65 / 104
第二部
第65話:黒田、ルベルト先生の罠にはまる
しおりを挟む
学園が終わり、ルベルト治療院で仕事をしていると、ジグリッド王子がやってきた。
「今日は随分と混んでるんだな」
一国の王子が常連客というのも不思議なものである。
「気のせいだといいのだけれど、騎士の患者さんが急増した気がするわ」
「剣術大会の優勝者が気になるんだろう。一週間もすれば収まるさ」
心からそうあってほしいと思うのは、学園から治療院にやって来るだけでも、何回も街の人に声をかけられたからだ。
念のため、グレンに護衛をお願いしておいて本当によかったわ。
今は傷口を見過ぎてグロッキーなルビアと一緒に、休憩室にいるけれど。
「しばらくは騎士団との訓練を控え目にしてもらえると助かるわね。これでも王族の治療は神経を使うのよ」
正確にいえば、推しの治療は神経を使う、である。
「どこかの剣姫に剣も魔法も劣っているようでは、一国の王子として情けない。まあ、お祝いくらいはしておくよ」
そう言いながら、ジグリッド王子は白くて四角い箱を手渡してくれた。
見た目・重さ・大きさ、そして、ジグリッド王子の性格を考慮した結果、ショートケーキのホールケーキだと推測する。
「剣姫とは呼ばれても困るけれど、お祝いなら受け取っておくわ」
何気ない顔で机に置くが、内心では黒田が昇天しそうになるくらい嬉しかった。
前回は暗殺者襲撃事件でダメにしちゃったから、今回は意地でも食べるわ。推しのプレゼントは、絶対に無駄にしないって決めたの。
「今度は食べられるといいな」
「……やっぱり怒ってるの? せっかく買ってくれたショートケーキだものね。許してもらえるまでちゃんと謝るわ。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいなの」
「いや、怒っていない。冗談みたいなものだ」
「食べ物の恨みは恐ろしいのよ。無駄にしてしまった私が悪いのだし、本当にごめんなさい」
「待ってくれ、クロエ嬢。スイーツのことになるとキャラが変わりすぎだ」
しまった。ケーキのことを考えると、どうにも黒田が出てきてしまう。
「……人からもらったものは大切にしたいだけよ」
「そ、そういうことにしておくよ」
苦笑いを浮かべたジグリッド王子の治療が終わると、入れ替わりで休憩していたルベルト先生がやってくる。
「おっ、こんなところに僕のケーキが――」
「ぶっ飛ばしますよ、ルベルト先生」
最終兵器黒田のオーラを乗せて、渾身の低い声で威圧した。
私のケーキを略奪しようとするとは、良い度胸ですね。推しからもらったものとなれば、黒田の逆鱗に触れてしまいますよ。
「クロエくん。剣術大会で優勝した人が、そんな冗談を言ってはいけないよ」
「ご心配には及びません。現実にできるんだと気づきまして、本気で言っています」
「……諦めよう」
賢明な判断ですね。ふんすっ! と鼻息を鳴らして威嚇した。諦めたと見せて食べる、という汚い作戦を阻止するためである。
これにはルベルト先生も、ケーキの箱と距離を取った。
「それはそうと、一つお願いを聞いてもらってもいいかな」
「ごめんなさい」
「クロエくん、最近妙に冷たくない?」
「いつもいじってくるからですよ」
正直、自分でもルベルト先生に強く当たり過ぎていると思うところはある。
一応、私に回復魔法を教えてくれた人であり、感謝をしているのだ。……一応。
「よく思い出してほしいんだ。昨日のこと、僕はまだいじっていない」
「まだ、とはなんですか。タイミングを計ってるだけですよね」
「バレたか。でも、お願いを聞くだけでも聞いてほしいんだ。トリスタン王国からの依頼だからね」
ここは国が運営している治療院だし、そういう依頼が来てもおかしくはないけれど……、珍しいわね。ジグリッド王子が何も言わなかったのは、聞かされてなかったのかしら。
「近々、魔法学園で騎士団遠征があると思うんだ。貴族に何かあるといけないから、そこに治療師が同行することになっている。本来であれば、僕が参加するんだけど、代わりにクロエくんにお願いできないかなって思ってね」
なるほど。ルベルト先生宛の依頼を、私にお願いしたいのね。こういう依頼が来る時点で、やっぱりルベルト先生はエリートで間違いないわ。
「別に構いませんが、理由を聞いてもいいですか?」
「今も我慢しているんだけど、僕の性格上、絶対にいじりたくなってしまうんだ。下手な貴族をいじると揉めてしまうし、本気で悩んでいてね」
深刻な表情でため息を吐くルベルト先生を見て、本当にエリートか疑いたくなってしまう。
「悩みのレベルが小学生男子みたいですね」
「僕もまだまだ若いってことかな?」
「そういうところが貴族受けしないんだと思います。あと、忘れていると思いますが、私も公爵家ですよ?」
「大丈夫。そこは忘れていないよ」
間違いなく問題になるわね。ルベルト先生は絶対に連れていっちゃダメだわ。騎士団遠征がめちゃくちゃになる。
でも……私も騎士団遠征は楽しみたいのよね。ルビアの恋愛イベントも気になるし、アルヴィと……な、何かあるのかしもしれないし?
