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夜に集う獣たち

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 翌日の日中の仕事は滞りなく終わった。
春先、ずいぶん長くなり始めた陽が落ちて社は静謐に満ちる。
祭殿に蠟燭の明かりがともされ、暖かい色をした光がほのかに辺りを照らした。

 揺れる炎が、少しだけ不安をあおる。
蓮川さんは、祭殿の中には入らずに入り口に正座した。
神事の贄役の巫女以外は、中に入ってはいけない仕来たりなのだという。
私は御神酒の用意された空の首座を前に座った。

 開け放たれた入り口扉の向こうで、蓮川さんが祝詞をあげる。
かしこみかしこみ、という呪文のようなものだ。
老齢の蓮川さんがあげるそれは、少し錆びた声が落ち着いていて心地よい。
聞いていると、少しずつ少しずつ不安だったのが薄れていく。

 祝詞をあげ終わると、それだけで儀式自体もおしまいのようだった。
蓮川さんは、一時間ほど経ったら明かりを消して帰っていいからと言い置いて、社務所に戻っていった。

 私はひとり、祭殿の静かな闇の中に取り残される。
炎の揺らぎが、ひどく眠気を誘う。
昨夜は緊張して、神事の事ばかり考えてしまったせいであまり眠れなかった。
そのせいだろうか、少し寝不足だった。

 気付けば、舟をこいでしまっている。
かくん、と前のめりになってしまうたびにハッとして姿勢を正す。
ぺちぺちと自分で自分の頬を叩いてみたりするのだけど、しばらくするとまた眠気が込み上げる。

 神事なのに、もっと真面目にしてなくちゃだめだ。
そう自分を𠮟咤するのだけど、睡魔ほど抗いがたい魔物はいない。
重くなる瞼が、視界を一瞬で闇に変える。
もはや、落ちていく意識を引き留めることもかなわない。

 私は板敷の上に、ゆっくりと身を置くように倒れていく自分を自覚した。
硬いはずの床は、なぜだか柔らかく私を受け止めた。





 そして、意識を取り戻すまでにどのくらいの時間がたったのか。
私は、何度も瞬きをした。
周囲が闇ばかりだったからだ。

 たしか、蝋燭の明かりは消していない。
そう思ったのだけど、周りは暗かった。
まさか、蝋燭が燃え尽きるほどの長時間居眠りをしてしまったのかと思って、私は焦った。

 早く起きて、片づけをしなくちゃ。
なにより神事で寝てしまっただなんて、慣れていないバイトとはいえ神様に申し訳がたたない。

 だが床に突っ伏すような形で倒れこんでいる私の身体は、ぴくりとも動かせなかった。

「……ッ!?」

 私はそれだけは動かせた視線をあげて、外をうかがおうとした。
入り口はたしか、蓮川さんがあけ放したままにしてあったはずだ。
だが扉はぴたりと閉められて、外の月明かりが白い障子紙を透かしてほのかにひかる。

 その四角い枠に、黒くいくつもの生き物の姿が影となって見えた。
それは獣の形をしていて、私を取り囲むようにぐるりと輪を作っている。
黒々とした獣たちの影がわだかまるようにして、息をひそめていた。

「……!!」

 私は恐怖で凍りつく。
いったい、どこから入り込んだのだろう。
闇に慣れてきた瞳には、かすかな月光をはじいて金色をした獣の瞳が何対も見えた。

 なんなの、これ。
何の危険もない神事だと聞いていたのに。
逃げなくちゃ。
ただ震えながらそう考えた。
自由にならない身体を、渾身の力で立ち上がらせようとする。

 だけど、意識ははっきりしているのに身体は全く自由にならなかった。
助けを求めようにも声も出ない。

 ……嘘でしょう。
そう思った瞬間だった。

「逃げられないよ……」

 どこか笑いを含んだような声が響く。
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