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第一部
第29話:黒田、またまた推しに褒められる
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「クロエ嬢。アルヴィたちが何をやっているのかわかるか?」
もうすぐで昼休みが終わろうとしていると、珍しくジグリッド王子に声をかけられた。
それもそのはず。あの子たち、授業が終わる度に交換日記を渡しあっているんだもの。普通は一日ごとに交代で書くものなのに、何をやってるのよ。
羨ましいじゃないの! もう一人の攻略対象であるジグリッド王子に説明する私の気持ちにもなってよね!
ルビアに勧めたのは私だから、あまり強く言える立場にないけれど。
「声を出さずに会話するトレーニングをしているのよ。あれをやることで頭の回転が早くなるって誰かが言っていたわ」
などと、めちゃくちゃ適当なことを言って誤魔化す。
「さすがクロエ嬢。物知りだな」
どうしよう、一国の王子に変な知識を植え付けてしまった。謎の罪悪感が生まれてくるのは、気のせいだろうか。
「ところで、昨日は随分と疲れたんじゃないか?」
アルヴィたちのことはついでだったのか、ジグリッド王子が席に戻る気配はなかった。
学園内で私と会話をするなんて、珍しいわね。昨日の治療院の光景は悲惨だったし、多くの騎士に回復魔法をかけた以上、気にかけてくれているのかもしれない。
「それなりに疲れたわね。今は王城の方が忙しいんじゃないかしら」
「そうだな。後処理で大変な騒ぎになっている。俺も昨日の夜に付き合わされて、少し寝不足だ」
偶然ね。私はトイレの付き添いに起こされて寝不足よ。
「真面目な話だが、クロエ嬢の活躍がなければ、多くの死者が出ていたかもしれない。昨日はいくつもの治療院がパンクするほどの騒ぎで、街は殺伐としていたんだ」
「言い過ぎね。私だけではなく、すべての治療師たちが頑張った結果だもの」
「謙遜しなくてもいい。治療師一人あたりが担当した患者は、ルベルト治療院が圧倒的に多かった。他の治療院で溢れた患者も流れ、重傷者の多くはクロエ嬢が治療している」
……ちょっと待って。確かに、昨日はハイペースで治療を進めたわ。予想以上に重傷者も多くて、メンタルを保つのにも必死で、帰り道でアルヴィに泣かされかけたくらいだもの。
「やけに重傷者が多いとは思ったけれど、どこの治療院も同じじゃなかったの?」
「患者が押し寄せる早さ、怪我の具合、治療師の魔力配分など、すべての治療院で異なる要素がある。昨日は患者が循環していた場所が限られていて、重傷者を診られる治療院は限られていたんだ」
そうか。私は悲惨な状況が続くと知っていたから、ルベルト先生と相談して、魔力配分を保つことができた。事前にグッスリと眠り、万全な体調で治療に挑んでいるけれど、他の治療院は違う。
仕事中に突然起こった災害に対処して、いつ終わるのかわからない状況のなか、回復魔法をかけ続けた。
何年も治療師の仕事をしていたとしても、かなり過酷な状況よね……。
「なるほどね。治療ができる場所に重傷者は案内されていた、というわけね?」
「ご名答。重傷者の三割はクロエ嬢の治療を受けていたよ。そのうち騎士が七割を越えていて、騎士団でも感謝している人が多い。何とか治療してもらおうと、患者も協力的だっただろう?」
「言われてみれば、大怪我をしていても、弱音を吐く人は少なかったわね。治療することに集中していたから、あまり気にしなかったわ」
下手に騒いで見捨てられたら、治療してもらえる場所がないんだもの。昨日の私はいつも以上にムスッとしていたし、余計に弱音なんか言える雰囲気じゃなかったと思うわ。
……アルヴィの兄サウルも、最初は申し訳なさそうに謝ってきたくらいだから。騎士という仕事に就いているとはいえ、貴族なのに。
「母上も感心していたよ。聖魔法を使い始めて間もないのに、そこまで使いこなせるとは思わなかった、とね」
「どうりでルベルト先生が素直に褒めてきたわけね。有事の際の治療院は、ああいう形なんだと思い込んでいたわ」
