四ツ夜怪談

夢のもつれ

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トンネルの3人

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<OL悠香の話>

 あたしがあんなこと言わなければよかったんです。……営業の人たちと飲んだときに最近転勤して来たチーム・リーダーが女の子たちを怖がらせようとあちこちの心霊スポットの話をしたんです。

 その話をレイちゃんとシンちゃんとで飲んだときに言ったら、

「そのトンネルなら知ってるよ。おれのパジェロで行こう」ってシンちゃんが。

 けっこうお酒飲んでたから二人で止めたんですけど、

「だいじょうぶだよ」って。

 レイちゃんもなんとなく行きたそうにしてて。彼女ってわりとそういうの好きなんです。それにシンちゃんのことも。……ええ、心配だからあたしもついて行くことにしたんです。

 それで高速に乗って、けっこうわいわい騒ぎながら行きました。高校野球の話とかドラマの話とか。そっち系の話はしなかったですね。みんなどこか怖いって気持ちがあったんじゃないでしょうか。

 シンちゃんの運転はいつもよりずっと慎重でした。あたしたちが、
「乱暴な運転したら、即帰るからね」って言ってたこともあると思いますけど、しょっちゅう笑ってるのにじぃっと前を見つめてて脇見とか全然しないのがなんか変と言えば変でした。そう、なんだか首にギブスでもしてるような感じで。

 高速道路ができてからほとんど通る車がなくなった旧道があるんです。高速のトンネルを通る間、その道もナビに映るんですけど、すごくジグザグですごい道なんだろうなって思いました。11時は回ってたと思うんですが、旧道の山道を登って行きました。カーブは多いんですけど、そんなひどい道じゃなくて、

「いろは坂ほどじゃないな」ってシンちゃんも言ってました。

 対向車は全然来なくて、それは運転しやすいんでしょうけど、なんか変なんです。山道ってあちこちの木とかガードレールにヘッドライトが照らされるじゃないですか。対向車があると遠くからでもわかりますよね。そんなふうにライトがちらちらするんですけど、来ないんですよ。何回も。

 シンちゃんはずっと前から気がついていたんだろうと思うんですが、助手席のレイちゃんもあたしも、後部座席にいたんですけど、途中で気がついて、それでみんな黙りこくっちゃって。……

 トンネルに着きました。そこだけ黄色い街灯があるんです。シンちゃんが、

「なんだ。なんにもねえな」って言って、車を停めたら、二人が異口同音って言うんですか、

「やだ。もう帰ろうよ」って言いました。

 後から考えたらそういうことって言っちゃいけないんですよね。自分だって怖いくせに、

「平気、平気」って車から降りちゃったんです。エンジンも止めちゃって。

「おーい、来いよ。記念写真撮ろうぜ」ってケータイ振ってるんです。

 あたしたちはもう首をぷるぷる振るしかなくて、レイちゃんなんか顔つきが……あんなの初めて見ました。お化粧が全部浮き上がったような。

「見えてるんだ。きっと」って思いました。彼女は霊感が強い方だから。子どものときから時々見えるんだそうです。

 ええ、それで怖くて、手で顔を覆っていました。そしたら、

「ひっ」って声となんか変な感じがして、外を見たらカーブミラーに映ったパジェロがゆっくりと動いていくんです。

 エンジンはかかってないし、下り坂でもないのに……なんて言うか、ほら、雪道で滑り始めるとすーって行っちゃうじゃないですか。あんな感じで、すーってシンちゃんの方に向かって行くんです。

「わー、わー」って叫んで、ああいうときって言葉にならないんですね。

 シンちゃんも気がついて、逃げようとするんですけど、道路脇に逃げればいいのにトンネルの中に走っていくんです。

「レイちゃん! ブレーキ、ブレーキ!」ってあたし言ったんですよ。

 レイちゃんは慌ててるせいだと思うんですけど、前のシンちゃんは気になるし、なかなかシートベルトがはずれないしで助手席で焦ってました。

 車は速くなかったと思います。シンちゃんが逃げるのよりちょっとだけ早いみたいな感じで、

「これって残酷だわ」って思いました。

 バーンってはねられるんじゃなくて、じりじり追い詰められるのって映画みたいって。……あのこと自体ショックですけど、そんなふうに考える自分が怖いなって思うんですよ。どっちかって言うとそっちの方が尾を引いてますね。

 警察の人が、

「交通事故の現場としてはもっとすごいのもあるよ」って言ってくれたら、思わず、

「へー、そうなんですか」って言っちゃいましたね。


<フリーター信司の話>

 まったくなんなんだって感じですよ。ふざけんなって。だってそうでしょ? おれが一体何をしたって言うんですか?……

 そりゃおれがちょーしこいたのが悪かったとは思いますよ。女の子二人相手にいきがっちゃって、あんなところに行って。

 酒? 飲んでないですって。どうしてそんな話になってんのよ、もお。乾杯って口つけただけで、ふだんからおれ酒は飲まないですから。誰に訊いてもらってもいいですよ。……

 そう。ユウのやつがおれを煽るように言うんすよ。「男のくせに怖いの?」って。レイもくすって笑いやがるし。まったく女ってのは怖いですね。この世で怖いのは女だけだって今度のことで思い知らされましたよ。つくづく。
 
 妙な感じがしたのは山道に入ってからかな。いや、高速でもなんかいつもと違う感じだったかも。ステアリングを切り過ぎたり、切り足りなかったりなんか変だったかもしれない。そういうのって運転してる人間しかわかんないんですよね。

 助手席とかだと絶対にわかんないし、見えないものも運転してると見えちゃうってあるんですよ。でも、ありえないものが見えたとしてもそれをずっと追いかけて見るわけにいかないでしょ? やばいなって思っても。……