いや、別に期待していないのだけれど。ちょっと意識しているだけであって。
「当然、タダでお願いしようとは思っていないよ。南地区にある『スイーツポット』っていう店の『壺プリン』でどうだろうか」
衝撃的な言葉を叩き込まれて、私の思考回路は停止する。
壺プリン……? 手のひらサイズの小さな壺にプリンを寝かせ、旨味を凝縮したと言われる伝説のスイーツ。二年先まで予約が埋まっていて、原作のルビアでも買えなかった、あの壺プリンのことを言っているの?
それはずるいわ。でも、アルヴィと進展するかもしれないし……。
「引き受けましょう。貴族たちの命を守るのも、治療師の仕事ですので」
千載一遇の恋のチャンスを捨て、千載一遇の壺プリンを手にする黒田なのであった。
「今日は随分と混んでるんだな」
一国の王子が常連客というのも不思議なものである。
「気のせいだといいのだけれど、騎士の患者さんが急増した気がするわ」
「剣術大会の優勝者が気になるんだろう。一週間もすれば収まるさ」
心からそうあってほしいと思うのは、学園から治療院にやって来るだけでも、何回も街の人に声をかけられたからだ。
念のため、グレンに護衛をお願いしておいて本当によかったわ。
今は傷口を見過ぎてグロッキーなルビアと一緒に、休憩室にいるけれど。
「しばらくは騎士団との訓練を控え目にしてもらえると助かるわね。これでも王族の治療は神経を使うのよ」
正確にいえば、推しの治療は神経を使う、である。
「どこかの剣姫に剣も魔法も劣っているようでは、一国の王子として情けない。まあ、お祝いくらいはしておくよ」
そう言いながら、ジグリッド王子は白くて四角い箱を手渡してくれた。
見た目・重さ・大きさ、そして、ジグリッド王子の性格を考慮した結果、ショートケーキのホールケーキだと推測する。
「剣姫とは呼ばれても困るけれど、お祝いなら受け取っておくわ」
何気ない顔で机に置くが、内心では黒田が昇天しそうになるくらい嬉しかった。
前回は暗殺者襲撃事件でダメにしちゃったから、今回は意地でも食べるわ。推しのプレゼントは、絶対に無駄にしないって決めたの。
「今度は食べられるといいな」
「……やっぱり怒ってるの? せっかく買ってくれたショートケーキだものね。許してもらえるまでちゃんと謝るわ。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいなの」
「いや、怒っていない。冗談みたいなものだ」
「食べ物の恨みは恐ろしいのよ。無駄にしてしまった私が悪いのだし、本当にごめんなさい」
「待ってくれ、クロエ嬢。スイーツのことになるとキャラが変わりすぎだ」
しまった。ケーキのことを考えると、どうにも黒田が出てきてしまう。
「……人からもらったものは大切にしたいだけよ」
「そ、そういうことにしておくよ」
苦笑いを浮かべたジグリッド王子の治療が終わると、入れ替わりで休憩していたルベルト先生がやってくる。
「おっ、こんなところに僕のケーキが――」
「ぶっ飛ばしますよ、ルベルト先生」
最終兵器黒田のオーラを乗せて、渾身の低い声で威圧した。
私のケーキを略奪しようとするとは、良い度胸ですね。推しからもらったものとなれば、黒田の逆鱗に触れてしまいますよ。
「クロエくん。剣術大会で優勝した人が、そんな冗談を言ってはいけないよ」
「ご心配には及びません。現実にできるんだと気づきまして、本気で言っています」
「……諦めよう」
賢明な判断ですね。ふんすっ! と鼻息を鳴らして威嚇した。諦めたと見せて食べる、という汚い作戦を阻止するためである。
これにはルベルト先生も、ケーキの箱と距離を取った。
「それはそうと、一つお願いを聞いてもらってもいいかな」
「ごめんなさい」
「クロエくん、最近妙に冷たくない?」
「いつもいじってくるからですよ」
正直、自分でもルベルト先生に強く当たり過ぎていると思うところはある。
