖かったんです」

 死に近づく弟の看病を続けたエリスは、ジルが元気になった今でも、急にいなくなるかもしれないと思う時がある。実際にそれを言ってしまえば、現実になりそうで怖くてずっと言えなかった、心の傷跡のようなもの。

 両親がいなくなって以降、慰めるように抱き締められたことがなかったエリスは、アーニャの体温を肌で感じ、心の傷が癒えるような感覚に包まれていた。

「まったく、大袈裟ね。大丈夫よ、どこへ行ったりもしないわ」

 アーニャの力強い言葉に、エリスは泣きじゃくった。

 もうジルはどこにもいかない。憧れるアーニャの言葉が、軟膏のように擦り込まれ、心の傷を塞いでいく。

 オムライスは逃げない、という真の意味を理解することもなく……。

 そんな光景を、錬金術の試験でポーションを作りだした、主役ともいえる存在のジルは、ポケーッと見守っていた。「あれって、エリクサーだったんだ……」と、小さく呟くジルの言葉は、二人に聞こえていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

今度生まれ変わることがあれば・・・全て忘れて幸せになりたい。・・・なんて思うか!!

れもんぴーる
ファンタジー
冤罪をかけられ、家族にも婚約者にも裏切られたリュカ。 父に送り込まれた刺客に殺されてしまうが、なんと自分を陥れた兄と裏切った婚約者の一人息子として生まれ変わってしまう。5歳になり、前世の記憶を取り戻し自暴自棄になるノエルだったが、一人一人に復讐していくことを決めた。 メイドしてはまだまだなメイドちゃんがそんな悲しみを背負ったノエルの心を支えてくれます。 復讐物を書きたかったのですが、生ぬるかったかもしれません。色々突っ込みどころはありますが、おおらかな気持ちで読んでくださると嬉しいです(*´▽`*) *なろうにも投稿しています

【完結】あなたの思い違いではありませんの?

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
複数の物語の登場人物が、一つの世界に混在しているなんて?! 「カレンデュラ・デルフィニューム! 貴様との婚約を破棄する」 お決まりの婚約破棄を叫ぶ王太子ローランドは、その晩、ただの王子に降格された。聖女ビオラの腰を抱き寄せるが、彼女は隙を見て逃げ出す。 婚約者ではないカレンデュラに一刀両断され、ローランド王子はうろたえた。近くにいたご令嬢に「お前か」と叫ぶも人違い、目立つ赤いドレスのご令嬢に絡むも、またもや否定される。呆れ返る周囲の貴族の冷たい視線の中で、当事者四人はお互いを認識した。  転生組と転移組、四人はそれぞれに前世の知識を持っている。全員が違う物語の世界だと思い込んだリクニス国の命運はいかに?!  ハッピーエンド確定、すれ違いと勘違い、複数の物語が交錯する。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/19……完結 2024/08/13……エブリスタ ファンタジー 1位 2024/08/13……アルファポリス 女性向けHOT 36位 2024/08/12……連載開始

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

処理中です...