上 下
19 / 38

第19話

しおりを挟む
 城内が静まり返っている早朝、城門の前に大勢の騎士と魔術師が集結していた。

 百人力の騎士団長を始め、古代魔法を扱う魔術師団のベテランや、若き才能が輝くエリート騎士がいる。この国を代表する戦力だけでなく、なんと百名もの精鋭が集まっていた。

 この優秀な合同部隊の隊長が……、どうして私だというのだろうか。

 門の前でうずくまり、必死に存在を消すことしかできないというのに。

「いつまでそうしている気だ?」
「心の準備に五十年ほど時間を要します。今は話しかけないでください」
「自業自得だろう。魔草騒動に首を突っ込んだのは自分なんだから、最後まで面倒を見るんだな」

 今回の合同部隊は、国を脅かす魔草の除去を目的に急遽結成したものであり、本来は宮廷薬師の監修の元、アレク様が指揮を執ることになっていた。

 しかし、魔草というニッチなジャンルに詳しい宮廷薬師はいない。アレク様も表向きは有給休暇となっているので、部隊の上に立つのは好ましくなかった。

 そこで白羽の矢がたったのは、私だ。

 偶然にもアレク様を助手とし、魔草の流通を事前に防いだという実績を無駄に作り上げ、『魔草に詳しい唯一無二の宮廷薬師』という存在感を解き放つ肩書きがついてしまった。

「今からでも遅くないと思うので、隊長の座、変わってもらえませんか?」
「いや、もう遅い。国に正式な書類を提出済みだ」

 まだ出発していないのに、早くも帰りたい。影が薄くて喜ぶような人間が、どうして目立たなければならないのか。

 アレク様が言うには、合同部隊には強制参加だったが、隊長の役目は任意だったらしい。

 どれほど親しい人からの頼み事であったとしても、内容を確認せずに安請け合いをするものではないと、私は学んだ。

 どうやって乗り切ろうか……と考えていると、周囲を見渡す一人の騎士が近づいてくる。

「ニーナ隊長はいらっしゃいませんか?」
「……」

 ひとまず、まだ心の準備ができていないので、居留守作戦である。

「柄にもなく功績をあげれば、引っ張り出されるのは当然だ。返事をしなくてもいいのか?」
「ごめんなさい、まだいません。他を当たってください」

 影の薄い私の声なんて聞こえるはずもなく、騎士さんは他の場所へと行ってくれた。

 ジト目のアレク様に見つめられるが、こればかりは仕方ない。私は大勢の人の前に出るようなタイプではないのだから。

 あぁー……胃が痛い。何とかアレク様に隊長の座を押し付け、やり過ごす方法を考えなければ。

 そう思っていると、アレク様並みに存在感を解き放つ特別な女性が現れた。

 燃えるように真っ赤な長い髪が風で舞い、真っ黒な瞳で周囲を観察する姿は、威圧感がある。どうにも怒っているみたいで、口角が下がり、腕を組んで苛立ちを表していた。

「いつになったら出発するのよ、まったく。宮廷薬師なのに、やる気があるのかしら」

 公爵家の長女であり、回復魔法のエキスパートという華々しい経歴を持ちながらも、不名誉な称号を持っておられるこのお方は!

「我が儘姫、セレス・ユールデンも一緒か」
「その不名誉な肩書きで呼ばないでくれる? ブラコンアレクのくせに」

 宮廷薬師を勤める身分の低い私にとって、もっとも関わりたくない人がセレス様である。生活や性格を含め、すべてが対極ともいえる存在なのだ。

 彼女の強気な性格を考えれば、イジメの対象になりかねない。少し機嫌を損ねるだけでも、どう扱われるのかわからなかった。

「時間ギリギリに集合しようとするなんて、良い度胸ね。国命をなめてるのかしら」

 早くも責められているのは気のせいだろうか。余計に顔を出せない雰囲気が生まれてしまった。

 そして、ご機嫌斜めのセレス様は、アレク様に突っかかるように近づいていく。

「有給休暇を取得中のアレクも災難ね。帰ってくる席が宮廷薬師に取られちゃうなんて」
「いつ譲っても構わないと思っているが」

 私に譲ろうとしないでください。隊長なんて席には居座りたくありません。

「噂では、その薬師の助手をしているんでしょう? 知らないうちにアレクも堕ちたわね」
「魔術師と薬師の仕事を比べること自体が馬鹿馬鹿しい。役割が違うことくらいわかるだろ」
「なによ、ちょっとした冗談じゃないの。本気にならないでよね。女の冗談は軽く聞き流すものよ」
「悪いな。聞き流したつもりだった」

 二人が少し話し始めただけで、現場がピリピリとした空気に包まれる。

 ご機嫌斜めのセレス様はいつも通りだと思うが、アレク様の様子がおかしい。いつもより言葉がとげとげしく、挑発しているような雰囲気を感じる。

 これには、さすがに周りの騎士たちがざわついていた。

「どうして二人が同じ部隊にいるんだよ」
「国王様の指令なんだから、仕方ないだろ」
「でも、因縁の仲だぜ。水と油を一緒にするのはな」

 国王様……。これはどういう試練なのでしょうか。どうして私がこの二人をまとめる隊長に任命されたのか、詳しくご説明いただきたいです。

 このまま二人が言い合えば、部隊が内部崩壊しかねない。大きな揉め事を起こしてほしくないが、どう見ても危うい雰囲気だった。

「まあいいわ。それより、いい加減に弟から独り立ちしなさい。依存するべきではないわ。いつ亡くなるかわからないのよ」

 言ってしまった……。それは一線を越えている。絶対に言ってはいけない言葉だ。

 たとえイライラしていたとしても、軽い気持ちだったとしても、本人がいない場所であったとしても、絶対に言ってはならない。

「簡単に殺さないでください」

 アレク様の一線を越えているのではない。私の一線を越えているのだ。

 薬師の私が力不足だと言われるのは許そう。でも、悩みながらも精一杯生きているラルフ様を見放すことだけは、担当薬師として我慢できることではなかった。

「ラルフ様は生きています。絶対に死なせはしません」
「な、なによ。あんた、急にどこから出てきたの? あくまで可能性の話しているわけであって――」
「昔はそうだったかもしれませんが、今は違います。魔力も安定傾向にあり、回復の兆しが見られている状況です。普通に生活する限り、死ぬことはあり得ません」

 自分で怖い顔をしている自覚はない。でも、グイッと足を踏み込んで顔を近づけると、セレス様が後退りした。

「そ、そんなこと知らないわよ」
「知らないなら言わないでください。言葉だけが独り歩きして、患者の耳に入れたくありません」

 完全に圧倒しているのは明らかで、セレス様が言い合っていたアレク様に助けを求め始める。

「ちょ、ちょっと。なんかこの子が妙にムキになってるんだけど、なんなのよ」
「弟の担当薬師なんだが……逆鱗に触れたみたいだぞ。こんなに目立つことをするタイプではない」

 アレク様の言葉で我に返った私は、ギギギッと錆び付いたドアのような動きでぎこちなく周囲を確認した。

 めっちゃ見られている。呆気にとられた騎士や魔術師たちが、ポカーンと口を開けてみてくるではないか。

 どうしよう……と思っているのも束の間、一人の騎士が恐る恐る近づいてくる。

「ニーナ隊長、ですか?」
「ご、ご、ご……ごきげんよう」

 こうして私は、ついに見つかってしまうのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】女神の瞳を持つ公爵令嬢

ウミ
恋愛
 日本で暮らしていた記憶を持ったまま、異世界に転生したルヴィア。  一夫多妻が常識である国に生まれ落ちてしまった彼女は、なんとか結婚しない道を模索し、巨大な商会を作ることに成功する。  しかし、ある日王子との婚約が決まってしまう。  王族は好色な事で有名で、そこらの貴族よりも側室が多いのが当たり前。日本人の記憶があるルイには受け入れられないものだった。  最悪な状況に、ルイは慌てて父親に婚約解消を求めるのだが……? ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  暇つぶしに、ちょこっと覗いてくださると嬉しいです。

村八分にしておいて、私が公爵令嬢だったからと手の平を返すなんて許せません。

木山楽斗
恋愛
父親がいないことによって、エルーシャは村の人達から迫害を受けていた。 彼らは、エルーシャが取ってきた食べ物を奪ったり、村で起こった事件の犯人を彼女だと決めつけてくる。そんな彼らに、エルーシャは辟易としていた。 ある日いつものように責められていた彼女は、村にやって来た一人の人間に助けられた。 その人物とは、公爵令息であるアルディス・アルカルドである。彼はエルーシャの状態から彼女が迫害されていることに気付き、手を差し伸べてくれたのだ。 そんなアルディスは、とある目的のために村にやって来ていた。 彼は亡き父の隠し子を探しに来ていたのである。 紆余曲折あって、その隠し子はエルーシャであることが判明した。 すると村の人達は、その態度を一変させた。エルーシャに、媚を売るような態度になったのである。 しかし、今更手の平を返されても遅かった。様々な迫害を受けてきたエルーシャにとって、既に村の人達は許せない存在になっていたのだ。

妻は従業員に含みません

夏菜しの
恋愛
 フリードリヒは貿易から金貸しまで様々な商売を手掛ける名うての商人だ。  ある時、彼はザカリアス子爵に金を貸した。  彼の見込みでは無事に借金を回収するはずだったが、子爵が病に倒れて帰らぬ人となりその目論見は見事に外れた。  だが返せる額を厳しく見極めたため、貸付金の被害は軽微。  取りっぱぐれは気に入らないが、こんなことに気を取られているよりは、他の商売に精を出して負債を補う方が建設的だと、フリードリヒは子爵の資産分配にも行かなかった。  しばらくして彼の元に届いたのは、ほんの少しの財と元子爵令嬢。  鮮やかな緑の瞳以外、まるで凡庸な元令嬢のリューディア。彼女は使用人でも従業員でも何でもするから、ここに置いて欲しいと懇願してきた。  置いているだけでも金を喰うからと一度は突っぱねたフリードリヒだが、昨今流行の厄介な風習を思い出して、彼女に一つの提案をした。 「俺の妻にならないか」 「は?」  金を貸した商人と、借金の形に身を売った元令嬢のお話。

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

追放された薬師は騎士と王子に溺愛される 薬を作るしか能がないのに、騎士団の皆さんが離してくれません!

沙寺絃
ファンタジー
唯一の肉親の母と死に別れ、田舎から王都にやってきて2年半。これまで薬師としてパーティーに尽くしてきた16歳の少女リゼットは、ある日突然追放を言い渡される。 「リゼット、お前はクビだ。お前がいるせいで俺たちはSランクパーティーになれないんだ。明日から俺たちに近付くんじゃないぞ、このお荷物が!」 Sランクパーティーを目指す仲間から、薬作りしかできないリゼットは疫病神扱いされ追放されてしまう。 さらにタイミングの悪いことに、下宿先の宿代が値上がりする。節約の為ダンジョンへ採取に出ると、魔物討伐任務中の王国騎士団と出くわした。 毒を受けた騎士団はリゼットの作る解毒薬に助けられる。そして最新の解析装置によると、リゼットは冒険者としてはFランクだが【調合師】としてはSSSランクだったと判明。騎士団はリゼットに感謝して、専属薬師として雇うことに決める。 騎士団で認められ、才能を開花させていくリゼット。一方でリゼットを追放したパーティーでは、クエストが失敗続き。連携も取りにくくなり、雲行きが怪しくなり始めていた――。

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠 結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *表紙イラスト/倉河みおり様 *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

妾の子である公爵令嬢は、何故か公爵家の人々から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
私の名前は、ラルネア・ルーデイン。エルビネア王国に暮らす公爵令嬢である。 といっても、私を公爵令嬢といっていいのかどうかはわからない。なぜなら、私は現当主と浮気相手との間にできた子供であるからだ。 普通に考えて、妾の子というのはいい印象を持たれない。大抵の場合は、兄弟や姉妹から蔑まれるはずの存在であるはずだ。 しかし、何故かルーデイン家の人々はまったく私を蔑まず、むしろ気遣ってくれている。私に何かあれば、とても心配してくれるし、本当の家族のように扱ってくれるのだ。たまに、行き過ぎていることもあるが、それはとてもありがたいことである。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。 ※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。  元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。  破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。  だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。  初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――? 「私は彼女の代わりなの――? それとも――」  昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。 ※全13話(1話を2〜4分割して投稿)

処理中です...