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第三部
第89話:黒田、暴走する
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千載一遇のチャンスに乗ることを決めた私は、完全に黒田百パーセントになった。
理性という名のクロエを抑え込み、目の前にケーキと向かい合う。
だって、アルヴィとカップルごっこ、やってみたい。ちょっとだけ良い思いをしたい。甘いケーキを食べて、二人で甘いことをしたい!
目の前にケーキが置かれている時点で、黒田を抑え込む術など存在しない。空腹というブーストがかかり、自分でも手が付けられない状態になっていた。
誰にも見られていない個室で、アルヴィと二人きり。目の前にはカップル専用のケーキとドリンクがある。
それなら、やることはただ一つ!
早速、暴走した黒田は自分のフォークをアルヴィに差し出した。
「これを食べるときは、あ~ん、じゃないとダメらしいわ」
当然、そんなルールなど存在しない。どさくさに紛れて、カップルイベントをやりたくて仕方がないのだ。
さすがにアルヴィが戸惑っていたとしても、暴走した黒田は容赦しない。
「お腹が空いてるの。早くしないと、また失神するかもしれないわ」
世界一恥ずかしい脅しである。
「そうですか。ルールなら……、仕方ないですね。クロエ様のお腹が空いているのなら、仕方ないですね」
なぜか納得してくれたアルヴィは、自分を言い聞かせるように呪文を唱えていた。ルールだから、ルールだから、と。
フォークを手に取ったアルヴィは、小さめにケーキをすくってくれる。正直、もっと大きい方がいいけれど、フォローしてくれる人がいないので、何も言わないことにした。
「で、では、口を開けてください」
「台詞が違うわ。あ~ん、じゃないとダメなの」
とても面倒くさい女、意地っ張りの黒田である。変なところで妥協を許さない。
「わかりました。ごほんっ、いきますよ。あ~ん」
「あ~ん」
テンションが爆上がり中の黒田は、自分でも「あ~ん」と言いながら、それはもう、生クリームのようにベタベタと甘え始めていた。
カップル専用メニューという魔の力が働いているのかもしれない。何より、アルヴィに食べさせてもらうケーキは、おいしい。自分で食べるよりも、幸福度が全然違う!
「次は、アルヴィが食べる番ね」
ササッとアルヴィのフォークを手に取っちゃうくらい、黒田は積極的である。
カップルごっこが始まった以上、怖いものなんて何もない。むしろ、もっとこの幸せを噛み締めたい。
「ほら、アルヴィ。あ~んして」
よって、グイグイと攻め込んでいく。戸惑うアルヴィが口を開けると、逃がさないと言わんばかりにケーキを近づける。
「はい、あ~ん」
小さな口でパクッと食べるアルヴィは……とても可愛い! グレンが子犬のような存在なら、アルヴィは子猫のような存在だ。
二人に挟まれて暮らしたら、どれだけ幸せだろうか。いや、今のままでも十分に幸せなのだけれど。
再び至福の時間を味わうため、私は口を開けて、あ~んを催促するくらいには暴走していた。絶対に自分では食べない、そんな強い意思を表すように、手は膝の上に置いている。
こういう時に、あ~んと食べさせてくれるところが、アルヴィの優しさでもある。
本当は恥ずかしいと顔に書いてあるけれど、そういう顔を見ながら食べるケーキが一番おいしい。正直、ケーキの味なんてどうでもよくて、アルヴィに甘やかされている幸福度で心が壊れ始めていた。
なぜなら、ドリンクに差してあるハート型のストローが、今となっては素晴らしいラッキーアイテムに見えているからだ。
アルヴィと見つめ合って、一緒にドリンクを飲みたい。その勢いがあれば、自分の気持ちも素直にぶつけられる気がした。
早速、暴走する黒田は目の前にドリンクを用意する。何も言わずにアルヴィを見つめ、ゆっくりとストローに顔を近づけていく。
今から一緒に飲むのよ、そういう圧をかけながら。
もはや、アルヴィは逃げても仕方ないと思っているのだろう。イチゴのように顔を赤くして、ストローに顔を近づけてくれた。
そして、私たちは見つめ合って、ドリンクを飲んだ。
ここまでやって、実は嫌いでした、なんてことはあり得ない。もう絶対にアルヴィは私ことが好きだ。こんなバカップルイベントに付き合ってくれるなんて、好きすぎるといっても過言ではない。
だったら、このキスできそうな距離で見つめ合うなか、愛を確認するのが普通だろう。
「アルヴィ。私のこと、本当に好きなの?」
「好き、ですよ」
ですよね。さすがの恋愛音痴の黒田でも確信していましたよ。
あとは、私の思いを伝えて結ばれるだけ……よね。
「そう。あのね、私――」
しかし、いつも肝心な時に黒田は運がない。勢いよくガチャッと扉が開かれ、なぜか店員さんが慌ただしく入ってきた。
当然、反射的にバッと離れてしまう。
「すいません。こちらセットのハートクッキーを忘れておりました。大変申し訳ございません」
「構わないわ。全然構わないわよ」
私はニコニコと対応しているものの、さすがに内心は穏やかではなかった。
いったん冷静にさせられると、同じ雰囲気を作ることができない。例えるなら、酔っ払いが正気に戻った、とでもいうべきだろうか。
しかし、それはアルヴィも同じだったみたいで、妙にソワソワしながらクッキーをつかんだ。
「待って。あ~ん、じゃないとダメよ」
律儀にルールは守る黒田は、再び暴走を繰り返すのだった。
理性という名のクロエを抑え込み、目の前にケーキと向かい合う。
だって、アルヴィとカップルごっこ、やってみたい。ちょっとだけ良い思いをしたい。甘いケーキを食べて、二人で甘いことをしたい!
目の前にケーキが置かれている時点で、黒田を抑え込む術など存在しない。空腹というブーストがかかり、自分でも手が付けられない状態になっていた。
誰にも見られていない個室で、アルヴィと二人きり。目の前にはカップル専用のケーキとドリンクがある。
それなら、やることはただ一つ!
早速、暴走した黒田は自分のフォークをアルヴィに差し出した。
「これを食べるときは、あ~ん、じゃないとダメらしいわ」
当然、そんなルールなど存在しない。どさくさに紛れて、カップルイベントをやりたくて仕方がないのだ。
さすがにアルヴィが戸惑っていたとしても、暴走した黒田は容赦しない。
「お腹が空いてるの。早くしないと、また失神するかもしれないわ」
世界一恥ずかしい脅しである。
「そうですか。ルールなら……、仕方ないですね。クロエ様のお腹が空いているのなら、仕方ないですね」
なぜか納得してくれたアルヴィは、自分を言い聞かせるように呪文を唱えていた。ルールだから、ルールだから、と。
フォークを手に取ったアルヴィは、小さめにケーキをすくってくれる。正直、もっと大きい方がいいけれど、フォローしてくれる人がいないので、何も言わないことにした。
「で、では、口を開けてください」
「台詞が違うわ。あ~ん、じゃないとダメなの」
とても面倒くさい女、意地っ張りの黒田である。変なところで妥協を許さない。
「わかりました。ごほんっ、いきますよ。あ~ん」
「あ~ん」
テンションが爆上がり中の黒田は、自分でも「あ~ん」と言いながら、それはもう、生クリームのようにベタベタと甘え始めていた。
カップル専用メニューという魔の力が働いているのかもしれない。何より、アルヴィに食べさせてもらうケーキは、おいしい。自分で食べるよりも、幸福度が全然違う!
「次は、アルヴィが食べる番ね」
ササッとアルヴィのフォークを手に取っちゃうくらい、黒田は積極的である。
カップルごっこが始まった以上、怖いものなんて何もない。むしろ、もっとこの幸せを噛み締めたい。
「ほら、アルヴィ。あ~んして」
よって、グイグイと攻め込んでいく。戸惑うアルヴィが口を開けると、逃がさないと言わんばかりにケーキを近づける。
「はい、あ~ん」
小さな口でパクッと食べるアルヴィは……とても可愛い! グレンが子犬のような存在なら、アルヴィは子猫のような存在だ。
二人に挟まれて暮らしたら、どれだけ幸せだろうか。いや、今のままでも十分に幸せなのだけれど。
再び至福の時間を味わうため、私は口を開けて、あ~んを催促するくらいには暴走していた。絶対に自分では食べない、そんな強い意思を表すように、手は膝の上に置いている。
こういう時に、あ~んと食べさせてくれるところが、アルヴィの優しさでもある。
本当は恥ずかしいと顔に書いてあるけれど、そういう顔を見ながら食べるケーキが一番おいしい。正直、ケーキの味なんてどうでもよくて、アルヴィに甘やかされている幸福度で心が壊れ始めていた。
なぜなら、ドリンクに差してあるハート型のストローが、今となっては素晴らしいラッキーアイテムに見えているからだ。
アルヴィと見つめ合って、一緒にドリンクを飲みたい。その勢いがあれば、自分の気持ちも素直にぶつけられる気がした。
早速、暴走する黒田は目の前にドリンクを用意する。何も言わずにアルヴィを見つめ、ゆっくりとストローに顔を近づけていく。
今から一緒に飲むのよ、そういう圧をかけながら。
もはや、アルヴィは逃げても仕方ないと思っているのだろう。イチゴのように顔を赤くして、ストローに顔を近づけてくれた。
そして、私たちは見つめ合って、ドリンクを飲んだ。
ここまでやって、実は嫌いでした、なんてことはあり得ない。もう絶対にアルヴィは私ことが好きだ。こんなバカップルイベントに付き合ってくれるなんて、好きすぎるといっても過言ではない。
だったら、このキスできそうな距離で見つめ合うなか、愛を確認するのが普通だろう。
「アルヴィ。私のこと、本当に好きなの?」
「好き、ですよ」
ですよね。さすがの恋愛音痴の黒田でも確信していましたよ。
あとは、私の思いを伝えて結ばれるだけ……よね。
「そう。あのね、私――」
しかし、いつも肝心な時に黒田は運がない。勢いよくガチャッと扉が開かれ、なぜか店員さんが慌ただしく入ってきた。
当然、反射的にバッと離れてしまう。
「すいません。こちらセットのハートクッキーを忘れておりました。大変申し訳ございません」
「構わないわ。全然構わないわよ」
私はニコニコと対応しているものの、さすがに内心は穏やかではなかった。
いったん冷静にさせられると、同じ雰囲気を作ることができない。例えるなら、酔っ払いが正気に戻った、とでもいうべきだろうか。
しかし、それはアルヴィも同じだったみたいで、妙にソワソワしながらクッキーをつかんだ。
「待って。あ~ん、じゃないとダメよ」
律儀にルールは守る黒田は、再び暴走を繰り返すのだった。
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