 はっきりしたのはやっぱり山道に入ってからですね。最初に1台すれ違ったときにはまあそういうこともあるかなって思いましたけど、何台も来るんじゃふつうじゃない。

 夜中にそれもあんな旧道に霊柩車が通るなんて。見間違い? 見間違いや勘違いならいいと思いましたよ。レイやユウは気づいてないみたいだったから、おれの目か頭がおかしいんだってことにしとこうって。でも、あの運転席に誰もいない車ってやばいですよ。あれは見ない方がいい。

 トンネルに着いたらふっと気分が楽になったんです。あー、おれすごくプレッシャー感じてたんだってそこではっきりわかりました。

「なんてことないな」ってちょっと違うんですけど、そう思わず言っちゃいました。それで息抜きでもしようって車を降りて。ドライバーってそうやって体動かしたりしないとダメなんですよ。安全運転のためにはね。

 それでぶらぶらその辺を散歩して。……え? おれがはしゃいでたって? そんなことないですよ。

「降りて来いよ」って声はかけましたけど。あいつらは降りようとしなかったです。やっぱり怖いのかなって思いました。そのときは。

 車が動き出して、おれが逃げる後から追いかけて来たっていうのはいいですよね? あれは偶然とか事故とかそういうんじゃない。おれはトンネルの中に追い込まれたんだし、おれのパジェロはあいつに操られたんです。あいつの意図が乗り移っていたと思います。

 だってあいつは、レイはものすごい顔をして笑ってたんです。きれいな女がどぎつい笑い方をするとあんなに怖いもんだって初めてわかりました。おれは見ちゃいけない、なんであいつがおれに怨みを持っているのか思い出しちゃいけないって、そればっかり考えて必死に逃げました。

 今だったら言ってもいいだろうって? もういいじゃないですか。あいつはあんなふうになっちゃったし、おれもこのとおり二度と自分の足で歩けない体になったんですから。……ユウはどうしてたですか? 目に入らなかったです。レイのあのぎらぎらする目が強烈すぎて。もういいでしょ?


<ナース怜子の話>

 あの夜のことは話したくないんです。思い出したくもないし。警察も事故だって言うんでしょ? だったらそれでいいじゃないですか。シンちゃんやユウちゃんがいろんなことを言ってるのも聞いてます。あの人たちはそういう無責任な噂をまき散らすのが好きなんです。

 シンちゃんって懲りないんだって、なつかしいような気さえします。もうあたしには関係ない。済んだんです。何もかも。……あたしの気持ち? むずかしいですね。説明できるようなことじゃないし。

 あたしはそんなひどい女じゃないです。こんな目にあったのにそういうことを言う人の方がひどいじゃないですか。ただ自分ではどうしようもないんです。いろんなものが見えちゃうのは。……高速に乗ってしばらくしてから、屋根の上に誰か乗ってるのが見えたのが最初です。

 ええ、シンちゃんの上の天井の向こうが見えるんです。はっきりと。白いふわふわしたものって言えばわかりやすいんですけど、そういう見かけだけじゃなくて、よくないことを考えてるっていう意図みたいなものも見えるんです。

 駅とかホールとか人がいっぱいいるところで、誰か悪いことを考えてるって感じたことないですか? ああいう感じです。あれがこの車に乗ってるとよくないことが起こるってわかるんですけど、だからと言って何かできるわけじゃないんです。

 山道に入ってそれはどんどん大きくなって、車をすっぽり包んでしまいました。雲の中を運転してるような感じなのにシンちゃんが運転できてるのがぞっとしました。一体どこに向かってるんだろうって思いました。その白くて気味の悪いものが引っ張ってるんだってことなんですけど。トンネルもこの世のものじゃなかったです。

 あんなものはあっちゃいけないんだって、そう思うと胸がむかむかしてきて。……これまで霊感が強いとか言われて、実際田舎のおばあちゃんの家とかうちの病院とかでいろいろ見えちゃったり、声が聞こえたりしましたけど、あのトンネルほどはっきりとした、でも決してあるはずがないものっていうのは初めてです。

 あいつら、いえシンちゃんとユウちゃんがすっかりだまされて、トンネルの意志のままに動くあやつり人形になっていたのは、だから仕方がないと思います。……二人はそういうことが見えているあたしをこんなふうにするのに結果的にせよ手を貸してしまったんです。いえ、二人して最初からあそこにあたしを連れて行こうとしてたんだと思います。こんな言い方はよくないってわかってるんですけど。

 車が動き出したのも、シンちゃんが追い掛け回されたのも、あたしは、

「逃げて! どうにかして助かって!」って思いながら、どこかで、
「あ、こういうの見たことある」って気がしていました。

 吐き気が止まらなくて無理に息をするような感じで、ユウちゃんが何か言ってるのも耳に入らなかったです。するすると得体の知れないものに導かれているんです。それが残忍な気持ちだって言う人もいるかもしれません。……

 もうちょっとでトンネルが終わろうとしてるのにシンちゃんがほっとしそうになったのを狙いすましたように、車が襲い掛かりました。ゆっくりとシンちゃんの体に乗って行って。ゴキッて音がして怖いくらい車が傾きました。そこまではあたしは夢とか幻で済むんじゃないかって、どこかで思ってたんです。

 でも、フロントグラスに、その中のあたしの顔に向かって真っ黒な大きな木が突き刺さって来るのを見て、これは間違いなく本当の、現実の世界から来たってわかりました。ほんの一瞬のことなのにまるでそこだけ黒く縁取りしたみたいにくっきりとした記憶なんです。それがあたしの見た最後のものでした。……

 こういうことになっちゃうと今までのことをいろいろ思い出してしまいます。考える時間はいくらでもあるんです。

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