18 / 67
森の小道をとおりゃんせ
しおりを挟む
私が声も出せずにいると、彼は不審そうに私を見つめ返してくる。
「……汐……」
名前を呟くと、ああ、と頷きが返った。
それが当然であるかのように、どうした?と。
「汐……?」
もう一度繰り返すと、瞬きをしてから彼は、自分自身を指さした。
「うん」
汐は自分。そう示したのだ。
私は驚きがせりあがってくるような感覚で、息を呑んだ。
大きく見開いた双眸を、震えるようにさせてしまってから。
うそ、と呼気だけで小さく漏らす。
走馬灯のように、汐と彼と出会った経緯が脳裏を駆け巡る。
彼がいなくなると、現れる汐。
昨日もそうだった。
じゃあ本当に、謎の神主さんの正体は黒猫の汐なのだ。
「えええええええええ」
「!?」
ものすごく遅れてやってきた驚きに、私は声をあげる。
汐こと神主さんは、ぎょっとしたように硬直した。
あ、こういう反応、猫っぽい。
猫って驚いた時とか、一瞬だけど動かなくなるよね。
神主さんは、驚いた表情のままでいたけれど、次には少しムッとしたように眉を寄せた。
「……にぶい」
そう言って、立ち上がる。
それから私に真っ直ぐに手を差し伸べてくれた。
「神事の後は、身体に負荷がかかりやすい。……帰るぞ」
上からな物言いは、汐のつんと澄ました様子を思い起こさせられる。
それで私は、やっと納得できたのだった。
この人は、汐なんだと。
私がおずおずと手を重ねると、汐はひょいとその手を引っ張り上げるようにする。
びっくりするくらい軽く、私は立ち上がっていた。
そのまま手を引かれて、出入り口に向かう。
「ま、待って、後始末を……」
私が言うのと、すぅ、と蠟燭の明かりが消えるのとは同時だった。
これって神様の力?
すごい。なんて便利なの。
私は祭殿の出入り口で草履をはき、先で待っていてくれる汐の後を追う。
月明りだけがあたりを照らす、静かな社。
いつの間にどこから取り出したのか、汐は提灯をひとつ手にしていた。
それを慣れた仕草で伸ばして開く。
と、火をともしたかのように提灯は月光のような少し黄色みがかかった色の光を宿した。
それは蛍のようなほのかな光なのに、十分に足元を照らしてくれる明るさがあった。
とても綺麗で、私は見惚れてしまう。
「来い」
そう言うと、汐は私に向かって掌を上にして差し出した。
私が手を伸ばすと、ゆるく握られる。
「離すな……」
低く囁くように言われて、私はただ夢中で頷いた。
導くように進む先は、いつもの帰り道と方向が違う。
「そっちじゃ……」
「こちらでいいんだ」
汐がそう言って進む先には、固く閉じた森があった。
けれど掲げられた提灯の明かりが、その先を照らすと森は身じろぎするように枝葉を開いていく。
「……!!」
驚く私の目の前で、まるで道が出来上がっていくみたいに視界が開けていった。
木々は、ひれ伏すように汐の前に道を作る。
──神様が通るからだ。
いつもなら、山を避けてぐるりと遠回りする道を、直線で進む。
出来上がったばかりの道は、踏むとほんの少しだけやわらかい。
私たちが通り過ぎると、背後で道が閉じていった。
すごい、すごい……。
神様の通り道。
とおりゃんせ、というわらべ歌を思い出した。
ここはどこの細道じゃ。天神様の細道じゃ。そっと通してくだしゃんせ……。
でも、今は神様がお通りするのだから、内緒じゃなくていいんだね。
気付くと、私は祖母の家にほど近いあぜ道に立っていた。
思わず後ろを振り返る。
感覚でいうと三歩ほどだった気がした。
距離もかかった時間も。
「神様って、すごいんだね……」
私がため息交じりに言うと、汐は不思議そうに私を振り返った。
「……神様だからな」
答えになってないけど、らしい気がして少し笑ってしまう。
月明りのような提灯をかかげて、私たちは家路を急いだ。
「明日は、少し体調が乱れるかもしれないから。気をつけろ」
「体調?今はなんともないけど……」
「贄によって、症状がちがうから分からんが。初めての儀式の後は特にひどいらしい。少しとはいえ、生気をもらったからな」
「そっか。わかりました」
そう言ったものの、色んなことがありすぎていまはまだ夢見心地だ。
注意されたことには、少しだけ上の空だった。
とにかくも、無事に勤めを終えられたようで浮かれてもいた。
私は猫の神様の生贄になったのだ。
仕事は、ただ撫でてあげること。
「……汐……」
名前を呟くと、ああ、と頷きが返った。
それが当然であるかのように、どうした?と。
「汐……?」
もう一度繰り返すと、瞬きをしてから彼は、自分自身を指さした。
「うん」
汐は自分。そう示したのだ。
私は驚きがせりあがってくるような感覚で、息を呑んだ。
大きく見開いた双眸を、震えるようにさせてしまってから。
うそ、と呼気だけで小さく漏らす。
走馬灯のように、汐と彼と出会った経緯が脳裏を駆け巡る。
彼がいなくなると、現れる汐。
昨日もそうだった。
じゃあ本当に、謎の神主さんの正体は黒猫の汐なのだ。
「えええええええええ」
「!?」
ものすごく遅れてやってきた驚きに、私は声をあげる。
汐こと神主さんは、ぎょっとしたように硬直した。
あ、こういう反応、猫っぽい。
猫って驚いた時とか、一瞬だけど動かなくなるよね。
