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夏の終わりの嵐
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とにかくかつてない程の筋肉痛に襲われている私は、布団の上に寝ている状態から全く動けない。
その姿はツタンカーメンの棺くらいガチガチだった。
我が眠りを妨げるものは千年の呪いにふれるであろう。
主に私の筋肉が呪いにふれる……。
「松里さん……すみませんが、蓮川さんにお休みの連絡を……」
このところはマシになっていたので、儀式の翌日にもバイトに出ていたのだけど今日は無理だ。
そう思って、お休みの連絡をお願いしたのだが松里さんは、大丈夫と笑った。
「今日は強制的にお休みヨ。明日のことがあるしね」
「……明日?」
私が訊き返すと松里さんは大袈裟にため息をつく。
「やだもう、この子ったら。天気予報もちゃんと見てないのお?」
「天気予報……」
むしろ松里さんは見ているのだろうか、天気予報。
神様なのに。
不思議な力とかで予想したりしないのかな。
「明日の夜あたり、台風くるわよ」
「えっ……」
そういえばお天気お姉さんが、そんな話をしていた気がする。
来るのは、もう少し先かなと思ってたんだけど。
「足が速い台風みたいで、早々と来るっぽいわ。里ちゃん、準備しないと」
「えええ、で、でも、私、今日は動けそうにないんですけど……!」
「だあいじょうぶ。三重子さんのところと、まとめてやったげるから」
松里さまあああああ!
ありがたいなんてものじゃない、神々しささえ感じる。
「ありがとうございます、でもいいんですか……」
「ま、慣れたもんよ。雨戸打ち付けて、風で吹っ飛びそうなものを納屋に隔離するだけだし」
「動ける様になったら、お手伝いはします」
「いいのいいの。里ちゃんは明日が本番よ」
「明日?」
「朝のうちに集会所に避難ね。他の御年寄りたちのお世話があるから、頑張って。……毎年、揉めるのよねえ」
「揉める?なにを?」
私が訊くと、汐がのんびりと欠伸をしながら答えた。
「毎年、何人かは避難などしない、とごねる」
「……」
ああ、やりそうな人が数人浮かぶ。
「頑固者がいるのよネ。ワシは家を守る!絶対に動かん!とか言い出すの。そういうのを説得して移動させるのが、そこそこ若い者の仕事なワケ」
「あはは……。じゃあ芋煮会でもしますか。みんなで夕飯には芋煮をするから集まりましょう、とか」
「あ、それ、悪くないわ。食べ物で釣っちゃうのね」
名案、と松里さんがぱちんと手を叩く。
汐も腰を浮かせて、うろうろとしはじめた。
食いしん坊さんめ。
でも、みんなと一緒にはさすがに無理かな。
猫の姿の時に人間の食べ物はあげられないし。
お供えってことにしてもいいんだけど、それだとアツアツのものは食べられないよね。
後で差し入れしよう。
こっそりそんなことを考えていたら、汐の金色の瞳が私を見た。
それで不意に、昨夜のことを思い出して私は狼狽える。
いやいやいや、何考えてるの私。
こっそり食べ物の差し入れなんて秘密の共有のようだ、とか。
自分自身に突っ込んで、なんだか頬が火照る。
そうして松里さんは、午後から片づけに来てあげるわと言って帰っていった。
私はありがたく二度寝させてもらう。
その日は夕刻に三重子さんがきて、うちに泊まって行ってくれることになった。
少しはうごけるようになったので、私も手伝いつつ明日の準備を進める。
台風が──嵐が、くる。
想像すると、怖い事なんだけど。
怖い事って、どこか非日常というわくわくを連れてくる気がした。
大きな災害になったらそんなことは言っていられないんだろうけど、子供の頃に布団の中で聞いた遠い風の音。
夢うつつのそれは、怖くてほんの少し高揚する。
その夜は子供の頃のそんな感覚に思いをはせながら、三重子さんと布団を並べて眠った。
その姿はツタンカーメンの棺くらいガチガチだった。
我が眠りを妨げるものは千年の呪いにふれるであろう。
主に私の筋肉が呪いにふれる……。
「松里さん……すみませんが、蓮川さんにお休みの連絡を……」
このところはマシになっていたので、儀式の翌日にもバイトに出ていたのだけど今日は無理だ。
そう思って、お休みの連絡をお願いしたのだが松里さんは、大丈夫と笑った。
「今日は強制的にお休みヨ。明日のことがあるしね」
「……明日?」
私が訊き返すと松里さんは大袈裟にため息をつく。
「やだもう、この子ったら。天気予報もちゃんと見てないのお?」
「天気予報……」
むしろ松里さんは見ているのだろうか、天気予報。
神様なのに。
不思議な力とかで予想したりしないのかな。
「明日の夜あたり、台風くるわよ」
「えっ……」
そういえばお天気お姉さんが、そんな話をしていた気がする。
来るのは、もう少し先かなと思ってたんだけど。
「足が速い台風みたいで、早々と来るっぽいわ。里ちゃん、準備しないと」
「えええ、で、でも、私、今日は動けそうにないんですけど……!」
「だあいじょうぶ。三重子さんのところと、まとめてやったげるから」
松里さまあああああ!
ありがたいなんてものじゃない、神々しささえ感じる。
「ありがとうございます、でもいいんですか……」
「ま、慣れたもんよ。雨戸打ち付けて、風で吹っ飛びそうなものを納屋に隔離するだけだし」
「動ける様になったら、お手伝いはします」
「いいのいいの。里ちゃんは明日が本番よ」
「明日?」
「朝のうちに集会所に避難ね。他の御年寄りたちのお世話があるから、頑張って。……毎年、揉めるのよねえ」
「揉める?なにを?」
私が訊くと、汐がのんびりと欠伸をしながら答えた。
「毎年、何人かは避難などしない、とごねる」
「……」
ああ、やりそうな人が数人浮かぶ。
「頑固者がいるのよネ。ワシは家を守る!絶対に動かん!とか言い出すの。そういうのを説得して移動させるのが、そこそこ若い者の仕事なワケ」
「あはは……。じゃあ芋煮会でもしますか。みんなで夕飯には芋煮をするから集まりましょう、とか」
「あ、それ、悪くないわ。食べ物で釣っちゃうのね」
名案、と松里さんがぱちんと手を叩く。
汐も腰を浮かせて、うろうろとしはじめた。
食いしん坊さんめ。
でも、みんなと一緒にはさすがに無理かな。
猫の姿の時に人間の食べ物はあげられないし。
お供えってことにしてもいいんだけど、それだとアツアツのものは食べられないよね。
後で差し入れしよう。
こっそりそんなことを考えていたら、汐の金色の瞳が私を見た。
それで不意に、昨夜のことを思い出して私は狼狽える。
いやいやいや、何考えてるの私。
こっそり食べ物の差し入れなんて秘密の共有のようだ、とか。
自分自身に突っ込んで、なんだか頬が火照る。
そうして松里さんは、午後から片づけに来てあげるわと言って帰っていった。
私はありがたく二度寝させてもらう。
その日は夕刻に三重子さんがきて、うちに泊まって行ってくれることになった。
少しはうごけるようになったので、私も手伝いつつ明日の準備を進める。
台風が──嵐が、くる。
想像すると、怖い事なんだけど。
怖い事って、どこか非日常というわくわくを連れてくる気がした。
大きな災害になったらそんなことは言っていられないんだろうけど、子供の頃に布団の中で聞いた遠い風の音。
夢うつつのそれは、怖くてほんの少し高揚する。
その夜は子供の頃のそんな感覚に思いをはせながら、三重子さんと布団を並べて眠った。
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