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神様だって焼きもちを焼く

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 夏の短い夜を彩るのは、少し気の早い虫の音と遠い蛙の鳴き声。
それでも祭殿の周囲は、しんと静まり返っている。
その中で対峙した私と汐は、その静けさのままに無言だった。

 灯火のほのかな暗がりに、じっと私を見つめる汐の姿が綺麗だ。
揺れる炎の色を宿した、黒い瞳。
猫の時は金色なのにね。

「前々から思っていたのだが」

 沈黙を破ったのは、汐の方だった。
無表情に近いような顔つきは、今はほんの少し眉を寄せた困惑と不審とが混ざったような感情をあらわしている。

「里は、猫の姿の俺と人の姿の俺とは別物だと思っていまいか」

「……」

 問いかけに否定は出来なくて、私は少しだけ俯いた。
だって、猫の姿の時はそのまま猫だし。
人の姿の時は、妙に迫力のあるイケメン神主で。
同じと思えと言われても、それは難しい。

 そう思うのだけど、言葉にしようとするとそんな感情の機微は伝えるのが難しかった。
私が黙っていると、汐は私の顔を見つめたまま小さくため息をつく。
ああ、困らせているのだろうか。
そう思うと、申し訳ないって思う。

「……俺は猫でも人でも、中身は変わらない。だから、人の時に猫の時にはしない反応をされると、少し」

 汐は言葉を切って、私をまた真っ直ぐに見た。
それで私は、ひどく胸の奥が痛む気がしてしまう。

「──傷つく」

「……!ご……ごめんなさい」

 咄嗟に出たのは、謝罪の言葉。
傷つくとか告白するのって、勇気が要るよね。
私の態度がそれを言わせちゃったんだ。
そう思うと、本当にすごくすごくごめんなさいと言いたい。

「あと、氏康を可愛がられるのも、腹立つ」

「……」

 あっちはあっちで、犬そのものだから。
ポメラニアンだとしか思えないから。
実家の犬に対するのと同じになっちゃうから。

 だけど、そんな風に感じさせていたんだと思うと何とも言えない気持ちになった。
なにしろ実家で飼っている犬にすら、扱いがぞんざいにされてしまう私なので。
そんなことを言われると、内心、浮かれたくなるほど嬉しかったりする。

「……少しは、お前の氏神に気を遣え」

「はい……」

 顔がにやけてしまいそうになるのを押し隠して、私は頷いた。
それを確かめて、汐は納得してくれたようだった。

 そして、そっと手をあげる。
掌を私に向けるみたいにして、手を、と静かに言った。
重ねろ、という意味なのだと気づいて私の心臓が跳ねる。

 え、本当にこのまま交感するの。
気を遣えとは言われたばかりだけど、猫に対するのとは訳が違うよ。

「……すごく困ることがあるんだけど」

 おずおずとそう言うと、汐は不思議そうに首をひねった。

「困ること?」

「その……私、女子高育ちで」

「うん」

「なんなら、大学でも友達はほとんど女の子で」

「うん」

「……彼氏とかいうものも、もったことがなくて」

「……」

「この距離感に慣れないというか」

 近いです。
と一言で表すことができる筈のことを、口にするのが難しい。
そんなぞんざいな言い方をして嫌われたくないという打算が働く私は、かなりあざといことを言っている気がする。

「……猫の俺は平気で膝の上に抱くくせにか」

「やめてえ……認識を改めてそれを言われると、とてつもないきまり悪さで死にたい……」

「……存分にもだえ苦しめ」

 ひどい言われよう。
だけど、この真逆のこととはいえ、今まで汐に嫌な気持ちをさせてきたんだよね。
そう思うと、ごろごろと一周して転げまわって恥ずかしさを発散きたら、おとなしくまな板の上に乗ろうと思います……。

「里……」

 低くて優しい声に呼ばれて、私は思わず目をつむる。
手を──。
そう言われて、うすく瞳を開いた。
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