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第二部
第52話:黒田、スープカレーを食す
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推しと机をくっつけて授業を受け続けた私は、さすがに幸せすぎて心が持たなかった。
グレンは寡黙なタイプだし、メッセージでやり取りを続けた方が意思疎通はしやすい。でも、距離が近すぎて私がソワソワするため、どうしても昼ごはんまで一緒に過ごせなかった。
推しと同じ空気を吸い過ぎるのは、幸せすぎて逆にツライのである。
それに、この学園はジグリッド王子が通っていることもあり、厳重に警備されている。あくまで、万が一のことを考えて、王妃様がグレンを護衛に付けてくれただけにすぎない。
だから、昼ごはんはゆっくり食べさせてほしい。推しに集中して授業を聞いていなくても、黒田は妄想でエネルギーを消費するダメなタイプなのよ。
よって、飼い主みたいなジグリッド王子にグレンを押し付けた私はいま、屋上に来ていた。
「ポーラさんは料理がお上手ですね」
「恐縮です」
結局、ここにも推しがいるのだけれど……、問題はない。アルヴィと友達になってからというもの、ポーラと三人で昼ごはんを食べるようになって、随分と耐性が付いたから。
グレンが隣にいるとソワソワしちゃうけれど、アルヴィが隣にいると心が落ち着くのだ。
表情筋が爛れ落ちそうになるくらいに可愛いアルヴィスマイルを間近で見られるとなれば……、ダメね。これはこれでドキドキするし、とろけそうなくらい幸せな気持ちになるもの。
はぁ~、いつから私の学園生活はピーチ味の桃色パラダイスになったのかしら。ルビアが恐ろしい勢いで略奪してきそうで、油断できないことだけが悲しいわ。
そんな心配をしていると、ズイズイズイッと黒田が前面に出てくる事案が発生する。
ポーラが保温瓶から取り出したスープが、なんと、スープカレーだったのだ!
具材だけを別のタッパーに入れて持ち運び、綺麗な器にそれらを合わせると、もはやお弁当という概念を超えてしまう。そこに、いま作ってきましたと言わんばかりのバターライスが用意されれば、香りだけで急激にお腹が空くのも仕方がないことだろう。
学校のお弁当でスープカレーを食べるなんて、制服を汚してはいけない背徳感でおいしさが倍増するし、普通に好き。
早速、スプーンを持った私は、まずバターライスを口に入れる。スープカレーの食べ方にこだわりを持つ黒田にとって、これは最優先事項であった。
モグモグと噛みしめて、バターの香りとごはんの甘みを引き出した後、スープカレーを流し込む。
口の中で辛みと甘みが融合するけれど、ふんだんに使った香辛料が勝つのは当然のこと。しかし、そこに援軍を送るようにもう一度バターライスを口に入れると、まろやかな味わいへと変化する。
ピリッとしたカレーの辛さと、バターライスの甘みとのバランスが大事なのよね。おいしさのシーソーを楽しむように、今度はスープカレーを口に……。
「……エ様? ……てますか? クロ……、聞いてますか?」
「えっ!? 呼んだかしら」
スープカレーの世界から戻ってきた私は、アルヴィとポーラに見られていることに気づく。
「クロエお嬢様。食事に夢中になりすぎです」
「ごめんなさい」
専属メイドに叱られる主人という、クロエらしくない行動を取ってしまった。これもすべて、スープカレーに夢中だった黒田のせいにしておこう。
せっかく昼ごはんをアルヴィと一緒に食べられるようになったのに、まさかマイナスポイントを見せる結果になるなんて。
うぐっ、昼ごはんで好印象を抱かせる方法が見当たらない。
「兄さんから聞いたんですが、剣術大会に出場されるんですか?」
「ああ、そのことね。ちょっと思うところがあって、出場することにしたのよ」
「クロエ様のことですから、きっと深い理由があるんだと思いますが……無理はなさらないでくださいね」
間違っても、当て馬計画の一環だとは言えない。深い理由というより、言えない理由があるだけだ。
ただ、弟系のアルヴィに不安そうな表情をされると、胸にグッと来るものがある。
「心配してくれてるの?」
「当然です。本来は騎士の家系に生まれる貴族を対象としたものであって、公爵家のクロエ様が出るものではありません。本当は止めたいくらいですよ」
ウルウルとした瞳で見つめてくるアルヴィを見て、私の胸が弾けそうになってしまう。
どうしてこんなにアルヴィは可愛いのだろうか。止めたいと言いながらも、私の意思を尊重してくれるあたりに優しさを感じる。
これには、思わずポーラも後ずさりを……。
「待ちなさい、ポーラ。さりげなく後ずさりするのはやめなさい」
「すいません。お邪魔かと思いまして」
何を言ってるのよ。ポーラがいてくれないと、安心してスープカレーが食べられないじゃない。一人で食べていたら、襟とか袖とか汚す自信があるわ。
それにアルヴィもポーラも大事な友達なの。どんなことがあっても、二人に優劣は存在しないわよ。
「剣術大会に関しては、誰に何を言われようとも参加するわ。よ、よかったら、応援してもらえると嬉しいけれど……」
「僕は初めからそのつもりですよ」
「私はいつでもクロエお嬢様を応援しております」
「そう……。ありがとう」
食事と推しのエネルギーで生きる女、黒田のやる気が上がるのだった。
グレンは寡黙なタイプだし、メッセージでやり取りを続けた方が意思疎通はしやすい。でも、距離が近すぎて私がソワソワするため、どうしても昼ごはんまで一緒に過ごせなかった。
推しと同じ空気を吸い過ぎるのは、幸せすぎて逆にツライのである。
それに、この学園はジグリッド王子が通っていることもあり、厳重に警備されている。あくまで、万が一のことを考えて、王妃様がグレンを護衛に付けてくれただけにすぎない。
だから、昼ごはんはゆっくり食べさせてほしい。推しに集中して授業を聞いていなくても、黒田は妄想でエネルギーを消費するダメなタイプなのよ。
よって、飼い主みたいなジグリッド王子にグレンを押し付けた私はいま、屋上に来ていた。
「ポーラさんは料理がお上手ですね」
「恐縮です」
結局、ここにも推しがいるのだけれど……、問題はない。アルヴィと友達になってからというもの、ポーラと三人で昼ごはんを食べるようになって、随分と耐性が付いたから。
グレンが隣にいるとソワソワしちゃうけれど、アルヴィが隣にいると心が落ち着くのだ。
表情筋が爛れ落ちそうになるくらいに可愛いアルヴィスマイルを間近で見られるとなれば……、ダメね。これはこれでドキドキするし、とろけそうなくらい幸せな気持ちになるもの。
はぁ~、いつから私の学園生活はピーチ味の桃色パラダイスになったのかしら。ルビアが恐ろしい勢いで略奪してきそうで、油断できないことだけが悲しいわ。
そんな心配をしていると、ズイズイズイッと黒田が前面に出てくる事案が発生する。
ポーラが保温瓶から取り出したスープが、なんと、スープカレーだったのだ!
具材だけを別のタッパーに入れて持ち運び、綺麗な器にそれらを合わせると、もはやお弁当という概念を超えてしまう。そこに、いま作ってきましたと言わんばかりのバターライスが用意されれば、香りだけで急激にお腹が空くのも仕方がないことだろう。
学校のお弁当でスープカレーを食べるなんて、制服を汚してはいけない背徳感でおいしさが倍増するし、普通に好き。
早速、スプーンを持った私は、まずバターライスを口に入れる。スープカレーの食べ方にこだわりを持つ黒田にとって、これは最優先事項であった。
モグモグと噛みしめて、バターの香りとごはんの甘みを引き出した後、スープカレーを流し込む。
口の中で辛みと甘みが融合するけれど、ふんだんに使った香辛料が勝つのは当然のこと。しかし、そこに援軍を送るようにもう一度バターライスを口に入れると、まろやかな味わいへと変化する。
ピリッとしたカレーの辛さと、バターライスの甘みとのバランスが大事なのよね。おいしさのシーソーを楽しむように、今度はスープカレーを口に……。
「……エ様? ……てますか? クロ……、聞いてますか?」
「えっ!? 呼んだかしら」
スープカレーの世界から戻ってきた私は、アルヴィとポーラに見られていることに気づく。
「クロエお嬢様。食事に夢中になりすぎです」
「ごめんなさい」
専属メイドに叱られる主人という、クロエらしくない行動を取ってしまった。これもすべて、スープカレーに夢中だった黒田のせいにしておこう。
せっかく昼ごはんをアルヴィと一緒に食べられるようになったのに、まさかマイナスポイントを見せる結果になるなんて。
うぐっ、昼ごはんで好印象を抱かせる方法が見当たらない。
「兄さんから聞いたんですが、剣術大会に出場されるんですか?」
「ああ、そのことね。ちょっと思うところがあって、出場することにしたのよ」
「クロエ様のことですから、きっと深い理由があるんだと思いますが……無理はなさらないでくださいね」
間違っても、当て馬計画の一環だとは言えない。深い理由というより、言えない理由があるだけだ。
ただ、弟系のアルヴィに不安そうな表情をされると、胸にグッと来るものがある。
「心配してくれてるの?」
「当然です。本来は騎士の家系に生まれる貴族を対象としたものであって、公爵家のクロエ様が出るものではありません。本当は止めたいくらいですよ」
ウルウルとした瞳で見つめてくるアルヴィを見て、私の胸が弾けそうになってしまう。
どうしてこんなにアルヴィは可愛いのだろうか。止めたいと言いながらも、私の意思を尊重してくれるあたりに優しさを感じる。
これには、思わずポーラも後ずさりを……。
「待ちなさい、ポーラ。さりげなく後ずさりするのはやめなさい」
「すいません。お邪魔かと思いまして」
何を言ってるのよ。ポーラがいてくれないと、安心してスープカレーが食べられないじゃない。一人で食べていたら、襟とか袖とか汚す自信があるわ。
それにアルヴィもポーラも大事な友達なの。どんなことがあっても、二人に優劣は存在しないわよ。
「剣術大会に関しては、誰に何を言われようとも参加するわ。よ、よかったら、応援してもらえると嬉しいけれど……」
「僕は初めからそのつもりですよ」
「私はいつでもクロエお嬢様を応援しております」
「そう……。ありがとう」
食事と推しのエネルギーで生きる女、黒田のやる気が上がるのだった。
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