上 下
14 / 99
第一章

第14話:アーニャさんはオムライスがだ~い好き

しおりを挟む
 試験中のジルを引き連れ、エリスとアーニャの三人で錬金術ギルドを出発。途中で市場に立ち寄って買い物を済ませた後、買った商品をバッグに入れたエリスが後ろを歩き、ジルとアーニャが並んで前を歩いていた。

 その光景は、とても斬新だった。

 破壊神と恐れられているアーニャが子供と並んで歩くなど、絶対に考えられない出来事なのである。すれ違う人が振り返り、「似てるな、そっくりさんか」と呟くほどには、不思議な光景。もちろん、アーニャかどうか確認しているため、見間違いではないのだが、オムライスのことで頭がいっぱいのアーニャは嬉しそうな笑顔を見せているため、別人だと思われていた。

「どこでオムライスの作り方を習ったのよ」

「ゆ、夢で父さんと一緒に作ってただけ、かな」

 アーニャの口調は少しばかり刺々しいものの、人見知りのジルはあまり怯えることなく、接することができていた。これは単純に、命の恩人であるアーニャに失礼なことはできない、というジルの感謝の気持ちが反映されただけである。

「ふーん。完熟トマトを買ったのは、どういうつもりなの? まさかとは思うけど、チキンライスに混ぜて炒めるわけじゃないでしょうね。そんなことをしたら、ベッチョベチョになるわよ」

「えっ、いや、せっかくなら、トマトソースを作ろうかなって」

「と、トマトソースですって!? あんた、自家製のケチャップを作る気なの?」

「チキンライスの方じゃなくて、た、卵の上に……」

「卵の上にかけるの? 卵は半熟なのよね? ど、どういうことなの。もうちょっと詳しく教えなさいよ」

「ええっ!? 詳しくって言われても、困る……。見た方が早いし、作り終わるまで待っててほしいなー」

「待てるわけないじゃない。だって、オムライスなのよ?」

「あう……」

 アーニャに押されながらも、普通に会話をするジルを見て、エリスは不思議そうな顔を浮かべていた。

(ジル、どうしてアーニャさんと普通に日常会話が成立しているの? 今朝知り合ったばかりだよね。私の記憶が確かなら、アーニャさんはかなり厚い壁を作るタイプよ)

 ちなみに、アーニャとエリスが打ち解けるまで、一ヶ月ほど時間がかかっていた。それまでは、仕事の会話だけで日常会話をしてもらったことは一度もない。だから、二人で普通に会話が続いていることに、エリスは驚きを隠せなかった。

「僕は半熟が好きだけど、作り方は色々あるよね? 卵にハムを入れて焼いたりとか、チーズを入れて焼いたりとか……」

「あんた、オムライスの夢を見る天才なの!? 卵に具材を混ぜて焼くなんていう斬新な発想、今まで見たことも聞いたこともないわ」

 目をキラキラと輝かせて驚くアーニャは、どっちが子供かわからないくらい、微笑ましい表情をしていた。新しいオムライスを想像しただけで、ニッコニコのアーニャである。

 ――やっぱりアーニャお姉ちゃんは良い人なんだろうなー。僕といっぱい話してくれるし、料理が好きみたい。夢の中の父さんも頑固で誤解されやすかったから、アーニャお姉ちゃんもそういう感じの人だと思う。

 前世の経験から、奇跡的にアーニャが良い人だと見抜いたジルは、見とれるように眺めていた。

 どうして自分を助けてくれたんだろうか。
 自分に何か恩返しはできないだろうか。
 何でオムライスの話をするときは、素敵な笑顔になるんだろうか。

 色々なことを考えながら、アーニャの隣をジルは歩き続ける。その二人の姿を見ていたエリスは、次第に大きな溜め息がこぼれた。

 錬金術ギルドを出てから、ずっとオムライスの話が続いていたのだ。ちょうど昨日は、ジルが大根だけで数時間も話し続けたばかり。今度は一生分のオムライスの話を聞いているような気がして、飽き始めていた。

「アーニャお姉ちゃんは、オムライスが好きなの?」

「当然じゃない。人類はみんなオムライスが好きなのよ。嫌いとか言うやつは、だいたい前世が魔物だから、深く関わらないようにしなさい」

 恐ろしい前世占いである。おそらく魔物は、オムライスを食べたことすらないだろう。仮に食べたことがあったとしても、それはただの好みの問題であって、意外にオムライスが好きな魔物もいるかもしれない。

 そもそも、オムライスは人が考えて作り出した料理であり、どう考えても魔物との関連性は見つからない。

「ええっ!? 怖い……。今度から初めて話す人には、オムライスが好きかどうか確認しないと」

 ピュアな心を持つジルは信じてしまうが。

「良い心がけね。ちなみに、オムライスよりもオムレツが好きって言う女にも気を付けなさい。だいたい前世でカエルを踏んで、怒りを買っているのよ。だから、雨女になっちゃうの。一緒に外出すると、雨に打たれることが多くなるわ」

 アーニャのなかで、前世占いのブームでも来ているのかもしれない。雨女に理論理屈はないだけでなく、オムレツとカエルの関係性も見当たらない。何より、カエルは雨を降らすことができないため、カエルの怒りで雨女にはならないだろう。

 しかし、料理マニアのジルにとっては、最高に面白い話となっている!

