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第一部
第36話:黒田、勉強会で空気を読む
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寮に閉じ込もってテスト勉強に燃える生徒が多いなか、私とルビアは図書館にやってきた。
いくつもの本棚が設置してある広々とした空間で、勉強に集中しようと利用している生徒が多く、カリカリカリッと鉛筆を走らせている。この休日が終わればテストということもあり、誰もが真剣に勉強していた。
勉強ですべてが決まってしまうなんて、貴族社会は本当に嫌ね。妨害工作する人がいないことだけは、唯一の救いかもしれない。
まあ、誰とも関わっていないし、私が妨害されることはないのだけれど。
ピリピリとした図書館の中をルビアと歩き進めていくと、予めアルヴィが借りてくれた勉強部屋にたどり着く。
ガチャッと扉を開けると、ジグリッド王子とアルヴィが向かい合って座っていたため、迷わず私はジグリッド王子の隣に腰を下ろした。
今日はルビアとアルヴィがイチャイチャする勉強会……のはずなのだけれど、どうしたのかしら。アルヴィが少し不満そうな顔をしているわ。
はっはーん。隣にルビアが座ったから、動揺しているのね。休日に会う同級生という特別感も合わさり、うまく感情がコントロールできていないのよ。
そういうところが可愛いわよね、と思いながら、私は自分のバッグから勉強道具……ではなく、一冊の分厚い本を取り出した。
夏の魔物大百科・上巻である。
読むものがマニアックすぎる気もするけれど、意外に面白いのよね。記載されている生息域と世界地図を併用しながら読み進めると、ワクワクが止まらないんだもの。
まあ、勉強会でこんなものを取り出せば、真面目に勉強しようとしていた三人が二度見してくるのも納得するわ。
「クロエ嬢、問題集を持ってきていないのか?」
「簡単な問題ばかりだったから、すべて終わっているのよ。教科書はほとんど知っている内容ばかりだし、今回のテスト範囲であれば、勉強する必要がないわね」
転生したことが発覚した翌日から、この世界が本当にゲームと同じか確認しようとして、密かに問題集をガツガツ解いた過去がある。
このゲームのオタク知識を確かめる試験みたいで、夢中になったのがいけなかったのよね。治療師を始めたときには、すべてやり終えてしまったんだもの。
そんな勉強バカがいると知り、ジグリッド王子とルビアのテンションが明らかに下がり始めている。
「俺、自信がなくなってきたよ。王族なのに、これでいいのかなって……」
「私なんて、双子だよ? 比較対象にされる身にもなってほしいかな」
どうしてだろうか。急激に私の評価が下がり過ぎている気がするわ。
いえ、略奪愛システムが働けば、クロエの好感度はルビアに変換されるはず。きっとこれが正しい反応なのね。
しかし、そんなことはない、と言わんばかりに微笑んでくれる人もいる。勉強会発案者である、アルヴィだ。
「でも、普段からクロエ様は治療のために努力されておられますし、見えないところで勉強されているのでしょう。僕たちが見ているのは、表面的な部分だと思います」
タダのオタクである私を素敵な言葉でフォローしてくれて、心が舞い上がるくらい嬉しくなってしまう。
やっぱり弟系のアルヴィには癒されるわ。優しさの塊みたいな子だもの。
そんなに黒田を褒めても、何も良いことはないわよ。テストに出そうな問題を惜しみなく教えてあげるくらいね。
ちょっと褒められただけで、お節介黒田がグイグイと前に出てくると、勉強会らしい雰囲気になり始めた。
「ジグリッド王子、そこの問題は間違えているわ。引っかけ問題だから、文章をよく読むべきね」
「チラッと見ただけでひっかけ問題と判断されたら、問題の製作者に同情するよ。……いや、確かにひっかけ問題だな」
勉強のやりすぎで集中力が足りてないんじゃないかしら。この調子でテスト本番まで持つのか、本当に心配だわ。
「ルビアは、昨日と同じところを間違えてるわね」
「うっ、実はなかなか頭に入らなくて……」
「でも、このままだとまずいわよ。テストで良い点が取れないと、最悪は治療師剥奪になるわ」
「ええっ! そんなの聞いてないよ!?」
「学業と両立をしなさいって、ルベルト先生が言ってたでしょ。公爵家の次女が赤点を取るようなら、実家が禁止にしてもおかしくないもの」
ルビアがしゅーんとなるのは、それだけ真剣に治療師になろうとしている証拠だろう。
どこかの誰かさんと違って、逆ハールートを進みたいなどという理由でやり始めたわけじゃないのだから。
「あら? アルヴィ様……できてるわね。文系は苦手と言っていなかったかしら」
「先に苦手な教科を克服しようかと思いまして。最近はずっと色々な問題集を解いていましたから」
なるほどね。少しでもルビアに良いところを見せようとして、今日のために猛勉強をしてきたのね。
つまり、今が二人の恋を後押しするチャンスよ。
「じゃあ、ルビアの勉強を見てもらってもいいかしら。私はジグリッド王子の勉強を見るわ」
「えっ?」
「えっ?」
どうして二人がキョトンッとした顔をしているのかしら。
なに、違ったの? この勉強会だって、ルビアと仲良くなるための口実作りでしょ?
