42 / 54
第四章:火の妖精と王都観光
第42話:王都観光6
しおりを挟む
騎士の訓練場を後にした私たちは、豪華な応接室を訪れて、王様と向かい合っていた。
これまでの接待は前菜みたいなものであり、王様としては、ここからがメインイベントだと言える。
あくまでホウオウさんのおもてなしは、貢ぎ物を受け取ってもらうために行なっているのだから。
「今日はよく来てくれたな。本当にここまで足を運んでくれるのかと、気が気でなかったぞ」
「俺もまさかこのような形で招かれるとは思わなかった。だが、今まで人の姿で観光するという発想がなかった分、なかなか面白い経験をさせてもらった」
楽しんでくれたのであれば、何よりだ。逆に付き合ってもらっていたような気もするけど、深いことは気にしないでおこう。
「胡桃殿にも感謝しよう。こういった場を作ってくれて、本当によかったと思っている」
「いえいえ。私も十分に楽しみましたし、いろいろといただきましたので」
貴族令嬢の服装に身を包み、異世界の王都を自由に観光して、王城まで見学できたなんて、本当に有意義な時間だった。
お土産に十万円もするドワーフの包丁も買ったし、オーダーメイドで作ってもらった服もいただけることになっている。
自分で提案したとはいえ、良い思いばかりさせてもらい、ありがたい思いでいっぱいだった。
まあ、その分、王様の作る貢ぎ物の監修にも力を入れさせてもらったが。
王様の挨拶が終わり、悠長ことを話していると、部屋にメイドさんが入ってきて、とある甘味を出してくれる。
「ん? これは……」
「胡桃殿に教えてもらって、ワシが作ったものだ」
焼き目が濃く、ちょっと形が悪いながらも、しっかりと想いを込めてつくってもらった甘味、どら焼きである。
まだ練習不足だったか……とは思うものの、初めて甘味づくりに挑戦して、短期間で覚えたことを考えれば、上出来だと思った。
さすがに異界の甘味を貢ぎ物に出されるとは思っていなかったみたいで、ホウオウさんは目を丸くして驚いている。
「国王にもなって、まさか自ら異世界の甘味を作るとはな。何か心境の変化でもあったのか?」
「胡桃殿の提案がきっかけで、もう一度最初からやり直そうと思ったのだ。今までホウオウに頼りすぎて、見失っていることがあるのではないか、と思ってな」
どこか晴れ晴れとした表情を浮かべる王様は、優しい瞳でホウオウさんをまっすぐ見つめていた。
「国で妖精を祀ることも、ホウオウに貢ぎ物や祈りを捧げることも、神殿に赴くことも、今までどこか義務でやっていた節があった。そこに勇者召喚の件で後ろめたい気持ちが生まれ、ホウオウと心の底から向き合えなくなっていたのであろう」
今回のどら焼きづくりを経て、王様の心境に変化があったのは間違いない。
どこまで私が協力できたのかはわからないけど、王さまが変わるきっかけになれたのであれば、嬉しいことだと思った。
「今回の件を受けて、王としてではなく、一人の人間として、自分を見つめ直した。それでもワシは、ホウオウに貢ぎ物を作って捧げたいという考えに至ったのだ」
王様がどら焼きづくりをとても真剣に取り組んでいたことを、私はよく知っている。
王の仕事をこなしながら、毎晩どら焼きづくりを練習するのは、決して義務でできるものではない。
ホウオウさんに対する想いがなければ、続けられないことだと思った。
「これまで無理に貢ぎ物を押しつけてきて悪かった。ホウオウにも受け取るか否か決める権利があることにすら、ワシは気がつかなかったのだ。傲慢な態度であったと、深く反省している」
頭を下げる王様を前にして、ホウオウさんはゆっくりとどら焼きを手に取る。
「久しい感覚だな。そなたの貢ぎ物を受け取ろう」
ホウオウさんと仲直りがしたい、その強い想いが込められたどら焼きを、彼は受け入れた。
王様の想いは、ようやく届いたのだ。
約二年後ぶりに貢ぎ物を受け取ってもらった王様は、その安堵の気持ちからか、人前では見せていけないほど体の力が抜けている。
一国の王様でもそうなるんだなーと、クスクス笑っていると、ホウオウさんが王様の作ったどら焼きを口にした。
「悪くはないな。……うん、悪くはない」
なんだか歯切れが悪かったので、私も出されたどら焼きを口にする。
「うん……、確かに悪くはない味です」
この世界にある食材だけで作っているし、お菓子作り初心者の王様が作ったことを考えると、十分な出来かもしれない。
それでも……、
「生地が固いな」
「生地が固いですね」
食べにくいと感じるほどには、生地が固かった。
どうやらホウオウさんへの想いを強く込めようとして、生地を混ぜすぎてしまったらしい。
絶対に貢ぎ物を受け取ってもらえるようにと意気込んだ分、空回りしたんだろう。
