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第一章

第19話:アーニャは立派なお姉さん!

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 無事にオムライスを作り終えたジルが、エリスと一緒に帰宅した日の夜。アーニャの家では、温めなおしたトマトソースを冷めたオムライスの上にかけて食べる、ルーナの姿があった。

「姉さん、見て。チキンライスとトマトソースが合わさって、二つのトマトの味が絡み合ってるの」

「ルーナ、落ち着きなさい。確かにおいしいオムライスだと思うけど、少しはしゃぎすぎよ。昼間に同じものを食べたばかりでしょう?」

 おわかりいただけただろうか。誰よりもジルのオムライスでテンションを高め、謎の前世占いを考案するほど熱く語っていたアーニャが、すました顔で注意していることを。

 特大ブーメランが自分に突き刺さっても、完全無視。嬉しそうにオムライスを食べ続けるルーナを見て、アーニャは溜め息をこぼしていた。

「家だからって気を抜きすぎよ、ルーナ。いい加減にオムライスで我を忘れる癖を治しなさい」

 どの口が言うてんねん現象である!

 呪いで苦しむ妹の前にいるときくらいは、姉っぽい姿を見せたいと思い、アーニャは可能な限りで背伸びをしている。動けないルーナの面倒を見たり、ポーションで治療をしたりしているため、私がいないとこの子はダメね、と思い始めていた。

 だが、本来は逆である。

 元々ルーナはしっかり者で、どちらかといえば、いつも姉と妹を間違えられていた。ちょっと煽られただけですぐに喧嘩を買うアーニャの暴走を抑える姿は、どうみてもルーナの方が年上であり、大人のイメージを持つ。さらに、穏やかな性格で面倒見がいいルーナは、一瞬でジルが懐いてしまうほど子供好きで、誰にでも優しい。

 よって、アーニャより五歳も年下で、実は妹だと誰も考えないのだ。

 その影響もあって、アーニャは現在の姉ポジションを非常に気に入っていた。妹に尊敬される姉であり、今の自分が理想的な存在である、と。

 当然、しっかり者で面倒見がいいルーナは、姉が背伸びしていることくらいわかっている。どや顔で注意をしてくるアーニャの態度を見れば、お姉さんをする自分に酔っているんだなーと、すぐにでもわかること。

 ましてや、特大ブーメランが突き刺さっているアーニャの顔には、トマトソースがベッタリと付着し、実は夜も一人でオムライスをはしゃいで食べてしまいました! と、顔面で語ってくる始末。

 実際にテンションが高まりすぎたアーニャは、本を読んでいたルーナがクスクスと笑ってしまうほど大きな声で、オムライスを一人で食べて騒ぎまくっていた。

(姉さんは子供みたいで可愛いなー。頑張って背伸びして私に接してくる辺りが、一段と子供っぽい)

 心では姉を子供扱いしていても、決して声には出さない。額にまでトマトソースが飛び散っている姉の顔を、ルーナは笑いを堪えて眺める。どうして気づかないんだろう、と思いながら。

「ありのままの自分をさらけ出せるのは、姉さんと一緒にいるときくらいだよ。だから、少しくらいは許してほしいなー」

「はぁ~、まったく。外に出られるようになったら、恥ずかしい思いをするだけよ」

 なーんて言いつつ、ルーナの言葉が嬉しくて頬を緩めるアーニャである。どちらかといえば、顔面にトマトソースを付けたまま会話をしているアーニャの方が、圧倒的に恥ずかしい。

「じゃあ、私は戻るわ。食べ終わったら、ちゃんといつものポーションを飲むのよ」

「あっ、姉さん。ちょっと待って」

 振り返って部屋を後にしようとするアーニャを、ルーナは引き止めた。必死に笑いを堪えて、真剣な顔をしたまま。

 その表情を見たアーニャもまた、グッと気持ちを堪える。

「一人で寂しい気持ちはわかるわ。でもね、ルーナの呪いを解くために必要な月光草は、月明かりがないと魔力が抜けてしまうの。作業をしようと思えば、夜にやるしかないわ。ルーナも早く動けるようになりたいなら、寂しくても我慢してちょうだい」

 妹のことを大切に思うアーニャは、心からルーナを心配していた。姉である自分と一緒にいる時間が増えれば、かえって寂しくなるかもしれない、そう考えている。

 現にアーニャは、ルーナと一緒に長期間過ごすと、錬金術の作業に支障が出るほど寂しくなり、夜が眠れないくらい甘えたくなってしまう。妹の体を心配するあまり、ルーナと接する時間が長くなるほど、放っておけなくなるのだ。

 血の繋がった妹であれば、自分と同じように寂しくて、ツラい思いをさせるかもしれない。そのため、わざと短期間で切り上げるようにして、ルーナと心の距離を置いていた。ごはんも別で食べ、極力エリスに世話を任せ、姉妹の時間を減らしている。

 元気になったら、姉妹の時間を取り戻せばいい。それまでは我慢して、ルーナの呪いを解くことだけを考えるべきだ、と。

 寂しくても引き留めないでちょうだい、と、哀愁が漂う背中を見せるアーニャは、自分に突き刺さっている特大ブーメランが、悲鳴を上げようとしていることに気づいていない。

 アーニャにはとても感謝しているルーナだが、今はそういう場面ではないのだ。顔面に付いたトマトソースのことを、純粋に教えてあげたいだけである!

「お願いだから、鏡を見てもらってもいい? 内緒にしてたけど、姉さんの顔全体にトマトソースがついてるの。オムライスを食べて騒いでいたこと、わかってるからね?」

「……はぇ?」

 アーニャは一瞬、言葉の意味が理解できなかった。トマトソースが顔に……? ゆっくりと思考を巡らせていくと、ハッ! と、驚愕の表情を浮かべる!

 ダダダッと飛び出していったアーニャの、「ひゃあああ!」という悲痛な叫びが聞こえてきたのは、僅か五秒後のことだった。ルーナはクスクスと笑いながら、残っていたオムライスを食べ始める。

「もう、本当に姉さんは子供っぽいんだから」

 アーニャの何気ない姿が、一番心の癒しになるルーナなのであった。
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