「じゃ、じゃあ、わかる範囲でルビア様の勉強を見ようと思います」
「お、お姉ちゃんはスパルタだから、私もアルヴィくんの方が助かるかな。よろしくね」
そうよね。二人は恋の方程式を解きに来ただけであって、勉強が目的じゃないもの。
恋愛イベントの一部始終を見られるわけではないけれど、ゲームと違って、少しずつ愛を育んでいく姿が見れるのは、初々しくて堪らないわ。
本来であれば、四人で勉強会なんてイベント、存在しなかったから。
王子という身分に溺れることなく、王族の自覚を持って勤勉に励むジグリッド王子。苦手な勉強を必死に覚え、治療師と活動したいルビア。そして、恋の方程式を解こうとして、真剣な顔で勉強を教えるアルヴィ。
推しと過ごす何気ない休日は、本当に素敵だわ。こんな日がいつまでも続くように、ルビアの逆ハールートを固めないと。
「クロエ嬢、この問題の解き方を聞きたいんだが」
「ああ、それはテストに出そうな部分ね。まずは先に……」
でも、少しくらいは推しを独り占めする時間があってもいいわよね。
いくつもの本棚が設置してある広々とした空間で、勉強に集中しようと利用している生徒が多く、カリカリカリッと鉛筆を走らせている。この休日が終わればテストということもあり、誰もが真剣に勉強していた。
勉強ですべてが決まってしまうなんて、貴族社会は本当に嫌ね。妨害工作する人がいないことだけは、唯一の救いかもしれない。
まあ、誰とも関わっていないし、私が妨害されることはないのだけれど。
ピリピリとした図書館の中をルビアと歩き進めていくと、予めアルヴィが借りてくれた勉強部屋にたどり着く。
ガチャッと扉を開けると、ジグリッド王子とアルヴィが向かい合って座っていたため、迷わず私はジグリッド王子の隣に腰を下ろした。
今日はルビアとアルヴィがイチャイチャする勉強会……のはずなのだけれど、どうしたのかしら。アルヴィが少し不満そうな顔をしているわ。
はっはーん。隣にルビアが座ったから、動揺しているのね。休日に会う同級生という特別感も合わさり、うまく感情がコントロールできていないのよ。
そういうところが可愛いわよね、と思いながら、私は自分のバッグから勉強道具……ではなく、一冊の分厚い本を取り出した。
夏の魔物大百科・上巻である。
読むものがマニアックすぎる気もするけれど、意外に面白いのよね。記載されている生息域と世界地図を併用しながら読み進めると、ワクワクが止まらないんだもの。
まあ、勉強会でこんなものを取り出せば、真面目に勉強しようとしていた三人が二度見してくるのも納得するわ。
「クロエ嬢、問題集を持ってきていないのか?」
「簡単な問題ばかりだったから、すべて終わっているのよ。教科書はほとんど知っている内容ばかりだし、今回のテスト範囲であれば、勉強する必要がないわね」
転生したことが発覚した翌日から、この世界が本当にゲームと同じか確認しようとして、密かに問題集をガツガツ解いた過去がある。
このゲームのオタク知識を確かめる試験みたいで、夢中になったのがいけなかったのよね。治療師を始めたときには、すべてやり終えてしまったんだもの。
そんな勉強バカがいると知り、ジグリッド王子とルビアのテンションが明らかに下がり始めている。
「俺、自信がなくなってきたよ。王族なのに、これでいいのかなって……」
「私なんて、双子だよ? 比較対象にされる身にもなってほしいかな」
どうしてだろうか。急激に私の評価が下がり過ぎている気がするわ。
いえ、略奪愛システムが働けば、クロエの好感度はルビアに変換されるはず。きっとこれが正しい反応なのね。
しかし、そんなことはない、と言わんばかりに微笑んでくれる人もいる。勉強会発案者である、アルヴィだ。
「でも、普段からクロエ様は治療のために努力されておられますし、見えないところで勉強されているのでしょう。僕たちが見ているのは、表面的な部分だと思います」
タダのオタクである私を素敵な言葉でフォローしてくれて、心が舞い上がるくらい嬉しくなってしまう。
やっぱり弟系のアルヴィには癒されるわ。優しさの塊みたいな子だもの。
そんなに黒田を褒めても、何も良いことはないわよ。テストに出そうな問題を惜しみなく教えてあげるくらいね。
ちょっと褒められただけで、お節介黒田がグイグイと前に出てくると、勉強会らしい雰囲気になり始めた。
「ジグリッド王子、そこの問題は間違えているわ。引っかけ問題だから、文章をよく読むべきね」
「チラッと見ただけでひっかけ問題と判断されたら、問題の製作者に同情するよ。……いや、確かにひっかけ問題だな」
勉強のやりすぎで集中力が足りてないんじゃないかしら。この調子でテスト本番まで持つのか、本当に心配だわ。
「ルビアは、昨日と同じところを間違えてるわね」
「うっ、実はなかなか頭に入らなくて……」
「でも、このままだとまずいわよ。テストで良い点が取れないと、最悪は治療師剥奪になるわ」
「ええっ! そんなの聞いてないよ!?」
「学業と両立をしなさいって、ルベルト先生が言ってたでしょ。公爵家の次女が赤点を取るようなら、実家が禁止にしてもおかしくないもの」
ルビアがしゅーんとなるのは、それだけ真剣に治療師になろうとしている証拠だろう。
どこかの誰かさんと違って、逆ハールートを進みたいなどという理由でやり始めたわけじゃないのだから。
「あら? アルヴィ様……できてるわね。文系は苦手と言っていなかったかしら」
「先に苦手な教科を克服しようかと思いまして。最近はずっと色々な問題集を解いていましたから」
なるほどね。少しでもルビアに良いところを見せようとして、今日のために猛勉強をしてきたのね。
つまり、今が二人の恋を後押しするチャンスよ。
「じゃあ、ルビアの勉強を見てもらってもいいかしら。私はジグリッド王子の勉強を見るわ」
「えっ?」
「えっ?」
どうして二人がキョトンッとした顔をしているのかしら。
なに、違ったの? この勉強会だって、ルビアと仲良くなるための口実作りでしょ?
「じゃ、じゃあ、わかる範囲でルビア様の勉強を見ようと思います」
「お、お姉ちゃんはスパルタだから、私もアルヴィくんの方が助かるかな。よろしくね」
そうよね。二人は恋の方程式を解きに来ただけであって、勉強が目的じゃないもの。
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本来であれば、四人で勉強会なんてイベント、存在しなかったから。
王子という身分に溺れることなく、王族の自覚を持って勤勉に励むジグリッド王子。苦手な勉強を必死に覚え、治療師と活動したいルビア。そして、恋の方程式を解こうとして、真剣な顔で勉強を教えるアルヴィ。
推しと過ごす何気ない休日は、本当に素敵だわ。こんな日がいつまでも続くように、ルビアの逆ハールートを固めないと。
「クロエ嬢、この問題の解き方を聞きたいんだが」
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