一応、私に回復魔法を教えてくれた人であり、感謝をしているのだ。……一応。
「よく思い出してほしいんだ。昨日のこと、僕はまだいじっていない」
「まだ、とはなんですか。タイミングを計ってるだけですよね」
「バレたか。でも、お願いを聞くだけでも聞いてほしいんだ。トリスタン王国からの依頼だからね」
ここは国が運営している治療院だし、そういう依頼が来てもおかしくはないけれど……、珍しいわね。ジグリッド王子が何も言わなかったのは、聞かされてなかったのかしら。
「近々、魔法学園で騎士団遠征があると思うんだ。貴族に何かあるといけないから、そこに治療師が同行することになっている。本来であれば、僕が参加するんだけど、代わりにクロエくんにお願いできないかなって思ってね」
なるほど。ルベルト先生宛の依頼を、私にお願いしたいのね。こういう依頼が来る時点で、やっぱりルベルト先生はエリートで間違いないわ。
「別に構いませんが、理由を聞いてもいいですか?」
「今も我慢しているんだけど、僕の性格上、絶対にいじりたくなってしまうんだ。下手な貴族をいじると揉めてしまうし、本気で悩んでいてね」
深刻な表情でため息を吐くルベルト先生を見て、本当にエリートか疑いたくなってしまう。
「悩みのレベルが小学生男子みたいですね」
「僕もまだまだ若いってことかな?」
「そういうところが貴族受けしないんだと思います。あと、忘れていると思いますが、私も公爵家ですよ?」
「大丈夫。そこは忘れていないよ」
間違いなく問題になるわね。ルベルト先生は絶対に連れていっちゃダメだわ。騎士団遠征がめちゃくちゃになる。
でも……私も騎士団遠征は楽しみたいのよね。ルビアの恋愛イベントも気になるし、アルヴィと……な、何かあるのかしもしれないし?
いや、別に期待していないのだけれど。ちょっと意識しているだけであって。
「当然、タダでお願いしようとは思っていないよ。南地区にある『スイーツポット』っていう店の『壺プリン』でどうだろうか」
衝撃的な言葉を叩き込まれて、私の思考回路は停止する。
壺プリン……? 手のひらサイズの小さな壺にプリンを寝かせ、旨味を凝縮したと言われる伝説のスイーツ。二年先まで予約が埋まっていて、原作のルビアでも買えなかった、あの壺プリンのことを言っているの?
それはずるいわ。でも、アルヴィと進展するかもしれないし……。
「引き受けましょう。貴族たちの命を守るのも、治療師の仕事ですので」
千載一遇の恋のチャンスを捨て、千載一遇の壺プリンを手にする黒田なのであった。
0
お気に入りに追加
441
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。
ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」
出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。
だがアーリンは考える間もなく、
「──お断りします」
と、きっぱりと告げたのだった。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました
宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。
しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。
断罪まであと一年と少し。
だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。
と意気込んだはいいけど
あれ?
婚約者様の様子がおかしいのだけど…
※ 4/26
内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる