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第一部
第20話:黒田、体育で走る
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学園と治療師の両立で充実した毎日が過ぎていき、私は晴れやかな人生を送っていた。
毎晩ケーキを食べ過ぎて、一人でゲームばかりしていた頃とは、もう違う。この世界の生活を純粋に楽しみ始めている。
学園で推しを眺め、治療師の仕事で社会貢献し、おいしいごはんをいただく。恋愛さえしなければ、妹のルビアも可愛いもので、黒田の人生にはなかった青春時代を生きている。
たとえ、体育の授業でマラソンを走らされても、クロエの体なら疲れを知らない。もしも黒田の体だったら、百メートルで息切れをしていただろう。
なお、隣で並走するルビアも疲れるという言葉を知らない。運動神経だけで言えば、ルビアの方が上なのだから。
「最近、お姉ちゃん帰ってくるの遅いね」
治療師の活動を内緒にしている影響で、最近はルビアと過ごす時間も減ってきている。学園で話す時間も減り、寮でもあまり顔を合わせていない。
「何か話したいことでもあった?」
「ううん。こうやって離れる時間が増えるのは初めてで、少し変な感じがするだけだよ」
クロエの記憶をたどっても、いつもルビアがいるので、なんとなく気持ちを察することはできる。
二人にとっては、一緒にいることが当たり前で、それが日常なのだ。だから、会えない時間が増えると、自分事のように心配になってしまう。
当然、クロエである私も似たような感情は抱いているのだけれど、独り身で過ごした経験のある黒田の記憶があるため、あまり寂しいとは感じていない。
「お互いに依存し合うわけにはいかないわ。離れることにも慣れていかないとね。学園を卒業すれば、もっと一緒にいる時間は減ると思うの」
「私もそんな気はしてるよ。だから、学園にいる間はもっと一緒にいた方がいいのかなーって」
「難しく考えすぎよ。無理に一緒にいなくても、ルビアとの関係が変わるわけではないもの」
「頭ではわかってるの。でも、こうやって少しずつすれ違っていくのかもしれないと思うと、不安なんだよね」
そう言ったルビアの姿を見て、私は小さな違和感を覚えた。何度もゲームをプレイした経験があるからこそ、不自然な発言に聞こえてしまう。
どんなルートを通ったとしても、クロエとの関係を壊すのは、略奪するルビアのはずよ。仲が良すぎる姉妹だから、禁断の果実は甘く実ると思っていたけれど……、実際は違うのかしら。
たとえば、姉とすれ違う寂しさを誤魔化し、クロエに振り向いてもらおうとして、同じ異性を狙っていたとか。でも、途中から本気になって、結果的に略奪することに……。
って、まさかね。どのみち私は恋愛しないと決めたし、深く考えても仕方がないわ。
黒田の記憶が蘇ったとしても、私たちは家族なんだから。
「双子だったとしても、同一人物ではないんだし、すれ違ってもいいのよ。ルビアはルビア、私は私なの。双子である事実は変わらないわ」
「お姉ちゃんは大人だよねー」
「ルビアが子供なだけよ」
結局、最後はこういった何気ない会話で、双子の私たちは通じ合うのだ。
大人びた発想をするクロエと、構ってほしい子供のルビアは、昔から何も変わらない。
略奪愛騒動を起こさなければ、ずっと仲良くいられるはず。
悩んでいたことを吐き出せたからか、いつもの無邪気なルビアに戻る頃、マラソンを走り続ける私たちの前に、十人近くの女子が集まっているのが見えた。
体育の授業中にサボって男子の走る姿を眺めている、同じクラスの女子たちである。
「キャー、ジグリッド王子と目が合ったわ」
「違うわ。私と目が合ったのよ」
「じゃあ、アルヴィ様と目が合ったのは、私ってことで」
キャッキャッとはしゃぐ彼女たちの後ろを、私とルビアは平然とした顔で通りすぎていく。
あれをやると好感度が下がるのよね。ジグリッド王子もアルヴィも根は真面目だから、基本的に学校や授業をサボる人を嫌うのよ。
静止画を回収するには必要な行為なのだけれど、私は現実に生きる完璧なクロエなの。絶対にやらないわ。
あと、学園の先生にバレないようでバレてるのよね。あの子たちはショートカットして、マラソンの授業を走ったように見せると思うけれど、風魔法で感知されるの。
成績も好感度も下がるなんて、御愁傷様ね。
「ルビアはああいう子の真似しちゃダメよ」
「うん、やらないよ。だって、遠くで見ていないで、普通に話せばいいんだもん」
「どの口が言ったのかしら。人見知りすぎて、目も合わせられなかったルビアとは思えない発言ね」
「む、昔の話だから。今は普通に話せるよ」
「じゃあ、今後は貴族のパーティーも一人で大丈夫そうね。一国の王子と話せるなら、簡単なことでしょう?」
「もう。最近のお姉ちゃん、ちょっと意地悪になったよね」