神主さんは、驚いた表情のままでいたけれど、次には少しムッとしたように眉を寄せた。
「……にぶい」
そう言って、立ち上がる。
それから私に真っ直ぐに手を差し伸べてくれた。
「神事の後は、身体に負荷がかかりやすい。……帰るぞ」
上からな物言いは、汐のつんと澄ました様子を思い起こさせられる。
それで私は、やっと納得できたのだった。
この人は、汐なんだと。
私がおずおずと手を重ねると、汐はひょいとその手を引っ張り上げるようにする。
びっくりするくらい軽く、私は立ち上がっていた。
そのまま手を引かれて、出入り口に向かう。
「ま、待って、後始末を……」
私が言うのと、すぅ、と蠟燭の明かりが消えるのとは同時だった。
これって神様の力?
すごい。なんて便利なの。
私は祭殿の出入り口で草履をはき、先で待っていてくれる汐の後を追う。
月明りだけがあたりを照らす、静かな社。
いつの間にどこから取り出したのか、汐は提灯をひとつ手にしていた。
それを慣れた仕草で伸ばして開く。
と、火をともしたかのように提灯は月光のような少し黄色みがかかった色の光を宿した。
それは蛍のようなほのかな光なのに、十分に足元を照らしてくれる明るさがあった。
とても綺麗で、私は見惚れてしまう。
「来い」
そう言うと、汐は私に向かって掌を上にして差し出した。
私が手を伸ばすと、ゆるく握られる。
「離すな……」
低く囁くように言われて、私はただ夢中で頷いた。
導くように進む先は、いつもの帰り道と方向が違う。
「そっちじゃ……」
「こちらでいいんだ」
汐がそう言って進む先には、固く閉じた森があった。
けれど掲げられた提灯の明かりが、その先を照らすと森は身じろぎするように枝葉を開いていく。
「……!!」
驚く私の目の前で、まるで道が出来上がっていくみたいに視界が開けていった。
木々は、ひれ伏すように汐の前に道を作る。
──神様が通るからだ。
いつもなら、山を避けてぐるりと遠回りする道を、直線で進む。
出来上がったばかりの道は、踏むとほんの少しだけやわらかい。
私たちが通り過ぎると、背後で道が閉じていった。
すごい、すごい……。
神様の通り道。
とおりゃんせ、というわらべ歌を思い出した。
ここはどこの細道じゃ。天神様の細道じゃ。そっと通してくだしゃんせ……。
でも、今は神様がお通りするのだから、内緒じゃなくていいんだね。
気付くと、私は祖母の家にほど近いあぜ道に立っていた。
思わず後ろを振り返る。
感覚でいうと三歩ほどだった気がした。
距離もかかった時間も。
「神様って、すごいんだね……」
私がため息交じりに言うと、汐は不思議そうに私を振り返った。
「……神様だからな」
答えになってないけど、らしい気がして少し笑ってしまう。
月明りのような提灯をかかげて、私たちは家路を急いだ。
「明日は、少し体調が乱れるかもしれないから。気をつけろ」
「体調?今はなんともないけど……」
「贄によって、症状がちがうから分からんが。初めての儀式の後は特にひどいらしい。少しとはいえ、生気をもらったからな」
「そっか。わかりました」
そう言ったものの、色んなことがありすぎていまはまだ夢見心地だ。
注意されたことには、少しだけ上の空だった。
とにかくも、無事に勤めを終えられたようで浮かれてもいた。
私は猫の神様の生贄になったのだ。
仕事は、ただ撫でてあげること。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
伝える前に振られてしまった私の恋
メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く
とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。
まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。
しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。
なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう!
そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。
しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。
すると彼に
「こんな遺書じゃダメだね」
「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」
と思いっきりダメ出しをされてしまった。
それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。
「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」
これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。
そんなお話。
「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる