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第五章:営業活動

第46話:エマと初めての営業活動

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 印刷業者に発注した数日後。販売促進用のポスターとパンフレットが届くと、私はエマと一緒に店の制服を着て、営業に出かけようとしていた。

 今日の店の営業は、お父さんとノエルさんに任せることにしている。

「じゃあ、行ってくるね。昼頃には一回帰ってくるから」
「わかった。各店に、よろしく頼むと伝えてくれ」
「わかってるって。エマも忘れ物はない?」
「大丈夫。言われたものは、全部持った」

 二人で手提げ袋を持ち、ポスターとパンフレットだけでなく、新商品の大人のどら焼きも用意している。

 今までも取引先や同じ自営業者にお願いして、店内にポスターを飾ってもらったり、パンフレットを置いてもらったりしている。チェーン店でも理解のある店は、パンフレットを置いてくれたりしていた。

 どこまで宣伝効果があるのかはわからないが、新商品が出たと知ってもらわないことには、商品を買ってもらえない。

 大きな反響を得やすい新商品を発売する時は、ネットだけに頼らずに、自分の足も使うようにしていた。

 お父さんの知り合いが多くて、取引先に若い人が少ない、というのも影響している。

 令和の時代なのに、みんな機械音痴なんだよね……。

 今は余計なことは考えないようにして、異世界の文化が抜けないエマを注視しないといけないけど。

「収納魔法を使ったら、両手で袋を持たなくていいのに」
「誰も人がいなくても、日本では魔法禁止だよ。どこに監視カメラが設置されているのか、私にもわからないんだから」
「むぅ……。いつも持ってるロッドより重い」
「新商品が売れたら、おいしいものがもっといっぱい食べられるようになるよ?」
「急に軽く感じてきた」
「はいはい。じゃあ、頑張って営業に行こうねー」

 エマのエルフ耳が三角巾で隠れていることを確認した後、私は気を引き締めて営業に向かう。

 一方、エマは外に出ることを楽しみにしていたのか、荷物の重さを嘆いていた割には上機嫌だった。

 最近まで日本の光景に馴染みがなく、車や景色に怯えていたエマだったが、今は違う。

 日常系の漫画を読んだことが大きく影響しているみたいで、興味深そうに周囲をキョロキョロと見渡しながら歩いていた。

「ねえ、胡桃。知ってる? あそこにあるのが、信号だよ」
「うん、そうだね。信号だね」
「信号が赤になると、止まらないといけないの」
「う、うん。そうだね」
「横断歩道もあるよ」
「……今日はあそこを通っていこうか」
「うん!」

 どうやら信号を体験してみたかったらしい。目的地まで遠回りにならないのであれば、これくらいの小さな願いは聞き入れてあげよう。

 わざわざ信号のある大通りに出た私たちは、歩行者用の信号が赤になっているため、横断歩道の前で止まる。

 目の前で車が走っていても、エマは怯える様子を見せない。逆に車用の信号が黄色になり、ぶつからないように止まるところを見て、興奮しているみたいだった。

 そして、歩行者用の信号が青になると、周りの人たちに合わせて、一緒に歩き進める。

「ねえ、胡桃。どうしてこんなルールがあるの?」
「車は便利なものだけど、ぶつかったら命を失う危険があるからね。安全に過ごすために決めたんじゃないかな」
「ふーん。すごいね、みんなちゃんとルールを守ってて」

 エマはルールを守る人たちは褒めてくれるが、信号無視する歩行者とか、道路交通法を守らない運転手もいる。

 感心してくれているので、今はそういう悪い部分は教えないようにしよう。

 大きな建物が並ぶ大通りを歩き進めると、すぐに小さなクリーニング屋さんにたどり着いた。

 うちの店の制服を綺麗にしてくれている取引先であり、私も付き合いが長い。親しみやすい女性が営んでいる店で、互いにお得意先でもあった。

 そのため、営業中ではあるものの、遠慮なくお邪魔させていただく。

「すみません。ちょっとだけお時間いいですか?」
「あら、胡桃ちゃん。朝に来るなんて珍しいわね。どうしたの?」
「いつもの販促用ポスターと新商品を持ってきたので、またお願いしたいんですけど」
「あー、はいはい。そういう感じね。全然いいわよ」

 私がポスターを渡した後、エマが恐る恐る新商品を差し出した。

「……ど、どうぞ」

 薄々と気づいてはいたけど、エマは重度の人見知りである。

 今まで過ごした世界が違うこともあり、完全に自分の殻に閉じこもっていた。

「この子も胡桃ちゃんの店で働いているの?」
「そうなんですよ。お父さんが再婚したら、大きな妹ができたので、あいさつ代わりに連れてきました」
「えっ! そうな!? あら、まあ……国際結婚なんて、勇気のある決断ね!」

 本当は国際結婚を通り越して、異世界結婚なんですけどね、と思いつつも、余計なことは言わない。

 クリーニング屋さんの話に合わせて、近況報告がてら、軽い世間話をしていた。

「……」

 なお、エマはかなり緊張しているみたいで、目を合わせる度に黙々とペコペコと頭を下げている。

「すみません。日本語はできるんですけど、まだ新しい環境に慣れないみたいで……」
「日本語がわかるだけでもすごいと思うわ。外国語の中でも、日本語は難しいってよく聞くもの」

 翻訳の魔道具を使っているんですよ、とも言えないので、こちらも黙っておく。

 このままうちの事情を話していると、エマが話さない分、私がボロを出してしまいそうだ。向こうも仕事があるから、早めに切り上げさせていただこう。

「まだまだ日本の生活に慣れない部分が多いので、どこかのタイミングでコーヒーとかこぼして、お世話になると思います。その時は優しくしてあげてください」
「いつでも大丈夫よ。シミ抜きや汚れを落とす仕事なら、任せといて」
「今度、店の制服もクリーニングに出しますね。あっ、新商品は今度の木曜日から発売しますから――」
「ええ、わかっているわ。その日に貼り出せばいいんでしょう?」
「はい、よろしくお願いします」

 軽くお辞儀をして、クリーニング屋さんを後にすると、エマが大きなため息をはいた。

「ふぅー。初回にしては上出来」
「満足そうな顔をしているけど、最低限の範囲内だと思うよ。緊張して全然話せてなかったからね?」
「大丈夫。こういうのは、千里の道も一歩から、っていうらしいよ?」
「おおー……よく知ってたね。そんな難しい言葉を」
「漫画に書いてあった。よし、次に行こう」

 大丈夫かなーと思いつつ、私は自信満々のエマと一緒に次の場所に向かっていくのであった。
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