彼の気持ちがわかるだけに、責めることはできない。ましてや、貢ぎ物づくりの本番に観光していた私には、その権利はないと思った。
しかし、辛辣な評価を口にした私とホウオウさんを見て、王様は笑っている。
「ふははは、お主らは容赦がないな」
「嘘をついてまで、機嫌を取りたいとは思わないぞ」
「それもそうだな。気遣いはせんでいい」
「無論だ。言いたいことを言えぬ仲でもあるまい」
最初に出会った頃、二人はぎこちなかったけど、今ではすっかりと落ち着いているように見える。
そう思いながら食べる王様が作ったどら焼きは、なんだかんだで優しい味がして、おいしいと思った。
これまでの接待は前菜みたいなものであり、王様としては、ここからがメインイベントだと言える。
あくまでホウオウさんのおもてなしは、貢ぎ物を受け取ってもらうために行なっているのだから。
「今日はよく来てくれたな。本当にここまで足を運んでくれるのかと、気が気でなかったぞ」
「俺もまさかこのような形で招かれるとは思わなかった。だが、今まで人の姿で観光するという発想がなかった分、なかなか面白い経験をさせてもらった」
楽しんでくれたのであれば、何よりだ。逆に付き合ってもらっていたような気もするけど、深いことは気にしないでおこう。
「胡桃殿にも感謝しよう。こういった場を作ってくれて、本当によかったと思っている」
「いえいえ。私も十分に楽しみましたし、いろいろといただきましたので」
貴族令嬢の服装に身を包み、異世界の王都を自由に観光して、王城まで見学できたなんて、本当に有意義な時間だった。
お土産に十万円もするドワーフの包丁も買ったし、オーダーメイドで作ってもらった服もいただけることになっている。
自分で提案したとはいえ、良い思いばかりさせてもらい、ありがたい思いでいっぱいだった。
まあ、その分、王様の作る貢ぎ物の監修にも力を入れさせてもらったが。
王様の挨拶が終わり、悠長ことを話していると、部屋にメイドさんが入ってきて、とある甘味を出してくれる。
「ん? これは……」
「胡桃殿に教えてもらって、ワシが作ったものだ」
焼き目が濃く、ちょっと形が悪いながらも、しっかりと想いを込めてつくってもらった甘味、どら焼きである。
まだ練習不足だったか……とは思うものの、初めて甘味づくりに挑戦して、短期間で覚えたことを考えれば、上出来だと思った。
さすがに異界の甘味を貢ぎ物に出されるとは思っていなかったみたいで、ホウオウさんは目を丸くして驚いている。
「国王にもなって、まさか自ら異世界の甘味を作るとはな。何か心境の変化でもあったのか?」
「胡桃殿の提案がきっかけで、もう一度最初からやり直そうと思ったのだ。今までホウオウに頼りすぎて、見失っていることがあるのではないか、と思ってな」
どこか晴れ晴れとした表情を浮かべる王様は、優しい瞳でホウオウさんをまっすぐ見つめていた。
「国で妖精を祀ることも、ホウオウに貢ぎ物や祈りを捧げることも、神殿に赴くことも、今までどこか義務でやっていた節があった。そこに勇者召喚の件で後ろめたい気持ちが生まれ、ホウオウと心の底から向き合えなくなっていたのであろう」
今回のどら焼きづくりを経て、王様の心境に変化があったのは間違いない。
どこまで私が協力できたのかはわからないけど、王さまが変わるきっかけになれたのであれば、嬉しいことだと思った。
「今回の件を受けて、王としてではなく、一人の人間として、自分を見つめ直した。それでもワシは、ホウオウに貢ぎ物を作って捧げたいという考えに至ったのだ」
王様がどら焼きづくりをとても真剣に取り組んでいたことを、私はよく知っている。
王の仕事をこなしながら、毎晩どら焼きづくりを練習するのは、決して義務でできるものではない。
ホウオウさんに対する想いがなければ、続けられないことだと思った。
「これまで無理に貢ぎ物を押しつけてきて悪かった。ホウオウにも受け取るか否か決める権利があることにすら、ワシは気がつかなかったのだ。傲慢な態度であったと、深く反省している」
頭を下げる王様を前にして、ホウオウさんはゆっくりとどら焼きを手に取る。
「久しい感覚だな。そなたの貢ぎ物を受け取ろう」
ホウオウさんと仲直りがしたい、その強い想いが込められたどら焼きを、彼は受け入れた。
王様の想いは、ようやく届いたのだ。
約二年後ぶりに貢ぎ物を受け取ってもらった王様は、その安堵の気持ちからか、人前では見せていけないほど体の力が抜けている。
一国の王様でもそうなるんだなーと、クスクス笑っていると、ホウオウさんが王様の作ったどら焼きを口にした。
「悪くはないな。……うん、悪くはない」
なんだか歯切れが悪かったので、私も出されたどら焼きを口にする。
「うん……、確かに悪くはない味です」