もう過ぎ去った出来事であり、なかなか実感が湧かないでいると、ジグリッド王子が真剣な表情で見つめてきた。
「今回は特別に酷かったんだ。その割には死者数が少なかっただけに、間違いなくクロエ嬢の功績は大きい。同じ学園で過ごしているのに、雲の上のような存在に思えるほどだ」
なんか、推しに褒められる機会が増えてきたわね。嬉しいことなのだけれど、リアクションが取りにくいし、照れくさいわ。
「私は自分の仕事をしただけよ。それより、ジグリッド王子も前線に出ていたのかしら。日常的に騎士団と訓練をしていたのでしょう?」
「もう少し弱い魔物ならまだしも、さすがに父上の許可が降りなかった。早く魔法を扱えるようにならないと、俺は飾り物と同じで何もできないよ」
聞いたのは失敗だったのか、ジグリッド王子は見たことがないほど悔しそうな表情を浮かべた。
おそらく、これは私のせいだ。同年代でも最前線で活動するクロエの姿を見て、焦っているに違いない。
騎士との激しい訓練で怪我ばかりしてくるのも、早く戦場に立たなければならないと思い、無茶なトレーニングをしている可能性がある。
さすがに心配になるわね。王位を継承できるのはジグリッド王子しかいないし、プレッシャーが大きすぎると思うの。
無理に期待に応えようとしなくても、今のままゆっくり成長すればいいのに。でも、そういう愚直なところが推したくなる部分でもあるのよね。
「ジグリッド王子と私では、役割が違うわ。比較すること自体がナンセンスよ。もう少し自分のペースを意識するべきね」
「……珍しいな。慰めてくれているのか?」
だって、推しなんだもん。さすがに落ち込まれたら、慰めるでしょうよ。クロエらしい感じなら、これが限界なんだし、そこは素直に言葉を受け取ってほしかったわ。
そんなこと言うから、ツンツンしなくちゃいけなくなるじゃないの。
「耳まで悪くなったのかしら。慰める気なんて一ミリもなく、事実を述べただけよ」
「そういうことにしておくよ」
「次回は耳の治療からスタートね。お大事に」
私が言葉を言い終えたと同時に、タイミングよく授業開始のチャイムがキーンコーンカーンコーンと鳴り響く。
席に戻っていくジグリッド王子の背中を見つめながら、クロエって損なキャラよね、などと思ってしまった。
もうすぐで昼休みが終わろうとしていると、珍しくジグリッド王子に声をかけられた。
それもそのはず。あの子たち、授業が終わる度に交換日記を渡しあっているんだもの。普通は一日ごとに交代で書くものなのに、何をやってるのよ。
羨ましいじゃないの! もう一人の攻略対象であるジグリッド王子に説明する私の気持ちにもなってよね!
ルビアに勧めたのは私だから、あまり強く言える立場にないけれど。
「声を出さずに会話するトレーニングをしているのよ。あれをやることで頭の回転が早くなるって誰かが言っていたわ」
などと、めちゃくちゃ適当なことを言って誤魔化す。
「さすがクロエ嬢。物知りだな」
どうしよう、一国の王子に変な知識を植え付けてしまった。謎の罪悪感が生まれてくるのは、気のせいだろうか。
「ところで、昨日は随分と疲れたんじゃないか?」
アルヴィたちのことはついでだったのか、ジグリッド王子が席に戻る気配はなかった。
学園内で私と会話をするなんて、珍しいわね。昨日の治療院の光景は悲惨だったし、多くの騎士に回復魔法をかけた以上、気にかけてくれているのかもしれない。
「それなりに疲れたわね。今は王城の方が忙しいんじゃないかしら」
「そうだな。後処理で大変な騒ぎになっている。俺も昨日の夜に付き合わされて、少し寝不足だ」
偶然ね。私はトイレの付き添いに起こされて寝不足よ。
「真面目な話だが、クロエ嬢の活躍がなければ、多くの死者が出ていたかもしれない。昨日はいくつもの治療院がパンクするほどの騒ぎで、街は殺伐としていたんだ」
「言い過ぎね。私だけではなく、すべての治療師たちが頑張った結果だもの」
「謙遜しなくてもいい。治療師一人あたりが担当した患者は、ルベルト治療院が圧倒的に多かった。他の治療院で溢れた患者も流れ、重傷者の多くはクロエ嬢が治療している」
……ちょっと待って。確かに、昨日はハイペースで治療を進めたわ。予想以上に重傷者も多くて、メンタルを保つのにも必死で、帰り道でアルヴィに泣かされかけたくらいだもの。
「やけに重傷者が多いとは思ったけれど、どこの治療院も同じじゃなかったの?」
「患者が押し寄せる早さ、怪我の具合、治療師の魔力配分など、すべての治療院で異なる要素がある。昨日は患者が循環していた場所が限られていて、重傷者を診られる治療院は限られていたんだ」
そうか。私は悲惨な状況が続くと知っていたから、ルベルト先生と相談して、魔力配分を保つことができた。事前にグッスリと眠り、万全な体調で治療に挑んでいるけれど、他の治療院は違う。
仕事中に突然起こった災害に対処して、いつ終わるのかわからない状況のなか、回復魔法をかけ続けた。
何年も治療師の仕事をしていたとしても、かなり過酷な状況よね……。
「なるほどね。治療ができる場所に重傷者は案内されていた、というわけね?」
「ご名答。重傷者の三割はクロエ嬢の治療を受けていたよ。そのうち騎士が七割を越えていて、騎士団でも感謝している人が多い。何とか治療してもらおうと、患者も協力的だっただろう?」
「言われてみれば、大怪我をしていても、弱音を吐く人は少なかったわね。治療することに集中していたから、あまり気にしなかったわ」
下手に騒いで見捨てられたら、治療してもらえる場所がないんだもの。昨日の私はいつも以上にムスッとしていたし、余計に弱音なんか言える雰囲気じゃなかったと思うわ。
……アルヴィの兄サウルも、最初は申し訳なさそうに謝ってきたくらいだから。騎士という仕事に就いているとはいえ、貴族なのに。
「母上も感心していたよ。聖魔法を使い始めて間もないのに、そこまで使いこなせるとは思わなかった、とね」
「どうりでルベルト先生が素直に褒めてきたわけね。有事の際の治療院は、ああいう形なんだと思い込んでいたわ」
もう過ぎ去った出来事であり、なかなか実感が湧かないでいると、ジグリッド王子が真剣な表情で見つめてきた。
「今回は特別に酷かったんだ。その割には死者数が少なかっただけに、間違いなくクロエ嬢の功績は大きい。同じ学園で過ごしているのに、雲の上のような存在に思えるほどだ」
なんか、推しに褒められる機会が増えてきたわね。嬉しいことなのだけれど、リアクションが取りにくいし、照れくさいわ。
「私は自分の仕事をしただけよ。それより、ジグリッド王子も前線に出ていたのかしら。日常的に騎士団と訓練をしていたのでしょう?」
「もう少し弱い魔物ならまだしも、さすがに父上の許可が降りなかった。早く魔法を扱えるようにならないと、俺は飾り物と同じで何もできないよ」
聞いたのは失敗だったのか、ジグリッド王子は見たことがないほど悔しそうな表情を浮かべた。
おそらく、これは私のせいだ。同年代でも最前線で活動するクロエの姿を見て、焦っているに違いない。
騎士との激しい訓練で怪我ばかりしてくるのも、早く戦場に立たなければならないと思い、無茶なトレーニングをしている可能性がある。
さすがに心配になるわね。王位を継承できるのはジグリッド王子しかいないし、プレッシャーが大きすぎると思うの。
無理に期待に応えようとしなくても、今のままゆっくり成長すればいいのに。でも、そういう愚直なところが推したくなる部分でもあるのよね。
「ジグリッド王子と私では、役割が違うわ。比較すること自体がナンセンスよ。もう少し自分のペースを意識するべきね」
「……珍しいな。慰めてくれているのか?」
だって、推しなんだもん。さすがに落ち込まれたら、慰めるでしょうよ。クロエらしい感じなら、これが限界なんだし、そこは素直に言葉を受け取ってほしかったわ。
そんなこと言うから、ツンツンしなくちゃいけなくなるじゃないの。
「耳まで悪くなったのかしら。慰める気なんて一ミリもなく、事実を述べただけよ」
「そういうことにしておくよ」
「次回は耳の治療からスタートね。お大事に」
私が言葉を言い終えたと同時に、タイミングよく授業開始のチャイムがキーンコーンカーンコーンと鳴り響く。
席に戻っていくジグリッド王子の背中を見つめながら、クロエって損なキャラよね、などと思ってしまった。
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