ちょっぴりからかいたくなり、黒田が出てきてしまうのであった。
毎晩ケーキを食べ過ぎて、一人でゲームばかりしていた頃とは、もう違う。この世界の生活を純粋に楽しみ始めている。
学園で推しを眺め、治療師の仕事で社会貢献し、おいしいごはんをいただく。恋愛さえしなければ、妹のルビアも可愛いもので、黒田の人生にはなかった青春時代を生きている。
たとえ、体育の授業でマラソンを走らされても、クロエの体なら疲れを知らない。もしも黒田の体だったら、百メートルで息切れをしていただろう。
なお、隣で並走するルビアも疲れるという言葉を知らない。運動神経だけで言えば、ルビアの方が上なのだから。
「最近、お姉ちゃん帰ってくるの遅いね」
治療師の活動を内緒にしている影響で、最近はルビアと過ごす時間も減ってきている。学園で話す時間も減り、寮でもあまり顔を合わせていない。
「何か話したいことでもあった?」
「ううん。こうやって離れる時間が増えるのは初めてで、少し変な感じがするだけだよ」
クロエの記憶をたどっても、いつもルビアがいるので、なんとなく気持ちを察することはできる。
二人にとっては、一緒にいることが当たり前で、それが日常なのだ。だから、会えない時間が増えると、自分事のように心配になってしまう。
当然、クロエである私も似たような感情は抱いているのだけれど、独り身で過ごした経験のある黒田の記憶があるため、あまり寂しいとは感じていない。
「お互いに依存し合うわけにはいかないわ。離れることにも慣れていかないとね。学園を卒業すれば、もっと一緒にいる時間は減ると思うの」
「私もそんな気はしてるよ。だから、学園にいる間はもっと一緒にいた方がいいのかなーって」
「難しく考えすぎよ。無理に一緒にいなくても、ルビアとの関係が変わるわけではないもの」
「頭ではわかってるの。でも、こうやって少しずつすれ違っていくのかもしれないと思うと、不安なんだよね」
そう言ったルビアの姿を見て、私は小さな違和感を覚えた。何度もゲームをプレイした経験があるからこそ、不自然な発言に聞こえてしまう。
どんなルートを通ったとしても、クロエとの関係を壊すのは、略奪するルビアのはずよ。仲が良すぎる姉妹だから、禁断の果実は甘く実ると思っていたけれど……、実際は違うのかしら。
たとえば、姉とすれ違う寂しさを誤魔化し、クロエに振り向いてもらおうとして、同じ異性を狙っていたとか。でも、途中から本気になって、結果的に略奪することに……。
って、まさかね。どのみち私は恋愛しないと決めたし、深く考えても仕方がないわ。
黒田の記憶が蘇ったとしても、私たちは家族なんだから。
「双子だったとしても、同一人物ではないんだし、すれ違ってもいいのよ。ルビアはルビア、私は私なの。双子である事実は変わらないわ」
「お姉ちゃんは大人だよねー」
「ルビアが子供なだけよ」
結局、最後はこういった何気ない会話で、双子の私たちは通じ合うのだ。
大人びた発想をするクロエと、構ってほしい子供のルビアは、昔から何も変わらない。
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悩んでいたことを吐き出せたからか、いつもの無邪気なルビアに戻る頃、マラソンを走り続ける私たちの前に、十人近くの女子が集まっているのが見えた。
体育の授業中にサボって男子の走る姿を眺めている、同じクラスの女子たちである。
「キャー、ジグリッド王子と目が合ったわ」
「違うわ。私と目が合ったのよ」
「じゃあ、アルヴィ様と目が合ったのは、私ってことで」
キャッキャッとはしゃぐ彼女たちの後ろを、私とルビアは平然とした顔で通りすぎていく。
あれをやると好感度が下がるのよね。ジグリッド王子もアルヴィも根は真面目だから、基本的に学校や授業をサボる人を嫌うのよ。
静止画を回収するには必要な行為なのだけれど、私は現実に生きる完璧なクロエなの。絶対にやらないわ。
あと、学園の先生にバレないようでバレてるのよね。あの子たちはショートカットして、マラソンの授業を走ったように見せると思うけれど、風魔法で感知されるの。
成績も好感度も下がるなんて、御愁傷様ね。
「ルビアはああいう子の真似しちゃダメよ」
「うん、やらないよ。だって、遠くで見ていないで、普通に話せばいいんだもん」
「どの口が言ったのかしら。人見知りすぎて、目も合わせられなかったルビアとは思えない発言ね」
「む、昔の話だから。今は普通に話せるよ」
「じゃあ、今後は貴族のパーティーも一人で大丈夫そうね。一国の王子と話せるなら、簡単なことでしょう?」
「もう。最近のお姉ちゃん、ちょっと意地悪になったよね」
ちょっぴりからかいたくなり、黒田が出てきてしまうのであった。
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