 前世でも今世でも聞けなかった、料理にまつわる不思議な話。オムレツとオムライスに関連する無駄な知識が、次々に埋まっていく。

 正しいかどうかは、別として!

 真剣に話を聞くジルは、「好きなオムライスの具材でも何かわかるの?」と、探求心が働き、質問してしまう始末。「なかなか良い質問ね」と、どや顔をするアーニャは最高に嬉しそうだった。

 その質問を待っていたわ! と言わんばかりに。

 オムライスという共通の話題で異常に話が盛り上がるなか、置いてきぼり状態のエリスは、額に手を当て考え始める。

(長い間アーニャさんの担当してるのに、こんな話をされたことは一度もないよ。私……アーニャさんにオムライスを好きか聞かれたことあるけど、何て答えたっけ。どうしよう、前世が魔物だと思われていたら)

 憧れているアーニャの評価が気になり始めたエリスは、耳を済ませてオムライスの豆知識を真剣に聞き始める。

 オムライスに椎茸を入れるのは邪神という、絶対に間違った知識がエリスとジルに蓄積してしまう。しかし、今後もアーニャと良好な関係を築くためにも、聞いておくべきだとエリスは判断した。前世が魔物だと、勘違いされないためにも!

 しばらく真剣に聞いた後、アーニャと仲良くしている時点で、前世が魔物だとは思われていることはないだろうと、エリスは悟るのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された薬師でしたが、特に気にもしていません 

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、自身が所属していた冒険者パーティを追い出された薬師のメディ。 まぁ、どうでもいいので特に気にもせずに、会うつもりもないので別の国へ向かってしまった。 だが、密かに彼女を大事にしていた人たちの逆鱗に触れてしまったようであった‥‥‥ たまにやりたくなる短編。 ちょっと連載作品 「拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~」に登場している方が登場したりしますが、どうぞ読んでみてください。

普段は地味子。でも本当は凄腕の聖女さん〜地味だから、という理由で聖女ギルドを追い出されてしまいました。私がいなくても大丈夫でしょうか?〜

神伊 咲児
ファンタジー
主人公、イルエマ・ジミィーナは16歳。 聖女ギルド【女神の光輝】に属している聖女だった。 イルエマは眼鏡をかけており、黒髪の冴えない見た目。 いわゆる地味子だ。 彼女の能力も地味だった。 使える魔法といえば、聖女なら誰でも使えるものばかり。回復と素材進化と解呪魔法の3つだけ。 唯一のユニークスキルは、ペンが無くても文字を書ける光魔字。 そんな能力も地味な彼女は、ギルド内では裏方作業の雑務をしていた。 ある日、ギルドマスターのキアーラより、地味だからという理由で解雇される。 しかし、彼女は目立たない実力者だった。 素材進化の魔法は独自で改良してパワーアップしており、通常の3倍の威力。 司祭でも見落とすような小さな呪いも見つけてしまう鋭い感覚。 難しい相談でも難なくこなす知識と教養。 全てにおいてハイクオリティ。最強の聖女だったのだ。 彼女は新しいギルドに参加して順風満帆。 彼女をクビにした聖女ギルドは落ちぶれていく。 地味な聖女が大活躍! 痛快ファンタジーストーリー。 全部で5万字。 カクヨムにも投稿しておりますが、アルファポリス用にタイトルも含めて改稿いたしました。 HOTランキング女性向け1位。 日間ファンタジーランキング1位。 日間完結ランキング1位。 応援してくれた、みなさんのおかげです。 ありがとうございます。とても嬉しいです!

異世界人生を楽しみたい そのためにも赤ん坊から努力する

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前は朝霧 雷斗(アサギリ ライト) 前世の記憶を持ったまま僕は別の世界に転生した 生まれてからすぐに両親の持っていた本を読み魔法があることを学ぶ 魔力は筋力と同じ、訓練をすれば上達する ということで努力していくことにしました

今度生まれ変わることがあれば・・・全て忘れて幸せになりたい。・・・なんて思うか!!

れもんぴーる
ファンタジー
冤罪をかけられ、家族にも婚約者にも裏切られたリュカ。 父に送り込まれた刺客に殺されてしまうが、なんと自分を陥れた兄と裏切った婚約者の一人息子として生まれ変わってしまう。5歳になり、前世の記憶を取り戻し自暴自棄になるノエルだったが、一人一人に復讐していくことを決めた。 メイドしてはまだまだなメイドちゃんがそんな悲しみを背負ったノエルの心を支えてくれます。 復讐物を書きたかったのですが、生ぬるかったかもしれません。色々突っ込みどころはありますが、おおらかな気持ちで読んでくださると嬉しいです(*´▽`*) *なろうにも投稿しています

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…

三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった! 次の話(グレイ視点)にて完結になります。 お読みいただきありがとうございました。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

転生したので好きに生きよう!

ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。 不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。 奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。 ※見切り発車感が凄い。 ※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。

処理中です...