この世界にある食材だけで作っているし、お菓子作り初心者の王様が作ったことを考えると、十分な出来かもしれない。
それでも……、
「生地が固いな」
「生地が固いですね」
食べにくいと感じるほどには、生地が固かった。
どうやらホウオウさんへの想いを強く込めようとして、生地を混ぜすぎてしまったらしい。
絶対に貢ぎ物を受け取ってもらえるようにと意気込んだ分、空回りしたんだろう。
彼の気持ちがわかるだけに、責めることはできない。ましてや、貢ぎ物づくりの本番に観光していた私には、その権利はないと思った。
しかし、辛辣な評価を口にした私とホウオウさんを見て、王様は笑っている。
「ふははは、お主らは容赦がないな」
「嘘をついてまで、機嫌を取りたいとは思わないぞ」
「それもそうだな。気遣いはせんでいい」
「無論だ。言いたいことを言えぬ仲でもあるまい」
最初に出会った頃、二人はぎこちなかったけど、今ではすっかりと落ち着いているように見える。
そう思いながら食べる王様が作ったどら焼きは、なんだかんだで優しい味がして、おいしいと思った。
11
お気に入りに追加
668
あなたにおすすめの小説
アラフォー少女の異世界ぶらり漫遊記
道草家守
恋愛
書籍版が発売しました!旅立ち編から石城迷宮編まで好評レンタル中です!
若返りの元勇者、お忍び休暇を満喫す?
30歳で勇者召喚された三上祈里(女)は、魔王を倒し勇者王(男)として10年間統治していたが、転移特典のせいで殺到する見合いにうんざりしていた。
やさぐれた祈里は酒の勢いで「実年齢にモド〜ル」を飲むが、なぜか推定10歳の銀髪碧眼美少女になってしまう。
……ちょっとまて、この美少女顔なら誰にも気づかれないのでは???
溜まりまくった休暇を取ることにした祈里は、さくっと城を抜けだし旅に出た!
せっかくの異世界だ、めいいっぱいおいしいもの食べて観光なんぞをしてみよう。
見た目は美少女、心はアラフォーの勇者王(+お供の傭兵)による、異世界お忍び満喫旅。
と、昔に置いてきた恋のあれこれ。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し
gari
ファンタジー
突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。
知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。
正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。
過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。
一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。
父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!
地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……
ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!
どうする? どうなる? 召喚勇者。
※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~
紅月シン
ファンタジー
聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。
いや嘘だ。
本当は不満でいっぱいだった。
食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。
だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。
しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。
そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。
二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。
だが彼女は知らなかった。
三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。
知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。
※完結しました。
※小説家になろう様にも投稿しています
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる