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第二章:デカ小豆のお菓子

第25話:聖域

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 聖女や女神の仕事をする必要はないと言われ、疑問に抱いた私とノエルさんは首を傾げる。

 それを見たシルフくんは、仕方ないなーと言わんばかりに大きなため息を吐いていた。

「妖精や精霊が祀られているのは、君たちも知っているよね?」
「うん。ファンダール王国は火の妖精を祀っているって、エマに聞いたよ」
「もちろん、私も知っております。妖精様が魔力を生み出すことで、世界は平和に保たれているのだとか。川に澄んだ水が流れ、作物が実る肥えた大地になるのも、魔力の影響が大きいと聞いております」

 ノエルさんの言葉を聞いて、シルフくんはどら焼きを頬張りながらも、ウンウンッと頷いている。

「あながち間違ってはいないね。妖精は瘴気や邪気を浄化して、無害な魔力に変換しているんだ。瘴気は魔物を作り出す素みたいなものだから、妖精がいないと大変なことになっちゃうよ」
「じゃあ、異世界の国々にとっては、本当に妖精は守り神みたいな存在なんだね。どうりでちゃんと祀られているわけだと思った」
「そうだよ。ボクたちは、人々の想いを力に変えて、瘴気や邪気を浄化しているからね。その想いを受け取る場所が、聖域と呼ばれているところさ」

 つまり、妖精さんの仕事場、兼自宅ということか。

 妖精が国を守っていることを考えれば、そこに限られた人しか入れないことにも納得がいく。

「でも、ボクたち妖精は万能な生き物じゃない。長期間にわたって浄化作業を続けていると、体が蝕まれてしまうんだ」
「だんだんわかってきたよ。それを助けてあげるのが、聖女や女神様の仕事ってわけだね」
「そうさ。ボクが聖域を訪れるのも、女神の代わりに各地を巡って、調子の悪い妖精がいないか確認するためなんだよ」

 小さくて可愛らしい妖精さんにしか見えないけど、シルフくんは頑張って仕事しているんだなー。

 初めて出会った時に疲れ果てていたのも、各地を飛び回っていた影響なのかもしれない。

 さすがにあれだけ弱っていたことには、疑問を抱いてしまうが。

「どうしてシルフくんは、わざわざ私と契約してくれたの? 命を助けられておいて言うことではないけど、各地に確認へ向かうだけなら、私は足枷になるよね」
「それはボクの個人的な事情によるものさ。ちょうど新しい契約者を探していたんだ」

 どら焼きを食べることをやめたシルフくんは、宙をクルンッと飛んで、私の肩の上に乗る。

「さっきも言った通り、妖精は祀られることで神聖力を高めて、浄化作業にあたる。でも、風の妖精であるボクは、同じ場所に留まり続けることができないんだ。そのため、誰かと契約して魔力を共有してもらう必要があるのさ」

 人々に祀られない妖精、か。各地に住まう妖精たちとは違い、風の妖精として生まれたシルフくんは、本人の言う通りに特殊な存在なんだろう。

 仲間外れ……というわけじゃないと思うけど、せっかく契約したんだし、私がちゃんとお世話をしてあげよう。

「じゃあ、私の体で生み出した魔力は、シルフくんと繋がっているんだね」
「まあね。本当は契約者とボクの魔力が混じり合うんだけど、もともと胡桃は魔力を持たない異界の人だったから、少し特殊だけどね」
「ん? どういう意味?」
「胡桃は妖精と同じ魔力を生み出す人間ってことさ。純粋なボクの魔力を使えるから、胡桃は風魔法のセンスが抜群にいいと思うよ」
「本当!? ねえ、もう魔法は使ってもいいの!?」
「大丈夫だよ。でも、使いすぎるとボクもバテちゃうから、注意が必要してね」

 世界を守る妖精と同じ魔力を使えると知った私は、心の中で大きく叫ぶ。

 チート能力きたー! 神と崇められる妖精と同等レベルの魔法が使えるかもしれないなんて、魔法使いとして勝ち組じゃん!

 旅行に行くだけにしてはもったいない力な気もするけど、これで危ない場所に行っても身の安全を確保できるだろう。

 異世界旅行で行ける範囲が拡大する分には、とてもいい。今度、異世界に行ったら、エマに魔法の使い方を教えてもらおう。

 でも、聖域に住む妖精さんとも早く会ってみたいし、悩みどころだ。こんなにも休日が待ち遠しいなんて、学生の頃依頼だよ。

 日本を楽しんでいるノエルさんも、きっと同じような気持ちですよね!!

「胡桃ちゃん、とっても嬉しそうだけど、魔法の取り扱いにはくれぐれも気をつけてね。妖精様と同じ力を持つなんて、制御できないと大変な事態に繋がってしまうわ」
「変なフラグを立てなくても大丈夫ですよ。私は大人なんですから。シルフくんに負担がない程度に留めます」

 漫画とアニメが好きなオタクの身としては、間違っても『あれ? なんかやっちゃいました?』なんて真似はしない。

 言ってみたい願望があるだけで、夢と現実と妄想の区別くらいはつく。

 今は幸せすぎて、その夢の中に身を置いている、とも言い換えられるが。

「聖域に住む妖精さんたちとも仲良くなれるといいなー」
「貢ぎ物を持っていけば、大丈夫だと思うよ。妖精のボクが言うんだから、間違いないね」

 スポーツドリンクとカツサンドで仲間になったシルフくんが言うと、説得力がある。

 妖精が神様扱いされているのであれば、確かに貢ぎ物を送るのはいいアイデアだと思った。

 でも、火の妖精って何が好きなんだろう。勝手なイメージだけど、辛いものとか好きそうだよねー。

 エマもカレーパンをおいしそうに食べてたし、香辛料が利いたものにしようかな。

 いや、菓子店を営む身としては、甘いもので勝負したい気持ちもある。

 うーん……と悩んでいると、宙を舞ったシルフくんが再びどら焼きを食べ始めた。

「でも、このどら焼きはおすすめしないよ」
「えっ、どうして? けっこうおいしくできたと思うんだけど。もしかして、シルフくんって甘党だった?」
「ううん。このどら焼きには、胡桃のお金が欲しいという欲望が詰まっているから。味はともかくとして、妖精には適さない雑味があるんだよね。この前のサンドウィッチみたいな、前向きな気持ちが込もっていた方がボクは好きだなー」

 確かに、以前シルフくんにあげたカツサンドは、初めての異世界旅行に浮かれて、とても前向きな気持ちで作っている。

 一方、デカ小豆を使った大人のどら焼きは、みんなの生活費を稼ぐために作っていた。

 シルフくんの言葉は間違っていないけど……、どら焼きに邪念があると指摘されたのは、生まれて初めての経験である。

「じゃあ、こっちのどら焼きはどうかな」

 試しに、本日の売れ残ったどら焼きをシルフくんに差し出すと、大きく口を開けてガブリッとかぶりつく。

 そして、頬が落ちそうなくらいの満面の笑みを浮かべてくれた。

「うんっ! やっぱり胡桃はこうじゃなくっちゃね! 食べた人が少しでも癒されるようにと願いが込め――」
「詳しい感想はいいからっ!」

 な、なんて危険な妖精なんだ。どうやら本当に調理した者の想いを感じとるらしい。

 スポーツドリンクを好むのは、味か……。それとも、機械で作っているものは心が入らなくて、雑味を感じないのか……。

 妖精の生態とは、とても不思議なものである。

 もしかしたら、祀られている妖精たちも同じで、プラスの想いを受け取り、自分の力に変換しているのかもしれない。

 どうしよう、貢ぎ物のハードルが急に上がった気がする。ちゃんと真心を込めて手作りしないと。

 シルフくんがどら焼きに夢中になっている間、私はノエルさんに別の問題を聞いてみることにした。

「異世界の人がどういう認識でいるのかわからないので、確認なんですけど……。女神様の使徒だからといって、私が勝手に聖域にお邪魔してもいいと思いますか?」
「難しいところね。エルフが治めている国であれば、シルフ様が姿を現すだけで、すぐに解決すると思うわ。でも、人族の国だと変な疑いをかけられかねないのよね」

 そもそも、国が聖域と決めている場所に対して、一般人と思われる者が入ろうとする行為自体が間違っている。

 各国に祀られている妖精が言うならまだしも、子供っぽいシルフくんの声だけでは、少し不安があった。

「先に国王様と話を通した方が無難だと思うわ」
「話がとても大きくなりましたね……」
「心配しなくても大丈夫よ。勇者様のこともあるから、邪険には扱われないわ」

 一国の王とお父さんが知りたいというのも、複雑な気分だ。

 でも、せっかく人脈があるのであれば、それを使わない手はない。

 恐れ多い気持ちはあるものの、異世界の聖域と呼ばれる場所に行ってみたい気持ちの方が勝っていた。

 貢ぎ物も用意しなきゃいけないし、今回はお父さんの名前を借りるとしよう。
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